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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
61/132

Level.58『答えのない問いの答え』




「……何をした? 何だ今の動きは……?」


 明鷺は言葉を失っていた。

 眉間に驚愕の皺を寄せたまま、明鷺はまるきり別人のような動きを見せた萩のことを警戒している。


「まさかレベルが上がったのか? いや、まさか。そんな前兆は感じられなかった」


「さぁ、どうだろうな」


 そう嘯きながら、萩は再び紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)を纏い直して明鷺に斬りかかる。

 間を開けず、考える余裕すら与えず、萩は攻める、攻める、攻め立てる。


「ちぃ……ッ」


 後手に回り、防戦を強いられ舌打ちする明鷺は、萩に疑念を抱いている。

 それもそうだろう。格下に見ていた相手の動きが唐突に、格段に変化したのだから。

 そこから生まれる雑念と言う名のノイズ。

 そして雑念からは漬け込む隙が生まれる。


 突拍子も無く動きが良くなった原因。

 加力の良し悪し。能力の限界値。

 他にも隠し玉を持っている可能性など、明鷺の脳内では架空の予測が飛び交っている。


 疑心暗鬼に陥った人間は得てして動きが鈍り易い。

 その証拠に、明鷺の動きは先程よりも落ちている。

 

 歴戦の戦士になればなるほど、ノイズは加速度的に脳内で蓄積されていく。

 相手の出方を伺い、能力値を見定めた上で、数手先を見据えて攻撃を仕掛ける明鷺の癖が裏目に出る。

 

 思わぬ形で勝ち得た攻守の逆転。

 掴みとった勝利の糸口は、初めから火種の一点集中による超加力を修得していた萩からは生まれなかった。

 全ての手の内を読み終えた上で、明鷺は萩の動きに完全対応していただろう。

 

 窮地での成長が功を奏した。

 しかし既に、明鷺の適応は始まっている。

 勢いのままに萩が押し切るのが先か、萩の加力に明鷺が適応するのが先か。

 恐らくこれが最初で最後の萩に与えられたチャンス。

 このチャンスを活かすべく、萩は攻め立てる。


「……っ、ちぃ!」


 完全に萩の間合い。至近距離での近接戦闘に不向きな長刀で萩の攻撃をいなし続ける明鷺。

 二撃、三撃と明鷺が萩の攻撃を長刀で受け続ける。

 明鷺の表情が不穏な色を帯び始めたのは、萩の連撃が始まってすぐだった。


「……なんだ、使わねぇのか?」

「――」

「切った手札を今更出し惜しむ必要はねぇだろう?」

「――」

「ひょっとして、さっきのはマグレか?」

 

 土壇場で成功した火種の一点集中は、そう何度も連発してできるものじゃない。

 練度が足りない。

 さっきのはたまたま上手くいっただけだ。

 それに火種を貯めるためには時間もかかる。

 訓練を続ければ、火種の一点集中のみでの戦闘も可能になるだろうが、少なくとも今の萩には不可能だ。


「……くっ」


「ったく、びびらせんなよレベル5」


 防御に回っていた明鷺が徐々に萩を攻め立てる。

 形勢が傾きかける。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

 攻撃の手を休めた瞬間、敗北は濃厚。

 だから萩は攻め続ける以外の選択を捨てる。

 

「悪いが、俺はレベル0だ!!」


「はは、なんだそりゃあ! 面白くもねぇ冗談だ!」


 戦闘が激しさを増す。

 剣交で散る火花が更に赤々と咲く中で。

 身体能力で勝っているはずの明鷺が、目の前の男を圧倒できないのは何故か。

 防御を捨て、己の身すら顧みない特攻如きで、明鷺が気圧されるわけがない。

 数々の修羅場を明鷺は経験してきている。

 それなのに、なぜだ。


「うおおおおおおおおおっ!!」


 萩の身体は既に傷だらけだ。

 立っているのが不思議なくらい、身体中からは血が流れている。

 しかし決め手に欠けるのか、萩は倒れない。

 いや、そればかりか、傷を追うごとに萩の動きはキレを増している。

 確実に。格段に。

 速く、重く、鋭くなっているのは何故なのか。

 得体の知れない恐怖を明鷺は感じていた。


「……ちッ」


 舌打ちする明鷺が、徐々に押され始める。

 萩の猛攻は止まらない。

 止まらないどころか、加速の一途を辿る。


 火種の一点集中には練度が足りない。

 それを理解し切り捨てた上で、萩は諦めなかった。

 火種を一点に集束させることはできずとも、火種を要所要所に振り分けることで身体能力の底上げを測ったのだ。

 火種を身体全体に纏わせることを止め、戦闘で酷使する手足と、それから白蒼剣にのみ集束させる。

 それでも火種一点集中の加力には到底及ばないが、火種を全身に分散して纏うより効率良く加力は上がる。 


 だが、メリットとリスクは等価でなければならない。

 

