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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.24『葵のきまぐれ』




 明くる日の午前9時30分丁度(フラット)

 いつも通り異界攻略(レイド)用の備品がぱんっぱんっに詰まったリュックを背負って異界門(アビス)前に集合すると、


「人足りんし、前衛やらん?」


 という葵さんの言葉とともに、この日の異界攻略(レイド)は始まった。







「――派遣を前衛に入れるとか、葵さんも何考えてんだかわっかんねぇよなぁ」

「んなのいつものことだろ? 葵さんの気まぐれだよ」

「派遣なんだし、そのうちレベルがついて来れずにリタイアするだろ。ほっとけって」

「それもそうだな。レベル0だし」


 全部聞こえるっての。

 団体となり、大理石のような岩色でできた迷宮(メイズ)の中を歩いていると、ひそひそと数人のウェイカーがそんな話をしているのが耳に入った。


 実際、俺だってなぜ前衛に指名されたのかの理由はわかっていない。

 人が足りない、というのは多分建前だ。

 本当に足りないのであれば、他のチームから引っ張ってくればいいことだし、わざわざ派遣ウェイカーを前衛に入れる必要はないのだから。

 彼らの言う通り、葵さんの気まぐれというやつなのだろうけど。

 それはそれとして、陰口を叩かれるのはあまり面白くない。


「緊張してんのか、萩?」


 隣を歩く祥平さんが、気を使って声をかけてくれた。

 葵さんの指示で、俺は歳の近い楓と同じパーティーに配属された。

 メンバーは俺と楓、それからパーティーの隊長を預かる祥平さんを含めた3人だ。


「いえ……まぁ、はい。そうですね。レベル4の異界攻略(レイド)なんて始めてで」

「ならいい機会だな。葵さんとこに回って来る異界門(アビス)は基本レベル4以上だから、今のうちから慣れといた方がいいぜ」

「はい、ありがとうございます」

「まぁ、無理はするなよ? やばくなったらすぐ引くこと。迷宮(メイズ)で生き残るためには無理をしないことが重要なんだ」

「そうそう。この前みたいに単独で突っ走るのもダメだからね?」


 横からひょいっと話に割り込んできた楓が、にこにことした顔で俺を見つめてくる。

 こないだの異界攻略(レイド)の件を言っているのだ。

 俺自身、確かにこの前の行動は軽率だったと反省している。

 突然のイレギュラーだったにせよ、もっといい対処法があったはずだ。

 例えば楓と連携してミノタウロスを止めたりだとか。……いや、間に合わないか。

 まぁ、とにかくだ。自分がどう動くのかの共有。そして行動を起こす際の仲間との声かけはかなり大事だったりする。

 ことパーティーとして動く以上、個人の勝手な行動はメンバーの命を危険に晒すことも大いにあり得る。


「……はい、以後気をつけます」

「わかればよろしい」


 うむうむと満足気に頷く楓。

 ほんと気をつけよう、と再度己に言い聞かせながら、俺は祥平さんに向き直った。


「そう言えば、楓と祥平さんはレベルいくつなんですか?」

「俺はレベル6。んで楓が」

「レベル4だよ」

「やっぱり強いんですね、おふたりとも」


 レベルを聞いて、いかにも美青年で好青年風な楓の強さを再確認する。

 レベル4ともなれば、中堅のウェイカーだ。

 日本にいるレベル4の人数は約1万人ほど。

 楓が能力に目覚めてからの期間はわからないが、この歳でレベル4ともなれば恐らく全体の1割にも満たないだろう。

 今後に好ご期待の成長株というやつか。


 そしてレベル6である祥平さんは間違いなくベテランクラスのウェイカーだ。

 日本に500人といないレベル6のウェイカー価値は、心象武装(オクトラム)の能力にもよるが数千万円にも匹敵する。

 事実、海外のとある国ではクラン移籍の勧誘が一般的で、過去レベル6のウェイカーが3億5千万円でクラン移籍をしたという実例もある。野球のドラフトかって。


 流石は関西の誇る大型クランだな、なんて考えていると、祥平さんが何ともない風に言ってきた。

 

「何いってんだ萩。お前だって負けてないだろ?」

「え?」

「だってあの葵さんに一撃入れたんだからな」

「俺が、葵さんにですか……!?」


 え、なんですかそれ。初耳なんですけど。


「マジですか萩くん。すごすぎませんそれ?」


 いやいやいや俺の方がびっくりだよ?

 誰だよそんな根も葉もないデマ流したの!?


