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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.28『戦力外通告』




 異界攻略(レイド)が始まり約4時間が経過した。

 俺達ウェイカー一行は、草むらを巨大化させたような壮大な大自然の迷宮(メイズ)を順調に攻略していく。

 その間何度も蟷螂種(マンティス)と遭遇したが、苦戦――というか驚かされたのは最初の一度だけで、その後は蟷螂種(マンティス)と接敵しても陣形を崩すことなく余裕を持った対応ができていたと思う。

 少なくとも俺を除いては――。


 異界攻略(レイド)が始まって3回目の休憩(レスト)に入った。

 時間的にもいつも通りのペースで行けば、おそらくこれが最後の休憩(レスト)になると思われる。

 開けた草むらにシートを敷き、チーム毎となり飲み物片手に最後の打ち合わせやら雑談やらを交わし合う。

 楓や祥平さんに続いて俺も休憩(レスト)に入ろうとしたそのとき、


「ちょっとええか?」


 と、俺はひとり葵さんに呼び出された。







 目の前を行く葵さんの小柄な背中。

 何度も見てきたはずのそれが、今このときに限り無性に恐ろしく思えてならない。

 それが何故なのか。

 ――たぶん、何も感じないからだ。

 よく、強者は空気で語ると言う。

 その場にいるだけで重圧感(プレッシャー)を放ち、言葉の矛には圧迫感が伴う。

 吐息一つで温度が変わり、視線一つで場を制す。

 それが強者の風格というものだ。

 だが、葵さんは違う。

 葵さんは普段から、強者特有の『凄み』というものが全くと言っていいほど感じられないのだ。

 喩えるならば、それは鞘に収められた刀だ。

 必要なとき以外は鞘に収まり、真価を発揮しない名刀と同じように、葵さんからは威圧感を感じない。

 それが怒っているのか嘆いているのか。

 葵さんは感情の変化を読み取らせてくれはしない。

 

「どや。調子は?」


 休憩(レスト)スペースから少し離れたところで、葵さんが軽い調子で頬を緩めた。

 まさか体調を気遣うためだけに俺をひとりで呼び出したわけではないだろう。

 では葵さんは何のために俺を呼び出したのか。

 それに心当たりがないと言えば、嘘になる。


「いつも通りですよ。……なんでですか?」


 手のひらに汗を滲ませながら、俺は葵さんの顔色を伺おうとした。

 するとそれを聞き、葵さんが立ち止まった。


「なんでやと? 逆に聞くんやけど、ほななんで俺がこないな質問しとるかわからんの?」


 振り返った葵さんの紫紺の瞳が、正面から俺の瞳を覗き込んでくる。

『とぼけるんか?』そう言われている気がして。


「――――」

 だが、葵さんは俺が能力に目覚めた経歴を知らないはずだ。

 椿姫のメンバーには誰にも話していないし、ギルドが機密個人情報を流すとも思えない。

 なら、葵さんが言っているのは――。


「最初の奇襲。俺がミスったからですか?」

「せや。なんやわかっとるやんか」


 そう言い、葵さんは瞳を細めた。

 やはりあれのことかと俺は思う。

 門を潜って早々に起こった蟷螂種(マンティス)との戦闘時、俺はトラウマの再来に動揺を隠しきれなかった。

 俺達以外のチームも他の蟷螂種(マンティス)の個体と接敵していたため、楓や祥平さん以外には気づかれていないと思っていたが、どうやら葵さんの眼は誤魔化せなかったらしい。


「でも、あれはいきなりだったんで。少しびっくりしただけで、だから……」

「――だから、なんや? 仕方ないってか?」

「いや、それは……っ」


 詰め寄られ、俺は思わず息を呑んだ。

 いつもの葵さんなら『仕方ないやっちゃな。次からは気ぃつけ』で済んだ話だ。

 なのに今日の葵さんはそれを許してはくれない。

 もちろんそれが当たり前だとは俺も思っていないし、俺自身、自分のミスを簡単に許すつもりはない。けれど。だけれど――。

 

「で、でも! あれからは一度も蟷螂種(マンティス)相手にミスはしてないです! 調子も悪いわけじゃなくて、本当にびっくりしただけで……、だから次はっ」


 椿姫に入ってからのこの1ヶ月。

 葵さんにはいい意味で目をかけられてきた。

 差別やイジメの対象になりやすい派遣ウェイカーに対して、葵さんは他のメンバーと同じように俺に接してくれた。

 仕事終わりは毎日のように練習に誘ってもらい、その流れで温泉に連れて行ってもらったこともある。今ではこうして派遣ながらにパーティーを組んで前線に立たせてもらっているし、葵さんにはお世話になりっぱなしだ。

 だから、失望されたくない。

 葵さんの期待を、裏切りたくはない。

 たとえその好意に裏があったとしても、俺は葵さんの期待に全力で応えたい。

 次は。次こそは。期待に応えてみせます。しっかりやります。そう言おうとした俺に――。


「――違う違う、そうやない」


 と、葵さんは小さく首を横に振った。


「なぁ、萩。勘違いしとるみたいやけど、俺は別に蟷螂種(マンティス)相手にミスしたこと責めてんとちゃうねん。そら誰にでも得意不得意相性弱点得手不得手あるからな。十人十色っちゅうやつや。せやから俺はミスがどうこう言うつもりはないねん」