 この場合のリスクとは即ち、火種の強化を捨てた背中や腹などそれ以外の箇所は無防備になるということ。

 今まで防御も兼ねていた火種の耐久力がなくなる。

 故に攻撃を受ければ重傷は避けられない。

 最悪死ぬかもしれない。

 Level.0というのはそれだけ無力だ。

 しかしリスクを背負わなければ、萩の刃は明鷺には届かない。

 押される明鷺が堪らず叫んだ。


「なぜだッ!!」


 明鷺にはわからない。

 そうまでして戦う理由が何なのか。

 そこまでして戦う理由は何なのか。

 何が萩を奮い立たせているというのか。


「なぜ倒れない!? なぜ諦めないッ!! なぜお前はそこまで、そうまでして戦える!?」


「言ったはずだ。俺はもう二度と、大切な人を失いたくない。そのために俺は戦うんだ!!」


「まだ吐かすか。綺麗事を……ッ」


「綺麗事だとしても、それが俺の戦う理由だ!」


 明鷺にはわからない。

 倒れた方が楽なのに。

 諦めた方が楽なのに。

 それなのにどうして目の前の男は戦い続けるのか。


「ならばもし! もしお前の言うところの大切な人間が理不尽に殺されたとして、果たしてお前は今と同じことを言えるか! 断言できるのか!? 答えろ!!」


 わからない。

 理解ができない。

 理解がし難い。

 理解などしたくない。


「そんなのわかるわけないだろ!!」


「わからないなら考えろ!!」


 大切な人間が殺されて、それでも萩は今と同じことを言えるのか。

 萩は考える。

 考えた末に萩は気づく。

 必死に吠える明鷺を見て、確信と共に萩は静かに言った。


「……そうか。アンタは、――諦めたんだな」


「――ッッ、」


 同情にも似た憐憫の瞳が、明鷺に向けられる。

 明鷺は以前にも同じような瞳を向けられた。


『明鷺よ、お前にとっての正義とは何だ?』


 鼓膜に蘇る、過去の残響。

 その問いに明鷺は答えられなかった。


「……やめろ。その眼を」


 綺麗事を吐かす青臭いガキが無性に感に触るのはなぜか。

 神経をヤスリで逆撫でされるような感覚。

 本能が告げる。

 否定しなければならない。

 明鷺はそう思った。


「そんな眼で、俺を見るんじゃねぇッ!!」


 腕力に物を言わせ無理やり萩を突き飛ばすと、明鷺は右半身を引き、左の服の袖で長刀の切っ先を隠し低姿勢を取った。


「くっ……!」


 突き飛ばされた萩が吹き飛ばされる。

 強引に距離を取られた。

 そこはもう明鷺の間合い。

 紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)が殺意を感じ取る。

 背筋が底冷えするような濃厚な殺意。

 直感が告げる。明鷺は本気だ。

 伸長する刃の射程が判然としない現状逃げ場はない。

 背中を見せれば死ぬだろう。

 低姿勢の構えからして、明鷺の狙いは突きだ。

 能力の発動を服の袖で隠し、伸長する刃で刺し殺す。

 ならば停滞は愚策。

 明鷺の能力の限界値を知らない萩にとって、伸長する刃の速度と距離は全くの不明。

 防御か? それとも回避か? 果たして明鷺の本気を、萩は見切ることができるのか?


『考えろ、萩。考えて、考えて、色々考えて上で――』


 ――好きにやりゃあいい、だろ? 祥平さん。


「自分じゃもう、止まれないんだろ。だったら止めてやる。アンタのイカれた思想を俺が止めてやる!」


 地面に着地と同時、萩は駆け出した。

 自らの判断と選択を信じて疾走。

 ジグザグに走り明鷺の狙いを狂わせる、と同時に火種を両足に集束させることで加速を得る。


「無駄だ! そんな小細工、俺には通用しねぇ!!」


 ぐんぐんと両者距離が詰まる。

 彼我との間隔が5メートルに縮まったその瞬間、明鷺は心象武装の能力を発動させた。


「刺し貫き、穿ちて殺せ〝神速・一瀉千里〟」


 服の袖が弾け、刃が伸長する。

 明鷺の持つ心象武装(オクトラム)『一瀉千里』の射程は10メートル程しかない。

 一瀉千里の真価は刃の伸長するその"速度"にある。


 瞬間最高速度、秒速約400メートル。

 明鷺の刃は音を置き去りにする。

 回避すら困難な、マッハ1を上回るスピードで、明鷺の刃は伸長を遂げる。

 加えて射程が5メートルとして計算すれば、刃が萩に到達するまでの時間凡そ0.01秒。

 それはレベル8ですら反応できない速度での伸長。

 ただ一心に、敵を殺すことのみに特化した神速を、たかがレベル.0如きに回避することは不可能だ。

 刃が伸長を始める。

 始めた瞬間、勝敗は喫す。

 千里を3足で踏破する音速の刃が萩に放たれた。


「テメェの青臭ぇ理想と一緒にここで死ね、ガキ」


 明鷺の刃が伸長を始める直前。

 唐突に"ソレ"は萩の身に起こった。


「――!?」


 心臓の鼓動が一際大きく脈打ったかと思うと、萩の視界の中で突然、明鷺の身体がブレた(・・・)

