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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
34/132

【断章】Level.H『オトナのお店』

 毎度恒例、間話日常企画がやって参りました!

 最近男ばかりで花がない……ムズムズ。

 そろそろ女の子書きたい……ムズムズ。

 えー、というわけで、今回お送りするお話は日頃の鬱憤を晴らすため、えちえちにしますかと。

 いや誰得だよ!?

 私得ですとももちろん!!

 間話ということで、文章サボり気味、会話文多い感じで仕上げましたが、ご了承下さい。





 拝啓、親愛なる結唯先輩。


 夏の兆しが感じられる清々しい向夏の折、気づけばクラン椿姫に所属してから早くも3ヶ月の月日が経とうとしています。

 天国にいらっしゃる結唯先輩は、いかがお過ごしでしょうか。

 突然ですが俺は今、大人のお店に来ちゃってます。


「――ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ? すぐに気持ちよくシてあげるから。ほら。力抜いて」


 簡素なベッドの上。四肢を縛られた俺の腹部に感じられる、柔らかな感触。

 部屋に満ちるアロマの香水とは別の、甘い匂い。

 見上げれば、彼女の茶黄色(ベージュ)の瞳がそこにはある。その少し下には、白く大きな2つの膨らみが、制服の奥から垣間見える。


「どこ見てるんですかぁ。えっち」

「ち、ちがっ!?」


 途端、滑るように肌けた上着の内側に忍び込んだ、彼女の細く白い指が俺の胸を甘くなぞる。

 こしょばゆい感覚に堪らず「あひんっ!?」と悲鳴を漏らし、俺の全身がビクリと跳ねた。


「ふふっ、可愛い」


 その反応を間近で見た彼女が、無邪気に茶黄色(ベージュ)の瞳を緩ませ、くすくす楽しそうに笑っている。


「なんで、こんなことに……」


 羞恥と緊張に顔を赤らめながら、俺は思う。


 全ては、葵さんのあの一言から始まった――。





「――久々にヌイてもらわん?」


「はい?」


 異界攻略(レイド)終わり、椿姫のクラン本部に帰って早々、唐突な葵さんの『ヌイてもらわん?』発言に、俺は一瞬、自らの耳を疑った。


 きっと日頃の疲れが出ているのだろう。

 うん、そうに違いない。

 最近はウェイカーの仕事が忙しかったし、だからといって自主練を疎かにしたりもしなかったし。

 今日だってほら、レベル4の異界門(アビス)を攻略してきた後だ。

 だから、きっと、これは俺の聞き間違いだ。

 仮に聞き間違いでなかったにせよ、俺の想像してしまった『ヌイてもらう』の意味が違うのだろう。

 だってあの葵さんだぜ?

 俺やクランの面々が尊敬して止まない、あの葵さんが『ヌイてもらわん?』なんて、そんな下ネタを言うはずが……。


「おっ、いいっすね。俺もしばらくヌイてもらってないんで、最近溜まっちゃって気持ち悪かったとこなんすよ」


「――え」


 首をコキコキ鳴らしながら、葵さんの『ヌイてもらっちゃおう』発言に便乗したのは、まさかの祥平さんだった。

 ふざけるところはふざけるが、大事な場面では頼りがいのある兄貴分気質の祥平さん。

 そんな彼の『最近溜まってて』発言は、俺の中でかなりの衝撃だった。

 『ヌイてもらう』とは、言葉通り、俺の想像通りの『ヌイてもらう』なのか。

 ならば必然的に、葵さんと祥平さんが言っているのはそういう『大人の話』なわけで……。

 いやいや。よく考えろ。ふたりに限ってそんなはずは――……。


「せやな。定期的にヌイてもらわんと、身体がダルくてかなわへんからな」


 ――はいガッツリR18発言だったーー!!


