Level.30『悲劇の主人公を気取るのはまだ早い』
「――もう二度と大切な人達を失いたくない。そのために俺は、ウェイカーになったんです」
一通り、俺が経験した『あの日』に起きた出来事を吐露し終えた。
その間、楓と祥平さんは何も口を挟まずに、黙って俺の話を聞いてくれた。
その気遣いに感謝しつつ、俺は一度呼吸を挟み、瞼を閉じた。
「――――」
静かに思いを馳せる。
守れなかったものと、守りたかったもの。
助けたかった人と、助けられなかった人。
何もかもが狂った『あの日』。
しかし『あの日』があったからこそ、俺は今ここにいる。ここにこうして立っていられる。
いくら悔やんだところで過去は変えられない。
でも、未来は変えられる。
努力と行動次第で、未だ確定していない未来は変えられるんだ。
なればこそ、だからこそ――。
「――俺は、負けたくない」
心を整え、魂を燃やし、閉じた瞼を開く。
前に『あたしは1度や2度の挫折や絶望で立ち止まっていられるほどヒマな人間じゃないわ』と、堂々と俺に言い放った人物がいた。
未練なんて邪魔なものだと殴りつけ、後悔は時間の無駄だと破り捨てる。世界が課す不条理に対し、真っ向から挑んでいくそいつが俺に言ったんだ。
先に行くから早く追いかけて来い、と。
立ち止まっても時間は待ってはくれないからと。
胸の前に重ねた右手を硬く握り締める。
「――俺は、逃げたくない」
みんなじゃなくていい。たくさんじゃなくていい。世界中なんて大きいことは言わない。ただ俺は俺の身の周りにいる大切な人達を護りたい。
それは他の誰でもない、俺自身の願いだ。
そしてそれは他の誰でもない、俺が世界で一番想い、焦がれ憧れたあの人に素敵だと褒められた願いだ。
そのための力が、今の俺にはある。
護るべき大切な人達と、その人達を護るための力が、今の俺にはある。
ならば俺のやるべきことはひとつだけ。
結唯先輩が浮かべてくれた微笑みと、かけてくれた言葉の全てに、ちゃんと胸を張って応えること。
やるべきことをやり、それでも届かず、護るべきものを全て失った。悲劇の主人公を気取るのは、その後でも遅くはないはずだ。
そのために必要な、第一歩――。
「俺は、過去を乗り越えなきゃならない。あの翡翠の死神を倒さなきゃならない」
俺の弱さの体現にして、恐怖の象徴。
平穏な日常を壊し、大切な者達を奪い去ったあの翡翠の怪物を、俺は超えなくちゃならない。
過去のトラウマを払拭し、俺は前に進む。
もう2度と、目の前で大切な人達を失わずに済むように。
「楓、祥平さん。お願いします。俺に力を貸してください」
開いた眼に、目の前に立つふたりの男を映した。
ふたりとはまだ知り合って数ヶ月の間柄だが、接した時間以上に親しい関係性にあると俺は思っている。そしてそれ以上の好感を、俺はふたりに対して抱いている。
このふたりとなら、超えられるかもしれないと思った。
トラウマとなった悲劇の過去を、俺はこのふたりと一緒に超えたいと思ったんだ。
他の誰でもない。レベル0の俺を見下さず、嫌がらずにパーティーを組み、仲間だと呼んでくれたこのふたりと――。
「俺と一緒に、戦ってくれませんか」
そう言い、俺は頭を下げた。
少し、言葉足らずだったかもしれない。
感情のままに言葉を吐き出した点は否めない。
いきなりのことで、断れられる可能性だってゼロではない。
けれど――。
けれど、ふたりなら。
その俺の想いに応えるように。
楓と祥平さんは頬を緩め、
「もちろんだよ!」
「任せろ!」
ふたりして声を合わせ、ニカっと笑った。
❦
「――何しとるんや。はよ準備し。行くで」
3人して休憩スペースへ戻ると、椿姫のチームメンバー達が戦闘準備を整えている最中だった。
休憩スペースの最奥、迷宮から最も近い場所で、準備を整えた葵さんが待っていた。
「え……。いや、でもさっき葵さん……」
おずおずと聞き返すと、葵さんは口の端をつり上げ、
「俺は足手まとい連れてく余裕はない言うたんや。それとも何か? 帰りたいんやったら別に帰ってもええけど」
ゆっくり背後を振り返ると、
「やったな」と親指を上げた祥平さんと、
「良かったね」と微笑む楓と目があった。
そのふたりに笑みで応え、俺は葵さんに向き直って頷いた。
「いえ、俺も行きます!」
「なら、はよ準備し。お前ら以外はとっくに準備できてんねん」
「はい!」
そう言って、俺はもう一度力強く頷いた。




