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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第一章 翡翠の目覚め
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Level.1『才能と資質』




 銀色の荒野の上に、ひとりの男が立っていた。


 見渡す限り全てが白銀の世界。

 地も、花も、そして生き物も。

 空を仰げばそこには白銀の空が在る。

 生きとし生ける全てを白く染め尽くさんとばかりに、白銀を積もらせ続ける曇天が広がるばかり。


 凍てつく喉から白い息を吐き出すと、男は再び白銀を踏み締め何処とも知らぬ道を逝く。

 何時からここにいるのか。何時までここにいるのか。果たして男の目指すべき場所は何処なのか。

 時間の感覚は曖昧に。生きているかの定義も(おもむろ)に。

 約束と言う名の後悔だけが、男の足を動かし続けていた。







 滝のように頬を流れる汗――。

 大量の汗でベッちょりと濡れた練習着。その中に着ている吸汗インナーが肌に張り付く感触がなんとも気持ち悪かった。でもこの生温い気持ち悪さが逆に気持ちいいと感じてしまうあたり、俺はとっくにアンダーシャツの虜になっているのだと思う。

 喉はすでにカラカラだ。

 肺がしきりに酸素を求めて喘ぎ、酷使する身体は鉛のように重い。


「和也もっとプレッシャーかけろスリー打たれんぞッ!!」

「うぃっす!!」

「走、左スクリーン!!」

「げっ!? 春也さんスイッチ!!」

「スクリーンもっと腰落とせ旬!」

「さーせん、次気つけますっ!!」


 キュキュッと体育館の床との摩擦で、幾つものバッシュがコート上に絶えず軽快なリズムを奏でる。

 その中に唯一響く革球(ボール)の音色。

 気づけば始め10分に設定してあったストップウォッチの数字は、残り14秒を示している。

 この時間からして、おそらく次が最後の攻防(ラストアタック)

 誰もがそう思った矢先、ポイントガードの青野先輩が動いていた。

 持ち前の速さで守備(ディフェンス)を抜き去り、フェイクを用いて2人目を躱す。

 加速する青野先輩は誰にも止められない。


「「―――」」

 ふと、俺の横を駆け抜ける青野先輩と、一瞬視線が絡み合った。

 次の瞬間には青野先輩は風のように俺の横を通り過ぎていった。

 俺はゆっくりと身体から力を抜いていき、そして足を止めた。

 それに習い、俺についていた守備(マーク)も足を止め、青野先輩の背中を目で追っていた。


「洋介、合わせろ! 青野を止めるぞッ!!」

「了解合わせます!!」


 野太い掛け声とともに、青野先輩の前に立ち塞がる2人の巨漢。

 3年キャプテン身長188cmのセンター鈴木先輩と、2年フォワード身長181cmの洋介だ。

 身長が168cmの小柄な青野先輩と比べると、まるで大人と子ども。


「ははッ、なんだ壁か?」


 しかし、それでも青野先輩は止まらなかった。

 口元に笑みを浮かばせる青野先輩は、ドリブルを止めレイアップに移行した。

 鈴木先輩と洋介、そして青野先輩がほぼ同時に飛ぶ。

 戦いは地上戦から空中戦へと移行する。


「「うをおおおおおおッ!!」」


 鈴木先輩と洋介が吠えた。


「く―――ッ!?」

 3人の雄の身体が空中でぶつかり合い、そして小柄な青野先輩が吹き飛ばされた。

 いくらチームのエース足る青野先輩と言えども、この2人の壁を超えることはできなかった。


「はッ! 焦ったな青野ッ!!」


 ストップウォッチの残り時間は僅か5秒。

 残念ながら、今回ばかりは青野先輩の自殺行為のワンマンプレー。

 終わった、そう、誰もが思ったそのとき。落ちていく青野先輩がボールを左脇に晒した。


「――いや、焦ったのはお前さ大地」

「「な――ッ!?」」


 瞬間、洋介と鈴木先輩の目が大きく見開かれた。否、2人だけではない。マネージャーからベンチ、その場にいる全員の視線が俺に(・・)向けられた。


「あと頼んだわ、(しゅう)