 続く葵さんの言葉が、俺に揺るぎない現実を突きつけてくる。


「葵さんはいつもどこでヌイてもらってんすか?」

「そんなんツキヒメ1択やろ」

「あー、やっぱツキヒメ人気っすね〜」

「祥平は?」

「俺はOLパラダイスセクションっすね」

「知らんな」

「まぁ、最近できたばっかの新店舗っすからね」

「へぇ、どこにあるん?」

「えっとですねー」


 楽しそうに話を弾ませる葵さんと祥平さん。

 俺の中でのふたりのイメージがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。


 "そういう行為"は好きな人とするのが良いと思っている純情派の俺的には、まさかふたりが"そういうお店"に通っているなんてあまり知りたくなかった情報だった。

 でも、世の中こんなものなのかもしれない。

 祥平さんと葵さんも大人の男だ。

 溜まるものは溜まるし、溜まったものは出すしかないわけだし。

 社会に出て数ヶ月の俺が知らないだけで、俺の価値観の方が少数派だということも大いに有り得るわけで……。

 ああ、恐ろしや、社会人。


「あー、あるある。あそこか」

「そっすそっす。可愛い子多いし、オススメですよあの店舗」

「ほー。ほなそこ行こか、これから。萩もそれでええか?」

「えぇ!? お、俺も行くんですか!? てかこれから!?」


 急に話を振られ、慌てて答えたせいで「えぇ!?」の部分が若干裏返る。

 いやそんなことはこの際どうでもいい。

 俺も行く?

 しかもこれから!?


「何言っとんのや。当たり前やろ。自主練ばっかで流石に萩も溜まっとるやろ」

「あや、俺は! その……」


 そういう系の話に慣れておらず、羞恥に言葉を濁らせる俺に気づいた祥平さんが眉を寄せた。


「もしかして萩、お前。ヌイてもらったことないのか?」

「やっ、その……はい。俺そういうお店は行ったことなくて……」


 "そういうお店"どころか"そういう経験"すらない俺には無縁の話である。


「ならちょうどええ。一緒に行くで」

「いやいやいやいや!? なんでこの流れで!? 行きませんよ俺!?」


 何がちょうどいいのかまったくわからず、ブンブンと高速で首と両手を振って葵さんの誘いを辞退するも、そんなの構わないとばかりに祥平さんが朗らかに笑う。


「遠慮するなって萩。俺達パーティーだろ?」

「いやいやいやいや!? パーティーだからってそれとこれとは別じゃないですかね!?」


 まったく引き下がる気すらない祥平さんと葵さんから逃げるように「か、楓〜……」と、俺は純情派代表の楓に助け舟を求めた。


 楓ならきっと「ぼくは行きませんよ、彼女が5人いますからね」と言って、ついでに俺のことも助けてくれるに違いない。


 流石に彼女が5人は言い過ぎかもしれないが、街中で立っているだけで女の子の方から声をかけられる美青年の楓は、そういう大人のお店に行く必要はないだろうし、逆にそういうお店に入っていく楓の姿を想像できない。


 だからこそ、縋るような気持ちで楓に助けを求めようと―――


「えっとですねー。調べてみたらOLパラダイスは枠が埋まっちゃってるみたいなんですけど、ツキヒメは今日空いてるみたいですよ。さすが大道のツキヒメですね」


「楓さん!?」


 助け舟を出そうと視線を向けた先、スマホでお店の出勤表を確認している楓は、すでに行く気満々の様子だった。


「ん? どうかしたの? 萩くん」


 口をパクパクさせ、言葉を失った俺を見て、楓が不思議そうな顔で首を横にひねる。


「どうかって……え、楓も行くの?」

「もちろん行くよ? ぼくも最近溜まっててツライから、一緒にヌイてもらおうかなって」


 その瞬間、俺の脳は考えることを諦めた。


「……ああ。ツライなら、仕方ないよな……」


 自然と俺は笑顔でそう答えていた。

 多分、俺の短い人生の中で、最も綺麗な笑みだったと思う。

 そして俺の中で、純情派美青年代表楓のイメージが粉々に砕け散った瞬間であった。


「萩くんも行こうよ。人生変わるよ?」

「変わっちゃうんですか人生!?」


 顔をキラキラさせながらサムズアップしてくる楓が、俺の目にはその道の大先輩のように眩しく輝いていた。

 

