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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.68『勲章だらけの老人』




 ガラガラと入り口の扉が開き、室内にふたりの男が入ってきた。

 ひとりはかなり大柄で、筋肉質で肩幅のある大男。体格に比例して身長も大きく、首を曲げなければ入り口の扉も潜れないほどにタッパがある。

 

 そしてもうひとりは、年の割には妙に身体の引き締まった老人だ。

 背後の大男と比較して、かなり小柄な身体つき。なのにどうしてだろう。

 一瞬、老人の姿が大男よりも大きく見えた。

 まるで黒い威圧(オーラ)を纏っているかのような。

 そんな老人と萩は目があった。

 どこか達観したような、落ち着いた瞳と。


「っと、先客がいたのかい。悪ぃねぇ、兄ちゃん。ちょっくら俺らも湯に入れてくれよ」


「ええ、広いですし。どうぞ」


「カカッ、悪ぃねぇ」


「失礼」


 老人は気さくに笑い、大柄な男は寡黙につぶやく。


「先に身体洗ってな。てめぇが湯船に浸かったんじゃあ湯がなくなっちまう」


「はい。では、お言葉に甘えて」


「褒めたんじゃねぇよ」


 老人の言葉に従い、流し場に向かおうとする男を見て、萩は慌てて湯船から腰を上げた。


「そんな、俺が上がりますよ! おふたりで浸かってください」


「カカッ、優しいねぇ兄ちゃん。だが気にするこたぁねぇよ。先客は兄ちゃんの方だ。ここで会ったのも何かの縁。仲良く浸かろうじゃねぇか」


「はぁ……」


「それなら」と、老人の言葉に甘え、萩は再び湯船に腰を落とした。


 その隣、といっても人ひとりぶんの隙間を開け、桶で汗を流した老人が湯船に浸かる。

 

「ふぅ〜、いい湯だねぇ。若返るようだ」


 大袈裟に息をつき、老人が微笑を浮かべた。

 相槌をうち、萩が老人に話題をふる。


「ですね。お爺さんはここの銭湯、初めてですか?」


「カカッ、お爺さんかよ」


「あっ、いえ、すみません……!!」


「いい、いい。たしかに若ぇ兄ちゃんから見りゃ俺ァジジィさ。カカッ、歳は取りたくないねぇ」


「いえ、俺の方こそ失礼でした。なんてお呼びしたらいいですか?」


「ん、別にお爺さんで構いやしねぇ。大阪には観光できてんだ。兄ちゃんは大阪の人間……じゃあねぇみてぇだが。もしかしてウェイカーの人かい?」


「そう、ですけど……どうしてわかったんです?」


「カカッ、そりゃあ兄ちゃん、ひと目見りゃ誰だってわかるぜ? そんだけ身体に〝勲章〟を刻んでる野郎は、悪者か英雄のどっちかって相場は決まってんだ」


「勲章……?」


「男の古傷は〝勲章〟だろう? 命を張ったぶんだけ刻まれる、これだけわかりやすい証は他にねぇ」


「……なるほど」


 萩は頷いた。

 たしかにそういう捉え方もあるのかもしれない。

 古傷とは牙を恐れず己が戦い続けてきた証である。

 納得しつつ、萩は老人の身体を垣間見る。


「でも、そういうお爺さんの方が、勲章だらけじゃないですか」


「カカッ、まぁな」


 老人は傷だらけの――それこそ萩より傷だらけの――身体に視線を落とし、そのひとつひとつの古傷を懐かしむように笑った。


「ここだけの話。俺も昔はウェイカーをやってたことがあってなぁ、こりゃあそんときの勲章よ」


「お爺さんもウェイカーだったんですか!?」


 身を乗り出して萩が聞き返すと、老人はくすぐったそうに肩をすくめて見せる。


「だから昔の話だっつうの。とっくの前に引退してんよ」


「あ、すみません……」


「カカッ、謝るこたぁねぇだろう」


 湯船から半身を出し、老人はそう言った。

 萩は流し場の方に横目を向ける。

 そこでは岩尾のような体躯の男が背中を洗っている。

 

「あっちのお兄さんも身体中傷……じゃなかった。勲章だらけのようですけど、もしかして?」


 老人は頷いた。


「ああ、あいつも昔はな。今は俺の用心棒みてぇなことをやってるが、なんせまんま脳筋でなぁ。こないだも勝手に犬の群れに突っ込もうとしやがるし、扱いに困るったらありゃしねぇ」


