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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第三章 Grow up soul
73/132

Level.???『BE,Ⅲ――一度壊れてしまえば治らない。枯れた花に蕾は芽吹かないように』


 Level.???はIFストーリーとなっています。


 説明が遅れてしまってすみません。本編とはあまり関係ないので話がややこしくなって「なんじゃこりゃ」となっている方もいたかもしれません。


 察しが良い方は既に気づいておられるかもしれませんが、IFストーリーに萩は登場しません。

(萩の存在しない世界線がメインのIFなので……)


 ですのでIFストーリーは別段読まなくとも大丈夫です!でもできれば読んでほしいです!


 主人公のいないIFなんて許容できないわよ! という方は読まないことをおすすめします。


 そして更に察しが良い方は「まさかこれって……」と、伏線の存在に気づかれたかと……なんて言ってみたりして笑


 楽しんで書いているので、読者の皆様も楽しんで読んでもらえれば幸いです。





 きっかけが何だったのか、もはや覚えている人間は少ないだろう。

 

 領土の拡大や資源の獲得。

 王族の暗殺に理不尽な陰謀論。

 終いには下卑た痴話喧嘩でさえも。

 歴史の中にはそのような事例や逸話が幾つもある。


 しかし所詮は枯渇した人間の欲望が原因なのだろう。


 いつの時代もくだらぬ欲望の上に狼煙が上がる。


 長期間続く、連邦と共和国との戦争の話だ。





「逃がすな! 共和国の人間を皆殺しにしろ!!」


 かつては豊かった緑ある大地の上を、何両もの戦車が駆け抜ける。


「連邦のクソったれ共に報いを受けさせてやる!!」


 青い空の上には戦闘機が飛び回り、夥しい量の爆弾を投下していく。


 弾丸が火を吹き、爆炎が大地を赤く染める。

 何人もの命が散っていった。


 かつて戦争で重要視されたのは彼我との人数差、そして最先端をいく兵器の数と質だった。

 だが今の時代の戦争は前時代のそれとは全く違う。

 