「ほなツキヒメで決まりやな」

「最初はやっぱ大道のツキヒメだよな。しゃ、早く行こうぜ」

「久々だから緊張するなぁ。萩くんも初めてなら緊張するだろうけど、何事も経験だよ」

「せや、経験や」

「初体験だな!」

「嫌ですよ! 俺は絶対行きませんからね!?」







「と言いつつ、来てしまった……」


 半ば強引に連れて来られた、という言い方の方が正しいが、俺は今、ピンクの建物の前にいる。


 凡そ2階建てのビル……というかホテルである。

 店の外見としては、そこまで"ザ・大人のお店"という印象を受けないがしかし。

 店の看板にはしっかり『ツキヒメ〜みんなの日頃の疲れを取っちゃうぞ♡〜』と書かれ、下の方には『※R18未満の方は入れません』という注意書きもあった。


 うん、間違いない。やっぱりこれはあれだ、入っちゃいかん系のやつだ。

 ピーの規制が入ったり、白いモヤさんが登場するあかんやつだ。


 そんなことを考えている俺の眼前、お店からふたりの男が出てきた。


「ふぅ、やっぱツキヒメ最高やわ〜。これでまた毎日頑張れるわ俺〜」

「良店だよな〜、ここ。女の子の外れねぇもん」

「それな〜。マミちゃんパネル通りめちゃんこ可愛いかったし。お前の方はどうやった?」

「俺も当たりだったよ。モモちゃん新人らしくて、初々しいったらなんの」


 顔をツヤツヤさせ、満足そうに男ふたりが俺の横を通り過ぎていく。

 その背中を見送った後、俺は笑顔で回れ右した。

 

「あ。俺、急用思い出したんで帰りますね」


 街中での能力使用は禁じられているが、状況が状況である。

 そんなの知ったことか、と俺は全力で《火種(オーラ)》を熾した。

 いち早くこの場を離れなくては――。

 だが。


「さ、行こか」

「楽しみっすね〜」


 レベル7である葵さんと、レベル6の祥平さんの動体視力の前に、レベル0の俺が逃げ切れるわけもなかった。


「お願いですから離してくださいよ!? まだ心の準備が……」

「ここまで来たら腹を括るしかないよ萩くん」

「嫌だぁぁぁぁ……」


 必死の抵抗はいとも容易く阻まれて、軽く両腕を捕まれた俺は、成すすべなくそのままズルズルとお店に引きづられていった。





 お店に入ると、黒のスーツを着てメガネをかけた綺麗な受け付け嬢のお姉さんが俺達を迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか……って、梁取さんと雨瀬くんじゃないですか!」

「ノンさんはいつ見ても美人さんっすね〜」

「褒められてもサービスはできませんよ」


 3人は面識があるのか、受け付け嬢のお姉さん――ノンさんが葵さんと祥平さんを見て嬉しそうに笑みをこぼす。


「すまんな、ノンさん。最近顔出されへんくて」

「いえいえ、何を言ってるんですか。椿姫さんが大阪・京都付近の高レベル異界門(アビス)を引き受けてくれているおかげで、ツキヒメも毎日営業できているわけですし。椿姫さんには頭が上がりません」


 葵さんに向け、ノンさんはゆるゆると頭を振る。


 たしかに異界門(アビス)が発生すれば、門が攻略されるまで近くのお店はウェイカーや自衛隊などの行き来で客足に影響を受ける。

 椿姫がレベル4以上の異界門(アビス)を攻略することによって、こういう街中のお店の営業にも一役買っているということなのだろう。


「それで。ええと、そちらのお兄さんは……?」


 逃げられぬよう両腕をしっかり掴まれ、祥平さんと葵さんに引きづられる形で入店した俺に気づいたノンさんが、困ったような顔で眉を寄せた。


「ああ、気にせんといて。こいつこういうとこくるん初めてでチキっとるだけやから」


 さらりと葵さんがそう答えた。


「ああ、なるほど。それで」

「いやいやいや!? なるほどじゃないですよ何納得してるんですか! 違いますからね!? 強引にここまで連れて来られたんです!」

「ふふ、恥ずかしがる必要はありませんよ」

「ちゃんと俺の話聞いてます!?」


 口に手を当て、のんさんが何か微笑ましいものを見るような目で俺を見ている。

 これは完全に勘違いされてしまっている。


「ちゅうわけで、初体験サービスしたってやノンさん」


 なんてことを言うんだこの人は!?


