Level.70『3年前の記憶』
小山市に出現した異界は、門の発生に駆けつけた炎獅子のクランメンバーと、栃木ギルド所属のウェイカーによって早急に攻略された。
幸い死者は出ていない。
身体を張って単独で門に乗り込んだ凛夏の功績である。
我が身を顧みない、あまり褒められた行動ではないがしかし、結果だけ見れば最善だったのかもしれない。
ちなみに俺、織﨑 萩も門の攻略に参加させてもらった。
門の攻略後、ギルドの職員らが後始末に追われる中。
「ひっさしぶりじゃねぇかよ、萩!!」
背後から向けられた大きな声。
振り返ると、そこには戦傷だらけの鎧を身に付けた中年の男の姿が俺の視界に映る。
「晶さんじゃないですか! ご無沙汰ぶりです!」
声を上げ、俺は男に応えた。
俺は彼を知っている。
つい1年前まで所属していた栃木ギルドで散々お世話になったウェイカーこそが菊池 晶さんである。
「なんだおめぇ萩、見ねぇ間にずいぶん強くなってんじゃねぇかこんにゃろう!」
「晶さんこそ、変わらず元気そうでなによりです」
がっはっは、と晶さんが豪快に笑う。
「椿姫はどうだったよ? 関西の方じゃトップのクランだろ? 俺になにも言わずに出て行きやがってこの野郎〜」
「あははは、すみません。すごい人ばっかりでしたよ、椿姫は。レイドに付いていくのがやっとで、1年間の派遣あっという間に終わっちゃいました」
「1年耐え切ったなら本物だぜ。俺も若い頃は派遣でデカイクランに行ったが最悪だったぜ。雑用と荷物持ちばっかで2ヶ月で辞めちまったよ。派遣なんてやるもんじゃねぇぞほんとに」
晶さんは昔を思い出すように染み染みと語る。
俺も最初は雑用ばかりだったが、途中からはチームに混ぜてもらって異界攻略に参加させてもらった。きっと運が良かったのだろう。
「1年満期で帰ってきたってことは、ギルドに戻ってくるのか?」
晶さんの問いかけに俺は言葉を濁す。
「いやぁ、実はまだ決めてなくて。数ヶ所気になったクランがあるので、とりあえずは面接でも受けようかなと」
「なるほどなぁ、いいんじゃねぇか。若ぇときに色々やってみて経験を積んだほうがいい」
腕を組み、うんうんと頷く晶さん。
「ところで遥斗さんは一緒じゃないんですか? 帰ってきたので遥斗さんにも挨拶したいんですけど」
周囲を確認する仕草で遥斗さん――栃木ギルドでお世話になった先輩――の姿を探す俺に「ああ、遥斗な」と晶さんは呆れ顔半分といった様子で苦笑を浮かべた。
「遥斗のやつなら半年くらい前に英国に行ったぜ」
「イギリス!?」
突拍子のない返答に、俺は驚きを隠せなかった。
彼女と別れて吹っ切りがついたというのか。いやそれにしても大胆すぎる選択だ。
以前は日本一のクランを創設するとか何とか、そのあかつきには俺をクランに誘ってやると息巻いていた。
「それがどうしてイギリスに……」
晶さんは俺の反応に理解を示すように肩をすくめて苦笑した。
「なんでも世界一のクランを作るんだとよ」
「はぁ。世界一、ですか」
それは大層な目標である。
日本一のクランから世界一のクランときたか。
俺が派遣でいった椿姫は、日本でも有数の大型クランだ。しかし世界からみれば中堅のクラン。椿姫レベルのクランなら世界には数多く存在する。
噂で聞いた話によれば、日本のように複数のクランを持ち全国に戦力を分散させず、軍隊のように国家でひとつのクランを作り統制を敷く国もあるのだとか。
そうなってくるともはや一国の国家戦力に匹敵するほどの権限と地位を築き上げる他あるまい。
果たして遥斗さんはそこまで考えているのかどうか。
でも不思議と遥斗さんにだったら不可能ではないんじゃないかと、そう思えてくる。
「それはなんとも遥斗さんらしいですね」
「だろう?」
俺と晶さんは、ふたりして笑い合った。
❦
晶さんと別れた後、俺は門近くの通りで妹の凛夏を探し歩いていた。
時刻は平日の4時。だというのに思いの他、通りには人が集まっている。
学校を終えた学生に、何組もの報道記者。終いには騒ぎを聞きつけた野次馬など。
警察官が立入禁止の規制線を貼り、駆けつけたウェイカー達が所々で談笑を交えている。
周囲を見回しながら通りを歩いていると、背後から「あ」と声が聞こえて振り返る。
