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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
38/132

Level.35『赤銅の蜥蜴種』




 武器もなしに異界門(アビス)の発生に巻き込まれ、飛ばされた先にいたのは異界門主(ゲート・キーパー)

 たった3人だけで一般人を守りつつ、モンスターを倒さなければいけないというこの窮地。

 状況はこれ以上ないほど最低で、最悪だ。


「レベル5って……。楓のやつ、いくらなんでも盛過ぎだろ」


 だが不思議と、そこまで絶望していない自分に気づき、萩は苦笑する。

 普段からレベル4の戦場で前線にいたせいか、あるいは今以上の『地獄』を知っているからなのか。

 いずれにせよ、自信は心の余裕に直結する。

 心に余裕があるのはいい傾向だ。

 

 気持ちを切り替え、蜥蜴種(リザードマン)に接敵する。

 萩に与えられた役割は、楓に近づく蜥蜴種(リザードマン)の殲滅。


『キィェェェェッッ』


 上段から振り降ろされる蜥蜴種(リザードマン)の骨剣を左に避け、続いて右に薙いでくる横振りを、咄嗟に身体を竦めて頭上に躱す。

 それと同時に蜥蜴種(リザードマン)との距離を一歩で詰めた萩は、横薙ぎに振り切った蜥蜴種(リザードマン)の右肘に食らいつき、そのまま躊躇することなく強引にへし折った。


『グ、ギャァァァァァァァッ!?』

 

 悶絶する蜥蜴種(リザードマン)

 折れた手からこぼれた骨剣を瞬時に掴み取り、勢いよく腰を捩って萩は背後に骨剣を振るう。


「らっ!」

『シャァァァァッ』

 

 剣と剣とが交差し合い、金属音と火花が散る。

 背後からの奇襲。それを防がれ、2体目の蜥蜴種(リザードマン)が驚きに爬虫類特有の、縦長の瞳を大きく見開いた。

 双方、衝撃で大きく弾かれる骨剣。


「―――ッ」

 先に態勢を立て直したのは、萩だった。

 弾かれた骨剣を即座に両手持ちした萩が、右足を一歩前に踏み出す。それにより骨剣を肩に担ぐ形で次動作へ繋げる動きに昇華する。

 蜥蜴種(リザードマン)が距離を取ろうと後方へ飛ぶ間も与えず、


「ぜぁッ!」

『ギ!?』


 上段からの骨剣の一撃が、蜥蜴種(リザードマン)を強襲する。

 狙いは〝腹〟。強固な防御力を誇る蜥蜴種(リザードマン)の鱗だが、身体の一部、鱗に覆われていない箇所がある。それが腹だ。


 胴を庇い、左腕で骨剣を受ける蜥蜴種(リザードマン)

 煌めきとともに散る、青翠色(エメラルド)の鱗。

 構わず後退する蜥蜴種(リザードマン)を尻目に、萩は思う。


 ―――やっぱり、硬いな。


 全身が硬い鱗で覆われる蜥蜴種(リザードマン)の体表は、それ自体が頑丈な全身鎧と化しており、蜥蜴種(リザードマン)の装備する骨剣ではいざ知らず、並の斬撃は通らない。

 白蒼剣があれば話は変わるのかもしれないが、残念ながら萩の相棒はウェイカー寮自室で休暇を取っている真っ最中だ。

 普段どれだけ愛剣に世話になっているのか、手元にない今になって萩はそのありがたみに気づく。


『クェッ、ゲゲ』


 一旦後方へ離脱を図る蜥蜴種(リザードマン)

 逃してやるものかとすかさず萩が距離を詰める。

 開いた距離だけ隙間を埋め、それを嫌がる蜥蜴種(リザードマン)が急制動。牽制の右斜め上段切りを放つ。

 しかし、ただの牽制如きに引く萩ではなかった。

 蜥蜴種(リザードマン)の上段切りに骨剣を添わせ、剣の軌道を僅かに変える。


 萩だって毎日ただ模擬戦でサンドバックになっているわけじゃない。叩かれながら身体で覚えた数少ない葵の剣技――。

 

『ギェっ!?』


 上段切りを外した蜥蜴種(リザードマン)の骨剣が、空を切り地面を抉る。

 結果、上体が下がり、2メートル近い蜥蜴種(リザードマン)の目線が萩と同じ高さまで落ちる。

 蜥蜴種(リザードマン)が見たのは、地を蹴り身体を回転させる枯葉頭の男。条件反射のように、弱点である腹を両腕で守る蜥蜴種(リザードマン)

 紫炎が紅炎へと変わり、直後。


「シ――ッ!!」


 鋭い気合とともに、萩の回転蹴りが蜥蜴種(リザードマン)顳顬(こめかみ)を蹴り抜いた。


『グギ―――』


 頭蓋に致命的な一撃を被った蜥蜴種(リザードマン)が、蹴鞠のように地面を転がり藻掻く。


 弱点の腹は腕の鱗に守られており、並の斬撃で歯が立たぬのならば、打撃で内蔵(ナカ)を砕くのが最も有効な攻撃手段と言えよう。


 地面に着地した萩は「ふぅ」と息をついた。

 