 現在の戦争に置いて最も重要なもの、それは――。


「〝大地の破綻(アース・テール)〟ッ!!」


 人間離れした能力を持つウェイカーの存在である。

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!?」

「くそッ、忌々しい共和国め!!」


 どれだけ優れた武器を有していようと関係ない。

 人類叡智の殺戮兵器より、高レベルのウェイカーがひとりいればそれだけで事足りる。

 そう、今や戦争基盤はウェイカーの質で決まる。


「はっはァッ! どうだ見たか! 連邦なぞ敵ではない! 攻めよ同胞! 俺に続け!!」


「「うおおおおおおおおっ!!」」


 巨大な戦槌を掲げる巨漢。

 彼の名はガレス・バーグ。二つ名は【黒槌】。

 劣勢の共和国に加勢した、南ヨーロッパのウェイカーだ。

 否、ガレスだけではない。

 傲慢な連邦軍を打倒すべく、数々の名のあるウェイカーが世界各地から共和国に加勢している。


 ガレスに続き、共和国の戦士達が武器を取る。

 彼の参戦と活躍により、士気が高揚していく。

 押し返し始める共和国軍。


 そう、過言なくウェイカーこそが戦争を支配する。

 敵国よりも格上のウェイカーがいれば、戦況は難なくひっくり返る。

 そしてそれは両国に言えることである。


「Level.6【黒槌】のガレスが出てきたか」


 連邦軍最前衛に、ひとりの男が立った。

 年の瀬は若い。まだ20を越えたばかりだろう。

 連邦特有の白い肌と白みがかった金髪。

 長身で細身の男は連邦の軍服を纏っている。

 胸元に飾られる金色の四芒星は、彼の階級を示している。


「まさか、あいつは……!?」

「〝四芒星〟がでてきやがった……!!」


 共和国軍がどよめいた直後。

 連邦を脅かしていた何両もの戦車が宙に浮かんだ。


「なっ、バカな! 戦車1台何十tあると思ってる!?」

「逃げろ! 落ちるぞ!!」


 数十メートル上空まで浮遊した後、浮遊した戦車がガレスめがけて集中落下。

 ガレスは黒槌で戦車を粉々に粉砕する、しかし。

 粉砕しても尚、鉄の欠片となった戦車の残骸は勢いそのままにガレス目がけて殺到した。


「小癪な!!」


 ガレスを押しつぶすかのように密着する戦車の残骸。

 ミシミシと音を立てるのは戦車の残骸か、もしくはガレスの肉体か。

 身動きの取れない中ガレスが呻く。


「ぐっ、ぬぬぬ――ッ、が、」


 ガレスの口から悲鳴が漏れる直前。

 ガレス及び共和国軍数十名を巻き込み戦車が爆発。

 血だらけのガレスがその場に伏していた。

 

「しかし所詮は街滅級。僕の敵じゃない」


 沈黙したガレスを一瞥し、連邦の男がつまらないなという表情を浮かべた。


 彼は連邦軍大佐フェリックス・アドロフ。

 連邦軍総帥から四芒星を賜ったLevel.7。

 

「今どき戦車なんて時代遅れにも程がある。旧時代の遺物だよ。僕にとってはなんら脅威でもなんでもない」


 長髪をかきあげ、フェリックスは微笑を浮かべた。


「怯むな! Level.7が相手だろうと、我らの矜持は揺るがない! 最後のひとりになるまで共和国のために命を捧げよ!! 家族のために! 祖国のために!!」


「「う、おおおおおおおっ!!」」


 ガレスの敗北と四芒星の出現という絶望的状況に陥っても、共和国の戦士たちは折れなかった。

 守るべき家族のために。

 帰るべき祖国のために。

 そして愛すべき平和のために。

 共和国は最後のひとりになるまで屈しない。


「悪いけど、僕にも帰るべき場所がある」


 敵国の戦士に同情するような感性は、連邦の兵士であるフェリックスには必要ない代物だ。

 フェリックスは眉をよせる。


「何故閣下は早々と共和国を制圧してしまわれないのだろうか。五芒星(ピャーチ・ジースター)を仕向けてしまえば脆弱な共和国など10日足らずで陥落できるというのに」


 そこまで口にしてから「いや」とフェリックスは首を横に振った。


「それは傲慢な思考だ。聡明足る閣下の御考えを、僕如き四芒星が推し量れるものではない」


 そしてフェリックスは感情を殺した瞳で銃を構える共和国軍の戦士たちを見据えた。


「兵である僕は、ただ命令を遂行するのみ」


 瞬間、銃声が響き渡る。


「殺せぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 夥しいほどの銃声と爆裂音が幾重にも反響し、弾丸から砲弾に至る全ての殺意がフェリックスに向け発射された。

 着弾すればいくらLevel.7とて無傷とはいかない。


「当たればの話だけれど」


 フェリックスは右手を身体の正面に掲げた。

 何百発もの弾丸がフェリックスに迫る。そして。

 

 フェリックスに向け発射された弾丸全てが、彼の掲げた手のひらから数センチ先で停止した。

 まるで弾丸が急激に勢いを失ったかのように、空中で完全に静止している。

 

