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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.55『イカれた殺人鬼』




 戦場の中で孤立する感覚は、暗い海の中で遭難する感覚とよく似ている。


 微かに仲間の気配は感じられるが、それでも敵が多すぎる。

 戦っているのは自分ひとりではないのかと、ひどく気弱な焦燥に囚われてしまう。


「死ねやぁ、このガキぃぃぃぃぃッ!!」


 怯懦を狙った怒声の威嚇。

 剥き出しの殺意を放ちながら男が迫る。

 だが、その殺意は萩にとってはむしろありがたい。


 策もなく真正面から突撃してくる男の武器を、萩は両手持ちした白蒼剣で跳ね返すともに一歩踏み込み、戦慄する男の鳩尾に右肘をねじ込んだ。

 内蔵に肘が食い込む、確かな手応え。

 

「ぐえぇっ」と男が呻き、白目を剥く。


 男はそのまま地面に沈む。

 敵の無力化に成功。

 しかし満足している暇はない。

 萩はすぐさま背後からの奇襲に対応した。


「見え見えなんだよ」

「ばかなっ!?」


 戦場の俯瞰者(バトル・オペレート)は敵の害意を嗅ぎ分ける。


 殺意を向けられることにより、俯瞰範囲内なら殺意の出処と相手の行動が手に取るようにわかる。


 故に、害意を伴う奇襲は萩には通用しない。


「こ、コイツ……後ろに目でもついてんのか!?」


 奇襲を仕掛けた男が驚愕に震える。

 避け際、構わず萩は男の頭部に回し蹴りを叩き入れ、更にもうひとりの無力化に成功する。


 これで何人無力化しただろうか。


 しかし敵はまだ山ほど残っている。


 乱戦。


 対モンスターとの戦いとは決定的に異なる要素。即ち、心象武装(オクトラム)の固有能力だ。


 様々な特殊能力を発現する心象武装の中には、先手必勝、初見殺しの心象武装も少なからず存在する。


 クラン椿姫のサブマスター、梁取 葵の心象武装がまさにそれだ。


『自分で言うのもなんやけど、めっさズルいやんかこれ』と言い、本人は滅多に使いたがらないが、相手に自らの残像を見せ幻惑させる葵の心象武装を初見で見切れる猛者はほとんどいないだろう。


 沈黙したふたりの男には目もくれず、萩は白蒼剣を構え直して呼吸を――


「―――」

 ほとんど、条件反射だった。

 萩は地面を踏みしめ、背後に跳躍した。

 直後、


「――っ!?」


 一瞬前まで萩がいた場所に長刀が刺さる。

 なんとか空中で体勢を整えた萩は地面に着地する。


「――流石は椿姫のウェイカーってとこか。並のやつなら死んでたぜ、今の」


 細身の長身で手足の長い男。

 黒髪で黒い衣服を身に纏い、目の下は窪み、痩せこけた頬には陰が落ちている。

 歳は恐らく30を超えるか超えないかの辺りだろう。無精髭のせいで見た目が老いて見せる。

 容姿よりも目につくのは男の手に持つ長刀。

 心象武装であることに間違いないが、何故か刀身は中程から先がない。折れているのだ。


 火種(オーラ)から伝わる異質な殺気と、人殺しをなんとも思っていないような暗い瞳。

 他の輩とは違う、明確に。

 まるで殺しを生業として生ける暗殺者のようだ。

 喉に粘着りつくような負気味な殺気で、長刀を振るう男はニヤと笑う。


「お前、今までに何人殺した……?」


 白蒼剣を突きつけ男に問うと、男は両腕を大きく開き、痩けた頬をにやつかせた。


「悪人の数か? それとも善人の数か? 合わせりゃ軽く100人は超えてんなぁ」

「……ッ」


 顔から表情の消えた萩と相反し、男はさらに笑みを深める。


「俺ぁ昔、ジャッジメントっつうクランにいたんだ。人を斬るのが大好きでよ。犯罪を侵したバカな能力者どもを片っ端からぶっ殺してたんだ。間違えて一般人を巻き込んじまって今じゃお尋ね者だがな」