「うん。やっぱ調子いいな、今日。よく視える」


 身体の動きも去ることながら、それ以上に《火種(オーラ)》の調子がすこぶる良い。

 特に敵外感知能力に関してはずば抜けている。


 今まで多対一での戦闘経験が少なかった萩が、ここまで見事に健闘できているのは、ひとえに《紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)》のおかげだと言い切っていい。


 まるで戦場を上から俯瞰するように、今の萩には《火種(オーラ)》を通して敵の視線や動向、配置の全てが手に取るように視えている。


 そして、害意を持つ敵の動きに合わせて、最も効率的な動きを《火種(オーラ)》が予測し、萩の次動作を補助(サポート)してくれる。


 戦場の俯瞰者(バトル・オペレート)――多対一での乱戦においてこそ、《紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)》は本領を発揮する。







「……萩のやつ、ずいぶん強くなったじゃねぇか」


 戦場を撹乱し、蜥蜴種(リザードマン)を圧倒してみせる後輩の急成長を横目に、祥平はひとり語ちる。

 

 クランに入ってきた当初の段階から、アイツは骨のある男だと見込んでいた祥平だったが、はっきり言って想像以上だ。


 いくら相手が知能を持たないモンスターと言えども、蜥蜴種(リザードマン)の身体能力は萩と五分。


 そんな相手と多対一の乱戦で、"アレ"をやって見せろと言われたところでできはしない。


 少なくとも、祥平には不可能だ。


「楓の方はうまく民間人を避難誘導できてるみたいだな。あいつに任せて正解だった」


 自分や萩なら、ここまで完璧に一般人の統制は取れなかっただろう。

 正直、一人や二人くらいの人死は覚悟の内だった。

 それくらい、状況は切迫している。

 初めて目にするモンスター。いつ死ぬかわからないという危機的状況下において、精神的不安定な彼らを一時的にでも安心させてみせた楓の度量は凄まじい。 

 普段から誰とでも親しく接することのできる楓だからこそできた芸当と言えよう。


「ほんとお前らってやつは……俺の自慢の後輩だ」


 可愛い後輩ふたりの成長を噛み締めつつ、祥平は眼前、一体の蜥蜴種(リザードマン)へと向き直った。


「よぉ、待たせたな」


『クェルルルルル――』


 祥平の言葉に反応するように鳴くのは、深い赤銅色の鱗を纏う蜥蜴種(リザードマン)

 体格、雰囲気、立ち姿。そのどれもが一般的な蜥蜴種(リザードマン)とは比較するのもおこがましい。

 肌に感じる、強者の風格。

 研ぎ澄まされた、剣士の気迫。

 異界門主(ゲート・キーパー)――『赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)』が、ククリナイフにも似た武器を両手に、その黄色の瞳で祥平をジッと見つめている。


「よし! んじゃとりあえず――やるか!」


 心象武装(オクトラム)《グングニル》を片手に、祥平は赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)へ向かって躍動した。

 初手。手加減の一切を捨てた、神速の一突き。


「おら、よっと!」


『――グェララ!』


 赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)は2本のククリナイフを逆手に交差させ、祥平の槍を受け止め、そしていとも容易く跳ね返してみせた。


『クェルッ!』


 続く接近戦。

 赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)のククリナイフが閃く。

 左の上段、からの右中段。動きを止めずに右の2連突き。それに隠れるように左を下段から振り上げる。

 流れるような、赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)の卓越した剣技。そう、それは剣技だった。モンスター独自の我流、いやここは蜥蜴流というべきか。

 その全てを祥平は己が槍で防ぎ切る。

 ほんの数秒の出来事。


「へぇ、やるじゃねぇかよ」


『クェラ? クェルルルル』


 祥平がニヤと笑うと、それを真似て赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)も喉を鳴らして応えた。

 互いにまだ様子見の段階。


「―――」

 今の小手調べで祥平が掴んだ赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)のレベルは5か6。

 こいつは少し本気で行かないと不味いな、と祥平が気を引き締める一方で、


『―――』

 モンスターである赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)もまた、祥平の実力を図り、2本のククリナイフを持つ手に力を込めた。


「―――」

『―――』


 互いにひと呼吸おいた後、どちらからともなく斬りかかる。

 戦闘が再開した――いや、戦闘が始まった。

 あたかも先ほどの攻防が遊びだったかの如く、両者両雄が全力で相手を殺しにかかる。


「シ――ッ」

『グェ、ルルガッ!!』


 長槍が紫の軌跡を描き、曲刀が紅い軌跡を刻む。

 そして撓る長槍と踊る曲剣が鋼の演舞を奏で、飛び散る火花が戦闘の激しさを如実に物語る。


 赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)が間合いを詰め、2本の曲刀を巧みに操り攻めれば。その曲刀を捌き、今度は祥平が攻める。赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)の足元に長槍を突き立て、それを軸にリーチを伸ばした蹴り。