「ちゅうわけでじゃないですよ! だから俺は……!」

「わかってますわかってます」


 顔を真っ赤にしながら慌てふためく俺を見て、何ひとつわかっていなさそうなノンさんが微笑んだ。


「でしたら、リピート率No.1当店イチオシのカレンにお願いしましょうか」

「だからなんでそうなるんですか!?」


 うん、やっぱり何もわかっていないようだった。


「おおきにな、ノンさん」

「椿姫さんにはお世話になっていますから」

「裏山しいやつだぜ」

「良かったね、萩くん」

「俺の話聞いてた!? 全然良くないよもう!?」


 楓と祥平さんに裏山しがられるが、正直ちっとも嬉しくない。


「それで、今回のコースはどうなさいます?」

「あー、とりあえず萩が初めてだからな。ノーマル90分でいいっすか?」

「ええで」

「ぼくもそれで大丈夫です」

「勝手に話進めないでもらっていいですかね!?」


 喚く俺の言葉は誰も耳に入れてくれず、話は進んでいく一方だ。


「ノーマル90分ですね。女の子はパネル指名かフリーか選べますけど、どうされますか?」

「俺は最近ご無沙汰だったからナミちゃんで」

「それじゃ、ぼくセリアさん指名でお願いします」

「ナミとセリアですね。梁取ハンターは?」

「んー、ノンさんは指名できへんの?」

「高いですよ? 私」

「10万くらいまでなら出すで?」

「冗談ですよ。私は受け付け担当ですから」

「残念。せやったらフリーでええで俺は」

「わかりました」

「あ、ちょ、待って、俺はまだ――」

「では、皆様お部屋に案内させて頂きます」


 そう言って、ノンさんはにこりと微笑んだのだった。





 小麦色(ブラウン)壁紙(ウォールペーパー)と、小麦色(ブラウン)布床(カーペット)

