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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.19『楓という名のクランメイト』




 突然だが俺は今、異界門(アビス)の前にいる。

 椿姫のホームから葵さん――と呼ばれていた男に連れられやって来たのは、一昨日大阪市内に発生したレベル5の異界門だった。

 門の前には30人近い数のウェイカーが集結していた。

 皆その背には黒字に朱い華の刺繍が施されたクラン服を纏っている。

 クラン〝椿姫〟総勢120人から成る関西を代表する大型クランのひとつである。


「よっこいせ、と……」

 

 俺は背中に背負った大きなリュックを1度地面に降ろして息をついた。

 その際、どすん、と地面が悲鳴を上げた。

 リュックの中身は異界を攻略するウェイカー達の補給品や採掘道具やらが詰められている。

 パンパンに太った見た目を裏切らずリュックはかなり重い。3〜40キロは軽くあるのではなかろうか。能力覚醒の副産物で身体能力が向上しているウェイカーでなければ、リュックを背負って歩くことすらままならないだろう。

 実際、能力に覚醒しているのにも関わらず身体能力が向上されていない俺にとってはかなりの重労働だ。

 そんな俺は心象武装(オクトラム)を薄く熾すことでどうにかこうにか足りない余力を補っている、と。


「なかなか力持じゃないですか、派遣のお兄さん」


 背後から声をかけられ振り向くと、そこにいたのはクランにいたさっきの美男子だ。


「君は……たしかさっきの」

「ぼく板谷 楓って言います。19歳」

「19ってことは1個上ですか。俺、織﨑 萩って言います。18歳」


 そう挨拶すると、板谷と名乗った美男子は何か考えるように視線を左斜め上に向けた。


「18かぁ。んー、どうだろう。ぼく誕生日早いから」

「なるほど。たしかに。俺、今年で19です」

「あ、なら同い年だ」


 おおっ、と思わず歓声を上げてしまう。

 人当たりの良さそうな笑みを浮かべて板谷は言った。


「なんか、嬉しいな。うちには同年代の子いないから」

「へぇ、そうなのか」

「うん。えっと、織﨑くん? はさ」

「萩、でいいよ。タメなんだし」

「わかった、萩くん。ぼくのことも楓でいいよ」


 と言い直してから、板谷もとい楓は改まって先の問を口にする。


「萩くんはレベル、幾つくらいなの?」

「……あー、えっと」


 ウェイカーになってからというもの、この手の問いは初対面でよく聞かれる質問だ。

 別段減るもんじゃないし、相手を知るきっかけにもなる。というのは建前の話。もっと現実味があり簡単な言い方をすると、ウェイカーとして自分と相手との上下関係を決定づけるための挨拶でもある。

 なんてったってウェイカーの格はレベルで決まる。

 レベルが全てのウェイカー業界ではよくある問だ。

 

「0だよ」


 俺は平然と笑顔で答えた。


「え? ……ぜろ?」

「うん、ぜろ。レベル0」


 もう一度、繰り返して答える。


「へぇ……っていやいや。それ一般人じゃない」


 ぽかんとした後、楓はぶんぶんと首を横に振った。

 どうやら信じてもらえていないらしい。

 これもよくある反応だ。いい加減慣れた。


「嘘じゃないよ。俺の心象武装(オクトラム)がイレギュラーらしくて。能力測定器にまったく反応しないんだ」


 そう、あれから何度も能力の再計測を試みたのだが、計測器が変化を示してくれることは1度としてなかった。

 俺のレベルは昔も今も変わらず0のまま。

 ことあるごとに笑いの種にされてきた。

 笑われる程度ならまだいいが、中には嫌がらせをしてくるレベル絶対主義のウェイカーがいるから困ったものだ。

 果たして楓はどちらのウェイカーなのだろう。


「へぇ……、そんなこともあるんだ。初耳」


 楓はいまいち半信半疑といった顔で頷いた。

 なんだか空気が重くなりそうだったので、俺は話題を変えるため周囲に軽く目を配る。


「そう言えば、派遣って俺の他にはいないの?」


 派遣団員と言ってもクラン服は支給されると前もって聞いていた。

 制服を貰う暇もないまま初日から門に直行した俺は別として、荷物の入ったリュックを背負ったウェイカーは数人いたが、その中に制服を着ているウェイカーは1人もいなかった。

 少なくとも俺の視線の範囲の中ではの話だ。

 

「今は……そうだね。茜さんのチームには数人いるけど、ここのチーム内だと萩くんだけかな? 他はバイトの学生さんが数人シフトで入ってるくらいだから」

「そうなんだ」

「そ。派遣ってあんまり人気なくて……」


 そう言ってすぐ、楓は「あ」と気づいて訂正を口にした。


「ごめん! いや、その、派遣が悪いとかそういうつもりで言ったんじゃなくて……」

「大丈夫だよ。わかってて来てるから」


 派遣ウェイカーは人気がない。

 これは紛れもない事実だ。

 まずクランに実力で正規雇用されたウェイカーと違い、期間雇用の派遣ウェイカーはクランにとっていつ辞められてもいい変えの効く人材だ。

 その時点でクラン内での立場は低く、悪くすれば差別やイジメの対象になりかねない。

 ギルドの先輩だった直也さんにも派遣だけはやめておけと口酸っぱく止められた。

 派遣ウェイカーの主な仕事は荷物持ちや掃除といった雑務ばかりを押し付けられ、いいようにこき使われるだけだと。


「じゃあさ、萩くんはなんで派遣に応募したの?」


 おずおずと楓が質問を口にする。

 俺は巨大な灰色の門に視線を向けた。


「自分の目で異界の最前線で戦う一流のウェイカーを見たかったんだ」

「――――」

「でも、レベル0の俺を正規で採用してくれるクランなんてひとつもなかった。大型どころか地方の小型クランでさえね。だから派遣に応募したんだ」


 俺だってできることなら正規でクランに在籍したかった。

 しかしレベル0の存在自体が認知されていない現状、レベルの記載を必要としない派遣ウェイカーになる以外、俺がクランに入れる選択肢は他になかった。

 もっとも、覚醒した俺の能力が回復や治癒といった希少価値の高いサポート能力だったのなら話は変わっていたのかもしれないが。


「それで採用されたクランの中で、大型クランがここだけだったって、それだけの話だよ」


「あ、これは上の人には内緒な?」と付け加えると、楓は「誰にも言わないよ」と笑い返してくれた。

 ちょうどその時、広間に大きな声が響く。


「ほんじゃ準備も整ったみたいやし。ぼちぼち開けるでーお前ら!」


「うぃーす!」

「はい!」

「りょうかーい!」

「しゃ! 待ってました!」


 葵さんの声に門の前に集まったウェイカー達がそれぞれに返事を返す。

 ようやく異界攻略(レイド)が始まるようだ。

 地面に降ろしたリュックを背負い直す俺は興奮している。高レベルのウェイカー達の戦いを身近で見れることが楽しみで仕方ない。

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、隣で胸鎧(アーマー)の止め具を締め直す楓が声をかけてきた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。今回の異界門(アビス)はレベル5だけど、バイトと派遣の人は基本最後尾に配置されてるし、何かあってもぼくが守るから。だから安心して行こう!」


 そう言って鎧をコツンと叩く楓の表情は明るい。


「ありがとう、楓。……でも、迷宮(メイズ)に危険じゃない場所なんてないと思うけどな」

「え?」


 だが、聞き返す楓の言葉は、続いて響いた異界攻略(レイド)開始の合図によって掻き消された。


「ほな、異界攻略(レイド)開始やっ!!」

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