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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.23『派遣賭博』




 模擬戦場を後にした葵は、そのままの足でジムを出た。

 時刻は20時を過ぎているということもあり、外は真っ暗闇に包まれている。

 別に急ぎというわけでもないので歩くスピードは人並みだが、腹も減ったしとりあえず家に帰ってさっさとこの汗を流したい。

 軽度の潔癖症を患う葵にとっては、べったりと張り付く汗の感触があまり好きではないのだ。


 ならばジム内に設置してあるシャワールームを活用すればいいだけの話じゃないか、とよく言われるが、根っからの風呂好きな葵の身体はシャワーだけではとても満足できそうにない。

 だから葵は異界攻略(レイド)でモンスターの返り血を浴びた時以外は基本、家に帰って風呂に浸かる。

 風呂とは言わば葵にとっての癒やしと幸せだ。


 街灯と月の光に照らされるクラン椿姫の敷地を道なりに歩いていると、ふと男共の笑い声が聞こえてきた。

 視線をやると、クラン本部1階の一室にはまだ灯りがついている。

 勤務時間はとっくに過ぎているし、まさか残業しているわけでもあるまい。

 大方ジムで自主トレの終わった連中がたむろって雑談でもしているのだろうと考えながら、本部を通り過ぎようとして――、葵は足を止めた。

 

「しまった、制服置きっぱや」


 異界攻略(レイド)終わり、帰りに持って帰ろうと着ていた制服を本部に置きっぱにしていたことをすっかり忘れていた。


「明日でもいええか……いや、汚れとったしな」


 今回の異界攻略(レイド)は低レベル――と言ってもレベル4――の異界門(アビス)だったが、蛙型モンスター緑蛙種(グリーンフロッグ)の生息する迷宮(メイズ)だった。

 あのぶにぶにとした体躯とネバネバとした粘液。

 しかもそれが生臭いったらありゃしない。

 そんな蛙の粘液が付着した制服をそのまま放置したらどうなるか……。


「……はぁ、」

 肩を落とし、葵は重いため息を吐いた。


 観念して明かりの灯るギルド本部へ戻り、今時古風な入り口の開き戸をカラカラと開け中に入る。

 室内でマージャンをしていた4人のむさ苦しい男共が、葵に気づいて顔を上げた。

 

