Lv.57『火種の新たな可能性』
明鷺の実力は本物だった。
葵との対人戦闘訓練の賜物で、明鷺の動きになんとかついていけてはいるが、明鷺の動きを一手読み間違えれば萩の命はそこまでだ。
折れた長刀を振るう目の前の殺人鬼と、剣技をとことん突き詰めた葵とでは戦闘タイプが根本から違う。
敵は緩急のついた斬撃を嫌な角度から突いてくる。
まるで萩の反応を楽しんでいるかのように。
緊張と緊迫の糸を張り詰めたまま、萩はその斬撃を避ける、或いは弾き返す。
遊ばれている。
「やけに対人慣れしてるな、ひょっとして同業か? 人を斬るのは癖になるだろう?」
明鷺が「クク」と、喉を鳴らして笑う。
「アンタと一緒にするな。俺は人を斬ることに快楽を見出すイカれた殺人者なんかじゃない」
「そうかい? 楽しいぜ? オスの筋肉を切断する手応え。メスの柔い臓腑を刺し貫く感触。一度味わったら忘れられねぇ。夢にまで出てくる。どうしようもねぇ、癖になっちまってんだ」
「やっぱイカれてるよ、アンタ」
会話にすらならないと、萩は明鷺の刀を弾く。
明鷺は後退し距離を取ると「そうかもな、イカれてんのかもなぁ」とつぶやいた。
「でも、俺だけじゃねぇぞ。人間みな何処かがイカれちまってんのさ。お前だってそうだぜ?」
「俺はアンタとは違う」
「いいや違わねぇさ。俺から見りゃあお前も相当イカれてるぜ? 気づいてねぇのか?」
「何を?」
「マトモな人間はウェイカーになったりなんかしねぇよ」
ぴくっと、萩の肩が反応する。
明鷺は面白そうに言葉を続ける。
「て言うかよ、マトモな人間って何だ? "マトモな人間"と"イカれてる人間"の違いってなんだ? なぁ、教えてくれよ」
「――」
「社会に逆らわず、2回返事で頷いてりゃマトモなのか? 人を殺すやつはイカれてて、人を殺さねぇやつがマトモなのか? やられたらやり返すやつはイカれてて、泣き寝入りするやつがマトモなんて言ったら、この社会自体がイカれてやがんのよ。いやそもそもルールを作ったやつがマトモかどうかも判然としねぇってのに」
「……少なくとも、お前みたいに人殺しをするやつはマトモじゃない」
「そうか、そうだよなぁ、そうかもなぁ。人殺しはイカれてんのか。ならあそこでうちのボスと戦ってるあのチビも相当イカれてるぜ? ありゃあ何人も人を殺してる。俺にはわかる」
「葵さんは……殺したくて殺してるわけじゃない」
「どうだかな? 腹ン中じゃぁ俺みたいに人殺しを楽しんでるかもしれねぇぜ?」
「そんなことは――」
「人間は殺しちゃダメ。でも豚や魚は殺して食う。命に優劣をつけた人間様主体の価値基準は果たしてマトモと言えるのか?」
「……言葉遊びだ。生きるためには仕方ないことだ」
「そりゃ思考の放棄だ。答えになってねぇ」
明鷺は折れた刀の切っ先を萩に向けた。
「じゃあお前、なんで戦ってんだ?」
質問の意味を、萩は考えさせられる。
マトモな人間とイカれた人間の違い。
簡単なようで、複雑な問答。
ただの対義語であったとしても、人が違えば考え方も違っているからこそ、きっと答えは見つからない。
萩から見れば明鷺の思考がイカれているように、明鷺から見れば萩の思考はイカれているのだろう。
明鷺はただ、面白がっているだけだ。
答えなど求めていない。
それを理解した上で、萩は平然とエゴを口にする。
「大切な人たちを、守るために」
そこに嘘偽りはない。
胸を張り、堂々と萩は己が戦う理由を述べた。
くく、と明鷺が口元に笑みを浮かべる。
「立派な心掛けだなぁ。でもよ、その大切なやつらは一度でもお前に助けてって言ったのか?」
「言ってない。俺が失いたくないだけだ」
