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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.29『仲間』




「――――」

 全部、葵さんの言う通りだった。


『――勘違いしとるんやないで。子羊みたいにびくびく震えとるやつに背中預けなあかん祥平や楓の身になってみろ言うてんねやドあほ』


 あの翡翠の鎧を纏った怪物蟷螂種(マンティス)は、俺が能力に目覚めるきっかけとなった悪夢の元凶だ。

 俺の友人親友、そして憧れの先輩をも、その狡猾な大鎌で無残に斬り殺した憎き仇敵だ。

 やつを目にした途端、蓋をしたはずの記憶が堰を切ったように次々に溢れ返った。

 そしてそれを思い出した瞬間、全身の血が凍った。

 大切な人達を失った恐怖が濁流となり、燃えるような怒りを塗り潰してしまった。


 認めたくはないが、認めるしかあるまい。

 俺は、蟷螂種(マンティス)が恐ろしい。

 やつの振り上げる大鎌が、怖くて堪らない。

 いっそ逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。

 また、大切な人達を失ってしまうのではないかと、そんな不安が俺の足を竦ませる。

 だから葵さんの言葉は正しい。

 チームメンバーの命を背負うリーダーとして、葵さんは自分の仕事をこなしただけだ。

 足手まといだと言われたって仕方ない。

 当然だ。恐怖に捕らわれる俺のせいで、楓や祥平さんを危険に晒すよりかはずっといい。そう、ずっとマシだ。だから――……。


「――いちいち気にすんなよ、萩。ウェイカー業界じゃよくある話だぜ」


 悔恨の念に沈んでいく俺を見て、祥平さんが平然とした声でそう言った。

 それから「よっこいせ」と近くに転がる手頃な石に腰を降ろすと、祥平さんは胸ポケットから煙草を取り出した。


「祥平さんも、煙草吸うんですね」

「湿気た時だけな。……と、ラスト2本か」


 祥平さんは軽口で答えながら、箱から煙草を1本取り出し唇で咥える。


「人間言いたくねぇことの1つや2つ、あるのが普通さ。ウェイカーなら尚更な」


 カチッカチッ、と耳障りのいい音を立て、祥平さんは銀のジッポで煙草に火をつけた。

 すぅ、と大きく煙を吸い、たっぷり肺に溜め、惜しむようにゆっくりと白い息を吐き出すと、

 

「人死になんて経験してねぇウェイカーの方が少数派だ。人に言いたくねぇ黒歴史なんか数え切れやしねぇ。俺だってそうさ。だから、いいんだよ」

「――――」

「言わなくたって、伝わるよ。萩の抱えるモンがわかる、なんて適当なことは言えねぇ。けどよ、わかんなくてもよ、お前のその顔見りゃ伝わるよ」


 視線を上げた祥平さんの瞳が俺に向けられる。

 力強く熱を帯びるその檸檬色の瞳に同情はない。ただ憂いだけがある。


「自分を追い詰める必要なんてねぇのさ。だから気にすんなよな、俺らも気にしてねぇから」


 そう言って人好きのする笑みを浮かべた後、祥平さんは「な、楓」と隣にいる楓に話題を振った。


「な、楓って言われても、ぼくが言いたかったこと全部祥平さんに言われちゃいましたよ」


 大げさに肩を落として苦笑する楓が、薄緑色の瞳を俺に向けた。


「でも祥平さんの言う通りだよ萩くん。言いたくないなら別に聞かない。萩くんに何があったのかぼく達にはわからない。けど、これだけは覚えておいてほしい」

「――――」

「何があってもぼくと祥平さんは君の味方だから」


 そう言い、楓は頬を緩めて――。


「だってぼく達、パーティーじゃんか」

「――ぁ」


 途端、どこからともなく風が吹いた。

 等身大よりもずっと大きな草々が風に揺れ、俺の心の淀みごとどこか遠くに攫っていってしまう。


「――――」

 靄がかかり、漠然としていた風景が、色を取り戻したかのように息を吹き返す。

 景色が変わった。

 明瞭に、明白に、そして鮮明に。

 濁った視界が透き通り、色鮮やかに蘇る。

 怒りも、悲しみも、そして恐怖さえ。淀んだ感情の全てを飲み込み昇華する。

 楓の言葉には、それほどの衝撃があった。


「さて、そろそろ帰る準備すっか。ちなみに帰った後はジムで特訓だぜ」

「え、それってぼくも参加ですか……?」

「あったり前だろ楓。俺達はパーティーなんだろ?」

「うっ……そう、ですね。パーティーですもんね……」

「――――」


 一瞬、祥平さんと楓の姿が重なった。

 救えなかった親友と、救いたかった先輩の姿に重なって見えた。


「洋介。結唯、先輩……」


 もしあのふたりが生きていたなら、今の俺を見て何と言うだろうか。

 みっともなく、恐怖に打ち震える俺を見て、どう思うだろうか。

 少なくとも、いい顔はしないと思うんだ。

 あのふたりなら、きっと――。


「……うん、そうだよな。先輩達ならそう言うよな、絶対」


 困り顔のふたりの姿がありありと浮かんでくるようで、俺は小さく吹き出した。


「何してんだ。ぼさっとしてねぇで行くぞ萩。いつまでそんなとこで立ち止まってるつもりだよ」

「ほら、行こ。萩くん」


 振り返り、祥平さんと楓がこちらを見ている。

 

「……どうしたの、萩くん」

「なんだよにやにやしやがって。俺らの会話に笑えるとこあったか?」


 祥平さんが疑念に眉を上げ、心配そうな顔で楓が首を捻る。


「なんでも……なくはないですかね、うん。なんか色々吹っ切れました、俺」


 ふるふると微笑しながら首を横に振る俺を見て、祥平さんと楓は一層眉を寄せた。

 ふたりからすれば、さっきまで死ぬほど落ち込んでいた人間が、何故かいきなり笑いだしたのだ。それは気が確かか疑いたくもあるというもの。

 だがそれを一々説明するのは野暮だろう。と言うか恥ずかしくて言えたんもんじゃない。

 だからと言ってはなんだが、代わりに――。


「1年くらい、前ですかね」


 と、俺はそう『あの日』のことを切り出した。

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