Level.36『祥平という名のパーティーリーダー』
大気が震撼する。
薄く静電気を孕んだ空気が、呼吸を通して肺を微かに麻痺させていく。
鼓膜を弾く、霹靂とした雷の音。
紫電。現実では有り得ない、紫の雷――。
黒色の槍を起点として発生する稲妻が、槍を伝播し、祥平の身体を蝕むように徘徊するその様は、雷を纏っているようにも見える。
「『雷槍紫電』グングニル――」
それはまるで、神話に登場する『神槍』のようだった。
「……できることなら使いたくはなかったんだが。なにせこいつで手加減してやれるほど、俺に余裕はねぇ」
強がりでも何でもなく、それは祥平の本心だった。
奥の手と言えば聞こえはいいが、その実態は己の身さえ焼き焦がす猛威の雷だ。
いくらウェイカーの身体能力が高いと言えども、所詮人間であることに変わりはない。そして人間である以上、自然界の雷を自在に扱える道理もない。
たとえそれが祥平自身の能力だったにせよ、多少雷に耐性があるかないかの話であって、身体にかかる負荷は大きく、長時間の使用は命にも関わる。
加えて、制御の効かない祥平の能力は、周囲にいる人間にまで感電の影響を与えてしまう。
故に祥平は、今までグングニルの能力を使うことは極力避けてきたつもりだ。
だが。
その枷を、今このときに限り祥平は解き放つ。
ウェイカーである萩や楓は大丈夫そうだが、一般人には我慢してもらおう。根性で。
「だってよぉ、お前とは本気でやりたくなっちまったんだから、しゃあねぇよな」
雷にその身を焼かれながら、祥平は笑う。
ただ、本気で戦いたい。
目の前のオスに、本気をぶつけたい。
ただ、それだけ。
『クェルルルルッ!』
赤銅の蜥蜴種が、牙をむき出しに口角を上げて甲高く鳴く。
好戦的に瞳をギラつかせ、笑っている。
「何言ってんだかさっぱりわかんねぇけどよ。その顔見りゃあ伝わるぜ。ああ。俺も一緒だかんよ」
折れて使い物にならない左腕をぶら下げて、半身となり祥平は長槍の切っ先を赤銅の蜥蜴種に向けた。
「行くぜ――ッ!」
その直後。
祥平が雷となって地面を蹴る。
雷鳴が鳴った。紫電の稲妻が軌跡を残し、開いていた赤銅の蜥蜴種との距離が一瞬で詰まる。
音を置き去りに駆けるその速度。
まさに『雷』の如し。
一撃で終わっていた。普通の蜥蜴種ならば。
「そらっ!」
『ギッ!?』
戦士の感か。野生で培ってきた獣の感で、赤銅の蜥蜴種は祥平の繰り出す神速の長槍をなんとか躱す。
『シェッ―――』
それから赤銅の蜥蜴種が空いている左の曲刀を振り上げようとして、――瞬時に思い留まった。
「よっと!」
迸るは紫電の雷光。
繰り出されるは長槍の連撃。
雷の速度で放たれる絶え間ない猛攻の嵐。
赤銅の蜥蜴種は攻撃に回ることもできずに、ひたすら防御。神速の長槍を防ぐことで精一杯だ。
左腕が折れていて尚この速さ。この威力。この練度。赤銅の蜥蜴種に反撃することを許さない。
「そらそらそらそらおらッ!」
停滞という二文字を知らぬ祥平の長槍が、赤銅の蜥蜴種の右肩を、左脇を、首筋を荒く抉って行く。
全身鎧と化していた赤銅色の鱗が見る間に剥がれ、赤銅の蜥蜴種の身体に深いキズが刻まれ始める。
