Level.10『佑樹という名のクロスフレンド』
鉄の箱に揺られながら、ふと俺は思う。
満員電車に乗るのはいつぶりだろうかと。
小さな鉄の箱に詰められた人々の熱気。色んな人の香水が混ざった甘ったるい香りに酔いそうだ。
春ヶ丘から新幹線を経由しておよそ2時間弱。
電車の外に流れる高層ビルや繁華街の街並みが所狭しと敷き詰められている。途切れることを知らない風景が果て無く続く。
発展してるなぁ、と俺は感嘆の息を吐いた。
流石は日本の首都と言うべきか。俺の住んでいる春ヶ丘市とは比べるべくもない。何というか、全てにおいてスケールが違う。規模がデカい。
「にしても、人多すぎだろ……東京」
そう、俺は今東京都にある日本ウェイカー協会ギルド本部に足を運んでいるところである。
なんでも能力に覚醒した人間は、1ヶ月以内にウェイカー協会ギルド本部で能力者登録をしなければならないらしく、これは日本の法律で厳重に定められている。
能力者登録といってもさして難しいことはない。
能力に対する簡単な説明と注意事項。それから能力の登録手続き。受講時間は約3時間程らしい。それで能力者登録は概ね完了する。
事故でどうしても外出できない場合でも、ウェイカー協会ギルド本部の職員がわざわざ能力者の元まで赴き能力者登録をするほどだとか。
だから精神的に行きたくないなぁ、とか。
ちょっとひとりにしておいて欲しいなぁ、とか。
そんな個人の都合でギルドは待ってはくれない。
『ああ、そうですか。それは大変ですね。とりあえず能力者登録だけしてしまいましょうか』といった具合いで最低限の配慮の元、無遠慮に個人の意思を妨げる。
お前らには人の心がないのか!? そう言われてもまぁ、ギルド職員もそれが仕事なのだ。彼らを責めるのは若干違う気もするし、彼らとしてもそれを承知の上で責務に励んでいるのだ。
程度の低い罵詈雑音如き、はっはっはすみませんね仕事なもので、と爽やかな笑みを浮かべ彼らは笑ってやり過ごすことだろう。
「おっ、あれスカイツリーかな?」
けれどぶっちゃけ、俺もあまり気が進んでいるわけではない。
簡単な能力者登録なのだが、今の俺にはそれがあまりにも億劫すぎる。
俺は左腕の傷跡を指で軽くなぞった。
臨時学校閉鎖をしていた春ヶ丘東桜高等学校は、事件もとい事故から2週間経ってようやくこの前授業を再開した。
あのような悲惨な悲劇の後だ。被害者であるバスケ部の連中以外もちらほらと欠席が目立った。
程度の差こそあれ皆軽い鬱を発症している。
なにせ仲の良い友人や恋人を失ったのだから。
問題の異界門はというと、すでにウェイカー達の手により攻略され、門は跡形もなく消滅した。
あの悪夢が幻であったかのように、まるで最初から何もなかったかのように。
土曜の今日。青野先輩に暇ならバスケ来いよ、と気を使って練習に誘ってもらったが、俺は予定があるからとせっかくの誘いを断らせてもらった。
能力に覚醒したおかげでバスケットボールの大会出場資格を失った俺にはもう関係のない話だからだ。
たしかに、未練はある。ない方がおかしい。
今まで積み上げ培ってきた努力や時間が理不尽に泡沫と化したのだから。悔しくないわけがない。
でもだからこそと言うべきか、俺はどうしてもバスケをする気にはなれなかった。
バスケをすれば嫌でも思い出してしまう。
『おお! スリーポイントの精度上がったね』
『先輩に褒められるとなんだかほんとに上手くなった気がします!』
『上手くなってるよ! 朝練の成果だねこれも』
『先輩の指導のおかげですね』
毎朝あの人とバスケをした幸せな日々を――。
「あー……つっら」
スマホの地図アプリを参照に、俺は電車を乗り継ぎようやくギルド本部に到着した。
周囲の建物と負けず劣らずの巨大高層ビルの入り口に『日本ウェイカー協会ギルド本部』と書かれた看板がご丁寧にも吊るされてある。
そのビルの入り口を大勢の人が出入りしている。
ウェイカー免許更新もこの場所でやると聞いたから、もしやあれも全員ウェイカー達なのだろうか。
「おはようございます! ウェイカー協会ギルド本部へようこそ。本日はどう言ったご用件でしょうか?」
「あの、能力者登録の手続きをしたいんですけど」
「能力に覚醒されたのですね。でしたら――」
ギルドの受付嬢に案内され、俺はギルド本部の1室。能力覚醒者専用受講室に案内された。
手前開きの扉を押して中に入ると、室内は講義室のような造りになっており、複数のテーブルと椅子が設置してあった。
見渡すと、俺以外にざっと20人。
年齢はバラバラで子供からお年寄りまで。老若男女様々な人間が点々と間隔を空け席に着いている。
ここにいる人みんな能力者登録しにきた人達か。
俺は席の中央付近。教卓から4番目の席についた。
そこで講義が始まるのを待っていると、
「もしかして、萩か!?」と声をかけられた。
派手な金髪と琥珀色の瞳をした男。
両耳にはピアスを空け、いかにも都会の若者といったような雰囲気を漂わせている。
誰だろう。男は俺を知っている様子だが、俺には心当たりがない……と思う。