 攻守が目まぐるしく入れ替わり、その攻防ひとつひとつに技があり、掛けがあり、裏がある。

 祥平の直線的槍術が赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)の頬に傷を刻めば、今度は赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)の曲線的剣技が祥平の肩を浅く抉る。


 それは筆舌に尽くし難いほど凄絶に尽きた。

 有利も不利も、優勢や劣勢さえもない。

 祥平の本気を初めて目の当たりにした楓と萩は、そろって頬を引きつらせた。


「うはは! やるな、赤トカゲっ!」


『クェラ! ルララッ!』


 両者互角。両雄共に一歩も引かぬ戦いを前に、2匹の体力が限界を迎えるまでこのまま拮抗した戦いが続くのかと思われたがしかし、唐突に戦況が動く。


「――強ぇ、けどよ。葵さんのがもっと速ぇ!!」


 祥平は、目の前の相手よりも、遥かに格上の二刀流の使い手をひとり知っている。

 常日頃から、異界攻略(レイド)や模擬戦を通し、二刀流(そのひと)の戦い方は熟知しているつもりだ。


「だから、二刀流の弱点も知ってるぜ!」


 攻撃こそが最大の防御、相対する敵に息をつかせぬ連続攻撃こそが二刀流の強みであると同時、片手剣と違って剣を両手で持たない二刀流はそのぶん防御が柔い。

 つまり、二刀流は比較的受けに弱いということ。


『クェラッ!?』


 連撃の隙間を突くようにして繰り出された、赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)の心臓を正確に狙った槍の一突き。


 意表を突かれた赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)が、瞬時に防御に回ろうと右手の曲刀で長槍の軌道を反らそうと試みるも、片手だけの握力では両手で放たれた突きの威力を殺せない。

 曲刀を弾いた祥平の長槍が、赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)の心臓へと一直線に突き進む。


 ――どうだ、これは避けれねぇだろ?


 取った、と祥平がそう確信した。その直後。

 赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)が後ろに飛んだ。


『グォ――ッ!!』


 曲刀では槍の一撃を防げないと瞬時に判断した赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)は、後方へ跳躍しながら、背中を見せるように身体を撚った。

 ギィィン、と甲高い金属音を立て、長槍が赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)の赤銅色の鱗に弾かれる。


「なにっ!?」


 まさか今の一撃が防がれると思ってもみなかった祥平が、驚きに音を上げる。

 二刀流の戦い方は知っているはずだった。

 強みも、そしてその猛撃を突く隙も。

 だが、祥平はひとつ勘違いを犯していた。

 混同していたのだ。祥平が知っているのは、二刀流を使う人間の戦い方であって、二刀流を扱うモンスターの戦い方ではない。

 故に、次の攻撃の対処にも、反応が遅れる。


『クェ――ルラッ!!』


 赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)の尾が、祥平の顔面を捉えた。


「ぐッ!?」


 モンスター本来の強靭な筋肉と、強固な赤銅色の鱗から繰り出される赤銅の尻尾(クリムゾン・テール)

 その直撃を受け、地面を2度、3度とバウンドし、勢いそのままに祥平は石灰岩の岩壁に激突した。


 砂煙。ガラガラと崩れる岩壁の中――。

 

「……はは、やられた!」


 その声は、どこか楽しそうに弾んでいる。

 天井を仰ぎ、祥平は崩れた岩壁に背を預けて笑っている。

 

「尻尾かよ、痛ってぇ……」


 頭からの流血。

 ぷっくらと腫れ、鈍い内出血を起こす左腕。


「ああ、こりゃ折れてるな。くっそ」


 直撃の間際、咄嗟に左腕で頭を庇っていたからこれくらいで済んだものの、もろに食らっていたら、然しもの祥平でも致命的だっただろう。

 それくらい、今の一撃は響いていた。


 対する赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)はというと、その場に突っ立ったまま、変わらず感情の乏しい黄色の瞳で祥平を見ている。


『―――』

 今追い打ちをかければ、祥平を倒せるかもしれないというのに関わらず、赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)がその場から動く気配はない。

 まるでそんなつまらない決着は望まないとばかりに、祥平が立ち上がるのを静かに待っている。


「うははっ」


 それを見て何を思ったのか、祥平は声を出して笑った。

 右腕で流血した頭の血を拭うと、軽く目眩のする頭を左右に振り、祥平は身体を起こした。

 

「ああったくよお……トカゲ野郎にしとくにゃ勿体ねぇ男だぜ、お前は」


 モンスターに人の言葉は通じない。けれど。


『クェルルル』


 祥平の言葉に応えるように、赤銅の蜥蜴種(クリムゾン・リザード)は喉を鳴らして牙を見せた。

 言葉は必要ない。

 剣士であれば、冴え渡る刃ひとつで分かり合える。


 嗚呼、なんて――……。


 ここに葵さんがいたら、たぶんそんなことを思うと思うんだ。


 そしてそんな葵さんと同じことを考えてしまうあたり、自分はあの人と同類だ。


 それが可笑しくって、嬉しくって。


 そんなことを思いながら、祥平は、心象武装(オクトラム)《グングニル》を熾した。

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