「どうやったらあの対人無敵の葵さんに一撃入れられるの……?」

「それ。俺も聞きたいんだけど」

「いや、こっちが聞きたいんですけど!?」


 昨日の模擬戦なんか、一撃入れるどころか俺の攻撃は葵さんにかすりもしなかった。

 しかも俺はメイン装備で、葵さんは竹刀という手加減(ハンデ)付きで。何度心が折れそうになったことやら。

 それが何がどう転んだらそんな噂になるのか。

 事の詳細を問おうと口を開きかけたところで、ふいに祥平さんが迷宮(メイズ)の奥に瞳を光らせた。


「っと。話はここまでのようだ。来たぜ」


 祥平さんに遅れて大理石でできた異界の奥部を睨むと、低い唸り声とともに闇の中から白い獣が姿を現した。


『――グルルルルルルルルルルルルッ』


 1、2……3匹か。

 体長は凡そ2メートル弱。

 白い毛皮と金色の瞳の四足獣。

 レベル2の迷宮(メイズ)に生息する灰狼種(グレイウルフ)の上位種に当たる、白狼種(ホワイトウルフ)

 つまりこの異界(アビス)はホワイトウルフの迷宮(メイズ)らしい。


「祥平、行けるか?」

「勿の論すよ!」


 葵さんの問いかけに、祥平さんが短く応じる。と同時に心象武装(オクトラム)を発動し、槍状の武装をクルクルと片手で回して祥平さんは臨戦態勢に移行した。

 どうやら初敵は俺達のパーティーが担当するらしい。


「よっしゃ、早速出番だ萩、楓!」


 返事をするよりも早く、祥平さんに続いて俺は心象武装(オクトラム)火種(オーラ)》を身に纏う。

 身体全体を覆う蒼い炎こと《蒼藍の淡火(グレイス・オーラ)》が俺の身体能力を根本から高め、仮初めの全能感を与えてくれる。

 隣を見れば、俺と同じく心象武装(オクトラム)を発動させた楓が――……お?

 一瞬、俺は自分の目を疑った。


 つい今さっきまで楓がいた場所に、見知らぬ男が立っていたからだ。

 男の目線はだいたい俺と変わらない。いや男の方が少し低いか。それでも身長170cm近くはある。

 程よく筋肉があり、身体つきも良い。

 髪色は楓と同じ黄葉(こうよう)色で瞳も薄い緑色……。

 不思議なことに、体格以外は俺の知っている小柄な美青年の特徴と類似している。

 まさか……。


「……楓、さん?」

「ん?」


 どうかした? とばかりに男がこちらを振り向く。

 楓という名前に反応したということは、どうやら俺の予想が的中していたらしい。――が。


「なんかデッカくなってるんですけど!?」


 思わずそう叫ばずにはいられない俺だった。

 あと、つい語尾が丁寧語になってしまった。

 当の楓は少し驚いたふうに目を丸め、それから「ああ」と俺の疑念を察したように頷き言う。


「萩くんに見せるのはこれが始めてだったね。これがぼくの心象武装(オクトラム)変異形態(ラグニス)成体成長(アグロース)》だよ」

「……あぐろーす?」

「そ、成体成長(アグロース)。身体を成長させる能力、かな」


 変異形態(ラグニス)とはたしか、体の身体的形状を変化させる類の形態だったはずだ。

 背中から翼を生やしたり、失った腕を新たに作り出したりだとか、そういった身体の変化、或いは身体的特徴を再構築する心象武装(オクトラム)だ。

 その概念や理論で考えれば、自身の身体を半強制的に『成長』させることも可能なのか。

 その理論は目の前にいる楓が実際に体現してくれているわけだけど。

 心象武装(オクトラム)、考えれば考えるほどに常軌を逸脱した力の可能性だ。それが人間に秘められた第八感だと、一言で片付けてしまうにはあまりに超常。そして危険な代物であることに違いない。


「それにしても」

「ん?」


 と、そこで無駄な思考を吐息とともに一旦切り換えながら、俺は隣の黄葉色の髪をした男に視線を戻した。


「大人の楓、イケメンすぎやしないか……!!」


 そう? と疑問符を浮かべる楓に、俺はうんうんと首を縦に何度も頷いた。

 そこでようやく、隣で俺達の準備を待ってくれていた祥平さんが動いた。


「おい、お前ら! 自己紹介はそこまでだ。フォーメーションBでパパっと片付けるぞ!」


「「了解!」」


 俺達はふたりして力強く頷き返し、一足先に駆け出すその背中に続こうとして――……。


「――って、フォーメーションBって何?」

「いや俺に聞かれても!?」


 振り向く大人楓に俺はぶんぶんと首を横に振る。

 事前告知も何もない謎の指示に足を止める俺達に、祥平さんは続けてこう付け加えた。


「左2体は俺がやる! 右は任せた!」

「最初からそう言ってもらえませんっ!?」


 切ない悲鳴地味た声が俺の喉から溢れた。







『――グギャォルルルルッ!!』


 4本の足で大理石色の地面を疾駆する白狼種(ホワイトウルフ)が跳躍し、口を開けてその鋭く獰猛な牙を俺に晒す。

 これが只の野生の狼ならば、跳躍してくる狼の牙を剣で受け止めたり、逆に両断するといったことが可能だが、生憎体長が2メートルもあるホワイトウルフの牙を受け止められるほどの腕力は俺にない。

