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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.50『囚われの歌姫』




 ずっと不思議で仕方なかったことがある。

 どうして迷宮(メイズ)の中はこんなにも明るいのか。

 明白な光源が存在するわけではないのに関わらず、この閉鎖空間内を照らすこの光は、いったいどこから発生しているのだろう。

 暗闇に慣れた瞳にはキツイ。半目で迷宮の壁を見る。空間全体が発光しているとしか言いようがない。


 泊岩石でできた狭い通路のような一本道を抜けると、急に視界が開けた。

 どうやら通路は円形のホールのような大空洞に繋がっていたようだ。

 眼前には段差があり、自ずと崖の上に立っているような立ち位置となる。


「――クックック。本当に1時間以内に来やがったのかよ。いったいどんなトリックを使ったんだ? ええ、双夜叉ァ」


 見下ろした先で、傲慢にも椅子に足を組んでふんぞり返る『黒鬼』の姿があった。


「随分陰気臭いとこにおるんやな、お前ら。シャバの空気も満足に吸えへん日陰者にはお似合いの場所やでホンマ。我沙羅やなくて、ネズミと愉快なゴキブリ達にでも改名したほうがええんちゃうか。ああせやけどお前ら全員纏めて特務所ぶち込んだるから関係ないか」

「クックック、言いやがる」


 10メートル以上ある段差をひょいっと飛び降り、葵さんは二刀の心象武装(オクトラム)を起こす。

 刀から発される、凍えるほど冷徹な葵さんの殺気が隣にいる俺にまでビリビリ伝わってくる。

 やはり感情を隠していたのだ。ここまで殺意を滾らせる葵さんを見るのは初めてだ。


 鼻をつまみたくなるような酒と煙草とそれから生臭い魚のような匂いに顔をしかめる。

 漆木の周囲、能力者と思しき我沙羅のメンバーがざっと30人は集結していた。そしてその中には我沙羅の【狂犬】野良井 獏と、両腕を拘束され壁に背を預けて座る楓の姿があった。


