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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.45『人質』




 神経を研ぎ澄ます。

 これでもかというほど。身体中に巡らせた火種を、全細胞の至るところまで循環させる。

 害意を嗅ぎ取れ。

 殺意を掴み取れ。

戦場の俯瞰者(バトル・オペレート)

 火種の揺らぎから、相手の次の行動を予測し、常に一手先を読み動く。

 でなければ、間に合わない。

 目で見て動いたのでは、対応できない。

 この、光のような剣速には――。


「―――ッ」

 緩急のある連撃。

 直後。白蒼剣の隙間を滑るようにして放たれた、双刀の横薙ぎが俺の横っ腹に叩きつけられた。


「ぐえっ!?」と、鈍い悲鳴を上げながら、俺は模擬戦場の床を何度も転がる。

 膝を立て、無様に寝そべるのをなんとか耐えると、熱を持つ脇腹を左手で抑えながら、俺は白蒼剣を構えて追撃に備えた。


「それでええ。相手に追撃の隙を与えたらあかん」


 白蒼剣を向ける先で、双刀の片方をポンポンと肩に担いだ葵さんが上機嫌に笑う。


「剣捌きも、初っ端の頃に比べたらだいぶマシんなった。レベル5相手でも十分通用すんで今のお前」


 荒い息を整えながら、俺は首を横に振った。


「まだまだですよ……俺はまだ一度も、まともに葵さんに一撃入れることさえできてない」

「はっはっは、なんやお前、萩。俺に一撃喰らわせる気でいたんか? 10年早いわアホ」


 可笑しそうに葵さんが笑う。

 確かに、以前と比べて俺は強くなったと思う。

 身体捌きに、剣捌き。火種(オーラ)の使い方も。以前とは比べ物にならないくらい上達した。

 けれど、まだ足りない。

 こんなんで満足できるわけがない。


「俺はもっと、強くならなきゃいけないんだ」


 我沙羅とやりあったあの日。

 満身創痍の身体で、無我夢中で漆木に放ったあの紅蓮の炎は、あれから一度も発現できていない。

 何故《紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)》が紅の炎に変化したのか。その理由も、トリガーすらも分かっていない。

 紅蓮の炎――真紅の炬火(ブレイブ・オーラ)を使いこなせるようになれば、俺はもっと強くなれる。そんな確信がある。


 強くなければ守れない。

 強くなれば、そのぶん多くを守ることができる。

 単純なことだ。強くなればいい。

 誰にも負けないくらい、誰にも脅かされないくらい、強くなればいい。

 そうすれば、きっと――。

 そのとき、ふいに葵さんが言った。

 

「そういや、前々から薄っすら思っとったんやけど。勿体無い気するな、萩のそれ」

「勿体無いって、何がですか?」


 聞き返すと、葵さんは何やら真面目な顔で、


「放出してんとちゃうか」

「放出……?」

「『織紫咲(シキムラサキ)』使うとき、萩の火種(オーラ)は剣に集中しとるやろ。そんでレベル4のスペックで実質レベル5相当の火力出せとるわけや……まぁ、ええ武器使っとるってのもあるやろけど」


 それはそれとして、と葵さんは続きを語る。


「つまりや。紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)火種(オーラ)の節約しとるゆうても、戦闘中常時火種(オーラ)を身体全体に纏わせとるっちゅーのが無駄やって話や。そのぶん余計に火種(オーラ)を消費しとるわけやしな」