 青野先輩からボールを受け取った(・・・・・)俺は、空中で体勢の変えられない2人をかわし、そのままリングにボールをシュートした。

 大きく弧を描きながら空中を飛ぶボールは、寸分違わずリングの中心へと吸い込まれた。

 パシュッ――。耳を打つ心地良いリングの網の音。

 その余韻に浸る暇もなく、機械音(ブザー)が鳴った。



「おつかれさまでーす!」

「飲みもんくれ飲みもん!」

「熱っち〜、汗やっば……」

「さっきの速攻よかったな、走!」

「あざっす。春也さんこそナイスカバー助かりました!」

「旬、お前のかかしスクリーンどうにかなんねぇのか? あんなんじゃ県大で通じねぇぞ?」

「でも悠志さん俺に止められてたじゃないっすか……」

「あ? 今なんか言ったか?」

「いや気のせいじゃないっすか?」

「試合までの課題だな」

「そんなぁ……」


 5on5実戦形式の試合終了後、俺達はマネージャーの用意してくれたポカリスエットを順に回し飲みする。

 回し飲みと言っても直接口はつけずに口を大きく開けて口内に注ぎ飲む、というのが俺達バスケスタイル。でもって飲む順番は先輩から、というのが暗黙の掟だった。


「最後のよく合わせられたな、萩!」


 ほれポカリ、と青野先輩からポカリの容器を受け取った。

「萩だけにナイッシューってか? ははっ」といういつもの冗談にはあえてスルー。


「ありがとうございます。あれが試合でも出せるといいんですけどね」


 言いながら、俺は受け取ったポカリをゴクゴク喉に流し込んだ。

 普段はあまり美味しく感じないのに、汗をかいた後のポカリは格別だ。大人達にとってのビール的な。もはやポカリを補充するために汗をかいていると言っても過言ではない。


「なーに弱気なこと言ってんだ次期エース? 出せるといいですじゃなくて、出しますくらい言ってみせろ!」


 トン、と軽く肩を小突かれた。

 俺は首を横に振る。


「いやいやいや、青野先輩試合だったら凸ってたじゃないですかさっきの絶対!」


 そう言うと青野先輩は首を傾け、


「……ん、いやー、まぁ、あーうん。そんときゃそんときだろ!」

「えぇ、なんですかそれ……!?」


 なんて会話を交わしているところに「おつかれ萩、アクエリ飲むか?」と鈴木先輩が近づいてきた。

 せっかくの先輩からの好意を無下にするのも悪いが、水分補給は先ほどしたばかり。


「や、さっき青野先輩からポカリもらったんで大丈夫です」


 俺は軽く首を横に振って鈴木先輩の差し出してきたアクエリアスを断った。


「なんだ、そうか」

「へっ、残念だったな大地。萩はポカリ派だ」なんてことを青野先輩が口にするもんだから、

「なんだ敵か」

「えぇ……っ!?」


 急に向けられる鋭い眼差しに俺は1歩後ずさった。

 迫力というか威圧感というか、そういう類の何かが鈴木先輩から滲み出ている。

 まさか自分が強面顔だということを自覚していないのだろうかこの人は!?

 そんな一抹の不安が俺の脳裏を過ぎりかけたまさにそのとき。

 ―――パシュッと、耳心地いい網の音が俺達3人の耳朶に触れた。


「「「―――!!」」」

 俺はハッとなり顔をそちらに向ける。

 視線の先では(だん)バスコートと向かい合わせに隣接してあるバスケットコートで、(じょ)バスが実戦形式の練習試合をしている最中だった。


「ナイッシュー! 結唯(ゆい)!!」

倉咲(くらさき)先輩ナイッシューです!!」


 今さっき3ポイントシュートを決めて見せた結唯先輩に、女バスのベンチから黄色い声援が飛び交っている。

 綺麗な枯茶色の髪をショートに切りそろえ、練習着からは雪のように白い肌が覗く。

 彼女の名前は倉咲 結唯。3年生エース。ポジションはフォワードで、背番号は7番。

 スラッとしたスタイルに併せ持つ抜群の美貌から、男女共に結唯先輩のファンは数知れない。試合の際には他校のバスケ部が結唯先輩をひと目見るため集まってきたりするほどだ。