「うそ、だろう……?」

「ばかなっ、くそッ!!」

「なにが起こってやがる!?」


 その光景を目の当たりにした共和国の戦士達は呆然と口を開け、立ち竦んだ。


「閣下から授かった僕の二つ名は【操鉄の四芒星(チュピリー・スティル)】。この場に存在する全ての鉄を僕は支配する」


 フェリックスが掲げた手のひらを翻し、手の甲を共和国の戦士たちに向けた。すると同様に静止した弾丸も360度向きを変え、共和国の戦士たちに弾頭を向ける。


「今から死にゆく君たちに説明したところで意味なんてないけれど。――返すよ」


 フェリックスがパチンと指を鳴らす。

 それを合図に、フェリックスに向け発射された弾丸全てが、今度は逆に共和国軍に向け発射された。


「逃げ――」ることなどできはしない。


 空から落ちる雨粒を避けることができないように。

 共和国の戦士たちは動けずいる。

 ただ呆然と、ソレを見ている。


「ああ、神よ……。祖国に幸あれ」


 最後に呟かれた言葉は祖国への祝福だ。


 戦場に立った時点で死を覚悟していた。しかし直面した死を受け入れられるわけがない。

 数瞬後に迫る死に怯えながら、共和国の戦士たちは瞼を閉じた。


 次の瞬間、砲弾やらが弾ける。

 耳をつんざくような爆音。

 火薬に火がつき巻き起こる大爆炎。

 熱を纏った強風が殴りつけるように辺りに吹き荒れた。


 少しして、黒煙が晴れていく。

 未だ訪れない死を不思議に思いながら、共和国の戦士たちは恐る恐る目を開けた。

 五体満足の仲間達と互いを見合わせる。


「え」

「あれ、俺、死んでない……?」

「助かったのか……」

「いったい、何が……」


 今の攻撃で誰も死者が出ていなかった。

 今際の際の祈りが神に通じたのだろうか。

 周囲を確認する共和国の戦士たち。

 そこでようやく彼らは気づいた。



 眼前、ひとりの人間(ウェイカー)が立っていた。



 くすんで汚れた麻色のコート。

 フードつきのそれを頭から被っていて性別はわからない。

 ただ解るのは、共和国の戦士達は彼――或いは彼女に助けられたという事実。

 そして共和国の戦士たちが一段と目を引かれたのは、コートを着たウェイカーの手に握られている巨大な剣だ。


 形状は一般的な長剣(ロングソード)と変わらない。

 ただ違うのは刀身の大きさと、華美ではないがひと目で安物ではないと理解できる意匠の施された鍔。

 加えて剣の刀身は幻想的な蒼白い光を放っている。

 

「驚いた。まさか今のを全て対処されるとは」


 恐らく、今起きた事象を視認できたのはこの場でフェリックスただひとりだろう。


 どこからともなく現れたフードコートのウェイカー。

 共和国とフェリックスとの間に割り込んだかと思うと、あろうことか一瞬で全ての砲弾と弾丸を斬り捌いたのだ。


「並のウェイカーにできることじゃない。何者だい? フードを外して顔を見せてくれないか」


「――」


 フードコートのウェイカーは答えない。


 彼、或いは彼女は、明後日の方を見ていた。

 踏み躙られた大地と、辺りに転がる両軍の死体。燃料に引火した炎がちらちらと揺れている。

 

 それからフードコートのウェイカーは、フェリックスに視線を向けた。


 その直後、風が吹いた。


「――」


 一瞬の出来事だった。

 それこそまばたきの間の刹那に。

 目の前。フェリックスの眼前に、大剣を振りあげたフードコートのウェイカーが現れる。

 