「だったら、なんで……」

「やっぱり気づいてないんか」

「なにを……?」


 はぁ、と葵さんが嘆息する。


「萩、お前。今日一度も《翡翠の癒火(フェアリー・オーラ)》使ってないやろ」

「――ぁ」


 そこでようやく、俺は葵さんが言わんとしていることの本意を悟った。

 俺の身体は、蟷螂種との戦闘で傷だらけだった。

 俺は今日の戦闘、一度も《翡翠の癒火(フェアリー・オーラ)》を使っていない。

 悪夢の象徴足る蟷螂種(マンティス)相手に怯え、俺は無意識的に《翡翠の癒火(フェアリー・オーラ)》を使う余裕すらなかったいうのか。


「その顔、気づいてへんかったようやな」

 

 俺の反応を見て、葵さんがやれやれと言ったふうに肩を竦めて見せた。


「回りくどいの嫌いやから、端的に言うで。萩、俺らに話しとくことないか?」

「――――」


 葵さんの直球の質問に、思わず喉が鳴る。

 バレていたのか、なんて思うのは今さらだ。

 最初の質問を聞かれた時点で、いや。ここに呼び出されたときには既に、葵さんには感づかれているとわかっていた。

 だから、今さら驚くことではない。

 覚悟を決める時間は十分に与えられていたはずだ。

 その証拠に、葵さんは3回目の休憩(レスト)に入るまで待っていてくれたのだから。


「――――」

 そして同時に葵さんの優しさにも気づく。

 俺らに話すことはないか、と葵さんは言った。

 俺らに隠していることはないか、ではなくだ。

 たったひとことの言葉選び。ただ、そのひとことの中に葵さんの優しさが詰められている気がした。


「――――」

 俺は、本当のことを話すべきなのだろうか。

 あの、思い返すだけで胸が抉られる記憶(トラウマ)を。失意と無力に打ちひしがれた後悔を。俺は葵さんに告白すべきなのだろうか。

 告げる義務はない。あるのは義理だけだ。


「俺は……、俺は……ッ」


 歯を食いしばり、拳を握り、葵さんの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 それから、それから俺は――……。

 紫紺の瞳から逃げるように視線を落とした。


「言いたくないんやったら無理にとは聞かん」


 ここまできてまだ口篭る俺を見て、葵さんは普段と調子を変えずに眉を下げた。

 それから俺の背後の草むらに視線を向けると、


「祥平、いるんやろ。出てき」


 思わぬ不意打ちに「え?」と俺は葵さんの向ける視線の先へ振り向くと、たっぷり数秒置いて、緑々と生い茂る草むらの中から蒼色の髪をした偉丈夫が顔を出した。


「祥平さん……」


 草影から顔を見せた祥平さんは、バツの悪そうな顔で頬をぽりぽりと人差し指で掻く。


「あー、いつからバレてたんすか?」

「お前が父ちゃんの玉ン中おる時からや。楓もいつまで隠れとんのや」


 葵さんの指摘に、祥平さんの出てきたら草の影からもう一人の男が姿を現した。


「……楓」

「ごめんね、萩くん。その、どうしても気になっちゃって……」


 申し訳なさそうに謝罪を口にする楓。

 驚きに固まる俺に構わず、葵さんは淡々とした口調で告げる。


「祥平。お前らのパーティーはこっから先には行かせられへん。荷物纏めて帰り支度しや」

「な――」


 俺は一瞬耳を疑った。

 今、葵さんは俺達に帰れと、そう言ったのだろうか。

 何を、と俺は葵さんに聞き返そうとして、


「うぃす、わかりました」

「ちょっ、祥平さん……!?」


 何も言い返さず葵さんの言に頷く祥平さんを見て、俺は再度耳を疑った。

 あの祥平さんが、帰れと言われて素直に言うことを聞くなんて、全く想像ができなかったからだ。


「ま、待ってください葵さん!」

「別に解散せぇ言うたわけやない。今回だけの話や。次からは今まで通りに参加したらええ」


 俺の右肩に手を添え、葵さんはそう言うが、到底納得できる話ではない。納得していいわけがない。

 ここまで来て帰るなんて、そんなのは嫌だ。

 だって、まるで逃げ出すみたいじゃないか。

 あの日から、あの翡翠の怪物から――。

 俺はなんのためにウェイカーになったんだ。


「んじゃ、話は終いや」と言った様子で休憩(レスト)スペースに戻っていく葵さん。

 その細い肩を、今度は俺が掴んでいた。


「戦わせてください……! お願いします。俺は戦えます! 最後まで異界攻略(レイド)に参加させてください葵さん……っ!」

「くどいで。2度同じこと言わせんなや」


 肩に置いた俺の手を振りほどき、葵さんは俺の胸ぐらを掴んだ。


「お前な、勘違いしとるんやないで。子羊みたいにびくびく震えとるやつに背中預けなあかん祥平や楓の身になってみろ言うてんねやどアホが」

「――っ」

「なんや、文句あるんなら言い返してみ」


 そのまま至近距離から見上げられ、逃げ場のない俺はただただ葵さんの正論に殴られる。


蟷螂種(マンティス)に親でも殺されたんか? パーティーメンバーの誰か殺られたんちゃうか?」

「――ッ」

「――葵さん!!」


 その発言の直後、横合いから飛んできた祥平さんが、俺の胸ぐらを掴む葵さんの腕を掴んだ。

 それに抵抗する様子もなく、葵さんは力を緩めると、俺の胸ぐらから手を放した。


「……なんや、当たりか」

「ちが……っ」

「顔に出とるわ、あほ」


 心の内を当てられた俺は、何も言い返せない。

 反論する勇気も、言葉も見つからない。


「ちょっと言い過ぎじゃねぇっすか、葵さん」

「すまん、せやな。言い過ぎたわ」


 葵さんは俺に背を向けた。


「せやけど事実や。死ぬか生きるかの世界で、トラウマ引きずっとるやつ連れてく余裕はあらへん」


 そして今度こそ、葵さんは休憩(レスト)スペースへと戻っていった。

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