Level.14『レベルゼロ』
莉緒の身体を包んだのは漆黒の衣だ。
首元から足先まで。体全体をベールが覆うようにして漆黒が衣服の形を帯びる。
これが莉緒の心象武装。莉緒の心の形。
漆黒の闘衣を纏った莉緒の金髪がなびく。
また、同時に佑樹のときと同じく魔石が淡い水色の光を放ち、床の紋様のひとつも同様の変化をみせた。
「レベル1《物質形態》ですね」
紡木はそう言うと、手元のタブレットに莉緒の情報を記載する。
物質形態というのは、心の形を物質化する類の心象武装のことだ。剣や盾以外に衣服も物質形態の部類に入るのか。
「なんだよ。ロリオのことだからもっとゴっツい斧とかバカでっかい剣とか想像してたんだけどな」
「ちょっとあんたあたしを何だと思ってるわけ?」
「金髪ツンデレロリオに決まってんじゃん?」
「なに勝手に決めてんのよ!? ていうかロリオ言うなバカウッキー! こう見えて繊細なのよあたしは。あんたと違ってね」
「……ああ、なるほど。たしかにそりゃ繊細にもなるわな」
佑樹は莉緒の薄い胸元を見て苦笑する。
それに気づいた途端、莉緒の目の色が変わった。
「は――? ちょっと今どこ見て言った?」
「いやべつに」
佑樹はそう言ってはぐらかしたが、本人も気にしているのか胸の話題は莉緒にとっての地雷だったようで。
「莉緒さんの心象形態は身体武装タイプの物質形態ですね。この手の心象武装は固有能力が身体能力強化になる傾向がありますがどうですか?」
「そうね。なんとなく身体が軽くなった気がするわ。今ならデコピンで簡単にウッキーの鼻を砕けそう。試してみてもいいかしら?」
手をぐっぱぐっぱしながら横目で佑樹を捉える莉緒の目は本気だ。
「鼻が取れるで済めばむしろいい方だと思うんだけど、萩はどう思う?」
「大丈夫、骨は拾ってやるから」
俺は佑樹の肩をぽんと叩いた。
「心象武装の能力名は決まっていますか?」
紡木が聞くと、莉緒は前もって決めていたのかどや顔で胸を張る。
「〝戦闘鎧〟なんてのはどうよ?」
たしかに見るからに戦闘服といった見た目の莉緒の心象武装にはピッタリな名前ではあった。
シンプルゆえに語呂もいい。
本人も、どうよ? と自信気に鼻を高くしている。
しかし紡木は申し訳なさそうに首を横に振った。
「すみません。戦闘鎧は既に登録されているので使用できません……」
「な、なんですってっ!?」
だろうな、とは思ったが口には出さなかった。
能力者は全世界に何十万人といるのだから、語呂の良さそうな名前はほとんど早いうちに完売されているだろう。
「戦闘黒衣は!?」
「ダークドレスも残念ながら該当者がいます」
「子供服とかでいんじゃね?」
「――黙ってなさいウッキー殺すわよ」
うぬぬ〜、と莉緒が唸るように思考する。
「今すぐでなくても大丈夫ですよ。あとからでも……」
口を出そうとした紡木の声を遮り、莉緒がハッと思いついたように口を開いた。
「漆黒闘衣ならどう!?」
「漆黒闘衣は……」
と紡木がタブレットで能力名を検索する。
「……はい、現時点での登録者はいませんので問題ありません」
「なら決まりね!」
とりあえず能力名が決まったことにほっと息をつく莉緒。
だが彼女は気づいていない。現時点での登録者はいないということは、以前はいたということだ。つまり前登録者は何らかの理由で死んでいる。
能力を解除した莉緒が堂々とした足取りで俺達の元まで戻ってきた。
「では次の方」
紡木が言う。
「次あんたの番よ、萩」
「ほれ行ってこいって萩」
莉緒と佑樹に推薦され、俺は前へ出た。
「お名前と生年月日を確認します」
「織﨑 萩です。生年月日は2005年11月23日」
「はい、確認しました。それでは測定陣の中央まで進み、心象武装を発動してください」
紡木の言葉に従い、俺は測定陣の内側まで入る。
足元には九角形に似た幾何学紋様。
目の前には浮遊する魔石。
大きく息を吸い、限界まで吐き出した。
集中しろ。
イメージしろ。
翡翠の炎を。
燃え滾る焔を。
「おぉ……っ!」
「……!」
背後から佑樹の驚いたような声が聞こえた。
その隣で莉緒が軽く息を飲む。
足元から翡翠の焔が立ち昇り、たちまち俺の身体は炎に包まれた。
これが俺の心象武装。
自覚はないが、この炎こそが俺の心の形らしい。
「これは……」
紡木は目を見張った。
「おかしい、ですね。能力測定器が反応していません……」
言われてみると、たしかに佑樹や莉緒のときと違って魔石も九角形の紋様も俺の能力に対して反応を示していない。
「どういうこと?」
「萩の能力、ちゃんと発動してるよな」
「はい。だからおかしいんです。こんなことは今まで一度も……」
すなわちそれは前例がないということだ。
紡木は無反応の魔石と紋様とを交互に見比べる。
それから俺の炎を見据え、
「上に確認を取りますので、少々お待ちください」
整った眉根を寄せて紡木はそう言った。
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「んで、どうしたと?」
しばらく経って現れた薄羽が、開口一番隠す気もなく面倒くさそうな顔でそう言った。
「薄羽課長それがですね。この少年、能力は発動しているのですが、なぜか魔石が反応せず……」
