表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
32/132

Level.31『黒鎌の蟷螂種』




 楓と祥平さんに胸の内を打ち明けたことにより、俺の抱えるトラウマが解消されたわけじゃない。

 今もまだ、ソレは確かにシコリとなって魂の奥底に居座り続けている。

 怖くないと言えば嘘になる。

 でも――。


「俺は、ひとりなんかじゃないから」


 今の俺には、信頼し合える仲間がいる。

 失いたくないと思える、大切な人達がいる。

 だから俺は、戦える。

 ひとりじゃ敵わないと思える悪夢でも、俺達3人だったらどうにかなる。そう思えるから――。







『――キチキチキチキチキチキチッ』


 そこに『悪夢』がいる。

 何体も何十体もひしめき合っている。

 空間を埋め尽くさんとばかりに、たくさん。

 その翡翠の鎧を纏う蟷螂種(マンティス)の群れの中央。翡翠よりも更に深い緑。緑漆の大鎧を纏い、黒光りする大鎌を携えた一匹の蟷螂種(マンティス)が、赤色の瞳でこちらを睨みつけてくる。

 全身が身震いするほどの威圧感。

 一切の余念の無い、純粋で濃密な殺気に、思わず後ずさってしまいたくなる。

 他の個体とは一線を画す、その横暴たる狂気。

 

「おそらくアイツが『門番』で間違いないやろな」


 迷宮(メイズ)の終着地、ボス部屋の入り口で、葵さんが黒い鎌の蟷螂種(マンティス)を見据えてそう言った。


「――――」

 20体以上もの蟷螂種(マンティス)が闊歩するこの空間は、俺にとって悪夢そのものでしかない。

 生物的嫌悪感に肌が泡立ち、生理的険悪感が神経を逆撫でする。

 まるで『あの日』を繰り返しているような、そんな負の感慨を拭えない。

 気を抜けば、手足が震え出しそうだ。

 でも――。

 それでも、もう逃げるわけにはいかないから。


「葵さん。あの門番、俺にやらせてください」


 戦うと、そう決めたから。

 抗うと、そう定めたから。

 だから俺は今、ここにこうして立っている。


「好きにしたらええ」


 葵さんはこちらにちらと振り向くと、口の端を上げてそう応えた。


「へへっ、どうせならやっぱ一番どデカいのとやり合いたいよな。いっちょやったろうぜ、萩」

「もちろん、ぼくも付き合うよ」


 祥平さんが開いた手のひらに拳を突き当て、いつにも増してやる気の楓が腰から剣を抜く。

 そう、俺はひとりじゃない。

 両隣には、信頼を寄せる仲間の存在がある。

 なのに今さら何を恐れる必要があろう。


「ありがとう。楓、祥平さん」


 短く礼を口にしながら、俺は腰の鞘から刀身の蒼く輝く片手剣。白蒼剣『捌切』を抜き放った。

 『あの日』から俺は、未練と後悔とを背負い引きずりながら今日までを生き続けてきた。

 ソレに決着を付ける。

 トラウマとの対峙と決別。

 今がその時だ。


「ほな、お前ら。――存分に暴れたれや!!」


「「――おおっ!!」」


 葵さんの号令の直後、ウェイカー達が瞬く間に戦場へと駆け出して行く。


『キシャァッ!!!』

『キィ、キキィィィッ!!』


 それに応えるのは、両の鎌を持ち上げ身体全体で威嚇を露わにする蟷螂種(マンティス)だ。

 戦闘が、始まった。


「――っしゃぁ! 俺らも遅れてらんねぇ!!」


 開口と同時に祥平さんも走り出した。その後ろに俺と楓も続く。

 四方八方で蟷螂種(マンティス)と交戦を始めるチームメンバーの横を駆け抜け、俺達祥平班は黒い鎌をもたげる蟷螂種(マンティス)の元まで躍り出た。

 

『キチキチキチキチキチキチキチ――ッ』


 黒い鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)――門番が、反射的に両手で耳を覆いたくなるような、歯ぎしりにも似た耳障りな噪音を発している。


「なんだろう、咆哮(ハウル)とは違うみたいだけど……耳がキンキンする」

「嫌な音だな、こりゃ! まっさんのカラオケの方がまだマシだ!」


 眉を寄せ、祥平さんが不快そうにそうぼやく。

 赤松さんのカラオケがどのくらい酷いのか俺にはわからないが、目の前の蟷螂種(マンティス)の金切り音とは比べるべくもないだろう。

 とは言え、その冗談もパーティーの戦意を落とさないための祥平さんの気づかいだろうけれど。


「どうだ! 行けそうか、萩!」


 振り返らず、祥平さんが問いかけてくる。

 こんな土壇場になってさえ、俺の気持ちを第一に考えくれる祥平さんには頭が上がらない。

 だから代わりに、己の内より湧き上がる蒼炎を以て応じる。


「大丈夫です、行けます!」

「おっしゃ、よく言った! 行くぜ、お前ら!」

「「はい!」」


 それを合図に、祥平さんが黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)に特攻をかける。

 一瞬で彼我との距離を詰めた祥平さんは、下段後方に構えた長槍型の心象武装(オクトラム)《グングニル》を、黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)向かって振り上げた。