 小物などといった余計な雑貨は少なく、時計やティッシュボックスといった必要最低限のものしかここには置かれていない。

 光源は壁に備えつけてあるランタンと、棚机の上に設置された長方形の照明器具だ。

 同じく棚机の上に置かれた白のリードディフューザーから、アロマの香りが部屋に充満している。


 なんと高級感溢れる個室だろうか。

 自然と心が穏やかになるのを感じる。

 この場にいるだけで日頃の疲れが取れるようだ。


 そんな高級感溢れる部屋の中央。

 内装の雰囲気を損なわぬよう、壁や床と同じ小麦色(ブラウン)のベッドがひとつ置いてある。

 そしてそのベッドの上に、四肢を鎖で拘束された男がひとり、仰向きで放置されていた。俺である。


「なんで俺、縛られてるんですかねえ!?」


 部屋に連れて行かれるのに猛反抗した俺を、葵さんと祥平さんが鎖で拘束したのだ。

 それが約5分前の出来事。

 2重に巻かれた鎖は千切れそうになく、腕に力を込めると鎖が擦れ、ジャラジャラ金属音が部屋に虚しく響く。

 心象武装(オクトラム)を発動させれば鎖は壊せないでもなさそうだが、


「かと言ってベッドを壊すわけにもいかないしな」


 鎖を強引に千切ろうとすれば、耐久度的に俺の腕と運命共同体にあるベッドの方が先に壊れてしまうのは自明の理である。

 ベッドも見るからに高そうだし。なるべくなら壊したくはない。


「さて、どうしたもんか……」


 何か他に良い方法はないものかと、いったん冷静になって考えようと脱力した、そのときだった。

 部屋の扉が、コンコン、と2回ノックされたのは。


「んなっ!?」


 危なく心臓が口から飛び出るところだった。

 弾かれるように、俺は部屋の扉に視線を向けた。


「―――」

 扉の先にいるのは誰なのか、という純粋な疑問。

 ノックしたのが葵さんという可能性を考えてみる。否だ。葵さんならノックなんかしない。

 それと同じ理由で祥平さんの線も消える。祥平さんはノックなしで「萩、入るぜ」とひとことかけるくらいだろう。

 なら楓か? いや、楓はノックしながら「萩くん、入ってもいい?」と、ひとこと断りを入れてくれるマナーの持ち主だ。

 つまり3人の可能性は限りなくゼロに近い、と。

 だとしたら、だと言うのなら、扉の先にいるのは一体誰なのか。


 ――そんなこと、初めから分かっている。

 ここがどういう場所で、何をするところなのか。それを俺は知っているのだから。

 ただ考えないようにしているだけで、ドクンドクンと激しく脈打ち、早鐘を鳴らすこの心臓がその証拠だろうに。


「―――」

 気づけば身体が震えていた。

 呼吸がおぼつかない。溺れるように、息を吸う。

 なんてプレッシャーなのだろう。

 ここまでの恐怖を覚えるのは蟷螂種(マンティス)と再戦を果たしたとき以上の感覚だ。

 吐き気を催すほどの極度の緊張。

 固まったように、扉から目が離せない。

 口内に溜まった唾を、俺は喉の奥へ流し込んだ。


 俺の見つめる先で、扉がゆっくりと開かれる。

 そして扉の外から、ひとりの女性が顔を見せた。


「―――」

 白い肌が、印象的な女性だった。

 明るい金髪を肩の辺りでショートに揃え、前髪の隙間からは美しい茶黄色(ベージュ)の瞳が覗かれる。

 年齢的には20代前半。

 彼女が女子高生風の制服(ブレザー)を着ているからか、歳は俺とさして変わらそうに見える。


「お待たせしまー……」した、とベッドに鎖で四肢を繋がれた俺を発見すると、彼女の言葉がそこでぴたりと止まる。

 ゆっくり持ち上げられた彼女のベージュの瞳と目が合った。


「「………」」


 たっぷり数秒の沈黙。


「あ、すいませ〜ん。部屋間違えちゃいました。ごゆっくり〜」

「ちょっ、待っ! ちが……これはっ!?」


 全てを察したように、金髪の女性は愛想笑いを浮かべながらそっと扉を閉めた。

 再度、部屋に嫌な沈黙が流れる。

 完全に。変態だと勘違いされてしまった……。


「誤解なんです……ほんと、もう死にたい……」


 なぜこうなってしまったのか。

 ほろほろと流れ落ちる俺の涙をいったい誰が止められよう。

 そもそもベッドと俺とを鎖で繋ぐふたりもふたりだ。いくら暴れるからって、こんないかにも「あ、そっち系の人なんだ」と勘違いされるようなことしなくてもいいじゃないか。

 てかどこにあったんだこの鎖は。何気に硬いし。

 もういっそのことベッドごと壊して弁償するか。うん、そうしよう。これ以上醜態を晒すよりかはいい。


 そうやって自暴自棄に陥りかける俺の耳に、再度扉が開かれる金属音が聞こえてきた。

 次は誰が部屋に入ってきたものかと顔を上げれば、今さっき部屋を出ていって金髪の女性が扉からひょっこり顔を出し、中の様子を伺っていた。


「あのー、ノーマル90分って聞いてたんですけど。もしかしてSMオプ付けてたりしました?」


「いえいえいえいえ!? ノーマルです! 普通のです! 健全なやつです!!」


 これ以上変な誤解を生まないためにも、反射的に俺はそう答えていた。

 そして答えてしまった後で、普通のコースを頼んだことを肯定した自分に遅れて気づく。

 だが、俺が訂正を口にするよりも、金髪の女性が安心したように「ふぅ」と息を吐き、部屋に足を踏み入れるほうが早かった。


「そうですか、良かったぁ。なんか入ったらすでに縛られてたんで、部屋間違えちゃったのかと」

「あはは。ですよね……普通」


 自身の状況を第三者視点から想像し、俺は乾いた笑みを浮かべて彼女から目を逸した。

 金髪の彼女はくすくす笑いながら、照明の置いてある棚机に体重を預けて座る。

 短いスカートの奥、白い下着がちらりと見えた。


「っ!?」

 意図せず無防備なスカートの中の桃源郷を覗いてしまった俺は、羞恥と罪悪感、それから少しの歓喜に慌てて視線を外す。

 緊張と羞恥と醜態で、色々とどうにかなってしまいそうだ。

 金髪の彼女が「ふーん」と笑ったような気がした。


「カレンです。今日はよろしくお願いします」

「し、織﨑 萩です! よろしくお願いしますっ」


 緊張のせいで、言わなくていいことすら勝手に口から出てしまう。

 カレンは顔を赤くする俺を見て、頬を緩めた。


「それで。お兄さんは何で縛られてるんです?」





「あははっ、なんですかそれ! ちょー面白い!」


 一通りことの経緯を話し終えると、棚机に座る金髪の彼女――カレンが腹を抑えて可笑しそうに吹き出した。


「そんな笑わなくてもいいじゃないですか……」

「ご、ごめんなさい! でも可笑しくって。て言うか萩くんこういうお店初めてだったんですね。それでしば、縛られ……ぷっ、くふふ、あ、鼻水出ちゃった」


 何がツボに入ったのか、カレンはさっきからずっとこの調子だ。

 我ながら稀な体験だとは思うけど、ここまで笑われるとさすがに恥ずかしい。しかし笑い話がひとつできたおかげで、俺の緊張が少し解れたのもまた事実である。

 ずびぃっ! とティッシュペーパーで鼻をかみながら「そう言えば」と、カレンは話題を変えた。


「ずいぶん若そうに見えますけど、何歳なんです?」

「えと……今年で19です。一応」


 すると、それを聞いたカレンが目を丸くする。

 