「なるほど……たしかに」


 根本的な問題に、ようやく気づく。

 火種(オーラ)を身体全体に纏わせているぶん、火種(オーラ)の消耗は早くなる。それはつまり、戦闘持続時間が短くなるということに他ならない。

 火種(オーラ)が使えなくなれば、俺という存在は無力極まる。だってほら、レベル0なわけだし、俺。

 葵さんがにやっと笑う。


「どや、わかってきたか」

「―――」


 今の俺に足りないものは何か。

 火種(オーラ)の発動持続時間を伸ばすために、俺がやるべきこと。それは――。


「つまり、もっと走り込んで体力をつけろってことですね、葵さん!」

「はいでたでた頭悪い発言。なんでそうなるん。頭ん中まで筋肉でできとるんかお前」


 はぁ、と大きな溜息をつかれた。


「まさかお前。からだ鍛えとったらなんとかなる思っとるわけちゃうよな」

「え、違うんですか……?」


 はぁ、と再び嘆息された。「あのな、萩」と葵さんが口を開きかけた、そのとき。

 模擬戦場には場違いなほど透き通った声音の邦楽(メロディー)が、葵さんのポケットの中から流れる。着信音だろうか。

 葵さんは億劫そうにポケットに手を突っ込むと、スマホを取り出した。


「なんや、楓からや」


 スマホ画面に表示された名前は、楓のものだ。

 こんな夜更けに何のようだろうか。いやそれよりも、


「誰の曲ですか、それ?」

「西海 彩亜やけど」

「さいかい いろあ……誰です?」

「お前本気で言っとんの? 西海 彩亜のデビュー曲『私がずっと、あなたの隣にいてあげる』やぞ」

「いや、初めて聞きましたけど。有名な人何ですか?」

「今度ググってみ」


 そう言って、葵さんは電話に出る。


「もしもし楓か、どないしたん。何かあっ――」




『――よぉ、久しぶりだなァ。双夜叉ァ』




 途端、葵さんの顔から笑みが消えた。

 何かあったのか。雰囲気で察す。


「―――、漆木」


 葵さんが口にしたその名前を耳にした瞬間、心臓が大きく跳ねた。


「葵さん、漆木って……!?」


 俺にも聞こえるよう、葵さんは通話をスピーカーモードに切り替えた。

 電話の先で漆木が、ハハッ、と笑う声が聞こえた。


『祥平は元気か? ああ、もう死んでるんだったな』


「お前ッ―――」


 危うく、キレそうになった。

 すかさず、葵さんに手で制される。

 声を出すな、ということだろう。


「前置きはいらん。早よ要件を言えやボケ」


 俺と違って、葵さんは冷静だ。

 漆木の安い挑発には乗らない。


『クック、そう急かすなよ。まぁいい。話が早くて助かる。大阪の外れに、潰れた廃工場があるだろ。立港っていやわかるか。そこの一番奥のデケェ建物にテメェひとりで来い、双夜叉』


「わかった。楓は無事なんやな」


『ああ、無事だぜ。今のところはな。代わってやろうか。おい、起こせ』


 ドスッ、と何かを蹴るような鈍い音がした。

 同時に『うっ』と苦しそうに喘ぐ声も。

 

『葵、さん……』


 電話を代わった楓の声は、ひどく弱々しいものだった。

 俺は背中に寒気を覚えた。拳を握って、気持ちをなんとか沈める。


『すみません、ぼく……』


「なに謝っとんのや、あほ。すぐ助けに行ったるから、安心して待っとき」


『来ちゃダメです、葵さん。ぼくは大丈夫ですから、だから――、ッ』


 また、何かを蹴る鈍い音。

 無論、蹴られたのは楓の身体だ。


「――ッ、楓!? 大丈夫か、楓っ!!」


 楓の呻き声を聞き、俺は咄嗟に声を上げずにはいられなかった。


『あぁ? その声は、祥平と一緒にいたもうひとりのガキか』


 電話の先で、漆木がそう言う。

 俺は葵さんの手からスマホを奪い、電話の向こうにいる漆木に向かって吠えた。


「おい漆木、楓に手出したらただじゃ済まさねぇぞお前!!」


『クックックッ、ただじゃ済まさねぇだと? 面白え。いいぜ。テメェも双夜叉と一緒に来い。ああ、あと。誰かにチクったら、わかってるよな?』


 脅すような口調で、漆木がそうのたまう。

 卑怯なやつだ。楓を人質に取られている俺達は、漆木の言葉に従う他ない。腸が煮えくり返りそうだ。


「ああ、わかった。せやから楓には手ェ出すんやないで」


 苛立つ俺の手からスマホを取り上げ、葵さんは淡々と漆木の要求を飲んだ。


『2時間だけ待ってやるよ。ここにいる連中はそこまで気が長くねぇんだ』


「2時間やな。そんだけあれば十分や」


『ハハッ、テメェ今椿姫のホームにいるんだろ? ここまで何キロあると思ってやがる』


 漆木が可笑しそうに笑う。

 大阪の地理に詳しくない俺には、その廃工場がどこにあるのかわからないが、漆木の笑い声からして、多分2時間では到底間に合わない距離にあるのだろう。


「約束やぞ。楓に手出したら、ほんま殺すでお前」


『クックック、いいぜ。2時間だ。約束してやるよ。俺の目的は端からお前だからな、双夜叉ァ。ああ、最高の舞台にしようぜ――』


 漆木はそう言い残し、通話は途絶えた。


「―――」

 ツーツー、とスマホの着信終了音が模擬戦場に虚しく響く。

 