「他人を悪く言うなよ。アンタは殺人犯だ。アンタの方がもっと重罪を犯してる」


「はは、まったくその通りだ。ついてねぇ」


 悪びれず、反省もせず、男はまた過ちを繰り返す。

 否、過ちとすら思ってもいないのだろう。

 だから「ついてねぇ」の一言で済ませられる。

 男にとっての後悔とは、それはつまり表立って殺しができなくなったことでしかない。


「アンタには何を言っても無駄だろうな。けどひとつ言わせてもらう。俺はアンタみたいに人の死をなんとも思わないような人間が一番嫌いだ」

「逆に俺はお前みたいな熱い人間は大好物だぜ?」


 これ以上の会話は無意味。

 言葉と同時、萩は強く地面を蹴る。

 火種を熾し、爆発的な速度で長刀の男に肉薄する。

 彼我との距離が5メートルほどに縮まった瞬間、男は地面に添わせた背丈ほどもある長刀を振り上げた。


 長刀の刀身は2メートルほど。どんなに腕を伸ばして射程を伸ばしたところで射程3メートルが限界だ。届くわけがない。長刀を避け、近距離から一発叩き込めばそれで終了だ。いける。

 だがそのとき、にやりと男が薄く笑うのが見えた。


「――はは」


 自身のエモノの射程も知らぬほど、男は対人戦に不慣れなのか?

 いや、そんなわけはない。

 その程度の技量で、何百人もの犯罪者を殺してこれるわけがない。

 中には武術の覚えがある人間もいたはずだ。

 

 そこまで思考を巡らせ萩の脳裏に浮かんだ言葉は『初見殺し』の心象武装能力。


「――!?」


 悪い予感がして、咄嗟に萩は足を止めた。

 結論から言って、その判断は正しかった。

 振り上げられた男の長刀が、萩の顎皮を薄く裂く。


「――っ」


 紙一重、というやつだろう。

 咄嗟の判断で萩は命を拾った。

 未だ男と萩の距離は5メートルある。

 萩の目には、男の手にする長刀の刀身が伸びたように見えた。やはり初見殺しを隠していたのだ。

 つまり今この場は男の長刀の射程圏内。

 萩は男から距離を取ろうと後方に下がる。

 だが、それを見逃すほど甘い敵ではない。男は萩に追い迫る。

 接近する男の長刀を萩は白蒼剣で受け止め、なんとか鍔迫り合いに持ち込んだ。


「あーあ、またやっちまったよ」


 刃の先で男がため息をついた。


「お前みてぇにバカ正直に突っ込んでくるバカの間抜け面を見るとつい口元が緩んじまう。悪い癖なんだ」


 男が笑い、受け止める剣の重さが増す。

 刃を合わせて知る、男の技量。

 長刀に乗る剣の重さがそれを如実に物語っている。


 ――この男、強い……ッ。


 見る間に萩の喉元に男の長刀が迫る。

 この細身のどこにそんな力が隠されているのか。決まっている。心象武装の恩恵。即ち身体能力補正。男のレベルは5だと萩は当たりをつけた。


「へへ、今がチャンスだ!!」

「明鷺さんが抑えてるうちにやっちまうぞ!!」


 萩と長刀の男――明鷺が鍔迫り合いをしている今が好機と、我沙羅の男がふたり萩に追い打ちをかける。


「く……っ」

「おっと! やるねぇ〜」


 萩が男の腹に蹴りを放ち、明鷺が蹴りを避けようと下がったところで鍔迫り合いが終わる。

 ついで迫るふたりの男たちに対応する萩。

 図らずも彼らが盾になってくれているおかげで、明鷺は攻めてこれない――という萩の考えは甘かった。

 男の腹を明鷺が背後から突き刺した。


「ぁ、がぁッ……!」


 まさかの出来事に反応が遅れ、男の腹を貫通し突き出た刃が萩の脇腹にも刺さる。


「な、に……っ!?」


 脇腹に熱が広がる。

 すぐに血が滲み服が赤く染めるが傷は浅い。

 それよりも、そんなことよりも。


「ぐッ……ぅ、いてぇ、死んじまうよぉ!!」

「え、……明鷺さん、なんで、なんで」


 折れた刃の貫通はさぞや痛かろう。

 背後から腹を刺された男は苦痛に喘ぎ、もうひとりの男は明鷺を見つめたまま固まってしまっている。

 刀に付着した血を払う明鷺を萩は睨みつけた。


「なんで刺した……? 仲間なんじゃないのか……!?」

「急所は外した。それにそいつは治癒系だ。簡単に死んだりしねぇ」


 ぞわり、と萩の背筋が震えた。

 これは険悪か。それとも憤怒か。

 どちらにせよ、萩に明鷺の思考は理解できそうにないし、理解したくもない。


「お前、イカれてるよ」


 萩は白蒼剣を握りしめ、明鷺に斬りかかった。

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