「そう、なんですか」


 犬の群れに突っ込もうとする男の姿とは、なんとも想像し難い。比喩なのだろうか。


「本当にいい湯だぜ、こりゃあよ」


 だいぶ人の扱いに慣れているのか、老人はまるで親戚のお爺さんのような距離感で萩に接してくれる。

 初対面だというのに緊張感が薄く、とても居心地が良かった。

 だからこそどうして――。


「気分がいい。兄ちゃんと一緒だからなのかもしれねぇな、カカッ」


 ――どうしてこんなにも、火種(オーラ)がヒリついているのだろうか。


 抑えなければ今にも暴れだしそうなほど。

 火種が先ほどから萩に危険を知らせ続けている。

 その理由が萩にはわからない。

 落ち着けと、火種に訴えかける。


「――どれ。気分がいいついでに、ちと覗いてやろうじゃねぇか」


 ふいに、老人がそんなことを言った。


「覗く?」


 ぎこちなく、萩が問い返す。

 老人は左手を持ち上げる。

 痩せてシワのある老人の指から水滴が垂れた。


「ああ、俺の心象は特殊でなぁ。人生の先達として、老いぼれからのアドバイスだと思って聞きな」


 カカッ、と笑いながら老人は萩を眺めた。

 萩の姿が老人の瞳に映って見える。

 黒と紫が入り混じって溶け合ったかのような、小豆色によく似た老人の瞳に映って視える。

 老人が薄く笑った。

 背筋が鳥肌を覚えた。


「ホホゥ、なかなか稀有な過去を持ってるみてぇじゃねぇかおめぇさんも」


 老人は無邪気に笑いながら、



「おめぇさんの本当の能力はまだ目覚めちゃいねぇ」


 

「え?」と、萩は固まった。


 途端に頭の中が真っ白になり、萩の背筋をぞわぞわとした悪寒が走った。

 

 老人は今、なんと言ったのだろうか。


 本当の能力はまだ目覚めていない?


 なにを、言っているのだろう。

 

