Level.71『経験と知識、そして才能』
始めは、どこでも良かった。
俺を必要としてくれるクランならどこでもいい。
ギルドを通し、手当り次第に推薦書を書いてもらい、ようやく掴んだ切符が椿姫だっただけのこと。
正規ではなく派遣ではあったが、レベル0の俺を雇ってくれる、それだけで俺は嬉しかった。
大型クランに所属する高レベルウェイカーの戦いを間近で見られるなら願ってもないチャンスだ。
そう思って、俺は椿姫の門を潜った。
波乱万丈な毎日。
忙しなく流れていく日々は濃密で。
様々な出会いがあり、またその逆に別れもあった。
無我夢中で時間が過ぎ去っていき、そうこうしている内に椿姫に所属して早くも一年の月日が過ぎた。
冬が終わり、命が芽吹く春。
椿姫の庭には見事な枝垂れ桜が咲いている。
「――別に、好きにしたらええやろ」
今や毎日の習慣となっている模擬戦場で、隣に腰をおろした葵さんが何ともない風にそう言う。
「別にって……俺、けっこう本気で悩んでるんですけど」
1年が経った、ということはつまり、椿姫と結んだ派遣の契約期間が終わるということだ。
本来であれば順当にそこで契約は終了だが、嬉しいことにクランマスターの簪刺 茜さんは俺に椿姫に残って欲しいと言ってくれている。
正式にクラン椿姫の団員として、正規雇用で俺を迎え入れてくれると。
はっきり言って、レベル0の俺がクランで正規ウェイカーになれるなんて機会は早々巡り会えるものじゃない。
それを葵さんに相談した結果がさっきの「好きにすればええやろ」である。
「残りたい思うたなら残ったらええし、残りたない思うなら去ればええ。別に俺は止めへんし」
水筒の蓋を開け、葵さんは中身を口に入れる。
ごくごくごくと喉を鳴らし「ぷはぁ」息をつく。
「悩んどるっちゅーことは、ウチを出ていきたいって気持ちも多少なりともあるっちゅーことや。せやから俺に相談しに来たんやろ。ちゃうか?」
「それは……」俺は咄嗟に否定の言葉を飲み込んだ。
実際、俺は悩んでいた。
椿姫に残ってくれと言われるのは正直嬉しかった。
こんな俺のことを必要としてくれている。
俺という存在に価値を見出してくれている。
さっきも述べたが俺はレベル0だ。
レベル0の俺を正規で雇ってくれるなんてクランはきっと他にはないだろう。それが大型クランとなれば尚更に。
そのことを俺は1年前に嫌というほど痛感している。
面接どころか書類選考のみで就活を落とされるというのはかなりメンタルにくる。
ウェイカーとして安泰を望むなら、このまま椿姫でやっていくほうが断然いい。自分でもそう思う。
しかし、それでも俺を突き動かす衝動――。
「俺は強くなりたい。もっと、強く。もう誰も失わくてすむような強さが欲しい……そう思っていました」
強くなるために俺は椿姫にきた。
努力を怠らず、日々の鍛錬にも勤しんだ。
葵さんや祥平さん、そして楓にも協力してもらい、俺は以前とは比べ物にならないくらいに強くなれただろう。けれど、それだけだ。
「上には上がいて。どれだけ強くなろうと、それでもまた俺は大切な人を失った。守れなかった」
強さには種類がある。
個人の強さや、集団の強さ。心の強さなど。
そして強さを形作るのは経験と知識、そして才能だ。
俺にはそのどれもが足りていないと自覚する。
人生の先達が口を揃えて経験が足りないと言うわけが、椿姫に来て少しだけわかった気がする。
引き出しが少なすぎるのだ。
だから俺は窮地に立たされた際の判断力や対応力に乏しい。結果として感情的に動いてしまう。
ひとえに経験不足が悪いと言っているわけではないし、だからといって知識だけがあっても実戦で使い物にならない例も知っている。
才能の観点は既に諦めた。
だから俺は経験と同時に知識も養っていきたい。
「きっと、世界には俺には敵わないような……俺の想像もつかないような怪物がいっぱいいる。それこそ葵さんみたいなウェイカーがたくさん」
強くなるために俺は椿姫にきた。
強さを知りたくて椿姫にきた。
椿姫で学べることはきっとまだまだ沢山ある。
けれどそのほとんどは経験でしかない。
俺が欲しいのは、強さの引き出しと、戦いの知識。
だから――。
「俺はもっと……世界が見たい! 強さを知りたい!」
葵さんとはまた違う『強さ』を兼ね揃えた猛者が、世界には数多く存在するのだろう。
それを俺はこの目で見て、学びたいと思ったから。
「なんや。もうとっくに答えなんて出てもうてるやん」
くっく、と葵さんは楽しそうに肩を揺らして笑う。
「好きにせぇ。いろんなこと考えて、そんでもって自分のやりたいようにやるんがいっちゃんええ、やろ?」
試すように葵さんはそう言う。
その言葉は俺の大先輩の言葉だ。
あの人もきっと、そう言ってくれるに違いない。
「いろんなとこ見てきた後で、そんでウチがええってなったらそんときは戻ってくればええ。そんだけの話や」
「葵さん……」
葵さんの言葉に背中を押してもらう。
そうしてやっと、俺の決意は固まった。
「1年間、お世話になりました!」
深く、深く、頭を下げた。
葵さんは照れ臭そうに「ほな、またな」と肩を揺らして笑った。




