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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.25『特攻特化専攻部隊』




 ――ただ、無心で剣を振る。

 下段に構え、踏み込んで、振り上げる。

 それだけに留まらず、更に1歩を踏み込んで。

 上段、中段、下段。そしてまた上段へと。

 流れるような剣舞と剣閃。全身を巡る血液に酸素を乗せ、指先や神経に至る尽くへと滞りなく活力を回す。


「シッ――!!」


 鋭い気合と共に息を吐き、同時に腕を振る。

 呼吸は荒く、心拍は苛烈なほどに高まっている。

 今にも沸騰しそうなほどの熱が全身を支配し、伝播し、溢れんばかりの汗となって皮膚から流れ落ちる。

 熱さを感じさせないはずの蒼炎もまた、今この瞬間に至り俺の魂を淡々と炙り焦がしていた。

 

「……ふぅ」


 一度動きを止め、俺は額の汗を腕で拭った。

 肩で息をするように呼吸を整え、それから一点を見つめる。

 眼前、実際に瞳に映る景色はジムの無骨な壁と露骨な床板。しかし俺の焦げ茶の瞳はここではない大理石でできた洞窟の光景を幻視()ている。そして依然、こちらを睨む白い毛皮と金色の瞳の四足獣を。


 グルルルルルッッ――。


 口の端からよだれを垂らし、短剣の如く鋭利な牙で俺を睨めつけてくる。

 その獰猛な縦長の瞳を俺は正面から真っ直ぐ受け止め、そして睨み返した。

 いや、睨み返すというよりかは……見つめ返す?

 そんなどうでもいい雑念の直後、敏感な犬鼻もとい狼鼻で好機を嗅ぎつけたホワイトウルフが地を駆けた。


 ルガァァルルッ!!

 

「――――」


 雄叫びと同時に地を蹴り、飛び上がる。

 宙を飛翔するホワイトウルフの鉤爪が俺を狙う。

 それを俺は一歩後ろに後退し、回避。

 直後一瞬前まで俺のいた場所にホワイトウルフが爪を突き立てた。

 ガツッ、と大地が抉れ、視界を白土が舞う。


 ガオォォォォンッ!!


 着地した瞬間、動きを止めることなくホワイトウルフは体躯を縮め、低姿勢から更に俺に噛み付いてきた。

 急接近する大狼の牙。

 狙いは人体の急所である首だ。

 あの鋭利な牙に噛み付かれれば、ひとたまりもない。

 俺の頸動脈は容易く食い千切られることだろう。

 しかしそれも全て折り込み済みの予想通り。


「ここっ!」


 後方にバックステップで距離を取り、俺は接近するホワイトウルフの顔面、下顎をカウンターで蹴り上げた。

 もちろん加減することなく全力全快で。

 

 ギャオンッ!?


 予想外の一撃と予想以上の衝撃によって、ホワイトウルフの開いた口が塞がり、更に顔面が天井を向く。

 結果、無防備に曝け出されたホワイトウルフの喉元を、俺は炎を纏ったまま白蒼剣で斬り裂いた。

 白く柔い喉に剣が深々と沈み込んでいく感触。

 昼間とは違う。

 今度こそ、確実に、仕留めきる。


「――、ふぅ」


 白蒼剣を鞘に戻し、瞳を閉じたところで幻影訓練(シャドー)終了。

 昼間の状況を脳内でトレースしただけの簡単なトレーニングではあるが、これがかなり効果のある練習法だったりする。

 この練習法は俺がバスケをしていた時もよくやっていたもので、仮想青野さんにはドライブやディフェンスの脳内練習相手になってもらっていた。


 いや妄想癖やべぇなお前! と一概に馬鹿にする気持ちも分からなくはないが、実際これをやるやらないで次に同じ場面に遭遇したときの対応に雲泥の差がつく。

 それはある意味勉強と同じだ。

 間違った問題を繰り返し解き直すように、ミスした場面を復習し反復し覚え込む。そして次に同じような場面に出くわしたとき、今度こそ結果を残せるようにと努力する。


 ありとあらゆる局面で的確な対応が臨機応変に取れる天才と違い、俺はこれといって特筆すべき能力のないただの凡人に過ぎないのだから。

 能力に覚醒したからといえども、俺の心象武装(オクトラム)は基礎身体能力に補正の効かない、言っちゃ悪いが欠陥品だ。

 だからこそ俺は人一倍頑張らなくてはいけない。

 努力を積み重ねなければならない。

 天才や周りのウェイカーとの実力差を埋めるための努力を怠る怠惰は許されない。

 何より俺自身がそれを許さない。

 無力で何も守れないのはもうゴメンだ。

 あの日、誓ったんだ。

 あの時、後悔したんだ。

 もう二度と、大切な誰かを失いたくはないと。

 せめてそれくらいの力が俺は欲しい。誰かを守るための力が。

 その言葉を素敵だと言ってくれたあと人に、胸を張って生きていくためにも――。


 

