Level.72『胸が温かい、これがホームシック……』
「……にぃ、お兄ってばっ!」
隣から聞こえてきた声に、俺の意識は過去の回想から現在へと引き戻された。
「ん?」
現在。
小山市に発生した異界門を無事攻略し終えた俺と凛夏は、実家のある桜丘市へと帰路を辿っている。
気づけば見慣れた町並みの中にぽつぽつと桜の木が目立ってきた。
「ん? じゃなくて。あたしの話ちゃんと聞いてる?」
不審な顔でこちらを睨んでくる凛夏。俺は咄嗟に苦笑を浮かべて誤魔化そうとする。
「聞いてた聞いてた。緋羽さんのことだろ?」
異界攻略後の、緋羽さんとの会話のことだろうと当たりをつけ俺はそう言った。
すると凛夏は「はぁ」と隠す気もなくため息をつく。
「やっぱ聞いてないじゃん」
「うっ……」
うん、どうやら違ったらしい。
「もういい」
凛夏はへそを曲げてぷいっと俺から顔を背けた。
「ごめんて凛。それでなんの話だっけ?」
「だからいいって言ってんじゃん。しつこい」
「ぐっ……」
またもや俺は凛夏の機嫌を損ねてしまったようだ。
こうなった凛夏はしばらく機嫌を治さない。きっとしばらくは口を利いてももらえないだろう。
いや、悪いのは話を聞いていなかった俺なのだから、今回は全面的に俺の方に非がある。
それからしばらく無言が続いた。
空気がどんよりとしている。
何か話題はないかと考えていると、ふいに俺の視界に錆びた赤色のスベリ台が映った。
寂れた遊具がひっそりと佇む、小さな公園だった。
俺は足を止めた。
「ちょっと、何してんのお兄……」
急に立ち止まった俺に対し、苛立たし気に声を発した凛夏だったが、俺の視線の先にある公園の存在に気づいて徐々に怒気が薄れていった。
「……懐かしいな。この公園」
それこそ俺が小学校低学年のときだ。
凛夏も姉さんも、まだ能力に目覚めず、ウェイカーになる前の幼少時代。
近所の遊び場と言えばこの公園くらいのもので、俺達兄妹は幼少期の多くをこの公園で過ごした。
「まだあったんだ、ここ。昔はお兄とお姉とあたしの三人でよく来てたよね」
「そうだな。佑樹や香ちゃんも遊びにきたりして、そのときはみんなで缶蹴りとか泥警とかやってさ」
「なっつ。よく覚えてるね、お兄。……ちょっとヒく」
「いやヒくなよ!?」
「そういえば佑樹さんとか今頃なにしてるんだろう」
あからさまな話題転換は母さんの十八番だ。親に似てきたなぁと心の中で思いつつ。
「ああ、佑樹となら去年会ったよ」
「え、いつ!?」
驚いたように凛夏が反応する。
「能力者講習会でさ、そのとき佑樹もたまたまその場にいたんだ」
あれは偶然という他ないだろう。
能力に目覚めるのは人それぞれで、それがほとんど同じタイミング、同じ日に講習会に参加したとなれば、それはいったいどんな確率になるのだろう。
能力に目覚める人間の割合を加味すれば、恐らく1%を下回るのは間違いない。
「講習会でってことは、そっか。佑樹さんもウェイカーになったんだ」
視線を落とし、凛夏は寂し気な表情を浮かべる。
能力者になったというのは≒不幸を示している。
それこそ心の引き裂かれるような状況下で心象武装は目覚めるのだから。
凛夏の気持ちもわからなくはない。
「心配しなくてもあいつは元気でやってるよ。ウェイカーを続けてれば、きっとどこかで会う機会もあるだろうしな」
なるべく言葉を選んで、俺は凛夏を励ました。
凛夏は未だ不安そうな顔をしている。
「そのうち佑樹にまた会ったら、そのときは凛が会いたがってたって伝えとくよ」
「べつに……そこまでってわけじゃないけどさ」
「香ちゃんも元気にしてるって言ってたし、久しぶりにみんなで集まってまた遊びたいよな」
そう言えば、今頃佑樹はなにをしているのだろう。
最後に連絡を取り合ったのはちょうど一年前。
俺が椿姫に派遣が決まったとき、佑樹がレベル4になったと自慢してきたのが確か最後のやりとりだ。
あれ以来、お互い忙しくて連絡を取り合っていない。
栃木に帰ってきたことだし、今度また連絡を入れようと考えていると、
「変わったね、お兄」
唐突に凛夏がそんなことを言ってきた。
「そう、かな?」
「うん。雰囲気とかさ、変わったよ。ついこないだまでは余裕がないって言うかさ。なんか危なっかしかったっていうか」
一年前の俺は、生きる意味を見失っていた。
ただ強くなることばかりを考えて、我が身も顧みようともせずモンスターと戦ってばかりいた。
きっとそのほうが楽だったからだ。
戦っていれば、過去を考えずにすむ。
一種の自暴自棄だった。
凛夏の眼から見ても俺はそんな感じだったのか。
「そっか。そうかもな」
でも、椿姫に行って俺の心境は変化した。
様々な経験の中で、色々な人の力を借りて、俺は過去を乗り越えられたのだとそう思う。
「心配かけたな、凛。ありがとう」
凛夏は「なんでありがとうなのさ」と不思議そうだったが、俺は笑って誤魔化した。
心配してくれる人がいる、それだけで俺は嬉しいんだ、なんて恥ずかしい台詞は口に出せなかった。
「しばらくこっちにいるの?」
「どうだろう。ゆっくりしたいって気持ちはあるけど」
「ふぅん」
興味なさげに、どうでもいいと言った様子で凛夏は明後日の方を見る。
「そう言えば、緋羽さんが言ってた俺の話って……」
「――なんでもないからほんとにもう!?」
一転して冷静さを欠いて大声を上げる凛夏を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「ははっ」
「なによ!」
「いや。変わんないなって思って。凛夏はさ」
「うっさい! お兄のくせに生意気だから!!」
「あははっ、そうかもな」
俺はまた笑った。
本当に凛夏はあの頃と変わらないなと思って。
公園を後にして、しばらく進んだ先の自販機のある十字路を左に曲がる。
自販機にはコーラとコーヒーが売り切れていた。
勾配の緩い坂を上り、しばらく歩くと、白壁に蒼い屋根の実家が視界に見えてきた。
玄関の前で、感慨に浸る。
たった1年しか家に帰っていないというだけで、ここまで実家が懐かしく思えてしまう。
「深いなぁ、これがホームシックってやつか」
「アホなこと言ってないで、はやく入ってくれない?」
凛夏に急かされるまま、俺は玄関のドアノブを回し、家の扉を開けた。
鼻孔に香る、懐かしい実家の匂い。
ようやく俺はここに帰ってきたんだ。
「ただい――」
「しゅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜!!」
直後、俺の胸に勢いのあるタックルが叩き込まれた。