「楓っ!」

「萩くん、葵さん……っ」


 こちらに気づき、酷く申し訳なさそうな顔で、楓は俺と葵さんの名前を叫んだ。

 なんでそんな顔をするんだ。楓はなにも悪くない。悪いのはすべて我沙羅の連中だ。

 楓の無事を確かめ、俺は安堵に胸を撫で下ろしたい気分だった。

 葵さんの言った通り我沙羅は約束を守ったのだ。

 しかし、楓の唇についた血や汚れた服を目にした瞬間、腹の内から沸々と熱が燃え滾る。

 こんな陰湿な場所にひとり囚われ、敵だらけの中さぞや心細かったことだろう。


「大丈夫だ、待ってろ楓。今助ける!」


 鞘から抜き放った白蒼剣を強く握りしめ、俺は熱く昂ぶる戦意に火種を灯す。

 決戦が始まろうとしていた。

 薄く身体に纏った《火種(オーラ)》が獰猛な敵の殺意を感知し警鐘を鳴らし続ける。

 今一度、己に覚悟を問うときだ。

 楓の救出を第一に。優先順位を違えるな。

 もしもこの場にいる誰かを殺さなければ、楓を助けることができない状況になったとしたら、そのときは――……。


 そのとき、我沙羅の連中が放つ敵意の中に埋もれた、ほんの些細な殺意を《火種(オーラ)》が嗅ぎ別けた。


「―――?」

 弱々しく、今にも消え入りそうな殺意の揺らぎ。

 それは直接俺に向けられたものではないが、それが生物から発される敵意である以上、無視していい道理はない。

 殺意の出処を探ろうと視線を上げたとき、じゃら、と鎖が鳴る音が俺の耳朶に触れる。


『キィ、ァ――……』


 瞬間、背筋が凍りついた。

 頭に登った血が、まるで氷水に浸されでもしたかのうように急激に冷めていく。

 猛烈な吐き気に手で口を覆いながら、目を見開き、俺は息を詰めた。


 それは手足に強固な鎖の枷をはめられていた。


 それは痛めつけられボロボロだった。


 それは藻掻くように歌を綴っていた。


 それは、――人ではなかった。


「なんて……」


 殺意の正体。この空間に漂う生臭さの源泉。


 その正体は、異形の怪物だった。


「なんて酷いことを……ッ!!」


 考えれば容易にわかることだった。

 なぜ異界門(アビス)が開ききったままの状態で、今もなお門は閉じられていないのか。

 いったい何時から、この迷宮は存在しているのだろう。

 少なくとも、昨日一昨日のわけがない。

 その証拠に、ここにくる前の通路には白骨化したモンスターの死骸が転がっていた。

 何週間も、何ヶ月も前から、この門は存在し続けているのだ。

 何週間も、何ヶ月も前から、目の前でか細く鳴く怪物は監禁され続けていたのだ。


 危険度Lv3のモンスター、歌姫種(ハーピー)

 身体の造りは人間の女性に近く、鳥類と人を合成したかのような見た目をしている、紫と緑黄の入り混じった美しい羽根を持つ鳥類型のモンスターだ。


 しかし、人間でいう腕の代わりに生えた鳥類特有の美しい羽根はそのほとんどが容赦なくむしり取られ、露出した箇所はぐちゅぐちゅと化膿している。

 栄養の不足した手足は既にしなびていた。

 艶のない乱れた長髪。

 光を失った虚ろな瞳。


 喉は潰されているのか、声は掠れていた。

 痩せ細った腹部から浮き彫りになって見える助骨が微かに上下に振動を繰り返しながら、やつれた口で彼女は絶えず歌い続ける。

 本来であれば、ハーピーの歌声には人間の脳を麻痺させる魔性の効果があるらしく、ハーピーの出す高音は人間に理解することが難しく、耳を抑えたくなるほど不快な音色らしい。

 だが俺の耳に届く彼女の悲痛な歌声は、俺の胸に罪悪感にも似た棘を突きつけてくる。


「ホンマ救いようのないやっちゃな、漆木」


 葵さんもハーピーの存在に気づいたのか、柄にもなく怒りに肩を震わせている。

 当たり前だ。

 これは人のやっていいことじゃない。

 いくら人間とモンスターが相容れない仇敵と言えども、これじゃどっちが怪物(モンスター)かわからない。

 現に俺は今、あれほど憎んだモンスターに対して同情にも似た感情を寄せてしまっている。


『キィ、ア、ラ――……』

 

 モンスターが、か細い鳴き声を上げている。


「―――ちっ」


 おもむろに、獏が楓の服の後襟を掴むのが視界の端に映った。

 いったい何をするのかと、反射的に声を上げそうになるがしかし。俺の想像とは相反し、獏は何を思ってか楓を連れたまま一足飛びで俺と葵さんの前まで距離を詰めてきた。

 獏の砂色の瞳と俺の瞳が交差する。

 何事かと警戒に白蒼剣を握りしめる俺に向かって、ほらよ、と獏は楓を放り投げる。

「ひゃっ」と短い悲鳴を上げながら放られてくる楓を俺は危なげにキャッチ。

 意図せずして、楓の救出に成功。


「お前はたしか、あんときの」


 わけがわからないのは葵さんも同じだったようで、獏の奇行に面食らっている様子だ。


「おい、獏。なんのつもりだ、テメェ」


 冷ややかな声が、獏の名前を呼ぶ。漆木だった。

 唐突な獏の裏切りに、漆木の顔からは余裕の笑みが剥がれ落ち、代わりに射て殺さんとばかりに鋭く鋭利な瞳で獏を見据えていた。

 獏はゆっくりと漆木に振り返り、


「何のつもりかだって? んなの見りゃわかんだろ」

「なんだと?」

「みっともねぇぜ漆木さんよ。俺ァ恥ずかしくて仕方ねぇ」


 臆することもなく正面から漆木の瞳を睨み返すと、憤怒の込められた声音で獏は落胆を口にする。


「三下相手にイキってる雑魚共もそうだし、なにより喧嘩すんのに女を人質に取るようなチームにいんのが、俺ァ恥ずかしくて仕方ねぇ。こんなんじゃ男張って死んでった祥平の兄貴に見せる面も張れる胸もねぇ」


