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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
33/132

Level.32『紫麗の燐火』




『――怖い?』


 それは憂いを帯びた、女の人の声だった。

 ひどく懐かしく、久しく耳にしていない柔声が、鼓膜に浸透し、脳を甘く溶かしていく。


 忘れるはずがない。


 忘れられるはずがない。


 忘れていいわけがない。


「――――」

 ゆっくり背後を振り返ると、そこにはやはり、枯葉色の髪をしたひとりの女性が立っていた。

 その人は口元に微笑を浮かべ、透き通った麦茶色の瞳で俺を見つめている。


 たとえ彼女が俺の作り出した幻だったとしても。

 彼女の姿をひと目見ただけで、魂の奥底から自然と勇気が溢れてくる。

 彼女の声を一度耳にするだけで、不思議と何でもできる気がしてくる。

 彼女の微笑一つで胸が高まり、たまらなく満たされてしまう。


 その、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ返しながら、俺はゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、全然。これっぽっちも」


 そう言って、俺は不敵に笑った。

 

「俺、護りたい仲間ができたんです」


『うん』


「俺が落ちこんでても、気にすんなって励ましてくれる先輩ができたんです。祥平さんて言うんですけど、めちゃめちゃ面倒みがいい人で、俺に兄さんがいたらあんな感じなのかなって」


『うん。可愛がられてるんだね』


「そう、なんですかね……。何があっても味方だって言ってくれる友達もできたんです。そいつすごいイケメンで、顔だけじゃなく性格も良くて。でもたまに抜けてるところもあって、そういうところは先輩と似てますね」


『私そんなに抜けてたかなぁ。自覚ないけど。でも、いい友達ができたんだね。大切にしなきゃ』


「はい、大切にします。あと、毎日俺の練習に付き合ってくれる、めちゃめちゃ強い先輩もいるんですよ。強いっていうかめちゃめちゃ速くて。毎日ぼこぼこにされるんですけど、やっぱ負けてばっかじゃ悔しいじゃないですか。だから、派遣の期間が終了するまでに、葵さんに一撃入れるのが今のところの目標です」


『ふふ、そういうところ、バスケやってた頃と変わらないね。目標のために毎日毎日努力するところ。バスケばかが治ってないみたいで嬉しいけど』


「バスケばかって……それ、褒めてるんですか?」


『褒めてるよ? すっごく』


「なら、いいんですけど」


 いつかの会話のようなやり取りに、俺と彼女は小さく吹き出した。

 

