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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.21『忙しない派遣の1日』




 異界攻略(レイド)終了後、俺は椿姫のクランマスター室に呼び出された。

 本来なら順序が逆だが、細かいこと気にしたらあかんと笑顔の葵さんにジュースを奢ってもらった。

 これが大人の口封じ料らしい。少し大人になった気がした。


 時刻は既に夕方を過ぎ、太陽は西の空に沈むところだ。

 クランの人に案内してもらい、クランマスター室と書かれた執務室に足を踏み入れると、中にはひとりの女が机を挟んで椅子に座っていた。

 長い黒髪を頭の後ろで纏めてお団子にし、赤い簪で留めている。

 服装は胸元のボタンが今にも弾けそうな巨峰を抑えた黒シャツと、その上から葵さんや楓の着ている物と同じ赤い華の刺繍が施されたクランの制服を肩にかけている。

 綺麗というよりか色気のあるお姉さん、といった言葉の似合う大人の女性だ。


「初日から異界攻略(レイド)に付き合ってもろたみたいやけど、なんやえらい活躍したんやって? やるやないか少年」


 服装に全く似つかわしくない煙草を一口吸うと、女は白い息を吐き出し言った。


「ようこそ、椿姫へ。歓迎するで萩。クランマスター簪刺(かんざし) 茜や。よろしゅうな、萩だけに」







 派遣の1日は何かと忙しい。

 特に異界攻略(レイド)に連れていってもらえない日はクランの掃除に洗濯雑用。備品の買い出しから装備の手入れまで。使い潰す勢いで雑務を押し付けられる。

 正直、心が擦り減りそうだ。

 これが派遣が人気のない理由のひとつである。


「よっし、いっちょやるか!」


 それでも俺は目の前の雑用(しごと)に取り掛かる。

 手を止めてはいられない。

 足を休める時間はない。

 やるべきことは沢山ある。

 雑用しながらでも心象武装(オクトラム)の訓練はできる。

 例えば掃除。広いクランの中をほうきや雑巾がけするといった単純作業の片手間、静かに種火(オーラ)を熾し、それを長時間維持する練習。

 心象武装(オクトラム)の使用時間は体力と一緒で、水の中で呼吸を止めるには限度があるように、ずっと使い続けられるわけではない。

 走る、飛ぶ、潜る。

 何でもそうだ。

 日々の訓練の積み重ねが物を言う。

 鍛えれば鍛える程に強くなる。強くなれる。

 そして俺の種火(オーラ)はどこにいて何をしながらでも鍛えることができる。

 日進月歩、日々進み続ける。


 そうこうしているうちに1日が終わる。

 時間が流れるのはあっという間だった。

 時計の針が17時を指した頃、ようやく忙しない1日が終了する。

 その日、寮に帰って再び自主練しようと俺が荷物を纏めていると、ふと異界攻略(レイド)終わりの楓に声をかけられた。


「これからジム行くんだけど、萩くんも一緒にどう?」

「え、行くっ! 行きたいっ!!」


 即断即決即答だった。

 食い気味すぎたか、若干楓が困っていた気もするけど、そんなことは些細なことに過ぎない。







 それはクランのすぐ近くにあった。

 木造2階建ての体育館のような見た目の建物。

 敷地面積はなんと3200坪あるらしい。3200坪というと、ちょうど陸上の400メートルトラック丸々1個ぶんの広さがある。


「ふおおおおおおおおおっ!」


 建物の中には筋トレ道具や能力訓練のための特殊用具が備えつけてあり、中には俺の見たことのない器具やら用具やらがズラリと並んでいる。

 クランが用意したウェイカーのためのウェイカーによるウェイカーだけの特殊訓練施設(トレーニングルーム)

