Level.74『夕日さんとの模擬戦』
ギルドには、ウェイカーの訓練を目的とした特殊な訓練室なるものが用意されている。
何が特殊かというと、全てが特殊である。
なにせウェイカーという職種は国家資格に該当する。
日々やモンスターの脅威から国民を守護するウェイカーは、国や自治体から様々な補助を受けている。
公共料金の割引や、活躍に比例した報奨金。
年功序列よりも実力主義を主とするウェイカーの縦社会では、レベルが上がるにつれ待遇も上がる。
中でも国が最も力を入れているのが、ウェイカー専用の訓練施設である。
最先端の科学技術と加工技術、そして国の予算を惜しみ無く使われた訓練室が特殊でないわけがない。
――栃木ギルド春ヶ丘支部《特殊戦闘訓練室》。
辺り一面のまっ白い空間。
白のタイルを敷き詰めたような床は、訓練者の転倒時の怪我を防止する目的で、硬いゴムのような弾力性と伸縮性に優れたモンスターの素材を加工してできている。
50メートル四方を囲む白壁も特注品で、爆弾や銃撃などでは傷ひとつつかない強度を誇る。これもまたモンスターの素材を加工したもので、レベル7のウェイカーの訓練を想定して作り上げられたものだ。
他にも空調や照明器具など細部にも拘っていて、県庁所在地にある県のギルド拠点や東京のギルド本部にはホログラム対応の訓練室もあるとかないとか。
そんな最新鋭の訓練室で俺は、姉さんの所属するクランのメンバー、日乃神 夕陽と向き合っていた。
「ん〜、どれにしようかなぁ。短剣大剣曲剣……おっ! これかっこいいじゃん! センスいいねぇ〜!」
訓練室の入り口横に並べられた、予め刃の落とされた訓練用の武具を見渡し、夕日さんはその中から刀を選択し手に取った。
「おおっ、軽いしよく手に馴染む……ってこれ【捌切】じゃん!? どうりで。特注品の本人作じゃないにせよ、刃を落としてるのが勿体無いなぁ。刀次郎さんが見たらなんて言うか」
喜んだり驚いたりと忙しなく表情を変える夕日さんを眺めながら、どうしてこうなったんだろうと俺は思う。
『それじゃ、戦おっか!』と口にした夕日さんは、俺の返答など待たずに家を出た。
唖然とする凛夏を家に残し、「こうなる気はしてたんだよねぇ」とため息を吐く姉さんと一緒に、気づけば俺はギルドの訓練室まで来てしまっていた。
「あの、夕日さん」
「ん? ああ。私は訓練剣使うけど、君は得物使っていいよ。そっちの方が全力出せるでしょ」
首を横にふる。
「いや、そうじゃなくて」
「大丈夫大丈夫! こっちの心配はしなくていいからさ、全力できてよ! じゃないとつまらないよ!」
「いや、そうでもなくて……」
「大丈夫だって! こう見えて私、けっこう強いから!」
ちっとも話が噛み合わない。
そう思っているのは俺だけなのだろうか。
「萩、ふぁいと〜! お姉ちゃん応援してるよ〜!」
ああ、俺だけらしい。
訓練室の端で手をふる姉さんを尻目に、痛くなるこめかみを指で抑えて息をついた。
初対面の人――強いては相手は女性だ。
姉さんのクランのメンバーなのだから、俺より強いことは明白だが、それでもやはり、初対面の女性相手に模擬戦をするのは少々気を使ってしまう。
けれど、夕日さんはやる気満々だ。
もはやこの状況でやっぱりやめませんか? なんて言える雰囲気ではないし、流れとはいえ、一度訓練室に入ってしまえば引き返せない。
――ああ、やるしかないかぁ……。
こうなったらもう戦うしかない。
「……ちなみに、能力は発動ありですか?」
「ありあり! 全然あり! じゃんじゃん使ってよ!」
満面の笑顔で能力発動の許可をもらった。
――使おうじゃなく、使ってよ、か。
強者故の自信と言ったらいいのか、どこか葵さんと似たものを感じる。
ちょっとだけ火がついた。
刀の峰を肩に担ぎ、夕日さんが言う。
「勝敗は『死んだー!』って思った方が負けね」