「や〜っと見つけた!」
軽くため息をつきながら、小走りで俺の方に駆けてくるのは凛夏だった。
「お兄、どこ行ってたの。探したんだから!」
少し不機嫌ぎみな凛夏に、ごめんごめんと俺は軽く苦笑してみせる。
「ギルドでお世話になった晶さんと話してたんだ」
「べつに構わないけど、ひとこと言ってよね。先に帰ったかと思ったじゃん」
「はは、ごめん」
「……べつに。謝ることじゃないけどさ」
ツンと顔を背け、やはり凛夏は不機嫌そうだ。
1年前とまるで変わらず反抗期中。いやもしかして本気で嫌われているだけなのかもしれないと最近そんなことが脳裏にちらつくが、悲しくなるのであまり意識しないようにしている。
「君が例の萩くんか〜」
ふと、会話に割り込む第三者の声。
声をけてきたのは陽炎のように緋い髪色の男。
いかにも女の子好きといったようなチャラい見た目で、年齢は俺より幾つか上。たぶん葵さんと同じくらいだろう。
どこかで見たことのあるような気もしたが、それよりも男の発言のほうが気になった。
「例の?」と、俺は男に聞き返す。
「そうそう、例の。ねぇ、凛夏ちゃん?」
話が凛夏にふられると、なぜか凛夏は目に見えて動揺した様子だった。
「ち、ぁ、……っ」
「ん?」
会話についていけず、俺は疑問符を浮かべて凛夏に視線を向ける。
するとキッと凛夏に睨まれた。
「お兄うっさいっっ!!」
そしてキレられた。
「まだ何も言ってないのに!?」
「言ってるし! 目線がうるさいからほんとにっ」
泣いてもいいだろうか。
顔を赤くした妹からの罵倒。
どうやらこれは本気で嫌われているらしい。
うん、泣いてもいいだろうか。
この世の終わりのような表情を浮かべる俺を見て、くくっと男が堪えるように笑った。
「兄妹仲がいいねぇ〜」
どこがだよ!? と危うく突っ込みかける俺より一手早く、陽炎色の髪の男が思い出したように口を開く。
「っと、自己紹介がまだだった。俺はクラン炎獅子の緋羽 翔。凛夏ちゃんの先輩さ」
「炎獅子の……」
緋羽 翔。
聞いたことのある名前だった。というか有名人だ。
炎獅子のNo,3。【不死鳥】の二つ名を持つレベル7のウェイカー。
栃木でこの名前を知らない人間はいない。
と、同時に俺の中の記憶が思い起こされる。
あれは2年前。まだ俺が能力に目覚める前。春ヶ丘東桜高校に異界門が発生したその日の朝、俺は彼と一度会っているのだ。
「お会いするのはこれで2回目ですね。織﨑 萩です」
「ん、2回目?」
緋羽さんが首を傾げた。
「お兄、緋羽さんと面識あったんだ」
「面識って言うほどじゃないけど、ほら。東桜に門が開いたとき、緋羽さんと朝会ったんだ」
「そんなこと言ってったっけお兄?」
当時は忙しく、俺の精神面も不安定だったため、このことを誰かに話すのは初めてかもしれない。
俺自身、そんなことは今日まで忘れていたし。
「まぁ、曲がり角で肩が当たった程度だから、俺が一方的に知ってるようなもんだけど」
「ふぅん……あれ? でもあの日ってたしか」
凛夏がなにか気づいたように首をひねる。
「千歳公園にレベル7の門が出現して、緋羽さん含めあたしたち炎獅子は夜通しで迷宮攻略だったはずだけど……」
言われてみるとそうだ。
あの日の前日、千歳公園に門が出現した。
テレビ中継で放送していたので俺も覚えている。
炎獅子総出の異界攻略は次の日夕方近くまでかかり、高校に開いた門の到着に遅れたのはそのせいだ。
だから時間的にも緋羽さんが早朝、千歳公園から離れた高校付近にいるなんてことは不自然だった。
だったらあれは俺の勘違いだったのかもしれない。
「ん〜、そうだねぇ。俺たち炎獅子は総動員でレイドにあたってたからね。たぶん人違いじゃないかなぁ。ちなみになんで俺だと思ったの?」
緋羽さんも顎に手を当て当時を思い返しているようだった。
「なんでだったかなぁ。前の日にテレビで中継されてる緋羽さんを見たってのもありましたけど……」
なぜ、緋羽さんだと思ったのか。
赤い髪の男が珍しかったのもあるし、早朝あまり人とすれ違うことがないから一段と注意がいったのかもしれない。他に特徴といえば――そう、服装だ。
「黒いレインコートが印象的で」
「黒いレインコート……?」