「お前はここに残っとれ、萩」


 スマホをポケットにしまいながら、葵さんは短くそう言った。


「なに言ってるんですか、葵さん。俺も行きます」


 揺らがぬ決意を宿し、俺が葵さんにそう返すと、


「わかっとるんか、お前。今から俺らが行くとこは迷宮(メイズ)やない。敵はモンスターやのうて、生きた人間や」


 葵さんの冷たい瞳が、俺に向けられる。


「殺らな殺られる。迷えば死ぬで。人を殺すことになんも躊躇いはない。奴らはそういう連中や。せやから人を殺す覚悟のないお前を、連れてくことはできへん」


 人を殺す覚悟。どこかで聞いたようなことを言われた。

 そうだ。あの男……獏にも言われた。俺には覚悟が足りないと。

 

「なぁ、萩。人殺しなんて、胸糞悪いだけやで。お前は真っ当な人間であるべきや」


 葵さんは、力なく笑った。

 お前はこっち側に来るべきじゃないと。『お前は』ということは、葵さんには、そういう経験が少なからずあるのだろうか。

 人を殺す覚悟――。

 そんなもの、あるわけがない。

 人を殺すなんて、俺にはできない。けど、


「……できる限り、人は殺したくない。でも、もし、誰かを殺さなくちゃ、大切な誰かを護れないんだとしたら……俺は、それでも俺は――もう、大切な人が目の前で死んでいくのは嫌なんです……ッ」


 大切な人達を失うくらいなら、大切な人達を護るために、俺は――。

 覚悟を決めかねる俺を見て、葵さんは苦笑した。


「意地悪言うたな。俺もや、萩。できる限り、殺しとうない。殺さへんで済むんなら、それがいっちゃんええ。せやけど、何かを護るためには、何かを犠牲にせなあかんときもあるっちゅー話や」

「……葵さん」

「急ぐで、萩。今から飛ばしてギリギリや。万が一あいつらにバレたら手遅れんなる」

「バレる……?」


 そう聞き返すと、葵さんは「ああ」と頷き、


「今まで黙っとったけど、楓は―――」


 葵さんの発言を耳にした直後、さっきまで悩んでいた覚悟や何やらという葛藤が、一緒くたに吹き飛んだ。







 葵との通話が終了すると、漆木はスマートフォンを放り投げ、そして足元にいる楓を遠くに蹴り飛ばし、手短なイスにどかっと腰を据えた。


 軽々と蹴飛ばされた楓は受け身も取れず、無様に肩から地面を転がった。


「………っ、ぅ」

 地面の硬い感触に歯を食いしばり、喉奥から苦名が漏れ、瞼を開けた楓は思わず悲鳴を上げそうになった。


「―――っ!?」

 眼前。目と鼻の先に、本来ここにいてはいけないはずのものがいる。

 その瞳が、楓を見つめている。

 なぜ、どうしてと。そんな疑問が目まぐるしく頭の中をかけ巡る。

 しかし手足を鎖で巻かれ、ひどくやせ細った身体を目にした楓は恐怖よりも同情を覚えた。

 生きているのか、死んでいるのさえわからない。

 いや、集中して見れば、胸の辺りが微かに上下している。呼吸をしているのか。まだ生きている。


「……君も、捕まったの?」

『―――』


 声をかけてみるが、返答はない。

 楓は拳を握りしめた。

 我沙羅の非行は明らかに度を越している。

 なぜこんな酷い行いができるのか。

 残酷すぎる、こんなの……。


「ねぇねぇきみ、生きてる?」


 急に声をかけられた。

 振り返ると、楓をここまで攫ってきた例の金髪男が楓の目の前にしゃがみ込んでいる。


「良かった良かった。ちゃんと生きてる」


 うんうんと何度も頷きながら、男は楓の顔をジーっと見つめている。


「あの、なんですか……?」


 訝しげに聞き返すと、男は首をかしげる。


「ん〜、どっかで見たことある気がするんだよねぇ。君さ、どっかで俺と会ったことない?」

「……人違いじゃないですか?」

「だよねぇ。あの子は女の子だったし」

「女の子……?」

「うん。まぁ確認すればいいか。ちょっと失礼するよ」

「え――?」


 男はおもむろに楓の着ている服を掴んだ。

 突然のことに、楓は声を上げる。


「ちょっ、なにを、やめ――」

「俺の記憶が確かなら、たぶん」


 楓の抵抗も虚しく、上着がめくられる。

 脱がせた上着の下。

 黒いタンクトップのような下着が露わになる。

 そしてその下着の下、胸元に小さなふたつの膨らみがある。

 それを目にした男が「ほら、やっぱり」と納得したように笑い、


「君、――あんとき逃げた子じゃん」

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