Level.11『莉緒という名のツインテール』
見た目は俺達とさほど変わらない。たぶん高校生くらいだと思う。
整った顔立ちと、モデルのようなスタイル。
一瞬アイドルか何かかと思った。
街ですれ違えば誰もが振り向く端麗な容姿。
中でも一際目を惹かれるのは、透き通るような金髪。色はどちらかというと白に近い金で、背中の中ほど辺りまで伸ばした長髪を頭の両側で2つに縛っている。
丁寧に手入れがされ、絹のようにサラサラときめ細かい前髪の隙間から甘緑色の瞳が真っ直ぐ俺達を見下ろしていた。
「な……っ!」
「うぉぉ、びっくりした……!」
バーン! と机を叩く音に、びくっと俺達はふたりして身体を強張らせた。
講義室に集まった人たち全員も何事かと俺達に視線が集まる。
「ねぇちょっと! 今の話本当っ!?」
しかし渦中の彼女は気にする風もなく、というか全く気にも留めずさらに声を大きくして、
「東桜に門が発生したって、それいつの話!?」
「………!!」
彼女は俺達の会話を盗み聞きしていたらしい。
声を落として話していたわけでもないし、聞かれていたとて不思議はない……のだが。
「いきなりなんだよ? つか誰あんた?」
「うっさいッ! いいから質問に答えなさい!」
女は佑樹を怒鳴りつけた。
何をそんなに怒っているのだろう。
いや、怒っているというより……焦ってる?
「ちょうど2週間前だよ」
「おい、萩!?」
「隠す必要ないだろ。ニュースにもなってるし」
俺から事件のことを聞くと女は「2週間前……」口の中だけで小さく呟き下唇を噛んだ。
明らかに動揺しているのが見て取れる。
女が今度は俺に向き直った。
「――それで。あんた東桜の生徒なのよね?」
「まぁ、そうだけど」
それを聞くや否や、ガバッと俺に顔を近づけて。
「じゃあ……結唯! 倉咲 結唯は生きてる!? 東桜のバスケ部!! 知ってるでしょ!?」
「―――」
彼女はなぜ焦っているのか。
どうしてそこまで必死なのか。
俺は全てを悟って。理解した。
そうか、結唯先輩の知り合いだったのか。
ああ、知ってるよ。もちろん。
知らないのは君のほうだ。
「おいお前、やめろよ! 萩が困ってんだろ!」
「あたしはこっちの茶髪に聞いてるのッ! あんたは黙ってなさい!!」
「なっ!? お前ちょーっと顔が可愛いからって」
「で、どうなのあんた? 倉咲 結唯は生きてるのよね!?」
再びエメラルドの瞳が俺に向けられた。
その瞳には不安の色が濃く滲んでいる。
まさかそんなわけはないだろうけど、と。
俺のほうがまさかだ。まさかこんなところでまた結唯先輩の名前を聞くことになるとは思ってもみなかった。
俺は口内に溜まったつばを無理やり飲み込んだ。
「結唯先輩は――」
エメラルドの瞳を見つめ返し、告げた。
「死んだよ」
「……え?」
間の抜けた声が、女の口から漏れる。
「結唯が……死んだ?」
「……ああ」
「うそ」
「ほんとだよ。結唯先輩はもう、いないんだ」
「……っ」
彼女の端麗な顔が悲しみに歪んだ。
俺は直視できずに咄嗟に目を背けた。
嫌な役回りだ、そう思わざるにはいられない。
まだ俺自身でさえ、結唯先輩が死んだことを受け入れられずにいるというのに。
女は瞼を閉じると、深く深呼吸し、ゆっくり瞼を開ける。
「そう……結唯が。教えてくれてありがとう」
感情的になっていた彼女はもうそこにはいない。
少なくとも感情を押し殺しているのだろう。
俺は思い切って彼女と結唯先輩の関係を聞いてみた。
「えっと。きみは結唯先輩の……?」
「ライバルよ」
「ライバル?」
「神奈川私立字城高等学校バスケ部3年 天海 莉緒……元だけどね」
そう言って女――莉緒は自虐気味に苦笑した。
「3年!? 年上かよ。てっきり1年だと思った……」
「年下なら敬語使いなさいバカヤンキー」
「ヤンキーじゃねぇし。姫川 佑樹だロリオ」
「ロリと莉緒を略さないでくんない? バカユンキー!」
ロリオ……ロリリオ。よくロリとリオを略したと瞬時に気づけたな。全然わからなかった。
佑樹と同じく莉緒が3年だということにも驚いたが、それよりも字城高校。バスケで毎年インター杯ベスト4以内にくい込む強豪校だ。
「字城ってたしか、去年結唯先輩がイン杯で戦ったとこだよね?」
「あら詳しいのねあんた。もしかしてバスケ部?」
「同じ元、だけど」
そう言って笑いかけると莉緒も笑ってくれた。もちろん苦笑ぎみにだけど。
莉緒は思い出すように視線を左斜め横に落とす。
「結唯と約束してたの。来年またイン杯でって」
「そう、だったんだ」
「ええ。あたしも能力目覚めちゃって、テンパってて、ニュースとか見てる余裕なかったから。まさかよね。ふたりして約束破ってたなんて」
この莉緒という子もかなりバスケが上手かったんだろうことは容易に想像できる。
強豪字城のバスケ部ってのもあるけど、それ以前になんてったってあの結唯先輩のライバルだ。下手なわけがない。
そんな人間が何かの拍子に能力に覚醒した。
つまりバスケができなくなった。
テンパっててニュース見てる余裕がなかったと莉緒は言ったが、それは強がりだ。
笑っていられるはずがない。
強豪校に遊びでスポーツをする人間はいない。
もちろん俺達だってそうだ。
部活が終わって家に帰って練習して、朝早起きしてまた練習する。
部活、自主練、走り込み。
ひたすら努力の反復。練習の繰り返し。
俺達はスポーツに賭けてるんだ。時間を。
駆けまくってるんだ。青春てヤツを。
本気で打ち込んできたからこそ、その努力が無駄に終わってしまった絶望感は並大抵じゃない。
その気持ちは俺にも痛いほどわかる。
「……名前、教えなさいよ」
莉緒がぽつりと言った。
「名前?」
「あたしが名乗ったんだから、あんたも教えなさいって言ってんの!」
それくらいわかりなさいよ、とそっぽを向きながら莉緒が小さく呟く。
「織﨑 萩」
「そう、萩ね。覚えたわ」
莉緒は俺の名前を繰り返すと、俺の席の隣に座った。
「てかさ、講師の人遅くね?」佑樹が気を利かせて重い空気を変える。
「そうね。たしか10時開始って聞いたけど」莉緒が答える。
「30分も過ぎてるな」俺は受講室に備えつけられた大時計に目を向ける。
そのすぐ後だった。タイミングを見計らったように教卓横の扉が開いたのは。