訝し気に緋羽さんは眉をよせた。
「はい。真っ黒のレインコートから赤みがかった髪が見えて。しかも朝だったんで余計に目立つと言うか」
「目立つっていうか、それじゃただの不審者じゃん」
たしかにその情報だけではただの不審人物だ。
「もしかしてそのレインコート、ボタンとかファスナーがなくて、ポンチョタイプだったりする?」
何を思ってか、緋羽さんがそんなことを口にした。
新手のボケかと警戒したが、神妙な顔の緋羽さんを見て、どうやらボケではないようだと悟る。
「どうでしたかね。もう3年も前のことだし、一瞬だったので……すみませんそこまでは覚えないですね」
黒いレインコートが記憶に深く刻まれ、レインコートのタイプなど詳細は思い出せなかった。
緋羽さんは「いや、大丈夫だよ」と表情筋を弛緩させた。
「緋羽さん、なにか心当たりがあるんですか?」
「心当たり、ってほどじゃないんだけど。少しね。まぁ俺は黒いレインコートなんて地味な服は持ってないけど」
女の子受け悪いしさ、と緋羽さんは付け加えた後で、何気ない風に質問を続ける。
「萩くん。他にはあの日、おかしかったこととか、不自然だと感じたことはないかな?」
「不自然なこと、ですか」
緋羽さんは頷いた。
「うん。一般人の頃の常識とウェイカーになってからの知識は全然違うでしょ。例えば、異界門。そう――門の出現の仕方がおかしかった、とかね」
緋羽さんの発言に、俺はハッとなる。
思い浮かぶ節がひとつだけある。
「そう言えばあの日、体育館の天井から赤く光る石が落ちてきて、それで門が発生したんです!」
あの頃の俺はまだ門について詳しくなかったから、疑問にも思わなかったが、今思えばたしかにあの門の出現の仕方は妙だった。
「なにそれ、赤い石?」
「そう。天井から赤い石が落ちてきて、床で弾けて空間が歪んで、それで門が発生したんだ」
凛夏は半信半疑、否、疑いの目で俺を見る。
「それ。きっと幻覚だよ、お兄」
「……幻覚?」
「うん。異界崩壊を経験した人たちはみんな気が動転して変な幻覚ばかりみるんだよ。だからお兄が見たのも幻かなんかでしょ。あたし聞いたないもん、石が割れて門が発生したなんて話」
それは俺も同じだった。
ウェイカーになった今も、俺はあんな門の発生の仕方は知らないし、見たことも聞いたこともない。
なにが妙かと聞かれると、言語化するのが難しいが、けれど変だった。それは間違いないのだ。
「でも、俺はたしかに見たんだ。あの赤い石を……」
はぁ、と凛夏はあからさまにため息をついて、
「だから幻覚だって。そもそもさお兄、自分がなに言ってるかちゃんと理解してる?」
「なにって、……なに?」
「だから!」と凛夏が口調を強くして、
「石が割れて門が発生したなんて、――それじゃまるで門が人為的に発生したみたいじゃん」
「――」
凛夏に指摘され、ようやく俺は気づく。その可能性に。
普通、異界門は自然発生する。これは常識だ。
だがあのときは違った。まるで赤い宝石が門の発生に起因するかのように、砕けた赤い石に誘発されて門が発生した。
つまり、あの門が人為的に呼び起こされたものだと過程すれば、俺の胸に蟠る違和感にも説明がつく。
違和感といえば、他にもあったはずだ。
なにかを忘れている気がする。
あの日、赤い石以外に感じた違和感――。
あと少しで大事なことを思い出せそうなところで、沈黙して考え事をしていた緋羽さんが口を開いた。
「たしかに凛夏ちゃんの言うとおりだね。門が人為的に発生したなんて話は俺も聞いたことがないし、想像したくもないな」
苦笑を浮かべた緋羽さんがそう言って、
「そのことを知っているのは君ひとりだけかい? 萩くん」
「はい。多分あの場で気づいたのは俺ひとりだけだと思います」
そうか、と緋羽さんは安心したように笑う。
「それじゃあ、このことはあまり言いふらさない方がいいかもしれない。例えそれが事実だったとして、あまり良い想像をする人は少ないだろうし。無用な混乱を招きかねない。わかってくれるね、ふたりとも」
緋羽さんの言うことも一理ある。
無闇やたらに言いふらすつもりはなかったが、ただ一点。反論を許さない雰囲気の緋羽さんの言葉が気がかりだった。
俺と凛夏は互いに顔を見合わせ頷いた。