「シッ――!」


 手心など一切加えない、祥平さん渾身の一撃が繰り出される。

 相手の実力を試すはずの一合で、祥平さんは加減をするどころか全力で相手を殺しに行く。

 まさに一撃即殺。

 あれだけ意気込んでおいて、こんなにあっさり呆気なく終わってしまうのかと俺は一瞬息を詰めたが、しかしその心配は杞憂に終わる。


『キシャァァァァァッ!!』


 神速の如き長槍に反応した黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)が、両の腕に携える大鎌の片方で祥平さん渾身の一撃を弾き返したのだ。


「うおっ!?」


 全力に近い一撃を弾かれた祥平さんが、驚鳴を上げ後ろに下がる。 


「気をつけろ! そいつ、思ったより強え!」


 その祥平さんと交代するようにして、今度は俺と楓が黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)に飛びかかった。


「良かったね、萩くん。祥平さんに倒されなくて!」

「はは、それを喜んでいいのか悪いのか……!」


 軽口を叩き合いながら、俺が右方、楓が左方から同時に切り込んだ。


「――らッ!」

「はァっ!」


『キシィッ!!』


 パーティーを組んで日の浅い俺達が、どうやったら3人の動きが互いに干渉せず上手く連携を取れるのか。

 毎日のように葵さんと4人で剣を交え、短期間の内に思考実戦訓練の中で見つけた唯一の方法。それは――。


「祥平さん!」

「スイッチ!」

「へへ、任せろ!!」


 それはパーティーの中でも頭2つ抜きん出た祥平さんを軸に据える戦闘スタイルである。


「しゃ! おら! せい! ははッ!!」


 元々団体行動の苦手そうな祥平さんを、あえて一人で遊ばせることにより、祥平さん本来の実力の100%を引き出した。

 そして祥平さんの息が上がったところを見計らい、後方で待機していた俺と楓がスイッチして闘う。

 スイッチとは、バスケ用語で守備(マークマン)を切り替えるときに使用する専門用語だ。それを拝借し、攻守を切り替える合図として流用した。


「楓、萩、スイッチ!」

「了解!」

「はい!」

 

 元来パーティー戦闘とは、どれだけ互いが戦い安いように立ち回るかが重要なのであるからして、わざわざ互いのパフォーマンスを下げてまで無理に動きを合わせようとする必要はない。

 より効率的に。より戦い安く。

 それを突き詰めた結果、『祥平さんを主軸(メイン)に、俺と楓がサポートする形で行きましょう!』という形で決定した。

 無論、行く行くは3人で息のあった完璧な連携を取りたいところではあるが、なにせ時間がない。

 とりあえずはこれで行きましょうね、という形の応急処置的だったが、


「なかなかどうして。うまくハマったもんだね」

「祥平さん的にはこの方が自由でいいかもな。あの人、集団戦闘とか向いてなさそうだし」


「うをおおおお、うははははっ!」と心底楽しそうに黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)と激戦を繰り広げる祥平さんを横目に「ははっ、違いない」と、楓が苦笑交じりに肩から力を抜いた。

 それに習い、俺も強張った筋肉を弛緩させた。スイッチだ。





 激化する。

 戦闘が、激しさを増していく。


『――キシャァァァァァッッ!!』


 黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)の大鎌が唸りを上げ、俺の顔面擦れ擦れを薙いでいった。


「――っぅ、」

 避けたつもりでいたが、どうやら避け切れなかったようだ。頬が縦に割れる。


 披露が募ると同時、裂傷も増えていく。

 息が上がるに伴い、身体の動きが鈍り始める。

 満身創痍とまではいかずとも、それなりに身体中傷だらけではある。

 それもそのはず。なにせこっちはレベル3程度の余力で、奴はレベル5相当の化物なのだ。

 葵さんの剣技を見ていなければ、既に4回は死んでいる。楓と祥平さんが隣にいてくれなければ、加えて5回死んでいたとしてもおかしくはない。

 ギリギリ俺が奴の動きについて行けているのが、ちょっとした奇跡みたいなもので。

 しかし、着実に。確実に黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)も弱ってきている。

 その証拠に、奴の動きが、初めの頃よりだいぶ粗く(・・)なっている。



『キシャァ、シャァッ! キチキチキチキチッ』


 突如として、黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)が両腕をもたげて態勢を起こし、忙しなく翅をバタつかせ始めた。