 身体というか、イメージというか、薄く朧気に揺れる明鷺の身体。

 直後、ブレた薄い朧気な明鷺の刃が伸長する。

 気づいた時には刃が萩の左胸を易易と貫通していた。

 やけにリアルで、生々しい光景。

 死の瞬間、萩の精神が現実へと回帰する。


「なんだ? 今の……」


 それは脳内に再生された死の暗示。

 或いは未来の余地だろうか。

 いずれにせよ、理解の及ばぬ超現象。

 しかし思考の猶予は萩に残されてはいない。

 次瞬、明鷺の刃が放たれる。

 考えている暇はない。

 先の未来予知と己の本能に従い、萩は身体を斜めに捻り、明鷺の刃の軌跡から左胸をズラした。

 そして、明鷺の刃は予知通り萩の左胸があった場所を穿いた。


「バカな――」


 明鷺の口から唖然とした声が漏れ出た。

 本来であれば、明鷺の刃は萩の身体を穿っていた。

 微塵も想定していなかった結果に空白が生まれる。

 刃の軌跡を読まれたという衝撃の事実を、明鷺の脳が愕然と理解を拒む。


「有り得ん……」


 しかし、それが答えだ。

 数々の猛者を屠って来た奥の手。

 レベル6【刃折れ】の明鷺 甚一 渾身の必殺は、織﨑 萩を殺せなかった。


 眼前、目と鼻の先に萩が迫る。

 明鷺は動けない。

 握る刃に宿る、麗美な藤色の炎に目が奪われる。

 息を呑むほど可憐で、それでいて眩しいくらい愚直な紫麗の炎――。


 

「一紫閃刃〝淡麗・織紫咲〟」



 一心に、萩は白蒼剣を振り切った。

 大炎が弾け、明鷺の身体を紫炎が飲み込んだ。

 獏の時とは違う。甘さを捨てた、殺す気で放った渾身の一撃は、完全に明鷺を捉えていた。

 濛々と燻る紫煙を黙して見守る萩。

 これで終わっていてくれと願わずにはいられない。

 だがこれで明鷺が終わるはずないという思考を萩は拭えない。

 紫煙が薄れていく。

 どちらでも即座に対応できるよう萩は身構えた。

 そして塵煙が晴れると、そこにはひとりの男が立っていた。明鷺だ。


「……っ、」


 上着は炎で焼け焦げ、上半身はほぼ裸体。

 左腰脇から右肩まで剣傷を負い流血しているも、致命傷には至らない。

 初めて人を斬った感触を、萩は生涯忘れられないだろう。


「なぁ、お前さん」


 身構える萩に、明鷺は声をかけた。


「最後にひとつ、聞かせてくれ。お前さんにとっての善人と悪人の違いはなんだと思う?」


 最後にひとつ、という明鷺の言葉に疑念を持ったが、萩は少し考えた後、答える。


「真の意味で善人か悪人かなんて俺にはわからない。俺だけじゃない。そんなこと、誰にもわからないし、決められない。だからそのために裁判官がいて、法律で善か悪かを裁く。ただ――」


 萩はそこで一端言葉を切った。

 言葉の先を口にすべきか躊躇った。

 そして、萩は白蒼剣の切っ先を地面に降ろした。

 構えはもう必要ないと思ったからだ。

 ひと呼吸置いて、萩は言葉の続きを口にした。

 

「ただ、人を殺しても何とも思えないやつは悪人だと、俺はそう思うよ」


 萩の言葉を黙って聞いていた明鷺が「そうか」と呟いた。


「ああ、……そうだな。いい答えだ」


 瞼を閉じ、顔を上げて、息をつく。

 再び、かつての言葉が明鷺の脳裏に蘇る。


『明鷺よ、お前にとっての正義とは何だ?』


 正義とは何か、悪とは何か。

 深く考えすぎて、イカれてしまった。

 その結果、明鷺は思考を放棄した。

 血に塗れた自身の手で、誰かを抱き締める資格はないのだと、そう思っていた。


 随分遠回りをしたが、あの日答えられなかった過去の問いに、今の明鷺なら答えられる気がする。


『すまない明鷺。無理をさせた。偽りの正義はお前を孤独にさせてしまった」

 

 どうしてあの人は、あんなにも哀しそうな瞳をしていたのか。

 どうしてあの人の瞳に映る己は、あんなにも苦しそうな顔をしていたのか。

 今の明鷺になら理解できる気がする。

 

 明鷺は瞼を開けた。


「俺ァレベル.6【刃折れ】の明鷺は、今を持ってチーム我沙羅を抜ける」


 右手に握る刃折れの心象武装を解除し、そして。


「自首させてくれ。未だ異名無き(ななし)の藤花のウェイカーさんよ」


 妙に清々しそうな顔で、明鷺は萩に笑いかけた。

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