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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.54『弱ぇ犬ほどよく吠えやがる』




 殴る、殴る、殴る、ぶん殴る。

 近づいてくるやつは皆、両の拳にはめた《喧嘩兼鍔(ナックルダスター)》で容赦なく殴り飛ばす。

 近寄らずとも視界に入ったやつも皆平等に。戦場の高揚に牙をガナリ散らし、野良井 獏は【狂犬】の二つ名に負けじと暴力の限りを振りかざした。


 我沙羅の構成員はそのほとんどがレベル3から4で編成されている。レベル5の獏と対等に戦える相手は少ないが、無論、獏の体力にも限界はある。


 ――何人倒した? あと何人残ってやがる? クソッ、数だきゃいっちょ前にいやがる。キリがねぇ!


 心中で舌打ちし、獏は戦場をぐるりと見回した。

 迷宮ホールの奥では葵と漆木が接戦を繰り広げており、獏のすぐ側では萩が戦っているのが視認できる。

 かれこれ10人近くは殴り飛ばしたはずだが、それでも我沙羅の勢いは止まらない。

 板谷 楓は無事に迷宮から脱出することができただろうか。

 先ほどからとある男の姿が見当たらないことが気がかりで仕方ないが、余計なことを考えているひまは獏にはなさそうだ。

 

「よそ見してんじゃねぇぞゴラァッ!!」

「ちぃ……ッ!?」


 横合いから飛んできたムチのようなものを躱し、瞬時に獏は身を翻す。


「うおっ!?」


 獏が後退した先で、ひ弱そうな男が悲鳴を上げた。構わず獏が《喧嘩兼鍔(ナックルダスター)》を振り下ろそうとしたとき、男は地面に腰を抜かしビクビクと両手で頭を抑えて震え慄いた。


「ひ、ひぃ! やめてください獏さんっ! 俺ぁ、獏さんとは戦いたくねぇんだよぉ……っ」

「真也、お前……」


 そう、ひ弱そうな男――真也は獏の後輩だった。

 あまり親しい間柄とは呼べないが、事あるごとに何かと獏に頭を下げてくる真也は、我沙羅の中ではあまり好戦的な男ではない。どちらかといえばその逆だ。

 だから一瞬、獏は躊躇したのだろう。


「へへ、やっぱ優しいなぁ、獏さんは」


 ニタァと真也が口元を歪ませた。


「捕まえろ、《擬態蜥蜴(カメレオン)》」

「なにっ!?」


 主の合図に、空間に擬態していた巨大な翠の蜥蜴――カメレオンが擬態化を解き、その長い舌で獏の身体を拘束する。


「くそッ、なんだこいつは、抜けれねぇ……ッ!?」


 身をよじらせ脱出を図るも、身体を巻きつけ締め付けるカメレオンの厚舌は獏を逃さない。


「獏さん知らなかったでしょ、俺の心象武装(オクトラム)。獏さんは俺みてぇな弱ぇやつは眼中にねぇからなぁ」


「真也、てめぇぇぇぇぇぇッ!!」


 怒声をあげ真也を睨みつけるも、獏の拘束が緩むことは一切なく、むしろより強固に爬虫類の舌が獏の身体を締め付ける。


「怖え、怖え。へへ、でも獏さんが悪いんすよぉ? 先に俺らを裏切ったのはアンタの方だ」


 下劣な笑みを浮かべる真也を見て、獏は少しでもヤツを信じようとした愚かな自分を恥じた。

 今の我沙羅は皆クズだ。

 もはや獏が躊躇することはない。


「こんなもんで俺を止められるとでも思ってやがんのか真也てめぇッ!!」

「なっ!? 嘘だろッ、逃すな擬態蜥蜴!!」


 カメレオンが更に獏の身体を舌で締め付けるが、本気を出した獏の余力には勝てない。

 少しづつ獏の拘束が解け始める。


「う、をぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 メリメリメリと、カメレオンの舌が今にもはち切れんばかりに伸張し、真也の顔が青白くなる。

 獏が拘束を解くのは時間の問題だ。

 少なくとも、このまま邪魔が入らねばの話だ。


 獏の視界に火花が散った。


「ガ――」


 一瞬、意識が飛びかけた。

 全くの不意打ちだった。後頭部。まるでハンマーにでも殴られたかのような衝撃に、獏の身体が紙切れのように吹き飛ぶ。

 地面を何度もバウンドし、ようやく勢いが止まる。

 地面に四肢をつき、激痛に獏は呻いた。


「な……くそッ、ぁが……ッ」


 視界が揺らぐ。

 耳鳴りがひどい。

 眼球は沸騰しそうなほど熱を帯びている。

 ドクドクと脈打つ後頭部からは、頭がパッくり割れてるんじゃないかと思えるほどの、おびただしい量の血が噴き出していた。

 歯を食いしばり、獏はこれでもかというほど地面を睨みつけた。

 でないと意識が保てない。


「ギャハハハハ!」と、耳の端で誰かが笑っていた。


「良くやったぜ、真也! どうだ獏、俺の重刀の威力は!? 3tトラックにぶん殴られた感想はよぉ!!」


 地面にうずくまる獏を見下ろし、愉快気に嗤っているのは我沙羅の元メンバー・太橋 薫だった。

 彼の手に持つ黒い木刀型の心象武装には赤い血がべっとりと付着している。背後から獏の後頭部を殴ったのは間違いなくあれだろう。

 後頭部の痛みを噛み殺し、根性で獏は立ち上がる。


「なんだふらふらじゃねぇかよ、獏ぅ? テメェの大好きな雨瀬 祥平を呼んできてやろうか? ああ、もう死んでるんだったなぁあのクズっ!」


 薫のクソみたいな軽口に、周りのクズ共が「ギャハハハ」と腹を抱えて笑う。


「……ハッ、背後から俺に一発喰らわせたのがそんなに嬉しいかてめぇ。良かったなぁ、薫。サシじゃ俺には勝てねぇもんなぁ。ああ、まったく救えねぇクズ共だぜてめぇらはよォ……」


「黙れッ、俺ァ昔からテメェが目障りで仕方なかったんだ。ガキのくせに生意気なテメェを、俺がどれだけぶっ殺してやりたかったかッ!? 祥平の野郎がいなけりゃ、俺はあの時テメェを――」


「うるせぇ。頭がガンガンしやがるからあんまデケェ声出すんじゃねぇよ。無知なてめぇに教えてやるぜ薫」


 獏は頭から額に垂れた血を腕で拭き、相手をバカにするように口元を緩めて、


「弱ぇ犬ほどよく吠えやがるってな」


 ぷちんと音がして、額に青筋を立てた薫は目玉が飛び出そうなくらい目を開いた。


「ぶっ殺してやる」

「やってみろよ」

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