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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
23/132

Level.22『葵という名のサブマスター』




 考えが甘かった。

 ひとことで言えば、それに尽きる。


「……ッ……ハァ、……ハァ」


 向上心と好奇心の赴くまま興味本位で受けた模擬戦で俺は今、死にかけている。というか殺されかけている。


「なんやなんや、それで終いか?」


 眼前に立ちはだかる、大きな壁。

 そう、それは正しく壁だ。

 打ち破れぬほど分厚く、頂きが雲に届くほど高い。超えることのできない巨大な壁……今はまだ、と。負け惜しみというやつをひとつ挟んでおくが。まったく超えられる気がしない。

 目の前の男は、強い。

 ただ漠然と、圧倒的なまでに。

 もちろんレベル差における身体能力の差こそあれど、しかし戦闘におけるありとあらゆる技術において、その全てが俺を遥かに上回っている。

 将棋で喩えるならば、歩兵が飛車に挑むような愚行。もとい奇行だろうか。間違いない。

 

「まだまだ、これからですよ……ッ」


 口元をにぃと笑みの形に曲げ、ひとつ強がってみせる。

 痺れる手足にムチを打ち、鈍痛だらけの身体に拍車をかけて、白蒼剣を杖替わりにようやく立ち上がる。

 再び火種(オーラ)に薪を焚べた。

 たちまち燃え盛る蒼炎が輝きを増す。

 それから俺は白蒼剣を両手で構え、姿勢を下げて重心を落とした。


 対する葵さんはというと、構えてすらもいない。

 隙だらけの格好で、ただ悠然と、笑みを浮かべたまま脱力しきっている。

 葵さんにとって俺程度の相手、構えるまでもないと。ああ、そうかそうか。そうだろうとも。それほどの実力差が俺と葵さんの間にはあるのだから仕方ない。

 しかも葵さんは能力どころか心象武装(オクトラム)の使用すらしていない。葵さんのエモノは左右長さの異なる2本の竹刀(しない)。長い方の竹刀は左手に持ち、短い方の竹刀は右手で逆手に持っている。


『ははは、いくらなんでもハンデありすぎじゃないですか? 怪我しても知りませんよ?』


 模擬戦前の自信過剰な俺を一発殴ってやりたい。


『そうか? 片手落としでもええで』


 模擬戦前の葵さんの好意が今頃恋しくなる。

 超手加減されてこれ。このざまだ。

 ここまで手加減し尽くされて尚、葵さんに一撃すら入れることのできない現実に失笑が込み上げる。

 でもまぁ、ここまできたら恥とかプライドとかなんやらを差し置いて、意地でも一矢報いたくなってきた。

 俺は握る白蒼剣に力を込めた。


――せめて……せめて一撃、入れてみせる……!!