「――ッ!!?」


 彼我との距離は50メートルは開いていた。

 それをたった一瞬、たかが数歩で詰められたことにフェリックスは驚きを隠せない。

 驚愕する感情とは別に、しかしフェリックスの身体は半ば条件反射の如く背後に飛んでいた。


 身を翻し振り下ろされた大剣を回避すると、フェリックスはフードコートのウェイカーに向け右手を突き出した。


「〝鉄の子宮(スティル・マティカ)〟ッ!!」


 直後、戦場にバラまかれていた鉄の残骸がフードコートのウェイカーに引き寄せられるようにして殺到する。

 中には連邦や共和国の戦車も含まれていた。


 見る間にフードコートのウェイカーの姿は鉄に飲まれて見えなくなった。――だが。


 幾重もの蒼白い剣筋が閃く。


「なにッ!?」


 バラバラと音を立て、鉄の残骸が崩れ落ちる。

 殺到した全ての鉄が呆気なく斬られた。

 フードコートのウェイカーによって。


「ここは血の匂いがひどいね。吐き気がするよ」


 フードコートを纏った男――否、その声色は女のものだった。

 鉄屑を斬り裂いたフードコートの女は無傷。

 ダメージというダメージは見込めない。

 しかも女の能力が何なのか、フェリックスには未だわからない。

 大剣は恐らくモンスターを素材とした武具だろう。


 意図して能力を隠しているのか。

 それとも能力を使う必要がないのか。

 そもそもの情報が足りていない。

 判然としない中、ただわかることといえば、それは女がフェリックスよりも上位のウェイカーであるということだ。


「まったく……底が見えないな」


 心情を吐露するフェリックス。

 女は聞いた。


「撤退するのなら命まではとらないよ」


 フェリックスは首を振った。


「優しいね。でもそうもいかない。連邦に敗退の2文字をつけるわけにはいかないんでね」


「それは命を失ってまで守るべきものなの?」


「……」


 フェリックスは一瞬、答えに詰まってしまう。

 思い浮かぶのは故郷で別れた金髪の女性の姿。

 必ず帰ると約束した彼女の笑顔。

 フェリックスは――諦めたように力なく笑った。


「当たり前さ。僕は連邦の兵士だからね」


「そう……それは残念だよ」


 フードコートの女が大剣を構えた。

 フェリックスは向けられた切っ先を見据える。

 Level.7であるフェリックスには、初動で女との力の差を見極める実力がある。

 恐らく女はLevel.8かそれ以上だ。

 フェリックスが勝てる相手ではない。

 それを理解していて尚、フェリックスは退かない。


「僕の手は既に汚れきっている。今さら自分の命を惜しむ資格は僕にはない」


 フェリックスの足が地面から浮く。

 あらかじめブーツの底に仕込んでおいた鉄板を操作すれば、重力に逆らい空を飛ぶこともフェリックスには可能だ。

 それと同時に、戦場に散乱する鉄屑も浮遊する。


「連邦軍大佐 フェリックス・アドロフ! 栄えある連邦の兵士として、全力を持って君を殺す!!」


 名乗りを終えたフェリックスが両手を突き出した。

 迷いを断ち切った瞳に映るのは敵の姿。

 連邦軍の兵士と共和国の戦士たちが手にしている銃がフェリックスにより操られ、フードコートの女に狙いを定めた銃口が一斉に火を吹いた。



「これだから戦争は嫌いだ」


 ぼそりと女は小声を口にした。

 四方八方からの銃撃の嵐。

 秒速800メートルを超える銃弾がフードコートの女に向かって飛来する。

 女は大剣の鍔を目線の高さに構えた。


「〝乖輝の王羅(プライド・オーラ)〟――能力解放20%」


 暗い闇色の炎のようなものが、女の身体から迸る。

 炎――否。それは膿のようだった。

 フードコートの隙間から溢れ出る、黒く粘り付くような膿を孕んだ炎。


「――」


 女が大剣を振るう。

 時間が止まったかのように銃弾が静止する。錯覚だ。