 それがウェイカーズジムだ。

 流石は大型クラン。

 訓練施設も超充実している。


「これ、どれ使っていいのかな……!?」

「好きなの使っていいと思うよ。萩くんも立派な〝椿姫〟のクラメンだからね」

「俺が……クラメン」


 クラメン。ああ、なんていい響きなんだろう。

 テンションはまるでUSJに遊びに来た子どもみたいに上がっているが、そこはほら、多めに見てほしい。

 だって見てくれこのアトラクションの数……間違った特殊器具の数々を。

 これを見てテンションが上がらないウェイカーはいないと言いきっても過言ではない。

 さてさて、どのアトラクションから試してみようかうずうずしていると、


「おっ、楓が自主トレなんて珍しいな!」


 ジムで先に筋トレをしていた20代前半くらいの若い男のウェイカーが、楓に気づいて声をかけてきた。


「お疲れ様です、祥平さん」


 檸檬色の黄色い瞳と、爽やかな蒼い髪。

 頭皮から流れる汗が顎を伝い、よく鍛えられた胸筋に吸い込まれていく。

 かなり追い込んだ筋トレをしていたのだろう。ノースリーブからは男の熱気が漂っている。

 この人はたしか初日の異界攻略(レイド)に参加していたウェイカーのひとり、祥平さんだ。

 長槍状の心象武装(オクトラム)を用い、ミノタウロスの攻撃を華麗に捌いていたことが印象に残っている。

「おっ!」祥平さんが楓の隣にいる俺に気づいた。


「隣にいるのはミノタウロス殺しの新入り(ニュービー)か!」

「ミノタウロス殺しの新入りぃ……?」


 すると祥平さんの隣。ダンベルを使って上腕二頭筋を鍛えている、顎髭を生やした中年のウェイカーが食い付いてきた。


「なんやそのけったいな二つ名(アンダーネーム)は?」

「ほら、初日の攻略(レイド)でまっさんが逃したミノタウロスの尻拭いしてくれた例の派遣の子っすよ」

「あー、あん時の――って尻拭い言うなや祥平!」

「んならまっさんのウォシュレットしてくれた子」

「余計意味わからんがな!? 下ネタやめい!」

「うはは! 何言わせんすかまっさん!」

「自分で言って何受けとんのや。ったく……まぁ、あんときは助かったわ兄ちゃん。赤松 秀彦や。短い間やろうけど、よろしゅう頼むな」


 という言葉とともに、まっさんこと赤松さんが右手を差し出してきた。


「こちらこそ。織﨑 萩です。1年間お世話になります!」


 俺は差し出された赤松さんの大きな手を握った。

 短い間、という表現が少し気にはなったが、思えば派遣の雇用期間は1年間しかなく、正規のメンバーに比べればたしかに短い。


「俺は雨瀬 祥平! よろしくな、萩!」

「はい、よろしくお願いします!」


 それから祥平さんとも握手を交した。

 想像以上にガッシリとした、マメのある手だった。

 2人とも、なんだか気の良さそうな人達だ。

 派遣ウェイカーは差別されることが多いと前もって先輩ウェイカーに聞いていたので覚悟していたが、どうやら杞憂だったようだ。

 椿姫(ここ)にいるウェイカーはみんな優しそうな人達なので正直安心した。


「――クラメン同士、仲が良いんはええことやな」


 俺の心の声を読んだかのごとく、どこからともなく聞こえた声に振り向くと、そこにはネイビーのアンダーシャツを着た葵さんが立っていた。

 気配を消して近づいたのか、まったく気づけなかった。流石はレベル7……!!


「んげっ、葵……!?」


 赤松さんが微妙に頬を引きつらせる。


「なんです、んげってまっさん?」

「あー、いやー、その……わはは。んじゃ、俺らそろそろ上がりやから」

「なに、もう上がるんです?」

「せや。今から祥平と風呂行こか言ってたんや。やりすぎはアカンからなぁ、祥平?」

「え? んな約束してましったけ」

「言ってたやろ! ええからはよ行くで」

「でしたっけ? まぁ、いいか。行きますか!」


 その晴れやかな笑顔はどこかわざとらしいようにも見えたけど、さっと立ち上がりぱぱっと帰り支度を済ます赤松さんは、葵さんに異論を許す隙を与えない。


「ほんなら仕方ないか」


 葵さんは次に楓に視線を向ける。


「楓は? 暇やろ?」

「いやー、ぼくも帰ろうとしてたところなんですよ。ちょうど今。いや残念ですけど、ええ」

「え? 楓、今来たばっかじゃ――ふが!?」


 瞬間、楓の手が雷のように閃きガッと俺の口を塞いだ。


「え〜? 何言ってるの萩くん? 萩くんは面白い人だなぁははは」


 そしてもう一方の手をふがふがする俺の肩に置く。


「なんやなんやつまらん奴らやなぁ」


 はぁ、と葵さんは退屈そうにため息をついた。

 そして最後にその紫紺の瞳がふがふがする俺に向けられる。


「んじゃ少年。どや? 時間あったら俺の自主練付き合ってほしいねんけど」

「自主練……ですか?」


 楓に開放された俺が聞き返すと葵さんは、「んー」と顎に手を添えながら答えた。


「まぁ言うても対人の打ち合いやねんけどな」

「対人の打ち合いって……もしかして模擬戦ですか!?」

「せやな。簡単に言うと模擬戦や」


 模擬戦。葵さんと――。


「やります!」


 即答だった。

 考える必要なんかない。

 だってあのミノタウロスを圧倒した葵さんと――レベル7と戦える機会なんてめったにあるもんじゃない。

 むしろこっちからお願いしたいくらいだ。


「なら決まりやな! ほなさっそく行こか。名前はえーと……カーブ!」

「萩です、葵さん!」

「せやったせやった、すまんなシュート」

「いやだから萩ですよ葵さん!」

「細かいこと気にする男やな、ショーは」

「だから萩ですってば!?」



「「「………」」」


 この30分後。葵さんに連られて模擬戦場へと向かっていく俺の背中を、楓や赤松さんが憐れむような目で見ていた理由を知ることになる。

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