Level.12『能力者講習会』
教卓横の扉が開き、何やら荷物を脇に抱えた男が講義室に入ってきた。
無精髭を生え散らかし、ボサボサの黒髪とよれてシワのついたスーツ。清潔感の欠片もない見た目から男は40代後半に見える。
男はふぁ〜と眠たそうに大きな欠伸をした。
なんか見るからにやる気がない。
男は教卓の前に立つと抱えていた荷物を机の上に置き、左腕の腕時計に目を走らせた。
それから受講室の大時計を垣間見る。
「えー、時間となりましたんで。これより能力者講習会を始めたいと思いやす。有給使ってサボってくれやがった倉本の代わりに本日の講習は俺、薄羽が担当することになったんで、まぁよろしく」
男――薄羽は遅刻のことには一切触れず、適当に自己紹介を終わらせた。
「なにが時間となりましたんで、よ。30分も遅刻してるじゃない」
隣に座る莉緒はご立腹の様子だ。
薄羽は気にせず再び欠伸をひとつ。
「んじゃぼちぼち始めましょーかね」
ぼりぼり頭を掻きむしりながら、薄羽はざっと俺達の顔ぶれを見渡した。
「ここではこのたび残念ながら能力者になっちまったお前らもとい貴方様方に最低限の法律と能力に関する説明をしていく――わけだが」
「なぁ今あの人お前らって言わなかった?」
「ああ、うん。残念ながらって言ってた」
「何様よ。遅刻してきたくせに」
薄羽は抱えてきた荷物の中から30冊近い資料を手に取ると、一冊ずつ受講者に渡して歩く。
「今から資料を配る。資料ってか冊子? ま、どっちでもいいか。んでその冊子に細かい法律やら注意事項やらが全部書いてあるから、それ見て自分たちで覚えてくれ」
「それを講義するのがあなたの仕事じゃないの?」
資料を受け取った莉緒が冷たく指摘すると、薄羽は面倒くさそうに返答する。
「だから冊子に全部書いてあるって。書いてあることいちいち復唱したとこでこの時間だけで覚えられるわけがねぇ。時間の無駄だって言ってんの。上にもさ」
「……上にも?」
ここで言う上とは何か。決まっている。
十中八九ウェイカー協会ギルドの上役のことだ。
「まー、大事なとこは全部俺がマーカー印刷しといたから。とりあえずそこだけ目通しときゃいい」
資料を受け取り中身をペラペラめくってみると、薄羽の言うとおり資料の文中には赤マーカーがいくつも引かれてあった。
「俺がマーカー印刷しといたって言った? マーカー印刷してある、じゃなくて?」
佑樹が尋ねると薄羽は「いいか、学生」と話し始める。
「社会人になると、だ。配られた資料をどれだけ有効活用し、効率的により有意義な結果を生み出す技術が求められる。そのためには自分達の頭で情報や現状を把握し理解し咀嚼し行動する必要性があるわけだ。以上」
「え、それだけ?」
「だから自分たちの頭で考えろって言ったろ」
佑樹にそう告げると、資料を配り終えた薄羽は教卓に戻った。
俺は薄羽が言いたいことは何かを考えてみる。
まず薄羽が直々にマーカー印刷を施したということは、元々資料にはチェックがついていなかったということだ。
資料の中身を見てみると、やはり文中の中でも重要な点ばかりにチェックがついている。
それをわざわざ薄羽が前もってやってきた意味と意図との両方を考え、薄羽が俺達に伝えたいことの本意を読み取ると、こうなる。
『この少ない時間じゃ説明全部を覚えることはできないから大事なところにはチェックをつけてきた。帰ってから目を通せ』
説明という無駄な時間を省略し時間を短縮することが薄羽の狙い。
つまり――。
「楽をするため?」
教卓の薄羽が「正解だ」とせせら笑う。
「人間が井戸を作ったのは川に水をくみに行くのが億劫だったからだ。歩くのが面倒だったから車を作り、手紙を書く手間をなくすために電話を発明した。発展するそのどれもが人々に時間と堕落を与え、自らが楽をする為に開発されてきた代物だ」
「資料にマーカーを引いたのも?」
「そう、それは俺が楽をするためだ。長ったらしくつまらねぇ話をしたところで、どうせ寝るやつが出てくる。ふざけんなって。つまんねぇ話してるこっちの身にもなれってんだ」
薄羽はやれやれと言った風に肩を萎め、
「だったらつまらねぇ話なんかやめて、そのぶんツマる話をしようぜってこと。楽して余った時間でな?」
ニヤリと口の端を上げてみせた。
その後小声で「まぁ、時間も押してるし」と呟いたような気がしたが、たぶん俺の気のせいではないだろう。
「てーことで能力に関する説明に移る。異界門ってのは何か、もちろん知ってるよな?」
「迷宮へと繋がる門のことでしょ?」
薄羽の質問に莉緒が答える。
「正解だ。門の中にゃ迷宮と呼ばれる平行世界が広がっている。その世界に住む住人こそが【モンスター】と呼ばれる生命体だ」
「……」
俺は口内のつばを飲み込んだ。
黒い瞳と緑黄の体躯。瞼を閉じれば思い出す。
体育館に出現した異界から現れたあの巨大なカマキリもモンスターの一種なのだ。
「そもそもモンスターとは何なのか? 諸説ある。昆虫や動物が突然変異または進化したモノとも言われているし、宇宙人や地球外知的生命体なんて考察をしている専門家もいる。或いは神の御使いとか生物兵器とかな? だが本当のことは何ひとつわかっちゃいない。
門はなぜ出現するのか?