 縦横無尽に闇色の軌跡が奔り、殺到する銃弾が全て斬り伏せられた。


 女は空を見上げる。

 視線の先にはフェリックスがいる。

 上空で天高く右腕を掲げるフェリックスの元には、戦場に散らばる鉄屑が収束を始めていた。


「なるほどね。今のはこれ(・・)のための時間稼ぎ(めくらまし)か」


 それは見る間に巨大な鉄塊に姿を変える。


「〝黒き鋼の太陽(チョルヌィ・スティル・ソンツェ)〟」


 戦場に巨影を落とす鉄の塊。

 直径にしておよそ100メートルを超える鉄塊は、まるで戦場に出現した黒い太陽のようにも見える。


「なんだありゃあ……っ!!」

「今度こそ終わりだ、いくらなんでもあれは……」


 フードコートの女の背後では、共和国の戦士達が上空に浮かぶ鉄塊を仰ぎ見て悲鳴を上げた。

 それをフェリックスは上空から見下ろしている。

 今から自身が始めるのは大量殺戮に他ならない。


「ここは戦場だ。卑怯なんて言わせない。君ひとりなら逃げられるはずだ。でも。逃げないというのなら悪いけれど、――ここで死んでくれ」


 躊躇いはしても迷いはしない。

 罪悪感はあれど後悔はない。――ないはずだ。

 一切の感情を押し殺した瞳で、フェリックスが地上にいる敵国の戦士目がけて鉄塊を投下させた。


「君が仲間のために戦うように、私にも逃げられない理由が……約束がある」


 空気を切り裂き、鉄塊が落ちてくる。

 巨大な質量の塊が。

 鋼の重圧を以て地上にいる共和国の戦士を皆殺しにすべく上空より降ってくる。

 フードコートの女は右手に携えた愛剣に視線を落とし、その()を呼んだ。


「起きて、ヲリキス。出番だよ」


 彼女の声に呼応し闇色の炎が溢れ出す。

 フードコートがバタバタと風に揺られ、女の顔を隠していたフードがついに外れた。


 フードの内から現れたのは黒髪だ。

 手入れの滞ったぼさぼさの長い黒髪。

 白い肌はところどころが土泥で汚れ、前髪の隙間からは色褪せた黄色の瞳が覗いている。

 生きる望みもないような、生きる望みを失ったかのような、まるでそんな瞳が。


「〝乖輝の王羅(プライド・オーラ)〟――能力解放55%」


 大剣に収束されていく闇色の炎。

 美しい蒼白の刀身が暗黒色に侵食されていく。

 フードコートの女もとい黒髪の女が、大剣を大きく振りあげた。


「〝――烈輪〟」


 女が大剣を振り下ろす。

 その速度がやけに遅くフェリックスには感じられた。

 世界のスピードが限界まで遅延されていく。

 

 大剣が振り下ろされる。


 鋼の太陽が両断された。


 空を覆うほどのフェリックスの鉄塊が。


 何千tもある質量の塊が。


 ただの一閃、ただの一撃で。


 いとも容易く鉄塊を断ち切られた事実と衝撃に、フェリックスは言葉を失った。そして。


「ああ、やはり。僕では勝てなかったか」


 そして黒髪の女の放った一閃は、鋼の太陽を斬っただけでは留まらず、その先で微笑を浮かべるフェリックスをも両断してのけた。





 背中ほどもある長い髪が風になびく。

 鬱陶しく思いながら女は戦場を一瞥した。


 周囲では共和国の戦士たちが互いに拳を当て合い、勝利の雄叫びを上げている。


 勝利――だがそれは一時のものに過ぎない。

 戦争に共和国が勝利したわけではないのだから。

 ただこの場の交戦に置いて、勝利を収めたというだけのもの。


 鋼の太陽が落ち、辺りには鉄屑の塊が地面に散乱していた。

 能力者を失った鉄塊は姿形を維持できず、フェリックスはこの鉄屑のどこかに埋もれてしまって姿は見えない。


「この戦争が終わったら、探しにくるよ」


 鉄屑の残骸に声をかけ、黒髪の女はコートを翻した。

 女の手にする大剣は既に元の美しい白蒼の刀身へと戻っている。

 それを確認し、女が外れたフードを被り直そうとした、まさにその時だった。

 