「えー! うそ、若っか! 19!? なんでこんなとこ来てんですか!?」

「ええっ!?」

「だって萩くんならこんなとこ来なくてもシてくれる彼女のひとりやふたり、すぐできるでしょ!」

「だ、だから連れて来られたんですってば!?」

「あーね、そう言えば言ってましたね」

「そういうカレンさんは何歳何ですか?」

「さん、なんていらないですよ〜。カレンって気軽に呼んでください」

「なら……カレンは何歳なんですか?」

「硬いなぁ〜! まぁ、しょうがないっか。私は今年で21ですよ。2個上かな?」


 やっぱり、予想通り歳は近かったようだ。


「萩くんもウェイカーだよね?」

「そうですけど……なんでわかったんですか?」

「ん〜、感かなぁ。ここにくる人ってほとんどウェイカーだし」

「なるほど」

「京都の人じゃないよね。萩くん。地元どこ?」

「地元は栃木です。ウェイカーの仕事で関西来てて。今は大阪に住んでます」

「あ〜、やっぱりね。見ない顔だと思ったもん」


 納得したように、カレンはうんうんと何度か頷いた。

 こんなとき、冗談のひとつでも言えれば話しの輪がグッと広がるのだろうけど、今さら自分のトーク力の無さに絶望したってもう遅い。

 そんなコミュ障の俺をカバーするように、


「レベルとか、聞いてもいい?」

「レベルは、ゼロです」

「ぜろ?」

「はい、その、能力測定器が反応しなくて、レベルが測れなくて、それで」

「……やっぱり君、めちゃめちゃ面白いね、お姉さん君に興味が出てきちゃったよ」

「そんな、面白くは……」

「ぜろってことはさ。無名でしょ、萩くん。なら私が萩くんの記念すべきファン第1号だね」

「ファン!?」

「ほら。有名なウェイカーにファンはつきものでしょ」

「それは、そう、ですけど……」


 慌てる俺を見て、またもやカレンはくすくす笑う。

 まるでオモチャにされている気分だ。

 でも、ファン。ファンかぁ。からかわれているのだとしても、悪い気はしなかった。

 なにせ、レベル0の俺には一生手に入らない代物だから。冗談でも嬉しい。

 ひとしきり笑った後で、カレンはパチンと手を鳴らした。場の空気が変わる。


「時間もなくなっちゃうし、おしゃべりはここら辺にして。さっそく始めよっか」


 そう言うや否や、カレンの行動は早かった。

 棚机から腰を上げると、さっとベッドの脇に立つ。


「上着、脱がせるね」


 その言葉と同時に、カレンが俺の上着のファスナーに手をかけた。

 途端、落ち着いていた緊張が再び再熱する。


「はひぃっ」

「はひ? ぷっ。くふふっ、もしかして、女の子にからだ触られるの、初めて?」

「は、初めてですよそりゃ!」


 それを聞いたカレンの口元がニヤリと歪む。

 嫌な汗が背筋を伝った。


「そっかぁ、初めてかぁ〜。じゃあ、萩くんの初めての女も私だね」

「初めての女――って、ちょっ、カレンさん!? 何して……」


 部屋に香るアロマとは別の、香水の匂い。

 カレンはベッドに左膝を乗せると、両腕を俺の頭の横についた。

 唇と、唇が触れ合いそうな距離。

 息のかかるところに、カレンの端整な顔がある。


「―――」

 俺は息を飲んだ。

 心臓が破裂しそうなほど、バクバクと激しく動悸を起こしている。

 その黄茶(ベージュ)色の瞳から目が離せない。

 綺麗だと、素直にそう思った。

 