迷宮とはどこにある場所なのか?
そして奴らモンスターの目的は何なのか?
わかっているのはモンスターが人類を脅かす存在であることには違いないという点。それともうひとつ――」
薄羽はさらに続ける。
「人類が初めて能力に覚醒したのは今からおよそ60年前。これは門の発生時期と被る。つまり異界門やモンスターが俺達の世界に発生した影響で人類は能力に覚醒したと言っても過言じゃないってことさ」
「「―――」」
ごくり。講義室のどこかで誰かが息を呑む音が聞こえた。
気づけば講義室に集められた受講者全員が薄羽の話に耳を傾けている。興味を唆られている。
「では、能力とは何なのか?」
異界門。モンスター。と前置きをし、皆の関心を充分に惹き付けたところでようやく薄羽は本題に入った。
「視覚、聴覚、味覚、触覚、そして嗅覚。人間にゃ生まれつき五感が備わっているわけだが、この他にも第六感"事象の本質を見抜く理屈では説明の効かない心の働き"。第七感"未来視などの予言現象"なんてのもある。そして重要なのはこの先だ。それこそが能力と呼ばれる力の正体――」
薄羽は間の空け方が絶妙に上手い。
彼が少しの間を開けただけでこれだ。
目の前に美味しそうな料理を出された犬猫のように、ヨダレを垂らしながら早く食べさせろと受講者が固唾を飲んで待ち構えている。
その様を見て薄羽は愉快そうに笑う。
意図してわざと空けた間の後、薄羽は満を持して口を開いた。
「能力とは人間の第八感"心の形の具現化"だ」
「……心の、形」
「そう。能力っつうのはつまり、お前ら自身の心の形そのものなんだよ」
薄羽は言った。断言した。
能力の正体が人間の秘めたる第八感だと。
ならあの翡翠の炎こそが俺の心の形なのか?
「ウェイカー業界じゃ第八感から取って《心象武装》なんつう呼ばれ方をされている、と。まぁこんなとこか」
そう言い、薄羽はちらっと腕時計を見る。
「こん中にゃ当然ウェイカーになる奴も出てくるだろう。ウェイカーっつうのは『目覚める者』。英語の〝アウェイクネス〟から取って〝ウェイカー〟だ。ウェイカーはギルドかクランに所属し異界門から出現するモンスターを狩る国家資格のことを言う」
日本はウェイカーを求めている。
レベルの高い異界門から出現するモンスターは、自衛隊の手には負えないほど危険な存在だ。レベルが5を超えたモンスターは最早銃器では傷ひとつつけられない。
だからこそウェイカーが必要なのだ。
日本だけじゃない。
イギリス、中国、ロシア、アメリカでさえも。
ウェイカーはどこの国でも人材不足なのだ。
とある国では能力に覚醒した能力者を強制的にウェイカーにする徴兵制度を行っていたり、能力者を英雄視する国もある。
世界は欲している。
怪物を殺す英雄を欲している。
「ウェイカーはもちろん金にはなるが、死と隣り合わせの命がけの職業だ。毎日何人ものウェイカーがモンスターと戦い命を落としている。そういう奴らを俺は山ほど見てきている」
どこか遠くを見つめるように薄羽は一瞬目を伏せ、また顔を上げる。
「いいか、最後にひとつだけ言っておく。覚えとけ。誰しも能力者になりたくてなった奴はいねぇよ。例外なくひとりもな」
薄羽は俺達に向け、語りかける。
「過度なイジメや家庭内DVが相次ぎストレスで能力に覚醒した人間。
必死にスポーツに打ち込み、超えられない壁を越えようとした結果、違う意味での限界を超えちまって能力に覚醒した人間。
事故や暴力で致命傷を負い、死を直感した瞬間に覚醒した人間もいりゃあ、親兄弟友人恋人が目の前で死んだショックで能力に覚醒した人間もいる」
親兄弟、友人恋人が目の前で死んだショックで能力に覚醒した人間もいる――。
俺は静かに唇を噛んだ。
薄羽の言葉に心当たりがあるのか、隣にいる佑樹と莉緒も薄羽の話を黙って聞いていた。
「能力に覚醒するのは感情のベクトルが限界を超えたときだ。もちろん能力に覚醒せず死んでくやつらの方が多い。もう一度言う。能力者になりたくてなったやつはいねぇ。能力者になった人間に不幸じゃねぇやつはいねぇんだ」
薄羽は最後に薄く笑って「俺からの講習は以上だ」と言葉を締め括った。