「――……ッ」


 女の頭部に、何か硬いものが当たる感触。

 脊髄反射で女は身体を捻り、直撃を回避する。

 それから背後で破砕音。

 恐らく女が回避したモノが背後に着弾したのだ。


 皮膚が破れ、頭から血が垂れる。

 並大抵の兵器では掠り傷ひとつ負わない女の皮膚繊維を貫くほどの威力。

 いや、それよりも恐るべきは――。


「……狙撃、された」


 そう。それは紛れもない『狙撃』だった。


 正確に頭部を狙った精密な遠距離射撃。


 そして何より、音も気配も何もかも、弾が皮膚に触れるまで『狙撃』されたことを知覚できなかった。


「――ノモ・ヘイヘの狙撃を防ぐとは。やるな、女」


 戦場に男の声が響く。

 黒髪の女は視線を向けた。

 連邦軍の構える方角。鉄屑の山の上に、いつの間にか4人の男が立っている。

 皆揃いの軍服を纏い、胸には金色の五芒星。

 それは連邦軍最高戦力の証だった。


「黒い長髪のウェイカー」


「骨格はアジア系のようだが」


 背の高い男と筋肉質の男が朱髪の女を観察している。


「黒い髪と黄色の瞳。そして身の丈ほどもある大剣……なるほど。そうか。お前、世界各地で内戦を沈めて回っている日本の義賊だな」


 顎に指を当て、冷たい目の男がそう呟いた。

 合点がいったのか、胸に五芒星をつけた各々が今度は女を値踏みするような視線を向けた。


「見たところ、日本の介入ではないようだ」


「核滅級だと聞き及んでいたが……国滅級だと認識を改めた方が良さそうだ」


「ああ。フェリックスが殺られたのも納得がいく」


「戦場に感情はいらず、兵士に思考は必要ない。奴は連邦の兵士として相応しくなかっただけのこと」


「しかし国滅級と言えど、たったひとりで我々連邦軍と戦おうとは少々無謀極まるとは思わんか?」


「仕方がない。四芒星(チュピリー)が舐められれば、必然的に我々五芒星(ピャーチ)も舐められる」


「仲間を呼んだらどうだ? まさか単独で我々連邦軍と矛を交えようと思っているわけではあるまい」


 五芒星達の問いが黒髪の女に向けられる。

 女は額の血をコートの袖で拭いながら大剣を構え直した。


「仲間はみんな死んだよ。私ともうひとりを残して。ここにいるのは私ひとりだけだ」


「そうか。戦場に死に場所を求めるか」


「ならば我らが葬ろう」


 五芒星達がそれぞれに心象武装を展開する。

 それを眺め黒髪の女は深く深呼吸して――。

 心象武装《乖輝の王羅(プライド・オーラ)》を覚醒(・・)させた。


「覚醒第九感 真象武装(リベラティオ)乖輝の王羅(プライド・オーラ) 冠位魔王(ベリアルモード)〟」


 黒色の炎が女から溢れ上がる。

 闇より昏い漆黒の獄炎だ。


「全力全快でいく、能力解放〝200%〟」


 さっきまでとは量も質も異なる極炎に。

 連邦の五芒星達は目を剥き、明らかに緊張を強める。


 連邦の指す『都滅級』とはつまりLevel.7。

 単独で都市を壊滅でき得る戦力のことを言う。


 『核滅級』とは即ちLevel.8。

 核兵器と同等か、それを凌駕する程の戦場兵器。


 そして『国滅級』。その名の通りLevel.9。

 単独で国家を壊滅でき得る戦場兵器のことを指す。


「ははッ! 奴は自重という言葉を知らないようだ。国家間の戦争どころか……これでは両国が滅ぶぞ!」


「いや、それよりもこれは戦争条約に反する行為。ギルドに知れれば『星滅級』の介入もあり得る。どうするアルスよ。今回の現場指揮はお前だ」


「……止める他あるまい。総員、覚醒せよ」


 この場に集った五芒星の中で、唯一の国滅級ウェイカーが指示を出した。

 その声に従い、4人の五芒星が能力を覚醒させる。


「覚醒第九感 真象武装〝重機駆動兵器『進撃』〟」


「覚醒第九感 真象武装〝不可侵領域結界〟」


「覚醒第九感 真象武装〝風霊神〟」


「覚醒第九感 真象武装〝寒霜老爺〟」


 Level.8以上のウェイカー5人による同時覚醒。

 世界的に見てもあまり類を見ない。

 それこそ異界門以外では初のことである。


 世界が震えた。

 震撼した大気の悲鳴は世界全体に伝播し、高水準の実力を以つトップウェイカー達は、世界間の均衡が崩れないかと緊張を奔らせる。

 悪くすれば世界戦争にも発展しかねない。



 ――合衆国のとある高層ビルの最上階――


「ハッハッハァ! おっ始めやがったか! まったく血の気の多い猿共だぜぇ!」


 豪奢な椅子に腰を下ろしワインを呷るのは、銀髪を逆立てた獅子のような大男。



 ――人民共和国のとある武陵源の岩の上――


「カッカッカッ、ワシも混ぜてくれんかのぉ? Level.10の戦争条約違反とかボケて忘れたふりして踏み倒せんもんか」


 ゴツゴツとした苔の生えた大岩の上であぐらをかくのは、痩せ細り脂肪の落ちたシワシワの老躯。



 共和国軍対連邦軍の、世界を巻き込まんほどの大戦が幕を開けた。



「私はひとりでも多くの命を救う。それが私の生かされた責任だからね――」




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