「所詮は仮初の代物よ、つってもまだまだ未成熟。んでもって極めて異常で異質で異端してやがる。カカッ、まるで呪いだな」


 呑気に話続ける老人は、衝撃に固まる萩には気づかない。

 いや、気づいているのだろうか。老人は萩の反応を面白がっているようにも見える。

 わからない。

 なにもわからない。

 本当に老人はなにを言っているのだろうか。

 萩もまた、老人の言葉を理解しきれない。


「俺も初めて見る例だ、面白れぇ。ギルドの阿呆はレベル0で片付けたらしいが、俺の目は騙されねぇぜ。レベル0の正体、それは――」


 老人が続きを口にしようとした、その瞬間――。


「――っ!?」


 萩の意識とは関係なく《紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)》が発動した。

 水道の配管が圧に耐えきれず決壊するかのように、暴発する火種が唸りを上げる。

 公然での能力発動。

 警察にバレれば即ペナルティ。


「なっ、落ち着け! 静まれ……っ!」


 こんなことは初めてだ。

 制御を外れた火種を鎮めようと萩が歯を食いしばる。

 火種はだんだんと落ち着きを取り戻す。


「っと、悪ぃ悪ぃ。深く潜り過ぎちまったか」


 老人は興味深そうに火種を眺めていたが、老人はそう言うと、話はこれで終わりとばかりに湯船から立ち上がった。


「ちょ、待ってください! 今のはどういう……!?」


 老いぼれからのアドバイスだと老人は言った。しかし老人の口にした内容は到底無視できるものではない。


 老人の有する、特殊な心象武装とは何なのか。

 いや、そんなことはこの際どうだっていい。


 重要なのは老人は何を知っているのか。

 否――、なにを知ったのか。


 レベル0の秘密とは。

 火種の正体とは何なのか。

 恐らく、勝手に発動した火種にも関係がある。

 全ての『真実』がそこにある気がした。


 心の内、強いては萩の知り得ない心の底まで見通され、咄嗟に萩は老人を引き止めようと声を上げたが、


「無粋ってやつだ。俺の口からはこれ以上語れねぇ。ただ」


「ただ……?」


 恐る恐る萩が聞き返すと、老人はカカッと愉快そうに笑ってみせた。


「大事にしてやんな。そんだけ心象に好かれてるやつぁ俺も初めて見る」


 大事にしろと、そう言われたとて、萩の心に生まれた疑念が晴れるわけではない。

 納得できずにもう一度萩が口を開こうとしたとき。


「ボス」


 今の今まで会話に参加せず、黙々と身体を洗っていた大柄な男が老人に声をかけた。

 老人は不愉快そうに目元を歪めた。


「わぁってる。いちいち確認すんじゃねぇ」


 少し苛立たし気にそう言って、老人は萩に振り向いた。


「つーわけで、俺らは先に上がるが、兄ちゃんはよく身体を洗ってから上がりな。20分ってとこか」


「待ってください! さっきのはどういう意味ですか!?」


「カカッ、老人の戯言よ。気にすんじゃねぇって。まぁ、おめぇさんとはまたどこかで会えそうだ」


 更衣室へのドアを開けた老人が最後にもう一度、萩へと振り返り、


「答え合わせはそんときまでとっとこうじゃねぇか。なぁに、すぐに会えるさ。まぁそれまでにはおめぇさんも答えに辿り着いてるとは思うがよ。ま、お互い仲良く行こうぜ」


「――」


 更衣室へのドアが閉まる。

 萩の顎から汗が滴り、ぴちゃんと音を立てて湯船に波紋を立てた。

 




 タオルで身体を拭き、着替え終わった老人が大柄な男――折痣を背後に侍らせ銭湯を出る。

 外はすっかり暗くなっていた。

 夜風が気持ちいい。

 湯で温まった身体を冷ましてくれるようだ。


 このまま夜の街で酒を煽りたい気分だったが、どうやらそうもいかないらしい。

 老人の視界の先には、何人もの黒スーツの男共が、まるで老人の歩みを憚るように立ち塞いでいる。


 黒スーツの集団の中心。

 リーダーと覚しき中年の男が、スーツの内布から何か取り出し、老人に見えるよう突きつけてくる。

 それは黒い手帳であった。

 手帳の真ん中には金の五芒星。

 旧日章を掲げる組織は、日本にひとつしかない。


「大阪府警 捜査第一課の渡邉や。夜分にすまんねぇ、ジィさん。アンタには元我沙羅構成員 伏見 啓介殺害の容疑がかかっとる。大人しく署までついてきてもらおうか」


 黒スーツ――大阪府警の渡邉と名乗った男が、口少な気にそう言った。


「カカッ、知らないねぇ。人違いだぜ」


 大仰に手を振り、老人はシラをきる。

 渡邉は眉ひとつ動かさず続ける。


「証拠ならある。現場近くの防犯カメラにアンタらとよく似たふたり組の人影が映っていた」


「よく似たってんなら確定した証拠じゃあねぇだろう。人違いかもしれねぇ。なのにおめぇさんらはそれだけで俺を殺人の犯人と決めつけてやがる。いやはや困ったもんだぜまったく」


「とぼけたって無駄だ。現場に落ちていた害者のナイフの指紋鑑定をすりゃあ一発でわかる。東京から遥々なんの用だか知らんが、アンタの名前は関西警察(こっち)でも有名だ」


「カカッ、これだから有名人は辛いねぇ」


「片付けますか、ボス」


 折痣がそう言うと、大阪府警の男共が鋭く息を呑み、訓練された動作で反射的に腰の銃に手を伸ばす。

 老人はため息をついた。


「そういうとこだぜ? ここで暴れりゃ全国指名手配になっちまうだろうが。ちと考えりゃあ分かるだろ。だからてめぇは脳筋だってんだ」


「すみません、ボス」


 反論もなく、折痣が牙を納める。

 老人は大阪府警の面々に向かって微笑みかけた。


「悪ぃねぇ、うちの若ぇモンがビビらせちまって。後でよぉく言い聞かせとっからよ」


 どこまでも呑気で、底の知れない老人に、渡邉は額に浮かぶ冷や汗を無視して軽口を叩く。


「随分と話に聞いてた話と違うじゃねぇか。これじゃあギルドから借りてきたウェイカーの意味がねぇ」


「カカッ、ウェイカーっつっても三下だろ? 俺ら相手に最初から意味なんかねぇだろって。レベルが違ぇんだ。俺を脅つもりなら《黒百合(ランディーニ)》の小僧かギルドの英雄でも連れてこいっての」