 周囲から喧騒を向ける我沙羅の連中を見渡し、それから楓と、鎖で繋がれたモンスターを交互に見やった後、獏は視線を落として嘆くようにつぶやいた。


「いつの間に、我沙羅はこんなクズ共の掃き溜めになっちまったんだろうな」


 獏の声は寂寥を孕んでいた。

 彼の瞳に映るのは、果たして結成当初の荒くれ者集団としての我沙羅なのだろう。

 決して今ある犯罪者集団の我沙羅じゃない。

 瞳を閉じ、獏はひとつ深呼吸を挟む。


――俺はいつから『番犬』に成り下がっちまったのか。


 昔の獏は、今よりもっと荒れていた。

 荒れていられたからこそ自由だった。

 暴力が全てで、力こそが正義。

 そして荒くれ者の周りには、血の気の多い同類が集まる。

 しかし、ときの流れと一緒にメンバーも入れ替わり抜けていき、最初期のメンバーはもう漆木と獏のふたりしか残っていない。

 祥平の兄貴も、我沙羅を辞めてしまった。


――俺はいつから『番犬』に成り下がっちまったのか。

 

 もう一度、獏は己に問う。

 そしてゆっくりと顔を上げた獏の顔に後悔の念は微塵もなかった。過去を断ち切るように、獏はキッと漆木を睨みつけて。


「俺ァ『狂犬』だ! 仁義もクソもねぇクズ共と一緒にいる気はねぇ! 張れる胸のねぇ男の下につくなんざ願い下げなんだよッ!」

「獏、テメェ……」

「俺の兄貴は祥平の兄貴ただひとり。俺は一度も、アンタを兄貴と呼んだことはねぇ」


 そして、決別を告げた。

 これが獏なりのケジメなのだろう。

 俺は目前で牙を鳴らす『狂犬』を垣間見た。

 その背中に、祥平さんの姿を見る。

 ふと、獏がこちらを振り返り、ガルルッと牙を鳴らして威嚇してくる。


「勘違いすんじゃねぇぞ。俺はお前らの味方じゃねぇ。気に食わねぇもんを気に食わねぇとぶん殴るためにここにいるだけだかんな」


 なぜかそこだけは頑なに譲らないようで、俺と楓は揃って肩を竦めた。

 その隣で、ハッハッハ、と葵さんが楽しそうに笑う。


「なるほど、祥平の言うとおりや」

「祥平の兄貴が?」

「せや、いつか祥平のやつが言っとった。我沙羅に筋の通った弟分がおるってな。そんでその弟分を古巣に残して来てもうたことに、あいつは後悔しとったで」


 葵さんの言葉を、獏はぽかんと口を開けて聞いていた。獏の表情が緩む。へへっ、と嬉しそうに鼻頭を指で擦る。

 

「ったく、んなこと……気にしなくていいのによぉ」


 それから獏は葵さんを見て、挑発的に笑ってみせる。


「アンタ。祥平の兄貴が惚れた男の力、きっちり見せてもらうかんよ。失望だけはさせんなよ」


 葵さんはまたもや、ハッハッハ、と愉快そうに肩を揺らす。


「なんや偉そうなやっちゃな。まぁ、祥平のやつも最初は偉そうにしとったかんな。ええで、見せたる。そんかわり、君も俺に実力見せたってや」


 スッと獏から視線を切り、温度差を変えた瞳で葵さんは我沙羅を視界に入れた。


「手始めに、ここんいる敵全員ぶちのめすで」


 ハッ、と吐き捨て漆木が椅子から立ち上がる。

 

「ぶち殺す敵がひとり増えたところで、蝿の群れに変わりはねぇよ。テメェら、皆殺しだ! 誰も生きて返すんじゃねぇぞッ!!」


 怒号が響き渡ると、我沙羅の連中全員が各々に遠吠えを上げた。

 決戦が始まった。

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