……。
………。
…………ああ、なるほど。そういうこと。
『死んだ』と思った方の負け。つまりどれだけ殴り倒されようが蹴り倒されようが、『死んだ』と本人が認めなければ負けにはならない。
言ってしまえば子どもが鬼ごっこでよく『タッチした!されてない!』と、ズルをしているアレだ。
一見、勝敗は永遠につかないようにも思えるが、実際は違う。実戦はそうじゃない。
ルールに乗っ取り、敗者の納得できない『敗北』よりも、圧倒的な実力差で心をへし折る完全な『死』を。
「シンプルでいいでしょ?」
「そう、ですね」
単純故に残酷だ。
幼い顔に似合わず酷なことを考える。
それをわかった上で提案しているのなら、とても性格の悪い人か、もしくはとても負けず嫌いな人かの2択だろう。……前者でないことを俺は祈る。
「好きなタイミングで始めていいよ」
夕日さんが刀を俺に向け、右足を半歩前に出して半身になる。
肩の力を抜いたゆとりのある体勢。
隙だらけに見えて、隙なんてないような。
どこまでも余裕そうな表情。
――ああ。なんだか懐かしいな、この感じ。
葵さんと初めて模擬戦をしたときもそうだった。
俺は重心を下げ、白蒼剣を両手で構えた。
相手は恐らく格上。
だったら手加減は必要ない。
いつものことだ。
葵さんと模擬戦をする感覚で挑めばいい。
俺は目蓋を閉じ、《火種》を足元に収束させた。
「それじゃ、――行きます」
「うんうん。かかっておいで」
直後、俺は勢い良く地面を踏みしめる。
特別性の訓練室の床が僅かに軋み、その反動全てを余すことなく足裏の踏み込みに注ぐ。
足元に収束させた火種が爆発的な推進力を生み、寸刻の翼が俺に授けられる。
そして、――超加速。
元我沙羅のメンバー【刃折れ】の明鷺との戦闘で気づいた火種の可能性を、俺はこの半年間で己の物とした。
火種の一点集中による無駄な消耗を無くし、体外に放出していた火種の力を身体の内に貯めることにより実現した【超加速】は、視界に映る全てを置き去りに、瞬く間に彼我との距離を消失にする。
1秒にも満たない刹那で俺は風になり、白蒼剣を真上に振り上げた。
――一撃で決まるとは思っていなかった。
明鷺の《一瀉千里》や、葵さんの《双心刀〝夜叉〟》のように、初見殺しとまでは行かずにせよ、隙を作れればそれで十分だと考えていた。しかし――その考えは甘すぎたと言う他ないだろう。
「驚いた……サキサキの言う通りだったよ」
瞳に映る夕日さんは薄く目を開き、口角を上げた。
「いいね!」
夕日さんの刀が光を反射し閃く。
鋼と鋼とが衝突し、金属の悲鳴が部屋に木霊した。
「――っ!!」
白蒼剣の軌道が夕日さんの刀に阻まれる。
挨拶代わりに仕掛けた初手だったが、超加速の一撃が容易に相殺された。攻撃は完全に見切られ、その上で対応された。
夕日さんの手にする刀よりも、俺の白蒼剣の方が見るからに剣の格は上。
なのに斬れない。
模擬刀は刃こぼれひとつしていない。
完璧なバランスと力加減。
正確に力の支点を捉えた一手。
それだけで剣士としての技量の差が伺える。
だがそれは模擬戦を始める前から覚悟していたことだ。今さら驚くことはない。
「《紫麗の燐火》ッ!!」
紫麗の炎が俺の身体を包む。
「おおっ」
驚いたように夕日さんは声を上げた。
心なしか、初撃よりもびっくりしている。
その隙を突いて、無理やり鍔迫り合いから抜け出した俺は、素早く近接戦に移行した。
斬り上げからの薙ぎ払い。
1歩踏み込み斜めから白蒼剣を振り下ろす。
火種は足りない膂力と俊敏性をカバーすべく両足と両腕、それから白蒼剣にのみ集中させる。
「いいね! すごくいいよ!」
「それはどう――もッ!!」
俺の攻撃を難なくいなしながら、夕日さんは楽しそうに笑っている。
返答と一緒に鋭く放った一撃も軽く防がれた。
――やっぱりこの人、めちゃくちゃ強いな……!