「他人の為に自ら進んで命を危険に晒す。理解できない自己犠牲論だ。俺から言わせりゃ十分イカれた理由だぜ、それも」
「ああ、理解しなくていいよ。どうせアンタには一生かけても理解できないだろうから」
明鷺が駆け出す。
萩が応戦する。
鋼が交わり、火花が散る。
「お前さん、戦争は悪だと言う派だろ?」
「当たり前だ。戦争は悪だ。大勢人が死ぬ」
「そりゃ戦争をしてねぇ無関係で無責任な第三者の感想だ。戦争は悪じゃねぇ。互いが互いの利益のために正義を謳い、武器を振り下ろす。それが生物として備わった当たり前の生存本能だ。それのどこが悪だって言うんだい?」
「争いからは増悪しか生まれない。だからこの世界から戦争はなくならないんだ。やられたらやり返す。だから戦争は終わらない。戦争は始めた瞬間からどっちも悪だ」
「どちらも悪だというならば、どうして人は学ばない? 何故戦争は無くならない? 何故人は争い合う? 人を殺したやつが犯罪者と言われるこの世界で、敵を殺したやつは果たして正義と言えるのか?」
明鷺の口調が激しさを増す。
世界を呪い憎むかの如く。
萩は明鷺の刃と打ち合いながら眉根に皺を寄せた。
「……さっきからアンタは何が言いたい? さっぱりだ。俺にはアンタの言いたいことがわからない」
「さぁ、何が言いたいんだろうな俺ァ。俺にももうわからねぇ。きっとイカれちまってんのさ」
我に返ったかのように苦笑する明鷺。
その暗い瞳が語るは失望。
喋りすぎたとばかりに明鷺は首を横に振る。
そして「ただ」と、明鷺は言葉を続けた。
「お前みてぇな青臭ぇ綺麗事を抜かすガキが無性に感に触る」
次の瞬間、明鷺の刃が加速した。
否、ただ加速したわけではない。
刀身の伸びた横一文字の薙ぎ斬り。
初手と次手、未だ2撃しか晒さなかった初見殺し。
明鷺は躊躇なく心象武装の能力を開放したのだ。
「――っ」
伸びた刃の射程は目算約4メートル。
閃く銀光が萩の眼に反射する。
おしゃべりは終わりだと言わんばかりに唸りを上げた明鷺の刃に、しかし萩は辛うじて反応して見せた。
「くおっ!?」
警鐘を発した火種の敵意察知とほぼ同時の脊髄反射。
もう一度やれと言われたとて2度目の再現は不可能だろう。
首筋に吸い込まれるように奔る刃を萩は白蒼剣で受け止めた。
散る火花。
押される白蒼剣。
「言い忘れてたが、俺ァレベル6だ」
「なっ……! レベル6だって……!?」
目を見開き、萩は戦慄する。
レベル6。雨瀬 祥平と同じステージの怪物。
さらに瞬間、間を開けず放たれる刃の連撃。
伸縮を繰り返す明鷺の心象武装を、萩は白蒼剣で受け流すことで精一杯だ。
さっきまでとは明鷺の発する殺気の桁が段違い。
その殺意を裏付けるように、明鷺の口元からは笑みが消えている。
「く、そっ……!!」
明鷺の刃に押され、ジリジリと彼我との距離が遠ざかっていく。
萩は完全に明鷺の間合いに捕らわれた。
明鷺の折れた刃が萩の肉を抉り、血染みが増える。
このままでは必ず萩は負ける。
いったいどうすれば――……。
『――そういや、前々から薄っすら思っとったんやけど。勿体無い気するな、萩のそれ』
ふと、つい数時間前の葵との会話が萩の脳裏に蘇る。
『つまりや。紫麗の燐火で火種の節約しとるゆうても、戦闘中常時火種を身体全体に纏わせとるっちゅーのが無駄やって話や。そのぶん余計に火種を消費しとるわけやしな』
緩急のある明鷺の攻撃をなんとかいなしながら、萩はあのとき葵が言わんとしたことを考える。
――火種を身体に纏わせながら戦うのは無駄だ。それはわかってる。でもどうすれば火種の無駄を無くせる?