「あ、葵さんお疲れさんで〜す」

「おつー蒼汰。樛さんもおったんですか」

「よ」

「レイド終わったんです? てかみんな集まって何してるんです……って」


 蒼汰と樛に軽く挨拶を返した葵は、そこで男共の中に祥平と赤松の姿を見つけた。


「あれ、風呂行くんやなかったんか?」


 その質問を待っていたかのように、祥平はにやりと笑った。


「行ってきましたよ! ほら、この前葵さんに教えてもらった香芒の湯っす、香芒の湯」


 祥平の言葉に、思わず葵の耳がびびっと反応する。


「なんや香芒行ってきたんか、ええなぁ」


 温泉はもちろん風呂好きな葵の守備範囲内だ。

 休日は1日に何度も温泉巡りをし、地元大阪の温泉は全て入浴制覇している。

 そんな温泉ソムリエもとい温泉マイスターである葵の特にお気に入りなのが、今話に出た香芒の湯という銭湯だ。

 地底深くの岩盤から湧き出た天然アルカリ性単純泉が、疲労回復肩こり腰痛によく効き、また美容効果もあるらしい。

 加えて香芒の湯は名前の通り風呂場の香りにも拘っており、程よく効いたアロマの香りが摩耗した精神を優しく癒やしくれる。


「俺も祥平に教えてもろて初めていってきたんやが、ありゃなかなかやったで葵! よく見っけたなぁ、特にサウナが最高やった」

「流石まっさん、わかってますやん。あそこのサウナは日本一やから」

「へぇ〜、そんなにいいサウナなんですか。今度俺らも連れてってくださいよ葵さん」


 葵の会話を祥平の隣で聞いていた蒼汰が、興味あり気に顔を輝かせてそう言った。

 葵は笑顔を浮かべて首肯する。


「おう、ええで。ほんなら模擬戦終わった後、みんなで行こか今度」

「「えっ」」


 途端、場が凍る。

『お前なに余計なこと言ってんだ蒼汰てめぇ!?』といった視線が『やっべ、やらかした』顔の蒼汰に注がれる。

 無論、蒼汰達も葵の模擬戦という名のサンドバッグを経験した被害者達だ。

 ここにいる者で自ら進んで葵のサンドバッグになりに行くドMの変態は祥平くらいのものだろう。

 絶望が伝播する室内。部屋にいるハンターのひとり、煙草を吹かす三十路の(つが)が話題を変えにかかる。


「んなことより葵もどうだ? 毎度恒例の派遣賭博」


 ロッカーの中から目的のクラン制服を取り出しながら、葵は首を横に振った。


「あほ言わんといてください樛さん、俺はギャンブルは苦手なんです。勝てへんから」

「それは葵さんがギャンブラーすぎるんすよ」

「それ。普通のやつは負けるって分かってて大金いれねぇから。ポーカーの役無しでニコニコしながら持ち金全部ベットすんのは葵くらいだぞ?」

「せやせや。ルーレットでグリーンに有り金全部入れるんは世界中探しても葵くらいのもんやで、知らんけど」

「そんなみんなして褒めんといてください。照れるやろ」


 とふざける葵が、ロッカーに鍵をかけ、蒼髪の男に向き直る。


「祥平。お前もやっとるんか、今回?」

「俺は半年に10万賭けましたよ」


 祥平はさらりと答えた。

 それを聞いた赤松が驚笑する。


「半年で10も賭けたんか祥平? 思い切ったな!」

「いやいやわからんすよまっさん? 今日話した感じ、萩はなんかやってくれそうな気しましたもん俺」

「あー……まぁ、今までの奴らに比べりゃ確かに骨はありそうやったなぁ、あいつ」

「そう言うまっさんはいくらかけたんです?」


 蒼汰の質問に、赤松はへへっと軽く鼻をこする。


「俺は毎回同じく3ヶ月に20万や。これで前回、前々回と勝っとるからな! わははっ!」

「お、一緒一緒。俺も今回3ヶ月に10賭け」

「なんやとぉ、樛!?」

「実は俺も」

「お前もか! 蒼汰!!」


 和気あいあいとし出す室内。

 夜も遅いというのに、元気なものだ。

 まさか酒でも入っとるんやないやろな、と葵は思いつつもこれ以上付き合う気はない。

 クラン制服を回収し用を済ませたことだし、葵の頭の中にはもう風呂のことしかなかった。

 帰ったらなんの入浴剤入れよか迷うわ〜、なんて幸せな妄想を膨らませる葵が部屋を後にしようとしたそのとき、祥平が何かに気づいたように口を開く。


「あれ、葵さん」

「ん?」


 自らの右頬を人差し指で示し、祥平は言った。


「頬、切れてますよ?」

「なんやて?」


 指摘されるがままに、葵が自身の右頬を親指で触って確認すると、親指にはたしかに血がついていた。


「まさか萩に一撃もらったんじゃないっすよね、葵さん?」

「えっ、うっそ、まじっすか!?」

「新人だからって油断してたんだろ、どうせ」

「ハハっ、なわけないやろ! なぁ、葵?」

「―――」


 赤松がわざとらしく茶化す中、葵は黙って親指の血を見つめていた。


――俺が油断? 冗談やろ。ありえへん。手加減はしても、油断は絶対せぇへん。


 葵は先の新入りとの模擬戦を思い出す。

 一撃もらったとすれば、最後のあの一瞬だ。

 防御を捨て、葵のふいをついた手刀での突き。

 完全に避け切ったと思ったが、まさか……。

 そこまで思考を巡らせた後、ククッ、と葵は小さく喉を鳴らした。


「……レベル0のイレギュラーか。おもろいやんけ」


 そして振り返り、葵は言った。


「気変わったわ。せや、今回は俺も賭けよか」

「「――――」」


 長年の付き合いから葵という男の本性をよく知るこの場の4人は、葵の浮かべるその含み笑いに何かよくないものを感じるのであった。

※関西弁キャラの会話について。


自分の中にあるイメージと知識だけで書いているので、ところどころ「ん?」と会話の端々で目につく箇所があるかと思いますが、ご愛嬌のほどよろしくお願い致します。


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