 そして見た目の美しさに負けず劣らず結唯先輩のプレイは一流だった。


「気合入ってんなぁ女バスも」

「俺達3年にとっては最後のインハイだからな」


 そう、5月26日に開催されるインター杯が青野先輩達3年生にとって最後の公式試合だ。

 その試合をもって3年生は引退し、そのバトンを次の世代へと託す。部活に区切りをつけ、生徒を学業に専念させるというのが春ヶ丘東桜高等学校のしきたりである。

 だからこそ次のインター杯は絶対に負けられないんだ。


「よっしゃ俺達も負けてらんねぇ! 倉咲の尻ばっか見てんな萩、1on1するぞ!」

「そ、そんなに見てないじゃないですか尻はッ!?」

「否定はしないんだな?」


 鈴木先輩の冷静なツッコミに聞こえない振りをして、俺はコートに駆け出した。


「……」

 その背中を、結唯先輩が横目で追っていたとも知らずに。







『――それでは続いてのニュースです』


「ふが?」


 部活が終わり、家に帰って晩飯を食べていた俺は、テレビから聞こえてくるニュース番組にふと顔を上げた。


『一昨日未明、春ヶ千歳公園に出現した異界門(アビス)の攻略がいよいよ明日行われます。

 ギルドが測定した異界門(アビス)のレベルは6となっており、これは春ヶ丘市に出現した異界の中でも過去最大級の危険レベルとなります。

 ですがご安心ください。明日行われる異界攻略(レイド)を担当するのは関東最大級の大型クラン〝炎獅子(グレイオン)〟となっており、異界門(アビス)レベル的にも心配は………』


「ん?」

 聞き覚えのあるクラン名を聞き、俺は一緒に晩飯を食べている妹の凛夏の方に顔を向ける。


「炎獅子ってたしか、凛とこのクランだよな?」

「そだよ」


 口の中にご飯が入っているのか、もぐもぐしながら凛夏はそう応えた。


「ってことは明日の異界攻略(レイド)、凛も参加するのか?」

「そだよ」ごくんっ「ってか、あたし昨日お兄に言ったじゃん」


 赤茶色の髪の隙間から、不機嫌そうな瞳が俺を捉える。

 織﨑(しきざき) 凛夏(りんか) 16歳。1つ下の俺の妹だ。

 表向きは市内の通信高校に通う極々一般の女子高生。だがその裏の顔はというと、日本が誇る大型クラン〝炎獅子〟に所属する『ウェイカー』の1人なのである!!

(※実際は公のウェイカーリストに堂々と記載済み)


「んー、聞いたような、聞かなかったような」


 そう言えばそんなことを聞いたような気がしないでもない。ぶっちゃけインハイが近く、部活の練習が忙しいため聞き逃してしまったという可能性が濃厚だというかたぶんそれ以外に考えられない。