「大丈夫だよ、そんなに緊張しなくても。こう見えて私上手だから。痛いのは最初だけ」

「痛いんですか!?」

「ふふっ、すぐに気持ちよくてとろけちゃうから」


 耳元を擽るように甘く囁かれたその声に、全身が鳥肌を覚えた。


 暗い部屋。大人のお店。頬を染めるカレン。

 これから俺は、一線を超えようとしている。

 大人と子どもとの、明確な境界線。


 このままカレンに身を委ねれば、俺はきっと快楽の渦へと溺れていけるだろう。

 肌と肌とを重ね合わせ、互いの熱を交換する。

 嫌なこと全てを忘れ、何も考えず、成されるがままに、交配する。


 拒む理由は、見つからない。

 生物的本能が、それを求めている。

 きっと今頃は、楓や祥平さん達もそうしている。

 己の欲に逆らわず、欲するがままに求め合う。

 それが、普通なのかもしれない。

 俺の持つ価値観などただの理想に過ぎず、社会の泥に塗れた現実には到底及ばない。


 そうだ。これが普通なんだ。

 欲求を満たそうとする俺を、誰も咎めない。

 なら、いいんじゃないか。我慢しなくても。

 今だけ、溺れてしまっても――。


 理性が異性の誘惑に負け、初めての快楽へと身を任せようとした。

 瞬間。

 麦茶色の瞳が、頭を過ぎった。



『――私が青野くんと付き合ってる?』


 ふと、結唯先輩の姿が、俺の脳裏にリフレインした。


『どうしたの? 急に』


 いつだったか、青野先輩と結唯先輩が付き合っている、みたいな噂が流れたことがあった。

 いても立ってもいられなかった俺は、思いきって朝練で結唯先輩に聞いてみた。


『あー、もしかして。昨日の会話、男バスコートまで聞こえてた?』


 頷いて見せると、結唯先輩は『まったく優奈のやつ〜』と苦笑した。


『付き合ってないよ。優奈が勝手に言ってるだけ』


 それを聞いて、心底ホッとしたのを覚えている。

 しかし、その後に続く言葉で、地獄に突き落とされたこともしっかり覚えている。


『だって私、好きな人いるし』


『え――』


 絶句した。

 まさか結唯先輩に好き人がいるなんて。


『典型的な片思いなんだけどね』


 誤魔化すように、結唯先輩は笑う。


『すごい努力家でさ。筋トレと自主練は別腹だー! みたいな?』


 そう語る結唯先輩はどこか楽しげで。嫉妬した。

 筋トレと自主練を別に考える、まさか俺と似たような思考の持ち主が他にもいるとは……。

 自然と顔も知らないソイツに対抗心が燃え上がる。


『なんですかその人。なんかすごい頭悪そう……』


『くふっ、ほんとだよ。バカなんだよその子』


 結唯先輩は何故か面白そうに笑っていた。


『でも、そういうとこが好きなんだ。なんか応援したくなる。その人見てると、私も頑張らなきゃって思える。萩くんはいるの? 好きな人』


『そりゃ俺にだっていますよ、好きな人くらい』


『どんな人?』


『どんなって……めちゃめちゃ頑張りやで、負けず嫌いで、高値の華で。その人見てると頑張れるっていうか、その人がいるから頑張れるっていうか……』


『ふふ、なんかお互い大変だね』


『ですね』


 微妙な沈黙が流れた。

 結唯先輩がぽつりとつぶやく。


『キスとか』


『はい?』


『キスとか、したことある?』


『キっ!? な、ないですよ!』


『そっか。私も』


『結唯先輩もないんですか……?』


『え、なに。意外?』


『そりゃ! だって結唯先輩可愛いし、そういう経験けっこうありそうだなって』


『遊んでそうってこと?』


『いや、そういうわけじゃないですけど!』


『ふふ、冗談冗談。でも、キスとか、そういうことはさ。やっぱり好きな人としたいじゃん』


『そりゃあ、まぁ……』


『萩くんも、そういうことはちゃんと好きな人とじゃなきゃダメだよ。惰性とか、その場の流れとか。私、許さないからね』


『や、約束します! 俺、キスとか絶対好きな人としかしません! 絶対の絶対!』


『ふふ、約束だからね』


 そう言って、結唯先輩は右手の小指を俺の前に出した。

 白くて細い結唯先輩の小指。

 その小指に俺の小指を絡ませて――。

 


「……約束」


 仄かに淡い熱を感じ、俺は縛られる四肢の先、右手の小指を見た。

 翡翠の炎が揺れている。

 まるで、あの日の約束を忘れるなと言わんばかりに、右手の小指を炎が包んでいる。


 ……約束。そう、約束したんだ。


 結唯先輩との、約束。

 今は亡き、あの人との大切な約束。

 約束を交した結唯先輩はもういないけど、交した約束は俺の心の中に生きている。

 俺が約束を忘れない限り、それが失われることは決してない。


 だから俺は。俺は……っ!!


 こんな欲求に負けるわけにはいかない!!


 理性を取り戻した俺は、右手を硬く握りしめ、

 

「ごめん、カレン! やっぱ俺、こういうことは好きな人としたいから――ッ」


 という俺の言葉と、


「それじゃ、右腕のマッサージから始めるね〜」


 というカレンの言葉がきれいに被ったのは、ほぼ同時だった。


「え?」

「え?」


 俺とカレンは、ふたりして口をポカンと開け、固まった。


「マッサージ……?」

「うん。だって、ここ。ウェイカー専門のマッサージ店だし」


 繰り返す俺の言葉を、カレンが肯定した。

 ウェイカー専門の、マッサージ店……?