「――今日もやっとんなぁ、真面目か」

「――――」


 未だ引きずる重苦しい後悔の回想に落ちかけた俺の意識は、しかしジムの模擬専用特殊訓練室(バトルルーム)に響いた流暢な関西弁によって阻まれた。

 声の方を見れば、黒髪の小柄な男がバトルルームに入ってきたところだった。


「葵さん。それに――」


 葵さんのその後ろ、2人の男がいるのに気づく。

 爽やかな蒼い髪をした長身の男と、黄葉色の髪の美青年。どちらも椿姫のメンバーで見知った顔だ。


「祥平さんに、楓も」

「Bルーム行く葵さん見っけたから、ついでに楓も連れてきた」

「はは、ついでに捕まっちゃった……」


 片手を上げて「よっ」と応える祥平さんに、観念したように苦笑する楓が続く。


「ほな、さっそくやろか」


 葵さんはそう言いながら、バトルルームに入って早々備品棚から木刀を2本摘み上げた。







「――いや……もう動けない、俺」

「ほんと……無理」

「うへぇ、脇腹痛ぇ……っ」


 膝に手を当て肩で息をつく楓。祥平さんは打たれた脇腹に手を添え天井を喘いでいる。そして何故か一番執拗に攻撃を浴びた俺は、床に寝そべったまま身動きひとつ取れないという始末。

 各自受けたダメージに多少以上の差はあれど、全員がぼろぼろになりながら呻き嘆く矛先はひとつだけだ。

 その、俺達を執拗にいじめ倒した当人が、腰に手を当てやれやれと言ったふうに肩を竦めて笑う。


「なんやなんや、3人がかりでみっともないな」


 そう言って、葵さんは手元の木刀をくるくると器用に手元で回した。

 今回の練習は『せっかく異界攻略(レイド)でパーティー組む3人が集まったんやから、各々の癖や戦い方を知るためにも3人でかかってき』という葵さんの趣向の元、模擬戦は始まった。

 提案当初、戸惑った俺達ではあったが、それも試合が始まる前までの話だ。

 何故なら、模擬戦が始まった途端、葵さんの纏う空気がガラリと変わったからだ。

 たちどころに肌が泡立ち、危機感が全身を支配する。

 ともすれば、それは異界門主(ゲート・キーパー)を相手にしているような感覚に、気づけば俺は白蒼剣を構えていた。

 否、俺だけではない。楓と祥平さんもそれぞれに心象武装(オクトラム)を発動していた。

 そういう経緯で模擬戦は開始され、俺達は拙い連携を取りながらも果敢に葵さんに挑んだわけだが、見たまま3人仲良くぼろぼろにされた、と。


「いや……ほんともう動けませんよ俺」

「同じく。ぼく腕がぷるぷるしてる」

「かーっ、情っけない奴らやなぁ」

「俺はまだまだいけますよ葵さん!」

「当たり前や。お前は後で個人的にシバいたるから楽しみにしとき」

「――。いて、いてて。さっき葵さんに打たれた脇腹が急に。ダメだこりゃ内蔵にヒビ入ってんな」

「お前の内蔵は何製やあほ」


 脇腹を抑えて顔を歪める祥平さんに、葵さんが鋭いツッコミを入れる。

 そんなふたりをわき目に、俺は痛む身体をなんとか起こし終えた。

 執拗にイジメられた葵さんとの模擬戦もそうだが、何より模擬戦前の幻影訓練(シャドー)が思いの外効いている。それでなくとも今日は一日迷宮(メイズ)に潜り、椿姫に来てから初の異界攻略(レイド)だったというのに。

 心身ともに披露は限界に近く、布団に入ったら秒で寝れる自信がある。

 そうして祥平さんと葵さんのやりとりを眺めていると、「隣いい?」と楓が俺の隣に腰を降ろした。


「やっぱり、慣れないうちは3人で動きを合わせるの、なかなか大変そうだね」

「だな。こればっかりは数こなしていかないことにはどうにもなんないし」


 いつまでこのチームで異界攻略(レイド)を続けさせてもらえるのかは以前不明だが、長期を見越した葵さんの発言からして、しばらくこのチームで行くと思ったほうが良さそうだ。