 故にここは回避の一手に限る。

 左方向の地面に前方一回転を決め、ホワイトウルフの牙を回避。直後、攻撃が不発に終わり、地面に着地したホワイトウルフがすぐに体勢を立て直し再度牙を向く。

 振り向きざま、今度こそ俺はホワイトウルフの牙を右手に握る白蒼剣で受け止めた。

 ガギィンッ、と鋼と鋼が交差する金属音が洞窟に木霊する。


「――ッ、楓!」

「任せて!」


 ホワイトウルフの牙を受け止める俺の合図に、寸分違わず楓が応えた。

 楓の装備する片手直剣が、ホワイトウルフの胴を深く斬りつける。


『ギャオンッ!?』


 ホワイトウルフが苦鳴を漏らし、堪らず距離を取ろうと後方跳躍。だがその隙を逃さず、俺もまた開いた分距離を詰める。

 そして目を見開くホワイトウルフの首元に、下段から白蒼剣を振り上げた。


「ッ、らぁっ!!」

『ギャッ!?』


 赤い血を飛散させ、ホワイトウルフが宙を舞う。


――浅い。


 感覚的にわかった。

 今の手応えは浅い、と。

 殺し損ねたのだ。

 不味いと思い俺はすぐさま駆け出そうとした、だがそんな俺より一歩速く、黄葉色の髪が駆ける。

 放物線を描きながら地面に墜落したホワイトウルフのその胴に、銀の輝きが真っ直ぐ深々と突き刺さる。


『ギャンッ!?』


 ホワイトウルフはか細い悲鳴と同時に一度ビクリと頭を持ち上げた後、だらりと力無く地面に伏した。

 

「ナイス、萩くん。やったね!」

「あ、ああ、うん」


 初のレベル4モンスター討伐に、笑顔で俺の元まで歩いてきた楓と軽くタッチを交わす。

 しかしその成果を糠喜びしてはいられない。


「ごめん、最後の……殺り損ねた」

「いいよいいよ全然。そんなこと気にしなくて」

「でも……」

「いいって。初陣だったんだし。何よりぼくらはパーティーでしょ?」

「――。楓……。そうだな、ありがとう」

「うん。どういたしてまして」


 そう、にこやかに楓は言った。

 少しずるいなとも思った。だってパーティーなんて言葉を使われたら、引き下がる他にない。

 これ以上食い下がっても、おそらく楓も引き下がりはしないだろうから。

 でも間違いなく今のは俺のミスだ。

 その事実だけは揺るがないし、認めなくてはいけない。

 相手がまだホワイトウルフだから助かったものの、この前のミノタウロスや、ましてやこの迷宮(メイズ)の『門番』ともなればごめんじゃ済まされない。最悪死人が出ることだってあり得る。

 パーティーに加わった以上、責任と役割はしっかりこなさなくてはならない。

 それを今一度、俺は自身に戒め直した。


「おっ。そっちも終わったとこか」


 俺達とほぼ同時に、ホワイトウルフ2頭を片付けた祥平さんが歩み寄ってきた。

 傷や汚れひとつない祥平さんは『これくらいやってもらわなきゃ困るぜ?』といった顔をしている。


「萩くんとは始めてのパーティーですけど、余裕でしたよ。ほんとレベル0なのが勿体無いくらいで」

「なるほどな。やっぱ葵さんの期待道りってわけか。やるじゃねぇか」

「楓が俺のカバーをしてくれたおかげですよ」

「まぁ、なんにせよだ。萩の実力はあいつらにも分かってもらえただろうさ」


 祥平さんにつられてチームの方を振り向くと、椿姫の面々が俺達を――否、俺を見ていた。

 なるほど。これは俺の実力を試すための初戦でもあったわけだ。


「ところで。フォーメーションBのBって、何のBだったんですか?」

「BっつったらバスターのBだろ?」

「「……」」


 何いってんだお前ら、みたいな感じで首をひねる祥平さんに、俺と楓は揃って苦笑を浮かべた。

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