さっきからずっと火種がピリピリと震えっぱなしだ。
危険察知も兼ねた火種のセンサーが警鐘を鳴らしっぱなしで、俺に彼女の脅威を知らせ続けている。
葵さんのときでさえ、ここまで強く火種が反応したことはなかった。
「それじゃ、そろそろ私の番だね」
言葉の直後、夕日さんが動いた。
白蒼剣の横薙ぎを刀で弾き返し、俺の剣の射程の内側へと一歩、夕日さんが踏み込んだ。
視線が絡み合う。
やけに緩慢に過ぎていく時間の中で。
背筋がゾワッと寒気を感じ、戦慄する。
思考を追い越して俺の身体が勝手に動く。
俺は後退しながら咄嗟に首を真上に上げていた。そして一瞬遅れて、滑るように振り上げられた刀が俺の顎皮を擦っていった。
「――っ!?」
ほとんど条件反射の領域。
回避が間に合わなければ今ので終わっていた。
初撃を回避した俺に向け、夕日さんが笑みを深める。
「まだまだ、これからだよ!」
ブレかける体幹が夕日さんの声で踏み留まる。
体勢を整える暇もなく、否応なく次の一撃が俺に向かって放たれた。
「くっ、ちょっ、うぉッ!?」
夕日さんはゆっくりと腕を振る。
一瞬後には模擬刀が風を断つ。
衝撃で、模擬刀を受ける白蒼剣が弾かれた。
なんて速度の一撃だ!? しかも速いだけじゃない。
一撃一撃が重く、鋭く、研ぎ澄まされている。
防ぐだけで精一杯だ。
それでもなんとか防御できているのは、葵さんとの対人戦闘訓練の賜物だろう。
けれど、戦術の型通りに動く葵さんとは対象的に、夕日さんは典型的な直感型。
掴みどころのない攻撃に規則性はなく、次から次へと放たれる斬撃に俺は終始翻弄され続ける。
完全に夕日さんのペースだ。
「よく避けるね。でも、防いでばかりじゃあ勝てないよ?」
「っ、……言われなくとも!!」
タイミングを合わせ、振り下ろされた模擬刀を、火種を全力で纏わせた白蒼葵で跳ね返した。
夕日さんは一瞬驚き、再度笑みを浮かべ直す。
「うんうん、そうこなくっちゃ!」
俺は再び攻勢に出た。
火種を駆使した連撃の嵐。
紫麗の火花が煌めき、散っていく。
気づけば俺は全力を出していた。
葵さんと模擬戦をするかのように。
だがそれすらも夕日さんには届かない。
全霊の猛攻の尽くが防がれ、或いは打ち返され、攻撃の隙間を突くような反撃を被る。
一進一退、否。一進ニ退の刃の往来。
それでも俺は引かなかった。引けなかった。
だってようやく火種が暖まってきたところなんだ。
身体中を巡り、発汗する火種の火の粉。
血液が沸騰しそうなくらい何度も何度も循環を繰り返し、火種が熱く昂っていくのを感じる。楽しくなってきた。
「あはっ、いいね、その顔」
未だ余裕の表情を崩さない夕日さんは、宣言通り模擬戦が始まってから一度も能力を使用していない。
涼しい顔で俺の攻撃を読み切り、回避行動の先を予測して模擬刀の一撃を繰り出してくる。
「くっ……!!」
白蒼剣を翻し夕日さんの攻撃を防ぐ。
前に出る。
戦闘速度が、刃の往来が激しさを増す。
夕日さんは楽しそうに笑っていた。
きっと俺も笑っているのだろう。
楽しくて仕方ない。
何度も剣を交差させる。
交錯する白蒼剣と模擬刀が唸りを上げ続ける。
呼吸は荒く、しかし視界は次第に鮮明になっていく。
白熱する互いの剣戟に耐え切れず、夕日さんの手にする模擬刀の端が欠けた。
飛び散る刃の欠片に夕日さんが目を向けた。
その時、ウェイカーとしての直感が俺に告げた。
一瞬、ほんの僅かな隙が生まれたと。
「う、おおおおおおおおおおおおおッ!!」
深く踏み込み、俺は白蒼剣を勢い良く振り上げた。
樵斧が大木に突き刺さるが如く、コォン、と一際子気味いい音を響かせ夕日さんの模擬刀が跳ね上がる。
「――!?」
驚きに、夕日さんが目を丸くした。
腕ごと高く跳ね上がった模擬刀。
夕日さんの隙をついて得た千載一遇の好機。
刹那の時の中で考える。思考する。