「なんだそりゃ。魔石が反応しねぇってまさか史上3人目のレベル10でもあるまいし」
紡木の報告に薄羽がぼりぼりと頭を掻きむしる。
まさかこの男がウェイカー協会ギルド本部の課長だと、いったい誰が予想できたか。
俺は薄羽に視線で促されるまま、再び測定陣の中に入り心象武装を発動した。
結果は変わらず魔石は反応を示さない。
「……特筆形態か」
薄羽は目を細めてぼやいた。それから俺と入れ替わるように、今度は薄羽が測定陣の内側に入る。
「出てこい、影狼」
薄羽が一言発すと、彼の影の中から一匹の大狼が現れた。
黒い毛並みと獰猛な金色の瞳。
体長は2メートルほどで、口元からは鋭い八重歯が2本はみ出している。
言わずもがなソレは野生の狼などではない。
狼は人の影の中に潜ったりできないしそもそも大きさが規格外だ。
間違いない。これが薄羽の心象武装だ。
「……幻想形態」
紡木の説明にもあった、動植物や幻獣の類を創り出す形態。
直後。薄羽の心象武装に魔石が反応し、燃えるような赤い光を放つ。床の紋様も赤く発光し、九角形のうち7つが光を灯した。
発光する紋様の数からしてレベル7だろうか。
安直な考えだが、たぶん間違っていない。
薄羽はレベル7の高レベル能力者なのだ。
「……?」
ふと狼の金色の瞳と目があった。
やけに落ち着いていて、瞳の奥からは不思議と知性を感じさせる。
呼吸をしている証拠に胸が上下し、首裏を足で掻く自然な仕草は本物の狼そのものだ。
これが紛い物だと言われても、あまり実感が沸かない。
「測定器に異常はなし、と」
測定器が正常だということを確認し終えた薄羽が、やれやれといった感じに中から出てくる。
その後ろに狼も続く。
隣で莉緒が狼を撫でたそうにそわそわしている。
薄羽は俺を指差し、言う。
「測定器に異常がないってことは、お前が異常なんだ。こういうことがあるから特筆形態は嫌いなんだよなぁ」
「いや嫌いとか言われても……」
「俺の仕事を増やすなまったく」
理不尽だ、と俺が言葉を発する直前、紡木が薄羽に微笑みかける。
「心象武装の説明を私に丸投げした口でよく言えますね薄羽課長。さすがです」
「うぐっ」
自覚があるのだろう薄羽は頬を引きつらせた。
薄羽に注がれる紡木の視線はどこまでも優しく淡々としている。逆にそれが怖い。常日ごろからこういう出来事が頻繁にありそうな雰囲気をこの場にいる誰もが悟った。
おっほん、と薄羽はわざとらしく咳払いを挟み、俺に向かって片手を上げてみせる。
「おい、アリアの小僧。能力を使わず殴ってみろ。加減はしなくていい」
薄羽の思考が俺には読めない。しかし薄羽には何らかの考えがあって言っているのだろう。なにせ課長だし。
深く考えず、俺は薄羽に言われるまま手のひら目がけて右拳を叩きつけた。
パンッ! と乾いた音が周囲に響く。
全力で殴った割に、薄羽の手はピクリとも後ろに下がらなかった。逆に殴った俺の拳のほうが痛い。
「これで全力か?」
「本気で殴ったつもりですけど」
「手加減してねぇんだな」
「はい」
俺に殴られた手のひらに視線を落としながら、薄羽は呟く。
「……おかしいな」
薄羽は何度も手の感触を確認し、首をひねった。
「レベルが反映されてねぇぞ、お前」
「レベルが、……反映されてない?」
「ああ、そうだ」
薄羽は頷いた。
「能力者になるとレベルに伴い基礎身体能力が強化されるって話は……あー、したっけか?」
「私がしました」
「ああ、そうか……すまん」
「いいえ」
にこやかに微笑む紡木。
薄羽は紡木の視線から逃げるように顔を背けた。
「美人な紡木お姉さんがご丁寧に説明してくれた通り、能力に覚醒すると身体能力が強化される。統計的にレベル1だと常人の1.5倍くらいに増幅されるわけなんだが……今の感じからしてお前は身体能力が常人のそれと変わらねぇ。いったいどういうわけだ?」
「いや俺に聞かれても……」
というより、逆にこっちが聞きたい。
俺はついこないだ能力者になったばかりで、能力のことも心象武装のこともついさっき知識を得たばかりなのだ。その道のプロがわからないことを、素人の俺がわかるはずがない。
だから俺が悪いみたいにため息をつくのをやめてほしい。
「これだからイレギュラーの多い特筆形態は嫌いなんだよ」
いつの間にか狼と戯れている莉緒を横目に、薄羽は軽くため息をついた。
「どうしますか薄羽課長?」
紡木の質問に、薄羽はどうもこうもねぇだろと応じる。
「能力レベルは世界共通で測定器を基準にしてる。俺らの裁量で勝手に決めていい問題じゃねぇよ」
「では?」
「お前、織﨑 萩だっけ?」
薄羽は俺を見据えた。
まるで苦手な食べ物を前にしたときの目で。
さらりと結論を告げた。
「お前のレベルは『0』だ」
「レベル、ゼロ……?」
俺は薄羽の言葉を復唱した。
1でも2でもなく、ただの0。レベル0。
聞き間違いでなければ、それって一般人と同じってことだよな?
薄羽は頷いた。
うん。つまり、そういうことらしい。
そういうことにしときたいらしい。
まさか時間がかかりそうで面倒くさいから、適当にレベル0にしたとか。
まさかだよな。うん、まさかだよ。
まさかだとは思うけれど、薄羽のことだからありえそうで怖い。
何はともあれ、俺のレベルは0として紡木のタブレットに記録されたのだった。