 ならば目先の目標はまず3人の息を合わせること。

 この場合の息を合わせるとは言わずもがな、戦闘においてのチーム連携のことを指す。

 楓も言った通り、先の模擬戦では3人の動きは壊滅的なほどあまりにも酷かった。

 お世辞でも良かったなんて到底言えない出来栄え。

 3人が3人前衛職ってのもあるけど、問題は――、


「俺らと祥平さんの実力が開きすぎてるってとこが一番の難点かな」


 基本、パーティー構成をする際には同レベルのウェイカー同士を組ませることが多い。

 理由は単純にパーティーバランスが取れないからだ。

 レベル差における身体能力の差は圧倒的で、低レベルのウェイカーは高レベルのウェイカーの動きについて行けず、逆に高レベルウェイカーの行動の幅を妨げてしまう。

 さっきの戦闘が正にいい例だ。

 さっきの戦闘、祥平さんは俺と楓の動きに合わせようとして、実力の半分も出せていなかった思う。


「そうだね、ぼくもそう思う。ぼくらが祥平さんの足枷になっちゃってる感は否めないかな」


 肩を落とし、申し訳なさそうに楓が反省する。

 それを横目に、俺も肩を竦めて見せた。


「まぁ、全員前衛っていうパーティー構成も珍しいけどな」

「だね。あんまりいないもんね、全員前衛職って」


 魔法を使える後衛や、防御専門のディフェンダー。パーティーの能力値を引き上げるバッファーやデバッファーを交えたパーティー編成が一般的だ。

 それがセオリーとまでは言わずにせよ、パーティーのバランスや生存率を考えるとそれが最も最適に近い。

 故に全員前衛(フルアタッカー)の特攻パーティーは珍しい。

 けれど攻撃特化の専攻パーティーはその分、上手くハマればバランス重視の安定パーティーを遥かに上回る攻撃性に秀でた最強の矛に成り得る可能性を秘めている。

 

「もし俺達がぴったり息を合わせられるようになったらさ」

「うん。葵さんともいい勝負ができるかもしれないって、ぼくもそう思うな」


 その為には時間をかけて互いの癖を知り、短所を長所に生かす戦闘スタイルに合わせた立ち回りが求められてくるわけだが、生憎周囲を観察する目はバスケ時代から育んできた俺の数少ない長所のひとつだ。

 そんな俺からするに、楓や祥平さんとならきっといいパーティーができあがりそうな予感がした。

 このふたりとなら、必ず。

 そんな秘めた思いを胸にする俺に、


「ところで、萩」


 祥平さんとの会話の終わったらしい葵さんに名前を呼ばれ、俺は顔を上げた。


「なんです、葵さん?」


 そう聞き返すと葵さんは俺の右手、白蒼剣に視線を落として言った。


「その剣。前々から気になっとったんやけど、ちょいと俺に見せてくれへん?」

「――? 別にいいですけど」


 求められるがままに、俺は白蒼剣を葵さんに手渡した。

「おおきに」と剣を受け取った葵さんは、剣先から柄までじっくり白蒼剣を眺めた。

 時には角度を変え、薄青の光沢が滲む刀身に瞳を細め、持ちての滑らかな模様、それから鍔や柄の裏側を入念に観察した後、

 

「んー、やっぱりやな」


 何かを納得したように一度頷き「あんがとさん」という言葉と共に白蒼剣を俺に返してくれた。

 その際、葵さんがひとつ質問をしてくる。


「これ、どこで手に入れたんや?」

「これは姉さ……姉が俺のウェイカー祝いにって送ってくれたものですけど」


 言いながら、俺は当時の記憶を思い返す。

 俺がウェイカーになったと聞いた姉さんが、ウェイカー祝いにと送ってくれたのがこの白蒼剣だった。

 銘や入手経路といった剣の情報は何も記載されておらず、ただ一緒に送付されてきた手紙には『大好きな萩へ、愛してる。お姉ちゃんより』とだけ書いてあった。

 だから俺はこの剣についての詳しいことは何も知らない。

 名前も刀身が薄蒼の光沢をしているからという安直な理由で、勝手に『白蒼剣』と名付けただけだ。


「なるほどな。姉ちゃんか。大事にするとええ」

「――? ……はい」


 姉ちゃんからのプレゼントなので、もちろん大事にするつもりではあるが、葵さんは白蒼剣を見て何がわかったというのだろう。


「なんすか葵さん。有名なブランドなんすかそれ」


 不思議そうに頷く俺の代わりに、そのやり取りを黙って見ていた祥平さんが葵さんに聞いた。

 すると葵さんはなんてこともない風に、


「有名どころの話やない。萩のそれ『捌切(ヤセツ)作品(シリーズ)やで?」

「は?」

「えっ? ヤセツって……あの『捌切』ですか!?」

「何ですか、その捌切シリーズって?」


 祥平さんと楓が驚いたように身を乗り出す。

 が、そんな単語に聞き覚えのない俺はただただ首を傾げるのであった。

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