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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.47『最短ルートで駆け抜けろ』



 

 新幹線のホームで、ひとりの男が列車の到着を待っている。

 どこにでもいるごく普通のサラリーマン。

 会社終わりの夜21時。思ったよりも残業が長引いてしまい、これから最終列車に乗り帰路につく。逆算して家に到着するのは日を跨ぐ頃になるだろう。


『間もなく、2番線に快速列車が参ります。危ないので、黄色い線の外までお下がりください』


 列車通過のアナウンスがホームに響く。

 新幹線を待つ間、男がスマートフォンの携帯ゲームで暇をつぶしていると、


 ブロロロロロ――ッ、と。


 男の耳に聞こえてきたのは、新幹線にしてはやけにうるさいエンジン音。

 スマホから目を離し、男は顔を上げた。

 エンジン音はどんどん大きくなる。というか、近づいている……?

 男は疲れきった眼を音の聞こえてくる方角に向けた。その直後、


「は――?」


 新幹線のレーンを、何かが高速で通り過ぎて行った。

 はっきりと視認できたわけではない。

 しかし爆音を奏で目の前を通過していったそれは、男の目にはバイクのように見えた。







「――え、なんやって!? なんっも聞こえへん!」


 猛スピードで線路の間を滑走する一台のバイク。

 それを操縦する葵さんが大声をあげるが、至近距離にいるのに対し、その声はバイクのエンジン音と風切り音に攫われよく聞き取れない。


「だー! かー! らー!」


 振り落とされないよう密着する身体。俺は葵さんの後頭部目掛けて更に声を張り上げた。


「楓が女だって、なんで今まで黙ってたんですかぁッ!?」


「仕方ないやろ、楓たっての要望や! 俺やってこないな状況やなかったら、言うつもりなんてあらへんかった。それとも何か? 楓が男やったら、お前は助けいかんかったんか萩?」


 葵さんが問いかけてくる。

 愚問だ。助けにいかないわけがない。


「そんなわけないじゃないですか! 楓が男でも、俺は助けに行きますよ!!」


「せやったら、楓が男やろうが女やろうが関係ないやろ萩! 漆木も楓には手出さへん言うたんや。心配するんなら、着いてからのことを心配せぇ!」


 ぐっ、と俺は言葉に詰まる。

 正論だ。葵さんの言っていることは正しい。

 俺が心配するべきは、やつらのアジトについた時、どうやって楓を取り戻すかを考えるべきだ。


 今から俺達が向かうのは敵のアジト。

 悪者共の掃き溜めだ。

 葵さんを誘き出すために、奴らは万全の準備をしているだろう。そしてその場には恐らく【狂犬】野良井 獏もいるはずだ。


 生半可な覚悟で挑むわけにはいかない。

 余計な心配をしている余裕はない。

 葵さんの足を引っ張ることだけはごめんだ。

 だから俺は、楓を助け出す、それだけを考えなくてはいけないのに……。

 なのに脳裏にちらつく不安が拭えない。

 肺に溜まった二酸化炭素が、呼吸の邪魔をする。

 俺はまた、大切な仲間を救えないんじゃないかという、心奥に深く根を貼る恐怖が誤魔化せない。


「大丈夫や、心配いらん」


 微かに聞こえたその声に、俺は顔を上げた。

 目の前には、変わらず葵さんの背中が見える。

 俺の心境を悟るように、振り返らず、葵さんが言葉をくれる。


「誰も死なせへん。そのために俺がおるんやからな」

 

 何が何でも楓を助け出すと断言する葵さん。

 自信に満ちた葵さんのその背中に安心を覚える。

 なんで平然とそんな言葉を吐けるのか。

 ちょっとカッコよすぎるだろ。

 葵さんがいるなら大丈夫だと、そう思えてしまった自分がいる。そう思わせられるほどの分厚い信頼と、それを可能にするだけの実力が葵さんにはある。

 祥平さんが惚れたのも無理はない。

 果たして俺は、この人に近づけるのだろうか。

 俺の目指す男の背中はあまりにも大きく、そして祥平さんが惚れた男の背中は格好良い。


「葵さん……っ」


 俺は葵さんの名前を呟いた。

 ちょうどそのときだった。感動に胸を熱くする俺の耳に、どこからか笛の音が聞こえてきたのは。

 音は背後から聞こえた。

 これは汽笛だろうか……?

 何だろうと振り返り、瞳に映ったそれを見て「葵さんっ!」と、さっきよりも数倍声を張り上げ、俺は葵さんの名前を再び叫んだ。


「どした?」

「後ろ後ろ後ろぉ――っ!!?」


「後ろって――」葵さんがサイドミラーで後方を確認。直後「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 反射的に葵さんがバイクのハンドルを思いきり左にきると、車体が鋭利な角度で斜めに傾く。

 危うくバイクが転倒するんじゃないかと肝を冷やした次の瞬間、さっきまでバイクの走っていた場所を快速列車が物凄いスピードで通過していった。

 失念していたが、俺と葵さんが走っているのは新幹線のレールの脇。

 新幹線の最高速は、確か時速300kmを超える。


「もっとはよ言わんかい! 間一髪やったで! 死ぬとこやったろ今の!?」

「俺だって今気づいたんだから仕方ないじゃないですか! そもそも新幹線のレールの上って道交法的にどうなんですかね!?」

「あかんに決まっとるやろアホ! けどここが我沙羅のアジトまでの最短ルートや!」

「それじゃ免停確定じゃないですか葵さん!?」

「免停ひとつで楓が助けられるんやったら安いもんやろ!」

「葵さん……!」

「安心せい、萩。お前も共犯やで」

「そこは庇ってくださいよ!!?」


 くっくっく、と葵さんは楽しそうに肩を揺らして笑い、それから右ハンドルのギアに親指をかけた。



『――葵さん、見てくださいよこれ!』

『今度は何したん祥平お前。お前のバイク日に日にイカつくなってんねんけど』

『へへ、今日はスーチャーつけたんすよ』

『ほぉ』

『右のハンドルのギア回すとリミット外れてエンジンと連動するようにしてみたんすけど、軽く250出るらしいっすこれ』

『ドイツのアウトバーンかお前。250km出す機会なんてないやろ普通に考えて』

『走っててうんこ漏れそうになったときとか便利じゃないっすか。超速いっすよこれ』

『たしかに。それは便利やな』

『ちなみに葵さんのバイクにもつけといたんで』



「まさかほんまにこれを使う日が来るとは思わんかったで、祥平」


 葵さんが何か小さく呟く。

 祥平さんの名が出た気がして、咄嗟に俺は聞き返そうとしたが、


「しっかり掴まっとれよ、萩。飛ばすで」

「はい……?」


 そう言うや否や、葵さんはハンドルのギアを1段階上げた。

 瞬間、エンジン音が跳ね上がり、バイクは更に加速する。

 メーターが振り切れ、車体が悲鳴を上げる。

 俺は葵さんの背中にしがみつくことで、精一杯だった。

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