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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.44『動き出す害意』




 午後7時過ぎ。

 9月だというのに夏の終わる気配のまったくしない、蒸し暑い日が続いている。

 しかし強情に居座る夏の気温と違い、素直な夕日は西の空へと早々に暮れていく。

 そう、もうすぐ秋だ。

 楓の好きな紅葉の季節がやってくる。


 レベル4の異界攻略(レイド)を終えた楓は、街灯の明かりがぽつぽつつき始めた夕闇道を、市内の方へと向かって少し早足で歩いている。

 楓の他に人影はない。ひとりきりだ。

 萩と葵は今頃、クランの訓練施設で異界攻略(レイド)後の模擬戦中だろう。

 毎日毎日、本当によく頑張る人達だと楓は思う。


「萩くんが来てから、みんな変わったよね。何ていうか、感化されてるって言うか」


 萩が椿姫に入る前、模擬戦場を使用するのは葵くらいのものだった。

 たまに祥平が葵に模擬戦を挑むくらいで、それだってせいぜい2、3時間がいいところ。葵も毎日自主トレをしていたわけじゃないし。

 萩の存在は、いい意味で変化を与えてくれた。


「かく言うぼくも、なんだけどね」


 そう言って、楓は苦笑する。

 この前までの楓なら――いや、萩が椿姫に入る前の楓は、自主トレなんてするようなタイプじゃなかったのに。それが今では、萩と葵の模擬戦に率先して参加しているわけだし。

 たぶん、祥平が死んだことも少なからず関係しているのだと思う。


「みんなじゃなくていい。たくさんじゃなくていい。世界中なんて大きいことは言わない。ただ俺は俺の身の周りにいる大切な人達を護りたい、かぁ」


 いつか聞いた、萩の言葉を楓は口ずさむ。


「ぼくも、護りたいよ。君みたいに、強くなりたい。君を護れるくらい、強くなりたいんだ」


 護られてばかりなんて、もう嫌だから。

 その熱い想いを胸に、楓は前を向かなきゃいけないと思ったんだ。





 最寄りの花屋で買った花束を手に、楓は大阪府立病院の中央エレベーターに乗り、7階の入院病棟に足を運んだ。

 ハイデックスユーゴの白い廊下。

 病院特有の、強いアルコールの匂い。

 時刻は夜ということもあり、病院全体が静謐な静寂を孕んでいた。


 目当ての病室の前で、立ち止まる。

 扉の横にある、札を見る。

 7階西病棟 727号室。小椋 蛍。

 ああ、ここで間違いない。


「蛍ちゃん……」


 楓は恐る恐る、扉の取っ手に手をかけた。

 ほんの些細な力を込めただけで、扉は開く。なのにまるで、壁と扉が接着されているかのように、取っ手が重く感じる。

 あとほんの少しの勇気、それが楓には足らない。


「前を向くって決めただろ、ぼく」


 どうしても中に入れず、病室の前で立っていると、ふいに「()ちゃん(・・・)?」と名前を呼ばれた。

 びくっと肩を震わせ、楓は声のかけられた方に振り向く。


「―――ぁ、……花菜、さん」


 そこに立っていたのは、長い黒髪を頭の後ろでひとつにまとめ、ポニーテール風に結んだ女性。

 歳は楓よりもずっと上だ。


「やっぱり、楓ちゃん。大きくなって」


 黒髪の女性――花菜は目元を緩め、口元に微笑を浮かべた。

 あの頃と変わらない、人好きのする優しい笑み。

 ただ、天井の照明に当てられた花菜の黒髪には、いくらか白髪が目立つ。顔のシワが増えているのもきっと気のせいではないだろう。

 楓は何も答えられず、花菜に対する申し訳なさに、彼女の瞳を直視することができない。

 ふたりの間に、沈黙が流れる。

 花菜が寂しそうに苦笑し、


「中、入らないの?」


 その問いかけに、楓は首を横に振った。


「ぼくには、入る資格がないので」

「そんなこと……」

「……帰ります、ぼく」


 花菜の言葉を切るように、楓は短くそう言って、手に持つ花束を花菜に手渡した。

「失礼します」と頭を下げ、足早にその場を去ろうとする楓に、「楓ちゃん……!」と。花菜は何か口にしようとして、けれど思い留まる。