 その想いに応えるように、火種(オーラ)がうねり昂ぶり僅かに躍動する。

 全身全霊で《蒼藍の淡火(グレイス・オーラ)》を纏い、床を踏みしめ弾丸の如く間合いを詰めた。


「シッ!!」

 白蒼剣を右斜上段から左下方へ振り上げる。

 真剣だからといって臆する配慮は必要ない。そこに一切の躊躇はなく、むしろ殺す気で剣を振るう。

 加減せずとも俺の全霊の一撃は葵さんの竹刀によって軽くいなされる。

 ほら、こんな具合に。


「ぐッ……!?」

 それどころか、ついでに脇腹を竹刀で打たれ、みっともなく地べたを転がる始末。


「ほれ、寝てる暇ないで?」

「う、ちょ、ほぁ!?」


 腹を抑える俺に容赦なく葵さんは追撃を仕掛けてくる。

 それも俺がギリギリ避けられるかどうかのところを、厭らしく突いてくる。

 もしも回避に手を抜けば、たぶん、もうこれ以上戦うことを許されない強烈な一撃が。


「……っ!?」


 葵さんの猛攻をなんとか回避し体勢を起こすと、すぐさま次の刃が俺を待ち構えていた。

 右中段の薙ぎ払いから左の刺突。間髪開けず右上段から降剣、左の竹刀が鋭く首を狙う。

 竹刀と真剣がバチンバチンと何度も音を立てて激しく衝突し合う。

 なぜ鉄で作られた剣と竹の剣がこうして何度も打ち合えているのか、それは葵さんのずば抜けた動体視力と剣扱技術がそれを可能にしているのだ。

 俺が振るう一撃に合わせ、葵さんは剣の側面側から刃に接触しない角度を的確(ピンポイント)で狙って叩いている。だから何合打ち合おうとも竹刀が斬れることはない。というか逆に俺の剣の耐久度の方が不安になってくる。

 それらを回避し逃れた先で、葵さんの体勢が一瞬崩れかけた。好機だと思い、反撃に移ろうとしたその瞬間。悪寒が俺の背筋を制す。


――まずい、これつり(・・)だ……ッ!!


 直感で突貫しようと焦る気持ちを抑えて急停止、直後その鼻先を竹刀が掠めていった。


「ひッ……!?」


 短い悲鳴が俺の喉から溢れる。

 あのまま攻めていたら、今頃首から先があったかどうかの自信はもてない。


「やるやん。よう引っかからんかったな今の」


 賛辞の言葉と共に、二振りの竹刀が上下左右から激励を見舞ってくる。

 まぐれです、なんて言葉を口に出せない程度には息をつく暇も手を休める時間も与えられなかった。


「動き、鈍くなってきたんやないか?」

「なんの、まだまだ……ッ!」


 右の竹刀の突きに、間髪開けず左の薙ぎ払い。

 1歩間合いを詰められ、至近距離からの左3連突き。ぎりぎり3連交わしたと思いきや、左肩と右脇腹に鋭い痛みが奔る。5連突きだったのか。見えないって。


「ガバガバやで、脇下」

「――ッ、ぅ」


 突かれた威力を殺さず、後方に距離を取る。

 葵さんは……仕掛けてこない。

 代わりに肩に乗せた竹刀を、とんとんと何度か叩いて『早よ攻めて来い』と無言で誘いかけてくる。

 あんなに隙だらけで突っ立っているのに、まるで攻めいる隙が見つからない。

 幾度も葵さんに斬りかかったが、その尽くが全て手痛い反撃を被った。

 あえて隙を作ることにより、相手の攻めの選択肢を絞っているのか。隙というエサを垂れ下げ、チョウチンアンコウのように獲物が食いつくのを待っている。

 それも全て葵さんの戦略なのか。

 だとしたら迂闊には攻められない。


「ハァ……ハァ、ハァ……」


 息を整えながら、思考する。

 どうすれば一撃入れられるか、考える。

 剣術も、体術も、技も何もかもが格上の相手に対し、どういった立ち回りをするのが正解なのかを刃に問う。

 真正面からバカ凸するのは言わずもがな、正攻法では恐らく葵さんに俺の刃は届かないだろう。

 ならば新たな隙を作りだすしか方法はない。

 火種(オーラ)を発動させられる時間も残り僅か。

 やれるのか……?

 何を今更。

 これは模擬戦だ。

 失敗してもいい。

 試してみる価値は十二分にある。


「知ってるで。なんやいいこと思いついたって顔やろ、それ」

「葵さんに一撃、入れてみせますよ……!」

「ククっ。10年早いわあほ。やれるもんならやってみ」

「行きます……ッ」


 今度は白蒼剣を中段に構え、再度駆ける。

 遅れて火種(オーラ)が軌跡を描き、俺に並走する。

 体勢を低く踏み込み、左中段からの水平斬り。

 その一閃でジムの壁面に亀裂が奔り、数秒遅れて壁がズレる。イメージ的にはそんな感じで。もちろん現実問題そんなあほみたいな力は俺にはない。


「おっと」

 葵さんは1歩後退し、それをなんなく避ける。

 開いた間合い分距離を詰め、素早く両手に持ち替え上段からの斬り降ろし。

 葵さんはそれもまた容易く躱してみせる。

――まだだ。

 まだ止まるな。

 動きを、止めるな!!