「何回言わせんの。しっかりしてよ」

「ごめんて、凛」


 付け足すと、絶賛思春期真っ只中である。


『……ただいま現地と中継が繋がっております。リポーターの酒井さーん!』


 ニュースキャスターの音声に合わせ、テレビ画面の映像が切り替わる。


『はーい、酒井です! えー、ぼくは今、春ヶ千歳公園に出現した異界門(アビス)目の前に来ています!』


 工事現場でよく見かける白いヘルメットを着用した中年の男性リポーターが、何やら興奮気味に熱弁を語っている。

 そのリポーターが右手を向ける先、市内のど真ん中に不自然と置かれた大門の映像が映っている。異界門(アビス)だ。


『見てください! 見えますでしょうか!? この巨大な異界門(アビス)がっ!!』


 映像なので詳細はわからないが、画面内の人や建造物と比較した感じ門の大きさは横4〜5メートル、縦8〜10メートル程度といったところだろう

 一般的な人間が潜るにしては大きすぎるし、設計者が寸法を間違えたにしても限度がある。


 門は黒曜石のような黒い材質で構成され、その黒門の縁を囲うようにして巨大な岩石ブロックが積み重ねられてできている。

 そして更にその巨大な門を封じるかのように、何本もの太い鎖が門全体を雁字搦めに拘束している。


 まるで誰かがイタズラに設置したのかのようなその門こそが、迷宮(メイズ)へと繋がる異界門(アビス)なのだ。


「にしてもでかいな、今回の門は」

「そりゃレベル7だし」

「レベルと門の大きさはイコールじゃねぇぞ? 凛夏」

「それくらいあたしだって知ってるし」


 自らの長い髪の毛先を指でイジる凛夏を見ながら、机を挟んで対面に座る父さんが顎髭をさすりながらにやりと笑った。

 織﨑 廉斗(れんと) 41歳。こう見えて父さんも昔は腕利きのウェイカーだったらしい(本人談)。


「どうだかな? ついこの間まで〝異界門主(ゲート・キーパー)〟のこと〝ゴールキーパー〟って勘違いしてたのに」

「ぷっ」

「お兄今笑ったっしょ!?」


 キッ、と目を光らせた凛夏が俺を軽く睨む。

 俺は瞬時に知らんぷりを決め込もうとするも、


「いや、笑ってな――ぷふっ」


 ダメだった。


「ほら! またぷって! ぷって笑った!」


「はっはっはっは! サッカーやってんじゃねんだからよぉ、なんだゴールキーパーって。た、頼むから笑わせんな凛夏!」


 腹を抱えて笑い転げる父さんに「恥ずかしいからもうやめてってお父さん! てかお兄には言わないって約束じゃん!」と、耳まで顔を赤くした凛夏が声を上げる。


 母さんに似て天然が入っているからといっても、言い間違え方が可愛いすぎやしないだろうか。


『危険ですので下がってくださーい!!』

『自衛隊です。報道陣の方すみません、ウェイカーの方が通ります道を開けてください!』

『そこ前出過ぎ! 下がって下がって!!』


 俺達が凛夏をかまっている間にも、多くの報道陣や野次馬達。その後ろには警官が立入禁止の規制テープを敷き、テープの後ろでは銃を構えた自衛隊員らが異界門の守護を徹底している。


 そして最前線にいるのは、背に獅子の描かれた制服を着用したウェイカー達だ。

 自衛隊員とウェイカー達との境が、俺の目にはまるで境界線のように見えた。

 力ある者とそうでない者。選ばれた者と選ばれなかった者との明確な線引き――。


「―――」

 やめよう。もう、何度も諦めたことだ。

 テレビ画面から視線を外し、思考をフラットにするため俺は大皿に乗っている唐揚げを箸で突き刺し、ぱくりと口にする。


「ああっ!? それあたしが残しといたやつ!?」

「え、そうだったのか? 悪い。1個だけ残してあったからつい」

「"つい"じゃないし! どうしてくれんのあたしの唐揚げ!!」

「食いかけで良かったら半分残ってるけど」

「お兄の食いかけなんて食べれるわけないじゃん!」


 頭を抱えて「ぬあー!」と悲鳴を上げる凛夏。

 その間も変わらずお喋りなリポーターが熱弁を語っていて、相変わらず黒門も静寂を称えていて――。


「……?」

 ふと、門を拘束する鎖の1本が微かに震えたように見えた。

 画質の荒れ、はたまた目の錯覚だろうか。

 たぶん俺の勘違いだろうと画面から目を離そうとしたそのときだった。


『ゴォン、ゴゴゴォ――ンッ』と。

 突然、鉄を殴るかのような鈍い重低音がテレビのスピーカーを通して茶の間に響いた。


 弾かれるようにして視線を画面の中に戻した俺が目にしたのは、一瞬前と打って変わって静寂に包まれる画面上の光景だった。


 先程まで騒ぎ立てていた野次馬達は借子のように押し黙り、警官や自衛隊員らが鋭く息を呑む。

 彼らが見つめるその先で、沈黙を保っていた門が揺れている。


 誰もが唖然とし緊張を走らせる中。数秒の時を開け再び門が激しく震えた。同時に門を縛る鎖もまたはち切れんばかりに引き締まり、そして――。

 限界を迎えた鎖が引き千切れる。


「――――」

 己を禁じる枷を失った門がゆっくりと開き、門の内側――その深淵から無骨で巨大な指が現れる。




『――グガアアアアアアアアアルルルルッ!!!』





 悍ましく野太い雄叫びが上がった。


 門の中から姿を見せたソレは、()に見えた。

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