 その言葉の代わりに、


「また来てね、楓ちゃん」


 そう言って、花菜は微笑んだ。





 足早に病院の通路を抜ける。

 玄関を出て小走りになり、気づけば走っていた。

 病院から逃げるように走る、走る、走る――。

 街灯の明かりだけを頼りに、暗い一本道を駆け抜ける。

 走って。逃げて。背を向けて。それで――。


「……は、ふ、っ」


 ふいに、楓は走るのを止めた。

 膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返す。

 跳ねるように脈打つ心臓に手を当て、汗だくのTシャツをぎゅっと握り締めた。

 前を向くって決めたのに。それなのに……。


 ―――また、逃げてしまった。


「第一、花菜さんがいるなんて思わなかった」


 花菜さんがいなかったら、きっと――……。


「――違う、それは言い訳だ……」


 自身の言葉を、楓は即座に否定する。

 花菜さんがいたからダメだったとか、そんなの関係ない。

 そんなのは、自分の行動を擁護するための、醜く見苦しい言い訳に過ぎない。


「なんで、ぼくは……また……ッ」


 逃げてしまったのだろうか、と――。


 募る悔恨と葛藤しながら、楓が右手で左の二の腕に力を込めた、そのときだった。


「――おーおー、そこの兄ちゃん。こんな時間にひとりで散歩か?」

「―――!?」


 意識の外側から急に声をかけられ、びくりと楓は弾かれるように顔を上げた。

 気づけば、楓の前にふたりの男が立っている。

 そのうちのひとり、大柄な男が薄く笑った。


「母ちゃんに教わらなかったのか? 夜中にひとりで出かけちゃダメだってよ」

「君たちは……」


 辺りは既に暗く、街灯の光源だけでは男達の顔はよく見えない。


「クラン椿姫の板谷 楓くんだよね。悪く思わないでね。漆木さんの命令だから。きみには人質(エサ)になってもらう」


 金髪の、もうひとりの男が発した『漆木さん』という言葉。

 忘れるはずもない、その男の名に心当たりがある楓は、今自分の目の前に立っている男たちの目的を理解した。


「―――ッ、我沙羅!!」

「ぴんぽんぴんぽん、大正解」


 隠す気もなく、金髪の男はパチパチと両手を叩いて楓に拍手を送る。


「……ぼくを拐ってどうするつもり? まさか身の代金が目的なんて言うんじゃないだろうね」

「言っただろ? お前はただのエサだ。本命を釣るためのな」

「本命……? まさか、葵さんか!?」

「察しがいいな。そういうことだ」


 大柄な男の手に、木刀が出現する。

 金髪の男の手にも、いつの間にかナイフが握られていた。

 どうやら強引にでも楓のことを連れ去る気らしい。


「―――」

 楓はゆっくりと、深呼吸する。

 考えろ。

 戦力差は2対1。

 相手の実力は未知数。

 この場合、逃げて仲間を呼ぶのが一番賢い選択だ。

 だが、彼らの目的は葵であって、楓ではない。楓は葵を呼ぶための釣り餌でしかない。

 ならば尚更、捕まるわけにはいかないんだけど。


――わざわざぼくがひとりになったときを狙って来た訳だし、見逃してはくれないだろうな。それに――。


 それに、金髪男の持つナイフがやけに気になる。

 どこにでも売ってありそうな小型の携帯ナイフ。

 危険度が高いのはどう見ても木刀の方だが、楓は金髪男の手にあるナイフが気になって仕方ない。

 どこかで目にしたような気がするが、それがどこだったのかよく思い出せない。

 大柄な男が、木刀の先でカツンカツンと地面を軽く叩いた。

 

「できれば手荒な真似はしたくねぇんだ。大人しくついて来れば痛い目には合わねぇぜ」

「生憎、知らない男の人にほいほいついてっちゃダメだって、お母さんに教えてもらってるんだ」

「はっ、いい母ちゃんだな。今度紹介してくれよ」


 迷っているひまはない。

 どうやら腹を括るしかないようだ。

 楓は心象武装(オクトラム)、《成体成長(アグロース)》を発動させた。

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