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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第二章 椿姫
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Level.18『関西大型クラン〝椿姫〟』




 現在俺は大阪にいる。

 片手にはスマホの地図を。そしてもう一方の手にはたこ焼きを。

 焼き立てホカホカのたこ焼きをひとつ摘んで口の中に放ると、たこ焼きの熱が口内に伝わると一緒に奥深いソースの味が口の中全体に広がっていく。


「あっつあっつ。やっぱ本場は違うよな。なんというかコクが違うよな」


 とかなんとか言いつつも、正直なところ俺の貧乏舌では祭りで売っているたこ焼きと味の差異はわからない。でもこういうのはどこで食べたのか、雰囲気が重要なのだ。


 流石は大阪だなとかなんとか独り言を呟きながら、俺は地図の通りに市内を進む。

 もちろん観光に来たわけじゃないし、ましてやたこ焼きを食べるためにわざわざ大阪まで来たわけでもない。ちゃんとした仕事だ。

 向かっているのは大阪市内にある、とあるウェイカークラン。

 異界(アビス)攻略数で決まる全国クランランキングでTop10入りを果たしている大型ウェイカークラン〝椿姫〟こそ、何を隠そう俺の新たな就職先である。


 この2年間、俺は学生をしながらギルドウェイカーとして働く片手間、毎日のようにウェイカーの求人募集にも目を光らせてきた。


 ウェイカー求人というのはクランが出している正規雇用のウェイカー募集のことで、全国各地のクランからギルドに求人が寄せ集められている。

 求人表を手に取り目を通してみると、心象武装(オクトラム)の形態や能力なんかが選考基準として設けられており、その中でもレベルは最も重要視される考査項目のひとつとなっている。


 レベルをスマホやパソコン機種のVer.(バージョン)に喩えて考えてみると、Ver.が1古いか新しいかで通信速度や画質、操作性などのスペックが違ってくる。

 それと同様のことが能力者にも言えるのだ。

 レベル6のウェイカーで喩えるならば、戦力的にはレベル5が2人分。レベル4が5人分。レベルが3つ離れてしまうと基礎身体能力に絶対的にして圧倒的な差が生じてしまうため、レベル3以下だと束になっても敵わない。

 レベルとは言わば可視化した強さの基準だ。

 特殊な心象武装の能力か優れた戦闘技術でもない限り、レベル差で開いた基礎身体能力をカバーするのは難しい。いやこれが本当に難しい。


 レベルという制度と概念を作ってしまったせいで、ウェイカー達は良くも悪くも相手をレベルで判断する傾向にある。困ったものだ。


 高レベルなら高レベルのウェイカーであるほど即戦力として異界攻略(レイド)での活躍が期待され、逆に低レベルのウェイカーは面接どころか求人に応募する資格すら与えてはもらえない。


 ウェイカー業界も世知辛い世の中なのだ、とかなんとかボヤきながらたこ焼きをまたひとつ口に放る。


 稀に将来性を見出(みいだ)され、低レベルのウェイカーが大型クランに採用されるというケースもあるが、そこは面接官との運も相まってくる。

 その稀なケースで〝炎獅子〟にうちの妹が採用されたという事実はさておき、ウェイカーにとってレベルとは経歴(キャリア)や実力そのものだと言っても過言ではない。


 レベル絶対主義とまでは言わずにせよ、実力主義であるウェイカー業界では年功序列よりも高レベルのウェイカーのほうが偉いという立場にあるのは紛れもない事実なのである。


 まぁ、高レベルのウェイカーのほうが契約金も高いし、なによりLv.5を超えたウェイカーには畏敬と尊敬の念を込めて『2つ名』、つまるところのアンダーネームが与えられる。