 その意味を、脳内で咀嚼し、反芻する。

 つまり、それって……。


「くふっ」とカレンが堪えきれずに吹き出した。


「萩くん、何されると思ったのかな〜?」


 からかうように微笑むカレンを見て、途端、全身の血流が滝のように荒れ狂い、首から上がぶわっと真っ赤に染まる。

 たまらず俺は叫んだ。


「だ、だって!? ヌイてもらうとか! 溜まっちゃってとか!!」


 それを聞き、カレンが微笑をこぼす。


心象武装(オクトラム)を扱う身体の負担ってけっこう大きくて、知らず知らずの間に身体に疲労が溜まっちゃうんだよね。で、その淀みを抜く」


「溜まった疲労を……抜く……?」


「そう。ウェイカーの身体って、心象武装(オクトラム)の影響で身体能力がかなり強化されちゃってるじゃん? 普通の人間の握力じゃマッサージなんてできないし。ほら、レベル8のウェイカーだと普通の銃弾レベルじゃ青斑になるくらいのダメージでしょ」


「だから」とカレンは続けた。


「そのための、ウェイカーによるウェイカーのためのマッサージ専門店が、ここ」

 

「……ということは、つまり」


 俺の想像を肯定するように、カレンが笑った。


「そ。こう見えて、私もレベル6のウェイカーだよ」


「レベル6!?」


 つまり、そういうことらしい。


 一般人の握力では身体能力の強化されたウェイカーの身体を十分にマッサージすることはできない。

 ならば、ウェイカーと同等の握力を持つ人間――即ち同じく身体能力の強化されたウェイカーがマッサージすればいいだけの話し。

 それがウェイカーによるウェイカーのためのマッサージ専門店。

 抜くとか抜かないだとか。溜まるとか溜まらないだとか。

 完全に俺の勘違いだったようで。


 でもこれだけは言っておきたい。


 ――もっと他にマシな言い方あるでしょう!?


「それで〜? 何をされると期待してたのかなぁ?」


 再び、カレンがからかうように唇を緩める。

 完全にペースを奪われている。


「だ、だって! カレンだって! ピンクのオーラ全開だったじゃん!?」


「それはほら、からかいたくなっちゃって」


 てへぺろ、とカレンが小さく舌を出した。

 俺は言葉を失った。


「ちなみになんだけどね」と、カレンが人差し指を立てる。


「ツキヒメお触り厳禁だからさ、もし女の子にお触りしちゃったら、軽くて罰金30万円と3ヶ月のウェイカー免許停止処分だから気をつけてね♡」


 胸の谷間からカレンが携帯電話のような機器を取り出し、俺に見せてくれた。

 軽い感じでカレンは言っているが、笑えない。

 つまりはアレか。

 俺がもしカレンに触れていたなら、携帯機器でお店の定員を呼ばれ……いや、この場でカレンに拘束されていた、と。

 そしてその場合、俺の名前は新聞の端を飾り、危なく隆之介さんの仲間入りを果たすところだった。まじで笑えない。


「軽くてそれなら。重いのは……?」

 

「一番重いところで、罰金200万円とウェイカー免許取り消し処分だね〜。出禁は言わずともだけど。クラン椿姫の【赤鬼】赤松さんて人知ってる? 確かあの人何年か前に酔った勢いでお触りしちゃったらしくて、3ヶ月の免停になってるよ」


 まさかの身近な人の経歴に、乾いた笑いを浮かべ「ハハ」と俺は顔を引き攣らせた。


「でも〜、萩くんがどうしてもって言うなら、特別にサービスしてあげてもいいけど?」


 そう言って、カレンは携帯機器を棚机の上に置くと、再び甘い誘惑で俺を誘ってくる。


「結・構・です!!」

「冗談だよ、可愛い〜」

「可愛くないですよもうっ!?」


 そう、終始からかってくるカレンはどこまでも楽しそうだった。



 ――後日談として。

 施術後は嘘みたいに身体が軽くなっていた。

 心象武装(オクトラム)が人体に及ぼす負荷とは、俺が思った以上に大きかったらしい。


「どやった、ちゃんとヌイてもらえたか?」

「えっちなことされると思ったろ、萩」

「ごめんね。ぼくも最初、からかわれたから」


 顔を真っ赤にして店から出てきた俺を見て、葵さん達にもからかわれた。

 やっぱり、確信犯だった。


「俺の純情返してくださいっ!?」


 ちなみに。その後、祥平さんたちと一緒にツキヒメに顔を出しては、カレンをリピートしたというのはここだけの話し。

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