「うおっ!? こいつ……」

「祥平さんっ!」

「わかってる、楓、萩! 一旦下が……」


 蟷螂種(マンティス)の奇行に、楓と祥平さんがすかさず後方へ回避を試みようとする。

 モンスターの未知のモーションに警戒するのはウェイカーの基本だ。しかし。


「……これは」


 しかし俺には、既視感があった。確信があった。

 まるで『今から飛ぶぞ』と言わんばかりに、全身を使って最大限相手を威嚇するその動作は、近接した相手を遠ざける蟷螂種(マンティス)特有の威嚇手段のひとつだ。

 それを、俺は身を持って知っている。

 何故なら、あの時と目の前の蟷螂種(マンティス)の姿勢がまるきり同じだったから。

 それを聡った瞬間、俺は駆け出していた。


「――威嚇です! 大丈夫、奴は飛ばない!!」


 祥平さんと楓が距離を取る中、逆に俺は翅を広げて相手を威嚇するマンティスへと距離を詰める。


『キチキチキチキチキチキチキチキチッッッ』


 耳障りな奇声を口蓋から発しながら、血走った赤い瞳で俺を見下してくる黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)

 奴との距離が、一直線に縮まっていく。

 3メートル、2メートル。

 奴は動かない。

 まだだ。我慢しろ。

 俺の我慢が限界を迎えそうになる、一歩手前。

 残り1メートルの距離で――。


『キシャアアァァァァァァァッ!!』


 先に我慢の限界を迎えた黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)が、高々と振り上げた大鎌を振り下ろした。


「――ぉッ!」


 左上方から飛来する大鎌を右にステップして避けつつ、コンマ差で右上方から迫る大鎌に白蒼剣を重ねて軌道をズラす。


「ぐっ……!」


 しかしその大鎌の威力に、次の1歩の踏み込みが足らなかった。


「う、をおおおおおおおッ!!」


 そのせいでがら空きとなった胴体に剣が届かず、代わりに奴の左前脚1本を掻っ攫う。


『ギギィィィ、リィィッ!!?』


 前脚を刈られ、激情に駆られた黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)が、醜い悲鳴とともに大鎌の連撃を俺に見舞ってくる。

 刈られた左前脚の代わりに左の大鎌で自らの体重を支えつつ、鋭い右鎌の薙ぎ払い。

 態勢を低くし、それをなんとか逃げ切るも、続いて3連地中付きが俺を狙う。


「う、……くぉ!?」


 持てる反射神経を遺憾なく発揮し、地面を転がるように鎌の連撃を回避する。

 カカカッと、さっきまで俺のいた地面に寸分違わず連続付きが付き刺さる音。

 転がった先、既に再び発射位置に構えられた右の大鎌が、斜め上から振り下ろされる。

 息を付く暇もない。

 いくら負傷し弱っているとはいえ、相手はレベル5相当の異界門主(ゲート・キーパー)だ。


『キキィ、シャァァァッ!!』


「―――ッ」


 斬って、弾いて、躱して、転がる。


 蒼炎が踊り、黒鎌が振り下ろされて。


 血が舞い、火花を散らせ、苦鳴が漏れる。


『キシャァ、シャァッ!!』


「ぐ……ッ」


 黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)の一撃を避け切れず、ついには大鎌が俺の胸元の軽鎧(ライト・アーマー)を深く斬り裂いた。


「――萩くんッ!?」


 背後から楓の悲鳴じみた声が聞こえてきた。

 どうやら、祥平さんと楓はあえて俺と奴との戦闘に手を出さず、静観して見守ってくれていたらしい。

 トラウマを乗り越えるためには、俺がひとりで奴を仕留める必要があると、そう判断しての決断だろう。


 俺ならやれると、そう信じてくれる仲間がいる。


 ああ、なんて……俺は恵まれているのだろうか。


 その想いに応えたい。


 何より、


「――勝ちたい」


 俺は奴に、黒鎌の蟷螂種(ブラック・マンティス)に勝ちたい。


 トラウマを払拭することなんかよりも強く、強くそう思った。


 眼前、奴の右鎌が再び天高く掲げられていく。

 その動作がやけにスロモーションに見えて。

 

 鎌の一撃に吹き飛ぶ身体を強引にその場に縫い止めるべく、右足で地面にブレーキをかけようとした、その直後。


『――怖い?』、と。


 背後から聞こえた声に、俺の意識は白濁の淵へと招かれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