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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.43『根吹く悪意』




 時の流れというものは残酷で、容赦がない。


 すべての出来事は、時間の経過と共に風化され、まるで何も無かったかのように過ぎ去っていく。


 そう。あの日の厄災も、例外ではない。



 俺達は既に、いつも通りの日常を歩み始めていた。

 門が発生すれば、異界攻略(レイド)へと向かい、仕事が終われば葵さんとの特訓が始まる。

 風呂に入って、日課であるストレッチをかかさず、それから布団に入り、眠りにつく。

 その繰り返し。

 でも、その繰り返しの中に、祥平さんの姿はもう見当たらない。

 祥平さんがいなくなっても、仕事はなくならない。時間が立ち止まってくれることは決してない。


 ただひとつ変わったことと言えば、そうだな。椿姫の雰囲気が、以前よりもちょっとだけ静かになったということくらいか。



 祥平さんの抜けた穴は、予想以上に大きかった。

 特に、パーティーを組んでいた俺と楓にとっては大打撃である。

 戦力面でもそうだし、精神面でもそう。

 俺達を支えてくれた【紫電】はもういない。


 楓は以前にも増して、よく笑うようになった。

 ノリツッコミとか、全然やらないタイプだったのに、最近の楓はいつもと少し違う。

 葵さんとの特訓も、自ら進んで参加するようにもなった。

 意識的に、明るく振る舞っているのか。

 表には出さないけど、無理してるんじゃないのか。

 そんな楓の笑顔をみるたび俺は、無性に不安になる。

 

「楓……」

「ん? どうかした、萩くん」

「……その、大丈夫か?」

「―――。うん、大丈夫だよ」


 なんて声をかけていいのか、わからなかった。

 もっと気の利いた言葉があったと思う。

 でも、祥平さんの代わりになろうと、楓が頑張っているように見えたから。


「そっか」

「うん」


 何も言わなかったことを、俺は今でも後悔している。





 とある廃屋の地下――。


 酒と煙草と、それから汗に塗れた雄の匂い。

 石造りでできた、殺風景な床と壁。


 汚臭漂うこの空間こそ、チーム我沙羅のアジト。

 社会から疎まれる、荒くれ物の隠れ家だ。


「聞いたぜ、伏見。おめぇこないだ千歳組んとこの中島ボコしたんだってな」

「千歳組すか? あー、あのヒョロっちいやつかー。ちょろっとイジメてやっただけですよ? それがどうかしたんです?」

「今千歳組の連中がおめぇのこと目ん玉かっ開いて探し回ってるってよ。ヤクザの面子もあるんだろ」

「勘弁してくださいよ〜薫さん。説教なんて聞きたくないっすよ」

「違ぇよ。面白そうなことやんなら次からは俺にも声をかけろって話さ」


 スキンヘッドの巨漢から金髪で口元に悪い笑みを浮かべる男。数えればきりがないが、とにかくそういった悪い連中が屯しており、その全員が、心象武装(オクトラム)に目覚めた能力者達だ。


 類は友を呼ぶ、とは少し意味合いが異なるが、荒くれ者同士繋がっていた方が何かと融通が利く。

 やはり人は孤独では生きられないということなのだろう。

 心のどこかで群れることを好む生き物なのだ。


「くだらねぇ」


 壁に背を預け、煙草の煙と一緒に愚痴を吐き出す男がひとり。獏だ。


「「―――」」

 獏の言葉を耳にした薫が、スッと瞳を細め、獏を睨む。


「んだよ。文句でもあんのか」

「何だとてめぇ」

「身内で争うのはダメっすよ〜薫さん」


 眉間に青筋を刻む薫の肩を、咄嗟に伏見が掴んで引き止める。


「離せよ、伏見……ッ」

「いいから行きましょ薫さん。獏も、あんまところ構わず威嚇しないでさ、仲良く行こうよ。俺たち一応仲間? なんだしさ」


 暴れる薫を抑え、その場から離れようとする伏見を横目に、獏がつぶやく。


「逃げんのかよ。玉無しが」


 ぴた、と薫が動きを止めた。

 ゆっくりと、振り返る。


「獏よぉ。てめぇが何に苛ついてんのか知らねぇが、いちいち突っかかってくるんじゃねぇよ」

「んなの俺の勝手だろうが。文句があんならかかってこいよ、腰抜け。我沙羅(ここ)はそういうバカの掃き溜めだろうが」


 睨み合う、ふたり。

 しかし数秒の後、薫は獏に背を向けた。

 薫は獏と争う気はないらしい。

 負けると、わかっているからだ。


「くそ、憶えてろよ獏てめぇ」

「ばーか。てめぇより弱ぇ雑魚相手にイキってる三下のことなんざ、いちいち憶えてられっかよ」


 薫に向かって獏はそう吐き捨てる。

 法の存在しないこの無法地帯に置いて、唯一絶対の掟こそが『力』だ。

 我沙羅No,2の実力者足る、野良井 獏に逆らう者などこの場にいない。


「どいつもこいつも、つまらねぇどころかくだらねぇ。祥平の兄貴がいた頃は、毎日喧嘩ばっかで楽しかったんだけどよ」


 いつの間に自分は従順な番犬へと成り下がってしまったのだろう。

 柄にもなく感傷に浸る獏の脳裏を、ふと紫炎の焔が過ぎった。

 視線を、獏は自らの両腕へと落とす。

 乱暴に包帯を巻いた両腕の下。ヒリヒリと燃えるように疼く傷は、未だに熱を帯び続けている。


「……たしか、萩っつったか。あいつとの喧嘩は、楽しかった。流石は兄貴の子分だ。男張ってやがった。ここにいる連中と違ってな」


 獏はそう溢し、地面に落とした煙草の火を靴で踏み消した。



「―――」

 右手で、左肩の傷に触れた。

 触れた指から、微かに熱を感じる。

 今度は左手を持ち上げ、軽く拳を握ってみる。

 違和感。思うように力が入らない。

 握る開くを何度か繰り返す。

 

「ちッ、まだ痺れてやがるか」


 短く舌打ちし、漆木 哲也は祥平に穿たれた左肩の傷具合いを確かめる。

 左腕は動かせないほどじゃない――が、指先の細かい動きはまだ無理だろう。

 闇医者の言うとおり、レベル7の自然治癒力を持ってさえ、完治には少なくとも数ヶ月はかかりそうだ。


「当たり前か。あいつの付けた傷だ。そう簡単に消えてもらっちゃ困る」


 漆木は左手を強く握り締めた。


「――頃合いだ」


 そして、チーム我沙羅のリーダーを務める黒鬼は、暴徒足るメンバー達に向け、次の獲物を告げた。


「聞け、テメェら! 目障りな椿姫をバラすときが来た!!」

「「うおおおおおおおッ!!」」


 大歓声。

 メンバーが興奮に声を上げる。

 それもそのはず。大阪の異界門(アビス)や治安を担当しているのは大方椿姫だ。

 我沙羅にとって、クラン椿姫は目の上のたんこぶのようなもの。


「まずは椿姫の副マス【双夜叉】を狩る。そうだな、あの場にいたガキ。楓っつったか。あのひ弱そうなガキを攫え。どんな手段を使ってもいい――【双夜叉】をここにつれて来いッ!!」


 その日。

 明確な悪意が動き出した。

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