前人未到のレベル0。身体強化の恩恵を授かれなかった萩の身体能力をカバーしているのは火種の力だ。
火種があるから萩は戦える。
逆を言えば、火種が無ければ萩は一般人――つまるところ真のレベル0と遜色なく無力極まりない。
葵の言いたいことも萩には理解できるが、火種は萩にとっての生命線だ。
そんな火種を戦略から外す選択はありえない。
「――なんて言ってたら、俺はずっと今のままだ!」
葵は火種を戦略から外せとは一言も口にしていない。無駄だと言ったのだ。
常時身体に纏わせる戦い方を。
なら考えろ、火種の更なる使い方を。
自らが考え出した固定概念に囚われるな。
火種の能力の幅。
火種には何ができて何ができないのかを、もう一度一から考え直す。
自身の傷を癒やす翡翠の癒火と、火種の消耗を抑え、敵意を敏感に察知する紫麗の燐火。
この2つこそが、萩の有する心象武装の固有能力だ。
身体能力の強化値に多少差はあれど、2つとも他に目立った能力は発現していない。
だが萩が知らないだけで能力には他の使い方が隠されている可能性も十二分にあり得る。
能力の使い方に問題があるのだろうか。
例えば翡翠の癒火で特攻し、傷ついた身体を即治癒しながら戦ってみる、とか。
いやだめだ、と萩はすぐにその考えを廃棄する。
翡翠の癒火は単純に治癒の能力だ。
その回復量は微々たるもので、傷を癒やしながら戦うには治癒スピードが全く足りていない。
それを可能にするのは不死身の再生能力を持つウェイカーだけだ。
紫麗の燐火で敵意を読み取り、敵の数手先を予見し戦うことはできないだろうか。
答えはノーだ。
それができるならば既にやっている。
なら趣向を変えて、翡翠の癒火と紫麗の燐火、ふたつの能力を同時に掛け合わせてみるのはどうだろう。
だめだ、とこの案も速攻却下する。
火種の消耗を抑えるどころか、逆に消耗を激しくしてどうする。
祥平さんが死んだあの日。
初めて発現した赤い炎――《真紅の炬火》はあの日以来使えていない。
《真紅の炬火》は発動条件も、トリガーも未だ不明のままだ。
何かないか? 何か他にもっと効率のいい使い方は――……。
いや――、もうひとつ火種には使い方がある。
火種を武器に纏わせ奮う萩の奥の手、即ち必殺技。
火種を武器に集中させ、爆発的な攻撃力を放つソレは、偶然にも萩の求めていた新たな可能性を示唆する。
「……〝織紫咲〟だ」
思わず言葉が口から漏れた。
その発想は火種の持つ新たな可能性を生む。
――ぶっつけ本番だけど、やってみる価値はある。
萩は火種の能力を解除した。
戦意喪失と見なしたのか、それを見て明鷺が攻撃の手を休める。
「なんだ、降参か?」
刀の峰を肩に担ぎ、明鷺は萩に問う。
その質問を無視し、萩は己の中へと意識を向けた。
イメージとしては、熱く滾る紫麗の焔を一切体外に放出させず、全ての熱を身体の内側へ集めていく。
無意識的に行っていた武器へと纏わせる火種の操作を意識的に行っていく。
――まだだ、まだ貯めろ。もっと集めろ……。
そうして集めた熱を下へ下へと集束させる。
「おい、待て。お前、何をしようとしてやがる?」
明鷺が直感的に萩の異変に気づく。
それを黙って見過ごすほど明鷺は甘くない。
萩の試みを阻止すべく、明鷺は切っ先の折れた刀を能力で伸長させ、瞬殺の一撃を放つ。
伸長した刃が容赦なく振るわれ、萩の胴体を真っ二つに両断するその直前。
「ここだ……!」
下へ下へと、つまりは足元に集めた火種で、萩は地面を思い切り踏み締めた。
そして足裏に伝わる、今までに感じたことのないほどバカげた加力。
ビキッと音を立て、地面が蜘蛛の巣状に罅割れる。
直後、萩は加速した。
「う、おっ……!?」
爆発的発進力。
まるで背中を押されているかのような推進力を伴い、萩の身体は弾丸のように明鷺目掛けて発射される。
「なに!?」
萩の瞬間的超加速に目を剥く明鷺。
萩の白蒼剣と明鷺の長刀がかち合う。
次瞬、金属同士の交錯音とは思えぬほどの重低音と火花が辺りに舞う。
明鷺の身体が、5メートルほど後方に押される。
それはこの戦い初めて、明鷺が萩に力負けした瞬間だった。
「できた……!」
織紫咲発動時の火種一点集中の応用版。
アクティブワンアクションに対する、蓄積された火種の放出。その力が生み出すのは一時的身体能力の超向上。
火種の身体強化が今までの比ではない。
これが萩の見つけた新たな火種の使い方、新たな火種の可能性だ。




