Level.75『夕日という名の似能力者』
火種――。
それは俺に発現した心象武装。
非力なこの身に宿った、モンスターと戦う力。
大切な人を失い、大切な人をもう二度と失いたくないと願った心象が形になった無二の力。そう思っていた。
「俺と同じ、火種の能力……」
夕日さんの身体を包む薄夕の焔。
俺の火種とよく似た夕日さんの心象武装が、俺の能力が唯一無二などではないと告げている。
「うんうん。いい反応」
対して夕日さんは楽しそうに笑みを浮かべていた。
驚いている、というよりも嬉しそうに。
折れた模擬刀をくるくると手元で遊ばせながら、夕日さんは言った。
「私もびっくりしたよ。まさか私以外に、私とよく似たアリアの心象武装を持つ人が他にいるなんて知らなかった」
今も俺の身体を包む、紫麗の燐火を眺めながら「でも」と、夕日さんは言葉を続ける。
「やっぱりまだまだ使いこなせてないね」
確信を持って夕日さんは言った。
「……!?」
咄嗟に俺は息を飲む。
夕日さんには分かるのだ。俺と似た能力を有している人だからこそ、俺の至らなさを見抜き、その上で『使いこなせていない』と断じてみせた。
俺自身、能力を使いこなせている自信はない。
なにせアリアの心象武装を持つ人は少なく、加えて自分と似た類の心象武装を持つ人はいなかった。今まで他に俺と同じ心象武装を持つ人がいるなんて思ってもみなかったことだ。
参考書や取扱説明書がない以上、能力の特性を自分で理解し、手探りで使い方を模索する。
何度も壁にぶつかり、戦場や模擬戦の中で俺が見つけた火種の使い方が、紫麗の燐火や火種を一点集中させる戦い方だった。
それを夕日さんは『使いこなせていない』と言った。
決して否定されたわけではない。
悔しいと思ったが、しかしそれは逆に、まだまだ俺の火種には新たな使い方が――可能性が眠っているということに他ならない。
「心象武装も、そしてヲリキスも」
「……ヲリキス?」
続けられた夕日さんの言葉の中に、聞いたことのない単語が出た。
『ヲリキス』とは何のことだろう。
夕日さんは俺の右手に握っている剣を見ている。
もしかして白蒼剣のことを言っているのだろうか?
「ん? その剣の名前だよ? もしかしてサキサキから聞いてない?」
俺は首を横に振った。
訓練室の端の方にちょこんと座っている姉さんが、「あ」と口を開ける。
それを見て、夕日さんが「まったくサキサキは〜」と腰に手を当て唇を尖らせた。
「その剣の名前はヲリキス。『灯剣』ヲリキス」
「……灯剣、ヲリキス」
俺は右手に握る愛剣に視線を落とす。
2年前になるか。姉さんからプレゼントとして送られてきた白蒼剣が入った箱に同封された手紙には、姉さんからの熱烈なラブレターしか書かれていなかった。
剣の名前など知らないものだから、白に蒼が混ざった刀身を見て、俺は勝手に白蒼剣などと呼んでいた。
まさかお前、名前があったのか、と白蒼剣に心の声で問いかけると『フン』と呆れたように鼻を鳴らされた気がした。
「5年前、欧州に出現したLevel.8の異界門主、【白亜の竜王】の尖尾を素材に【黒炉鍛冶】捌切 刀次郎自らが手がけた7番目の黒炉作品」
「ドラゴンの……尖尾」
明かされた白蒼剣――否、ヲリキスの誕生秘話。
白と蒼の混同した刀身が金属でないことに薄々気づいてはいたが、まさかドラゴンの尾からできていたなんて。しかもそれがLevel.8の門番の素材……。
ブラックスミスのブラックメイドなど、聞いたことのない情報ばかりで、正直どこから突っ込んでいいのかわからない。
なんて物を俺に送ってきたんだ姉さんは……。
「うん、加えるとヲリキスは私の昔の相棒だよ」
「これ夕日さんが使ってたんですか!?」
「あはは、そうだよ? お古で嫌だった?」
「あ、いや!? 全然! お古が嫌だとか、そういうのじゃなくて、単純にびっくりして」
中古品だと言われても、素材が素材だ。
しかも刀次郎作品は中古でも数十億は下らないと葵さん達が言っていたし、どうりで野菜がスパスパ豆腐のように斬れるわけだ。
ほんとなんて物を送ってきたんだ姉さんは……。
「ちょっと貸してみてよ」
「え? あ、はい。どうぞ」
言われるがままに、おずおずと俺はヲリキスを夕日さんに手渡した。
「ありがと」
ヲリキスを受け取り、夕日さんは懐かしい友人と再開したかのように微笑みを浮かべた。
「うん、いいね。ちゃんと手入れもしてある」
夕日さんは軽く振ったり刀身を眺めたりした後、ヲリキスを胸の前まで掲げた。
「見せてあげるよ、ヲリキスの真価を」
無邪気に、それでいて自信に満ち溢れた笑みで。
「《勇焔》――能力開放40%」
瞬間、夕日さんの身体から先程と同じ薄夕の焔が立ち上がる。
見れば見るほど俺の火種とよく似た形状。
その焔がヲリキスに引き寄せられるように集まり、収束されていく。
「すごい……!」
思わず俺は呟いていた。
なんて技量だ。ヲリキスに収束する焔。その全てを余すことなく夕日さんは剣に収束させている。
それがどれだけすごいものなのか、夕日さんと同じ心象武装を有している俺にはわかる。
「刀次郎さんの黒炉作品はね、そのひとつひとつに特別な能力が刻まれるんだ」
「特別な能力?」
「そう。魔法の威力や範囲を拡大する杖だとか。攻撃の底上げをする為の手甲とかね。でも、持ち主の心象武装や能力に合わせて作るから、基本、持ち主以外には使えない。世界にひとつしかない専用装備なんだ」
ヲリキスを包む焔の密度が増し、徐々に焔がヲリキスの刀身に溶け込んでいく。浸透していく。
この数年ヲリキスを使っていて、こんな現象は今まで一度も見たことがない。
まるで剣が焔を喰らっているようだ。
「そして私専用にヲリキスに刻まれた特殊能力は、私の《勇焔》や萩くんみたいな《火種》の能力を一時的に刀身に溜め込んで、放出させる力」
限界まで、そう、本当に限界までヲリキスが焔を溜め込んだ。
気づけばヲリキスの蒼と白の刀身が、夕日さんの心象武装と同じ薄夕色に染まっている。
「ヲリキスはこうやって使うんだよ」
夕日さんは左足を前に出し、薄夕の刀身となったヲリキスを中段に構えた。
この戦い初めて目にする夕日さんの構えは、河川で削り磨かれた自然の川石のように無駄がない。言い換えればそれは戦場で身に付けた構えのよう。
中段から斜め下に勢い良く振り下げられる剣の軌跡。
背筋が震える。その眩い夕焼けの輝きに。
続いて音が消えた。まるで世界が声を潜めるように。
完成形だと、俺はそう思った。
幾度も試行錯誤を重ね、それでも未だ届かず、今も追い求める理想の一撃。
想像の中で思い描き続ける頂きの一閃。
それは紛れもなく《織紫咲》の完成形だった。
「――〝残照〟」
刀身に溜め込まれた薄夕の光が放たれ、訓練室の壁へと向かって一直線に駆け抜けた。