 更に、俺は右足を踏み込み斜め左下から右上方へ、渾身の振り上げ。


「あほ。そんな大ぶり当たらんわ」


 その刀身を、葵さんが右の竹刀で下から叩く。

 最小限、ほんの僅かな衝撃。それだけで軌道が変わり、白蒼剣は葵さんの頭上へと流れていく。

 もはや、軌道の修正など不可能だ。

 ガラ空きの胴を横目に、葵さんは何やこの程度かと言わんばかりにカウンターを仕掛けようと1歩踏み込み、竹刀を振るおうとした――それと同時。


「う、をおおおおおおおおおおおおッ」

「な――っ」


 俺も、更に1歩、踏み込んだ。

 葵さんの瞳が薄く見開かれ、この模擬戦で初めての動揺を露わにする。

 互いの間合いが無に帰り、体感時間が無限に引き伸ばされる。

 視線と視線とが絡み交差し炸裂する中で。

 俺は白蒼剣から離した左手を手刀の形に変えて、葵さん目がけて腕を限界まで突き出した。

 模擬戦だからこその、相打ち覚悟の相殺攻撃。

 まさか葵さんもこれは予想していなかったのだろう。反応が一瞬、遅れる。

 これが俺にできる最善だ。でもって葵さんの虚を突いた一撃だった。

 火種(オーラ)の火力で速度を増した手刀は一直線に葵さんの顔面へと迫り、そして――


「取っ――」


 ……た、はずなのに、まるっきり手応えがないのはどうしてだろう。


「双心流 下伝〝上旬〟」


 瞬間。葵さんの姿がブレた、と思ったときには俺の身体は宙に投げ出されていた。

 視界が反転し、天地が逆転する。

 そしてそのまま背中から地面に墜落した。


「ぐえッ……!?」


 打ちどころが良かったのか悪かったのか、盛大に背中から床に着地した衝撃で肺中の空気が急激に圧迫され、蛙みたいな苦鳴が漏れる。

 幸い、骨折などの損傷はないようなので、結果的には良かったのだろう。

 だがそれでも痛いものは痛い。


「〜〜ッ、ぐぅ」


 腰を浮かせ、大きく背中を仰け反らせて呻く俺に、頭上から声が投げられる。


「取った、思ったやろ」


 顔を上げれば、葵さんがひざを折り、俺の顔を覗き込んでいた。

 汗ひとつかいていない葵さんが上機嫌に言う。


「いやー、驚いたわ。まさか能力を使わされるとはなあ。最後のはほんま惜しかったで、萩」


 これは褒められている……のだと察する。

 火種(オーラ)(おこ)そうとするもままならず、床に大の字に寝そべったまま動けそうにない。

 仕方なく、瞼を閉じる。

 自らの状況を客観的に理解すると同時、俺は全身の力を抜いて、大きく息をついた。


――そうか、やっぱり届かなかったか……。


 策を弄し、全霊をもって挑み、今俺にできる全てを乗せて、その上でねじ伏せられた。しかも最後の俺のズルもしっかり対処されたし。

 いっそ清々しいくらいの完全敗北だ。

 悔しい、という気持ちはもちろんある。

 模擬戦だとか、格上だとか、そんなことは関係なくて。

 青野先輩ほどの負けず嫌いってわけじゃないけれど、何だかんだ言ってやっぱり負けるのは悔しい。

 どうせやるなら勝ちたいじゃないか。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、立ち上がった葵さんが問いかけてきた。