 俺もいつかは格好いい2つ名をつけてもらえることを密かに夢見る今日この頃。


「ん? あれ、異界攻略(レイド)かな?」


 道頓堀の近くを歩いていると、道路に交通規制が敷いてあり、かなりの人だかりができていた。

 警察官や自衛隊。ウェイカーと思しき人影もぽつぽつと見受けられる。

 その奥にはやはり大きな門がひとつ、道の真ん中に佇んでいる。異界門(アビス)だ。


「レベル4……いや5かな?」


 適当に当たりをつけながら、ついいつもの癖で門に近づこうとして、あと一歩のところで思い止まった。

 集まっているウェイカー達の服装が見えたからだ。


 彼らは揃って黒地に紅い華の刺繍がされた上着を身に着けている。あれはクランの制服だ。ということはこの異界の攻略権は彼らのクランにある。

 部外者である俺は参加できない。

 そもそも彼らは俺なんかよりも高レベルのウェイカー達だろうし、俺が行っても返って邪魔になるだけだ。

 俺は足を止めずに門を通り去過ぎた。

 それからしばらく道をぐねぐねと歩いた後、


「んでここを曲がった先に見えるのが――」


 道角を左折した先。祇園通りを連想させる一帯の中心には、西洋ブリュッセルの建物を想起し彷彿とさせるファンタジー溢れるギルドハウス! ……ではなく、京都の外観を損ねない木造の建築物がそこにはあった。


「ここで合ってるはず、……だよな? たぶん」


 アプリの地図データでは間違いなくここ。

 周囲を軽く見回してみるも、他にそれっぽい建物は見当たらない。巨大高層ビルとか。中世の城とか。そういうものは一切見当たらない。

 

「とりあえず、うん。入ってみればわかるか」


 考えていても拉致が開かないし、違っていたら違っていたらでそれでいい。いや良くないけど。

 もっとこう豪華で豪快で豪勢なクランホームを想像していたので、少しだけ、ほんの少しだけ残念ではある。

 まさか椿姫違いなのでは? という一抹の不安と期待に駆られながら、建物の戸に手をかけようとした、まさにその時だった。

 

「おっ、と……!」


 ガラガラと軽快な音を響かせ入り口の戸が開く。この見るからに普通そうな開き戸が最新鋭の自動扉もとい自動戸なわけはなく、開いた戸の向こうにはちゃんと男が立っていた。

 こちらの存在に気づき、男が言う。


「ん? なんや少年、うちになんか用か?」


 黒髪マッシュヘアーの塩顔。顔つきから見て歳は20代前半だろうか。

 男の身長は俺より低く170cm前後と小柄だ。ぱっと見中高生かと思ったというのはここだけの話。

 服装は襟元の開いた黒いシャツの上からカーディガンタイプの黒い着物を羽織っている。

 一見してインパクトの強そうな人物ではない、が――。

 男の笑顔の隙間に潜む、その紫紺の瞳。

 見られているな、と思いながらも俺は口を開く。


「あの、ここってクラン椿姫のホームで合ってますか?」


 能力に覚醒した影響なのか、俺は以前よりも他人の視線に対して敏感になった節がある。

 心象武装(オクトラム)が向けられる悪意を俺に教えてくれる。

 そして今感じる視線の正体は、敵意や悪意といった類のものではなく、単純に値踏みされているような、観察されているような視線だ。


「せやけど。君、どこの誰君や?」


 さらっと肯定された。

 やはりここはクラン椿姫のホームで合っていたらしい。ということは椿姫のホームから出てきたこの男も十中八九椿姫のクランメンバーだろう。


「あ。俺、派遣で採用された織﨑 萩です。栃木ウェイカーギルド、春ヶ丘支部から来ました。1年間お世話になります!」


「あー、君あれか! 新しい派遣の子か! 今日やったか忘れとったわ」


 忘れていたことを隠す気もなくさらっとカミングアウトされた。

 これは俺の偏見かもしれないが、思ったことをはっきり口に出せるところがなんとも大阪人らしい。

 卑下するつもりはないし、むしろ見習いたい。


「俺ら今から異界攻略(レイド)やねんけど、茜さんも今さっき道頓堀の異界攻略(レイド)行ってもうたばっかやしどないしよな」

「道頓堀って、もしかしてさっきの……」

「お、なんや。茜さんとすれ違っとったんか君」


 思えば道頓堀に集まっていたウェイカー達も目の前の男と同じようなクランの制服を身に着けていた。


「葵さーん、何やってるんですか。早く行かないとまたギルドに怒られちゃいますよ?」


 すると小柄な男の後ろから、更に小柄な美男子がひょいっと顔を出した。

 男とも女とも見間違えるような綺麗な顔立ちに、アルト音域の声音。黄葉(こうよう)色の前髪の隙間からは落ち着いた薄緑色の瞳が覗く。


「そない何度も言わんくともわかっとるて楓。ちょい待ち」

「あ、お客さんですか?」

「新入りや。派遣のな」

「あー……派遣の」

「ま、ちょうどええか」


 葵は少し考えた後、含みのある笑顔で言った。


「早速で悪いんやけど、仕事や少年」

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