1歩踏み込み白蒼剣を振るう。俺の剣は恐らく夕日さんに届くだろう。でも致命傷までには至らない。絶対にだ。確信がある。根拠がある。
だって、葵さんなら俺の渾身の一撃を確実に避けるだろうから。
どんな体勢でどんなに隙を晒そうとも、葵さんと同等かそれ以上の反射速度を持つ夕日さんは、十中八九俺の次の一撃を簡単に躱してくるだろう。
上手く行って、精々薄皮一枚斬れればいい方だ。
――でも、それじゃあダメだ。
初めて葵さんと模擬戦をした日。
防御を捨てて意地汚く、文字通りの特攻をしかけてようやく、俺の稚拙な刃は葵さんに届いた。
それをもう一度、繰り返すのか。
いいや、それじゃダメだ、――嫌なんだ。
1回きりのまぐれで届いたって意味がない。
1度だけの奇跡なんかで今の俺は満足できない。
どうせなら実力で。
あの日の俺を超えてみせる。
寸刻の思考を終えると同時、俺は踏み留まり、夕日さんとの距離を詰めるとは逆に彼女から距離を取った。
「おっと?」
てっきり俺が突っ込んでくると踏んでいたのだろう。
その上で完璧に対応しようと身構えていた夕日さんが、俺の予想外の行動に戸惑いを見せた――が、それも一瞬。
刹那の判断で、迷うことなく後退する俺に接近することを夕日さんは選択した。
「それは悪手でしょ、今のは攻めなきゃ」
夕日さんの目には俺の行動がどう映ったのか。
千載の好機を不意にした、ただの臆病者と、そう映ったのかもしれない。
もう好機は与えない。次で終わらせる。
すでに冷め始めた夕日さんの黄色の瞳は言外にそう告げていた。
身体能力をフルに使用し、模擬刀を構え床を蹴った夕日さんは、すぐに後退する俺に追いついた。
そのまま模擬刀を加減なく横薙ぎに振るだけで、この戦いは終わりだと、夕日さんはそう思うだろう。
「一紫閃刃――」
彼女は気づくべきだった。
彼女ほどの実力者であれば察するべきだった。
いくら身体能力に天と地ほどの差があれど、あまりに後退する俺の速度が遅すぎることに。
「まさか」
振り上げた白蒼剣に、紫麗の炎が収束していることに、ようやく夕日さんが気づく。
だが、もう遅い。逃さない。
至近距離。追い詰めたのは俺の方だ。
限界まで収束させた紫麗の燐火が、今か今かと発散を待ち望み火の粉を散らす。
紫炎を纏う白蒼剣を、俺は振り下ろした。
「――〝淡麗・織紫咲〟ッ!!」
視界が染まる。
収束から解き放たれた紫炎が爆ぜた。
瞬く間に視界が紫麗一色に飲まれ、鮮やかな火炎が夕日さんごと訓練室を一口に呑み込んだ。
いったい、何度目になるだろうか。
全力の一撃を人に向けるのは。
我沙羅の【黒鬼】に【刃折】と【狂犬】。
そして椿姫の【双夜叉】こと葵さんを含めれば、俺が火種の全力攻撃を放ったのはこれで5人目だ。
諸に入ればレベル.6でさえ深手を与える威力。果たして――。
炙るように迸る炎幕が徐々に晴れ始める。
緊張を孕んだ瞳で見守る先に人影が現れた。
「……な!?」
俺は驚愕に目を開いた。
視界に現れたのは無傷の夕日さんだ。
『織紫咲』を防いだと思われる模擬刀は半ばから折れていた。しかしそれだけだ。服も髪も乱れておらず、埃すら被っていない。全くの無傷。
全力全霊の『織紫咲』でさえ、夕日さんには掠り傷ひとつ付けられなかったという確固たる事実。だが、俺に驚愕を与えたのはそんなことじゃない。
「やられたよ〜、見事に一本釣られたね」
飄々と無邪気に笑う夕日さん。
俺の見間違いでなければ、いや俺の目が変でないのならば、夕日さんの身体が、夕時の薄茜色のような光――或いは炎を纏っているかのように俺の目には映った。
「なんで……それは、まさか」
言葉が出てこない。
俺はソレから目が離せない。
酷く見覚えがある。
見覚えどころか、今も俺の身体を抱いている。
夕日さんの纏うソレは、俺の火種と酷似していた。