『クェェェェェラララララァッ!!』
しかし、ただ一方的にやられるばかりの赤銅の蜥蜴種ではない。
長槍が放たれ、引き戻されるその一瞬の隙を狡猾に狙い曲刀を振り下ろす。
その一撃が、祥平の右肩を浅く開く。
「――っ、やるじゃねぇかよ!」
にやりと笑い、祥平が長槍グングニルを赤銅の蜥蜴種に向かって突き出す。
長槍の纏う紫電が一際大きく弾けた。
「紫電放雷〝雷霆〟――ッ!!」
『クェ――ゲギャァァァァァァァッ!?』
瞬間、感電する。
荒れ狂う高威力の電撃が放電し、赤銅の蜥蜴種の体内へと大量に流れ込み身体を麻痺させる。
祥平の紫電に焼かれ、ガクガクと痙攣し、プスプスと身体から焼け焦げた黒煙を吐く赤銅の蜥蜴種。
『クェ、グ……ギ……』
電撃に中身を焼かれ、完全にショートし間抜けな様を晒す赤銅の蜥蜴種だが、まだ死には至らない。
赤銅の蜥蜴種の無防備な脇腹を、祥平が横合いから長槍の柄で叩き飛ばす。
「おらよッ!」
『グェガ……ッ』
紫電でバフのされた祥平の一撃を諸に受け、赤銅の蜥蜴種が吹き飛び岩壁に衝突する。
石灰岩が崩れ、砂煙が舞う。
「――ッ、ぐ」
その砂煙を見据える祥平が、口から血を吐く。強く奥歯を噛み締め小さく呻いた。
紫電使用の負荷が予想以上に大きい。
数分使っただけでコレだ。なんて非効率な能力だろうか。萩の能力が羨ましいぜまったく。
はぁ、はぁ、と肩で息をする祥平のその背後。
『――グシャァァァァァッ!!』
祥平と赤銅の蜥蜴種の戦いを観察していたのであろう。いつ隙を伺うか、タイミングを見計らっていたのであろう。
一匹の蜥蜴種が祥平に迫る。
青翠色の体躯を踊らせて、隙だらけの祥平の背中めがけて握る骨剣を大きく振りかぶる。
「―――」
無論、その気配に気づけていない祥平ではなかった。
だが、祥平が動くよりも一瞬速く、
『グギャ―――』
飛翔する曲刀が、蜥蜴種の胴体を串刺しにした。
「―――」
砂煙の中。
瞳を血走らせた赤銅の蜥蜴種が姿を現した。
美しかった赤銅色の鱗はところどころが剥がれ、身体中血だらけだ。
『――グェルルルルルルルッッ』
怒りに喉を鳴らす赤銅の蜥蜴種。
その怒りの矛先は、祥平ではなく他の蜥蜴種。
まるで"そいつは俺の獲物だ手を出すな"と言わんばかりに、赤銅の蜥蜴種は低く喉を鳴らして他の蜥蜴種に警告を促している。
「―――」
祥平は傍らに横たわる蜥蜴種の腹から曲刀を引き抜くと、赤銅の蜥蜴種めがけて刀を放る。
曲刀を受け取った赤銅の蜥蜴種が「クェルルル」と口角を緩める。
「へへっ」
祥平は思う。
――俺は感電している。
左腕は折れて使い物にならない。
紫電の負荷で身体のあちこちにガタが来ている。
全身の神経を継続的に針で刺されるような鋭痛に苛まれ、指先の感覚は麻痺して無いに等しいし、尾の一撃を左腕で殺し切れなかったのか、左頭部がさっきからズキズキと痛みっぱなしだ。
動きを止めればそのまま心臓が止まっちまいそうな。いつぶっ倒れてもおかしくねぇ。
「端的に言って、最っ高の気分だぜ!!」
目の前にいる誇り高き好敵手に向け、祥平は会心の笑みを深めた。
――ああ、なんて……なんて楽しいんだ!!