『良かった』


「え?」


『ちゃんと、帰りたい場所ができたんだね』


 そう言って、彼女は安心したように微笑んだ。

 帰るべき場所ではなく、帰りたいとそう思える場所。

 その意味をよく考え、「はい」と俺は頷いた。


「俺はもう、――ひとりじゃないから」


 胸の前に持ち上げた右手を握り締め、俺は目の前の彼女に向けて笑いかける。


「みんなじゃなくていい。たくさんじゃなくていい。世界中なんて大きいことは言わない。ただ俺は俺の身の周りにいる大切な人達を護りたい。今度こそ、失わずに済むように」


 自らに言い聞かせるように、そう誓う。

 守れなかった、彼女を。

 守りたかった、彼女のことを。

 自らの戒めとして過去と向き合い、その想いを未来へと繋いでいくために。


「だから、ちゃんと見ててください。俺のこと」


『うん。ちゃんと見守ってるよ』


 その言葉を聞けただけで、十分だった。

 これ以上の言葉はいらない。満足だ。

 あなたが見ていてくれるなら、俺は頑張れるから。

 だって――、


「結唯先輩の前で、格好悪い姿は見せられないですからね」


 そう言って、俺は照れ隠しに破顔した。


 この人の前で、弱音は吐けないから。

 この人の前で、格好悪い姿は見せられないから。


 だから俺は――織﨑 萩は強がっていられる。


 どんなに恐ろしい敵が目の前に立ちはだかろうと、怖くなんてないとそう言い切ってみせる。

 だって、世界で一番焦がれ憧れたあなたが見守ってくれているんだから――。


『頑張れ、萩くん』


「ありがとう、結唯先輩――」



 その会話を最後に、先輩の笑顔を瞼の裏に焼き付け、俺の意識は現実へと舞い戻った。


「―――」

 体感で凡そ数分。

 現実時間としては、ほんの刹那の出来事。

 どうして今、この瞬間に、結唯先輩の姿を幻視したのか。

 残念ながら、それを考える時間も、先輩との甘いひとときの余韻に浸る時間すら、今の俺には許されない。

 眼前では、変わらず黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)が赤色の双眼を血走らせ、高々と振り上げた大鎌を振り下ろそうとしている。

 少し前までの俺ならば、その恐ろしい鎌を目にしただけで、全身が強ばり手足が震えていたことだろう。


 ――けれど、今の俺は違う。


 俺の後ろには祥平さんと楓が――仲間がいる。

 死んでほしくないと、そう思える仲間が。


 そして、見守っていると言ってもらえた。

 頑張れと、そう言ってもらえた。

 俺の一番言って欲しい人に、一番言って欲しい言葉をもらった。


 だから、もう、恐れる必要なんてない。

 怖がる理由なんかないんだ。


 ならばこそ、なればこそ――。


 右足はブレーキをかけたまま、俺は左足を半歩前へと踏み込んだ。


 過去を置き去りに、現在を踏み締め、未来へと歩み出すための1歩を――。



 ――その瞬間、『熱』が込み上げた。



 胸の内、身体の芯。魂から湧き上がる『熱』。

 全身を伝播し、細胞の隅々までもを燃やし尽くすこの『熱』を、俺は知っている。

 幾度も悔やみ、何度も恨んだ始まりの『予熱』。

 それが今、俺の想いに呼応するかの如く。静寂を湛え淡々と燃ゆる蒼炎が、まるで紫燐石(アメジスト)のような淡く艶やかな紫炎へと色を変えていく。

 トラウマと対峙した俺の背中をそっと押すように、紫の炎が静かに産声を上げた。


 紫燐石(アメジスト)の石言葉は、誠実と心の平和。そして、愛情――。


「――《紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)》」


 因果なものだと思う。

 あの時お前(・・)は結唯先輩を助けてくれなかったくせに、どうして今、俺の背中を押すような真似をするのかと。

 

「やっちまえ、萩!!」

「萩くん、行けー!!」


 祥平さんと楓の声援を背後にしっかりと受け取り、癪ながらも俺は紫炎に背中を押されるがまま、左足で地面を踏み締め、白蒼剣を上段に構えた。


『キシャァッ、シャァ――ッ!!』


 剥き出しの敵意と殺意を込めた血色の瞳で俺を見下ろす黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)

 まるでデジャヴを見ているかのような既視感。

 これはいつかの再現。あの日の再幻か。

 しかし、あの日と違うことは、俺が手にしているのはプラスチック製のモップではなく、今日までを共にしてきた愛剣であること。

 そしてもう1つ――。


「う、をおおおおおおおおおおお―――ッ!!」


 紫麗の焔が高まり、唸りを上げる。


 無力を嘆くことしかできなかったあの日の俺は、もういない。


『シィィィィィィ―――ッ!!』


 直後、音速を伴い大鎌が振り下ろされた。

 俺という矮小な存在を肉塊に変えるべく、死神の鎌が閃く。


 ――この世に理不尽な偶然などはない。

 在るのは行動と摂理に基づく必然だけ。

 現象の隙間に偶然や奇跡などと言った無粋が割り込む余地はなく、ただひたすらに積み重ねられ有るべくして起こり得る必然だけがそこにはある。


 軋む関節の限界まで振り翳された必殺の大鎌が、死を纏い振り下ろされるより一歩速く。――いや。



「一紫閃刃〝織紫咲(シキムラサキ)〟――ッ!!」



 紫炎を纏いし白蒼剣が、振り下ろされる大鎌ごと黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)を一閃した。