 老人はちらりと周囲に目を配る。

 電柱の影に屋根の上。

 塀の裏から道端の通行人まで、ざっと8人か。

 視線と息づかいで、だいたいの戦力は察せられた。

 大阪府警の渡邉が連れてきたギルド所属のウェイカーは、せいぜいレベル5が最高戦力だろう。

 仮に折痣に命じれば、カップ麺ができる前に皆殺しにできる程度の蟻の群れ。


「……ん、待て」


 老人は不可解なことに気づいた。


「たった2日だぜ?」


 その言葉を耳にした渡邉が小さく息を詰めた。

 

「たった2日でおめぇさんらは事件の証拠を掴んだ上に、完全に俺の素性を割り出し、銭湯にいる俺を待ち伏せたってのか?」


 如何に日本の警察のレベルが高かろうと、行動が早すぎる。そして話が出来すぎている。


「有能ってレベルじゃねぇぞ。カカッ、さては裏でおめぇさんらを指揮したやつがいるってか」


「……!?」


「こんなことをできるウェイカーは数少ねぇ。ああ、そうか。裏で手を引いたのは【探偵】の坊主か」


「……ッ、なぜわかった!?」


「なぜも何も【探偵】に聞いたらいいんじゃねぇか? ほら、おめぇさんの胸ポケットに隠したカメラの先にいるんだろう?」


「……バカな」


「映像は録画されてる。万が一のためにな。万が一ってのは、俺がこの場でおめぇさんら全員を皆殺しにしたときの保険だ。全部【探偵】の指示なんだろう?」


「クソ……ッ、全部お見通しかよ。気味が悪ぃぜ」


「カカッ、気味が悪ぃとは傷つくぜ」


 驚愕する渡邉の反応を楽しんだ後、老人は大阪府警の勧告に従うことにした。


「まぁ俺ァ何もやましいことなんかねぇからよ。話合えばすぐにわかるぜ? 俺が無実だってことは」


「そりゃあ署でゆっくり聞かせてもらう」


「仕方ねぇ。まぁ、退屈してたし丁度いいか」


 大阪府警に左右を囲まれ、大通りに停車してあるパトカーに向かって老人は歩き出した。


「探偵が解決できない事件は何か、知ってるか?」


 ふいに老人は右端にいる大阪府警の男に問いかけた。

 細身で背が小さい、若い男だ。

 動揺する男の方をちらりと垣間見て、老人が笑う。


「正解は探偵が殺される事件だ」


 反論できず、男は黙ったまま下を向いている。


 事件の真相をその眼で確かめたいというのは、小説に出てくる探偵の悪い性だ。

 正義感と自己満悦は大いに結構なことだが、それで探偵が殺されてしまっては苦労あるまい。


「ところでお巡りさんよ」


「……なんだ」


 不安の色を強くした警戒の声音に、老人は「カカッ」といつものように呑気に笑う。


「カツ丼は出るんだろうな?」


「カツ丼……?」


「取り調べっつったらカツ丼だろう?」


「……なぁ、ジィさん。そりゃあドラマの見すぎだぜ? 今どきカツ丼なんて出てこねぇ。まぁ、そんなんで大人しくしてくれるんなら、毎日差し入れてやるよ」


「カカッ、そりゃあ楽しみだ」

 


 これにて第2章椿姫編完結です。


 自分は書くのが遅いので、更新頻度が段々と遅くなっていますが多少目を瞑ってもらえると助かります。


 2章を振り返ってみて。

 ……いやぁ、長かった。本当に長かった。

 本来のプロット通りいけば半分くらいの話で完結できたはずなんです。

 本来のプロット通りいけば葵と茜のふたりくらいしか主要な人物が出てこなかったはずなんです。


 それがどうして祥平やら楓やら獏やらが、出番を出せ!と勝手に走り回った挙句にここまで長ったらしくなってしまったわけなんです。

 つまり長くなってしまった原因は彼らに非がありますね、ええ。


 楓なんて祥平と一緒に死ぬ予定だったのに、何故か生き残って文量過多に貢献してくるわ、祥平の戦闘はなかなか長引かせてくれるわで。

 ええ、本当に小説冥利につきますね。


 この調子でいけば第3章も長引く気しかしない……。


 第3章はこの小説の核心と呼ぶべき『レベルゼロのイレギュラー』についてストーリーが進行していく予定なので、どうぞ応援よろしくお願いします。

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