でも、この顔。どこかで見たような……。
「お前、……佑樹?」
思い出した。
佑樹だ。姫川 佑樹。間違いない。
中学1年生のときに転校していった幼馴染だ。
名前を思い出したことをきっかけに、眠っていた佑樹との記憶や思い出が次々と思い起こされていく。
中学の頃とは見た目が変わり、背もだいぶ伸びていたのですぐには気づけなかったが当時の面影が残っている。
「おお、やっぱ萩じゃん!! うああ、なっつい!」
佑樹も嬉しそうに俺の隣の席にどかっと座った。
「こんなとこで会うなんて運命さん仕事しすぎかよ! 何年ぶりだ?」
「中一以来だから、5年ぶりかな。ここにいるってことは、佑樹も能力者になったんだ!」
「まぁな! まーくんとかヒロとか元気してる?」
「まーとヒロは学校違うから会ってないよ」
「まー、そうだよな。学校違うと会わねぇよな。あ そうそう! 隆之介さんまた刑務所入ったって聞いたけどマジ?」
「まじまじ。半年くらい前かな」
「うはははははっ、何してんのあの人!?」
「なんかJKの下着盗んだって父さんが言ってた」
「ははっ、いやほんと何してんだよあの人!」
「な。そっちはどう? 香ちゃんとか元気してる?」
「あー、香な? 元気元気!」
「香ちゃんずっと佑樹の後ろに付いて歩いてた記憶しかないな」
「寂しがりだったからなー、あいつ。そうだ今度、香に会ってやってくれよ萩。きっと喜ぶぜ。あいつ萩に会いたがってたから」
「わかった。今度遊び行くって伝えといて」
「おう!」
佑樹はくしゃっと人懐っこい笑みを浮かべた。
本当に懐かしい。
あの頃と何一つ変わらない佑樹がいる。
聞きたいことは他に山ほどあった。
例えば、高校で何してるのか、とか。
今身長何センチあるのか、とか。
バスケは今でも続けてるのか、とか。
その左腕どうしたんだ、とかさ。
意識せずとも自然と目が行ってしまう。
「これ。やっぱ気になる?」
佑樹は左肩を持ち上げぷらぷらと振ってみせた。
左の長袖が揺れる。不自然に。
ペラペラしている。中身がないみたいに。
「そりゃ、まぁ。久しぶりに会った友達の腕なくなってて気になんない方がおかしいだろ」
「そりゃそうか。だよな」
「うん」
「まー、これは言うなれば、若気の至りってやつだな、うん!」
「なんだそれ」と俺は笑った。
佑樹は冗談っぽく言ってみせたが、その左腕は恐らく、佑樹がこの場所にいることと無関係ではないことくらい俺にだってわかる。
だからあまり詮索はしたくない。
誤魔化したということは、佑樹自身も言いたくはないのだと思うから。
「隻腕とか、クソかっけーべ!」
「かっけー。けどバスケできないじゃん」
「お前ごとき片腕で十分だっつーの!」
「中学で一度も俺に勝てなかったくせしてよく言うよ」
「ふっふ! あの頃の俺と同じだと思うなよ萩?」
佑樹は自身満々のドヤ顔で言う。
「ダブドリとトラベリングを極めた俺はもう止まんないぜ?」
「いや止まれって。普通に反則だから」
「止まれないんだよなぁ自分じゃ。俺を止められるのはお前だけだよ、萩」
「なんで俺なんだよ? 止まれって」
「俺は萩に止めて欲しいんだって」
「わかったわかった。そんときは俺が力づくで止めてやるよ、佑樹」
「へっへ、頼むぜ! マイクロスフレンド!」
懐かしいこの感じ。
佑樹とはいつもこうだった。
お互い話が噛み合ってるんだか噛み合ってないんだかよくわからない。
俺はバスケの話をしていても、佑樹はサッカーの話をしている。俺達も意味がわからない。
会話が成り立っていないのに、でもなんとなく通じ合っている。
左と右で違う道を走っていても、最後は2つの道が繋がってるみたいなこの感じ。たまらなく好きだ。
「佑樹は今東京だっけ?」
「今は千葉! 萩は変わらず栃木?」
「うん、実家から近いとこ」
「栃木かぁ、ギョーザしか覚えてねぇわ」
「まぁ、栃木って言ったらギョーザのイメージ強いもんな」
「ははっ、な! 他に思いつかねーもん栃木。あー、でも――」と佑樹が思い出すように。
「"春ヶ丘"……だっけ?」
「……ああ、うん」
その単語を聞き、俺は頬が強張るのを感じた。
佑樹は気づかず続ける。
「この前のニュース。春ヶ丘の東桜高校に門が発生したってけっこう話題になってたけど――……」と言いかけたところで、佑樹は何かを察して固まった。
「あ。悪い、もしかしてさ……?」
「あー、うん」俺は曖昧に笑い「そのもしかして」
やらかした。佑樹の顔に書いてある。
「あー、まじか。ごめん。知らんかった……」
「いいよいいよ、大丈夫。気にしなくて」
「ごめんな。ほんと……やらかした」
「だからいいってば」
事件から約2週間。栃木出身。それから能力に覚醒した俺。よくこの少ない情報から答えを導き出せたものだと逆に俺は関心した。
佑樹はこう見えてけっこう感が鋭いんだ。昔から。
「そういえばさ、佑樹は……」
話題を変えようと口を開きかけたところで、誰かが早足でこっちに近づいてくる気配を俺は感じた。
その直後。バーンッ! といきなり彼女は俺達の前に来るなり机に手を置いた。否、叩きつけた。