「―――」

『―――』

 停滞する時の中。

 静寂に包まれた刻の後。

 クルクルと宙を舞う、奴の切断された大鎌が地面に突き刺さったとほぼ同時。

 みるみるうちに奴の体躯に淡い薄紫色の剣線が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間、切り口が発火した。

『ギ―――』と、小さく断末魔を残し、3メートル近い蟷螂種(マンティス)の巨体が俺の真横に崩れ落ちた。


「―――」

 傍らで横たわる、奴の骸に視線を落とす。

 血色の瞳は光を失い、触覚は力なく垂れ落ちて、黒鎧の身体はピクリとも動かない。

 もちろん、あの耐え難い奇声も止んでいる。

 どうやら、本当に死んでいるらしい。

 それを確認してようやく……ようやく俺は肩の力を抜いた。

 構えを解き、剣を下ろして、背後を振り返ろうとした俺の肩に、ガッと腕が回された。

 

「――やったじゃねぇかよ、萩!」

「おぁ、ちょ、祥平さ……!?」


 見れば俺の肩に腕を回した祥平さんが、屈託のない笑みでうはははと笑っている。

 

「すごいよ、萩くん! やったじゃんか!」


 祥平さんに遅れて、小走りで駆け寄ってきた楓も嬉しそうだ。

 思えば、ふたりには色々と心配をかけた。

 俺ひとりだけじゃ、黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)を倒すこともできなかったわけだし。

 ふたりには感謝してもしきれない。


「て言うか! 何! その紫の炎!」

「それそれ俺も気になってたやつ! めちゃめちゃかっけーなそれ萩!」

「あや、これは……」


 楓の指摘に、改めて紫炎の存在を思い出す。

 最後の最後《蒼藍の淡火(グレイス・オーラ)》が姿を変え、代わりに《紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)》となった。

 トリガーは、仇敵との再戦……心情の変化か。

 何にせよ、これは俺の心象武装(オクトラム)火種(オーラ)》が一段階進化を遂げた、ということで間違いないだろう。


「もしかして!」

「もしかするとよ!」


 興奮気味なふたりが声を合わせ、


「ついに萩くんもレベルアップしたんじゃない!?」

「ついに萩も紫のカッコよさに気づいたのか!?」


 そう、各々の結論を口にして、更にふたりのテンションが加熱する。


「レベルアップかぁ、してるといいけどな」

「してるしてる! 絶対してるって!」

「おう! カッコイイもんな、紫の炎!」

「いや祥平さん、さっきからそれしか言ってない! まぁ、カッコ良かったけど。さっきの萩くん!」

「はは、楓に言われるとなんだか照れるな」

「可愛い顔してるもんな。けど男だぜ、萩」

「やめてくださいよ、ふたりしてー!」


 色々と、考えたいことは山のようにあった。

紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)》のことや、ちゃんとトラウマを乗り越えられたのか、とか。

 でも、今はそんなこと、どうでもいい。

 今はただ、掴み取った勝利を仲間と分かち合いたい。

 まるで我がことのように喜んでくれる、このふたりと――。


 見てますか、結唯先輩。

 ちゃんと、見ててくれましたか。

 俺、やりましたよ。結唯先輩。


 来年のお墓参りは、先輩に報告することが増えそうだ。


 1章同様、椿姫編制作過程でプロットになかったサブキャラがいつの間にかメインキャラ化していたり、サブキャラが何やら勝手に動きだしたりと、今回も今回で楽しみながら執筆している次第であります。


 どうもみなさまお久しぶりです。椋鳥 未憐です。


 2章前編終了ということで、後書きを書かせていただきます。


 私の中でラノベ作家といえば後書き!みたいな漠然とした憧れがありまして、ぶっちゃけ毎話ごとに書きたいくらいなんですけど、それだと数少ない読者のみなさまが集中してストーリーを読めないんじゃないかとチベット砂ギツネのような顔で悩んでいます。


 と、また長くなってしまいそうなので、そろそろ筆を置きます。


 それと、当初の予想通り次回からは週更新です。毎日更新では筆者の拙い執筆スピードがおいつきません!


 ではでは、また2章の終わりに後書きでお会いできることを楽しみにしています!

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