熱に浮かれている。感電している。
『クェルルルルッ!』
「言葉は通じねぇ――けど。ああ、わかるぜ。伝わるよ。楽しくて楽しくて仕方ねぇんだろ? 俺も一緒だ。お前との戦いが楽しくて楽しくて仕方ねぇ」
恐らく、次で最後。
ふたりの漢が、互いに笑い合う。
赤銅の蜥蜴種が曲刀を斜めに構え、祥平が長槍の矛先を地面に添わせた。
「行くぜ、赤トカゲっ!!」
『グェララララッ!!』
両者、同時に駆ける。迫撃する。
紫電が迅雷と成り、軋る稲妻の龍を体現する。
対する赤銅の蜥蜴種の曲刀が、稲妻を相手に紅の軌跡を描く。
「うをぉぉォォォォォォォォォ――ッ!!」
『クルェェェェェェェェェェ――ァッ!!』
交差は一瞬。苛烈する。
勝敗は一撃。炸裂した。
長槍と曲刀がすれ違い、攻撃の前後で互いに立っていた場所とが入れ替わる。
「〝龍槍紫電〟グングニル――」
長槍に収束された紫電が、両者の死闘を誇るように啼いた。
曲刀が砕ける音がした。
『クェララ、ラ――……』
赤銅の蜥蜴種が、地に倒れる。
その気配を察した祥平は、戦いの終わりを少しだけ惜しみながらゆっくりと背後を振り向き、亡骸となった赤銅の蜥蜴種に微笑みかけた。
「楽しかったぜ、赤トカゲ」
それ以上の礼賛の言葉を祥平は知らない。
そもそも言葉は通じないし、戦士に向ける敬意なんてこれくらいで十分だ。
楽しかったと笑ってやることが、目の前の好敵手に向ける最上の賛美だと祥平は思っている。
「ぐッ、……痛っ、」
気を抜いた途端、身体中に蓄積されたダメージが雪崩となって祥平を苦しめ始めた。
アドレナリンが切れたのか。意識の外側にあった負荷までもが容赦なく牙を立ててくる。
「祥平さんっ!」
ふらふらと立っているだけで精一杯の祥平のその肩を、駆け寄ってきた枯葉色の髪の男が間一髪で支える。
「おう、萩か。悪ぃ、助かる。他の蜥蜴種は?」
「蜥蜴種なら全部倒しました」
周囲に視線を向ければ、この場にいたはずの蜥蜴種が全ていつの間にか倒されていた。
「そんなことより祥平さん、大丈夫ですか!?」
よく見れば、萩も傷だらけだった。
10体以上の蜥蜴種をひとりで相手取ったのだ。当たり前だ。
自分の心配よりも先に祥平の心配をしてくれる可愛い後輩に笑って強がりながら、
「あー、大丈夫大丈夫。こんくらいのケガ。葵さんに1日中ボコボコにされたときよかまだマシよ。てか、萩。お前も強くなったなぁほんと!」
「や、ちょ、祥平さん、何を……!?」
傍らから聞こえる抗議の声はフル無視し、祥平は枯葉色の髪をわしゃわしゃと掻き乱してやった。
「ひょっとしてそのうち葵さんのことも超えちまうんじゃねぇか? うははははっ!」
「そりゃいつかは超えますけど、葵さんの前にはまず祥平さんに追いつくんで」
「うははっ、生意気な後輩だぜ! こいつ〜」
いつか来るかもしれない未来に思いを馳せる。
微かに聞こえる、ゴゴゴゴゴという、振動音。迷宮が揺れている。
「……門番を失ったことで、門が閉じようとしてる」
「だな。つってもあと2日は大丈夫だろうよ。門番を倒したとしても、それで迷宮のモンスターが一掃されるわけじゃねぇし。助けがくるまで大人しくここで……」
待機していよう、と。そう祥平が口に出そうとしたところで、
「――おいおい、そりゃねぇだろう」
悪意に満ちた、どこか楽し気に笑う男の声が迷宮に響いた。
「「―――!?」」
萩と祥平が弾かれるように声の聞こえた方に振り返ると、迷宮の1ヶ所に集められた一般人の中。ふたりの男が祥平を見ていた。
「ぐっ……!」
ふたりの男のうちひとり。
2メートルはありそうな背丈の熊のようなガタイをした黒髪男が、黄葉の髪色をした男の首を右手で握って宙に持ち上げている。
「楓!?」
萩が首を握られている男の名を叫ぶ。
「何してんだよ、お前――ッ!!」
「よせ、萩ッ!」
祥平が止める間もなく、火種を発動させた萩が巨漢の男に向かって駆ける。
「楓を、離せッ!」
「いいぜ。ほら、受け取れよ」
男が楓を萩に向かって素直に放った。
始めから、男の興味は楓にはない。男が興味を示すのは、以前ひとりだけ。
「久しぶりじゃねぇか、祥平。見ねぇ間にテメェ、ずいぶん良品らしくなったみてぇじゃねぇか」
「祥平の兄貴。お元気そうで何よりっす」
巨漢の隣。若い坊主頭の男が「ちっす」と祥平に頭を下げる。
「漆木の兄貴、それに獏も……」
ふたりの名を呼ぶ祥平の声は、少し震えていた。
偶然か。まさか、よりにもよってこんな場所で。運命の神とやらを呪わずにはいられない。
祥平を知る巨漢の男が、口の端を歪めて言った。
「早速で悪ぃんだが。死んでもらうぜ、祥平」
あたかもふたりの再会を祝福するかのように、異界門の外ではあの日と同じ、空が泣いていた。