「萩、ウェイカーなって何年目や?」

「2年目です」

「2年目でこれなら上出来やろ」


 長さの違う二本の竹刀を備品棚に戻しながら、葵さんはこの模擬戦での総評を口にする。


「動体視力と反応速度はそこそこやけど、対人駆け引きは全然なってへん。まぁそれはこれから戦闘経験を積んでけば嫌でも身体に染み付くやろからええとして――」


 竹刀を棚に戻し終えた葵さんが振り返り、その紫紺の瞳が俺を――俺の内を見据えて言った。


「問題は萩の心象武装(オクトラム)やな」

「―――」

「なんやそのガバガバな心象武装(オクトラム)。いくら特筆形態(アリア)やからゆうて、能力を発動してるときと、してないときとの身体能力に差がありすぎるやろ」


 そう言えば、イレギュラーのことはまだ葵さんには説明していなかった。

 それなのに、葵さんは今の模擬戦を通して俺の心象武装(オクトラム)の異常を的確に見抜いていたというのか。恐るべき観察力だ。流石はレベル7。

 という感想を抱きながら、俺は身体を起こす。


「あー……それは、俺の心象武装(オクトラム)がイレギュラーらしくて、身体能力にレベル補正が加算されないっぽいんです。それでギルドの能力測定器にも反応しなくて……」

「能力測定器にも反応しないって何やそれ? ありえへんやろ。ならレベルはどうなっとるん?」

「レベルは0です……って」


 そのとき、火種(オーラ)が不穏を感じて勝手に反応した。

 それに気づいて顔を上げると、葵さんの顔が目に見えて緩んでいた。

 これは、そう……初日に向けられた視線とよく似ている。

 俺を試すような、測るような、そんな視線。


「葵さん……ちょっと面白がってません?」

「ん、ちょっとだけな」


 ニコニコと笑顔の葵さんが首肯する。

 でもこの顔は絶対ちょっとじゃない。


「原因はわかっとるんか?」

「いえ、全然……」

「そやろなぁ。俺も長いことウェイカーやっとるけど、レベルが反映されない心象武装(オクトラム)なんて聞いたことあらへんし」


 ふーむ、と頭を捻り、それから葵さんはにやりと口の端を釣り上げた。


「レベル0のイレギュラーか。おもろいな!」

「やっぱりちょっとじゃないですよね!?」

「はっは! バレとったか!」


 今度こそ隠す気なく葵さんは楽しそうに笑った。

 そんなに面白がることなのか? と思いつつも、心の中では新鮮な反応が少し嬉しい俺でもある。


 心象武装(オクトラム)を笑われることに関して言えば、別に羞恥心やら不快感と言った感情はない。

 むしろ小馬鹿にされたような嘲笑を受けるよりも、こうやって面白がってもらえる方が億倍マシだ。

 思い返して見ると、レベル0だと聞いて笑われたのは初めての経験……でもないか。

 そういえば、俺が"ウェイカーになります宣言"をした日に同じくレベルを聞かれ、父さんや恭介さん、隆之介さんに大笑いされたひとつの記憶が蘇る。


 あの時はバカにされて流石にむすっときたが、今そうでもなかったりするのは思春期から抜けたせいか。大人になったということなのだろう。

 

「ほな、そろそろ終わりにすんで」


 ひとしきり笑った後で、葵さんが室内にある時計に視線を向けて言う。

 つられて視線を送ると、時計の針は20時を回っていた。

 模擬戦を始めたのが6時前だったから、もうかれこれ2時間近く戦っていたということになる。


「あ……あと1回だけ、お願いします!」


 打撲の痛みを堪え、がばっと身体を起こした俺を横目に、葵さんは手厳しく応える。


「あほ。実戦やったら死んどるで。もう1回も何もあらへん」

「それは……そうなんですけど」

「わかったんなら終いや。今日は夜ふかしせんで早よ寝や」


 そう言うと、葵さんは俺に背を向けた。

 模擬戦場を後にしようと歩き出す。

 葵さんの言うことは最もだ。

 反論の余地がないから返す言葉も見つからない。


「葵さん……!」


 立ち上がり、俺は葵さんの名前を呼んだ。

 葵さんは立ち止まらない。

 構わず俺はその背中に向かって頭を下げた。


「ご指導ありがとうございました! 明日もよろしくお願いします!」

 

 そう言うと、葵さんは振り返らずに左手を持ち上げ、ぷらぷらと振って返事を返してくれた。

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