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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第三章 Grow up soul
103/121

Level.98『緊急レイド』




 ――福島県会津若松市鶴ケ城前――


 夜も更け、闇を纏った帳が辺りに落ちる。

 会津でも有数の観光名所となっている鶴ケ城。普段は賑わいを見せる城前だが、夜も晩く観光客の姿は既にない。

 代わりにと言ってはなんだが、今日はやたらと城前の庭園に人が集まっていた。


 人垣の中心、否最前列にそれはある。

 ひとつの『門』がある。


 数種類の怪物が一緒くたに混ざり合い、溶け固まったかのような、趣味の悪い装飾の施された暗色の門。

 幅3メートル、高さは4メートルといったところか。

 慟哭を叫ぶ怪物達の中には、Level.7のモンスターの姿も見受けられた。

 異様――明らかに不気味な門だ。


 庭園に集まった人々の顔は一様に暗い。

 焦り、戸惑い、恐怖、絶望。

 様々な悪感情の入り混じった人の輪をうんざりしたかのように、ひとりの男が大声を上げた。


異界攻略(レイド)が開始されてから丸12時間。まだ中からの連絡はないのか!?」


 シワだらけのよれたスーツ。

 薄くパーマのかけられた黒髪をセンターで分け、疲れきった目の下には当たり前のようにクマが浮かんでいる。

 男は胸元のスーツポケットからパンパンになった携帯灰皿を取り出すと、口元に咥えていた煙草を無理やり携帯灰皿に押し込み火を消した。

 そして新しい煙草を取り出し火を付ける。


 男の名は尾又(おまだ) 秀実。

 福島ギルド会津若松支部の支部長である。

 

「まだありません、尾又支部長! この時間になっても定期連絡がないってことはやっぱり……」


 部下の不安を帯びた声に「狼狽えんな」と一喝し、尾又は周囲のギルド職員の顔を見渡した。


「まだ異界崩壊(アビスブレイク)が始まったと仮定するには早ぇ! 本部からの追伸はどうした?」


「本部の方も未だ連絡ありません! 上層部の方も揉めているらしく……」


 部下の報告に尾又は嘆息する。

 ご立派な椅子に座って会議という名の先延ばしを議論し、取る気もない責任を巡って時間を浪費する60過ぎの老害の姿が目に浮かぶ。

 尾又は苛立たし気に頭をぼりぼりと掻いた。


「ったく、まともな指示も出せねぇんならさっさと引退しろってんだあのクソジジイが」


「尾又支部長、流石にそれは口が過ぎるかと……」


「あ? そうか? そうだな。悪い、ひとりごとだ。聞かなかったことにしてくれ」


 尾又は煙草を吹かし、煙を肺の奥まで浸透させた。

 青丸のメンソールが喉を刺激する。

 疲れで感覚が麻痺し初めているが、公務の場だ。部下もいる。上司が苛立ちや焦りを表に出すのはマズい。

 尾又は無心で煙草を吹かし続けた。


「すみません……私の、私のせいなんです……っ」


 ふと部下のひとりが震える声でそうつぶやいた。

 若い女のギルド職員だった。


「私が異界門(アビス)を【白誇隊】に斡旋したんです。まさかこんなことになるなんて……っ」


 【白誇隊】というのは今回の異界攻略(レイド)を担当しているクランの名前だ。

 福島県内でも【白誇隊】は有数のクランで、在籍人数は34名。とりわけクランマスターを務める大河原 悠ウェイカーは《サムライ》の二つ名を持つレベル8の実力者である。


「お前は何も間違ったことはしちゃいない。異界門(アビス)のLevelと同等Levelのウェイカーがひとりいればギルドは異界攻略(レイド)許可を出せる。もちろん人数の縛りはあるがな」


 彼女は規程通りに仕事を行った。

 事態が事態なだけに責任を感じているのだろうが、全てギルド規程のマニュアルに則った斡旋と対処である。

 故にギルド職員の女に非はなく、責められる謂れはないのだ。

 

「それに最終的に許可を出したのは俺だ。だからお前が気に病む必要はない。それよりも今は今のことだけ考えろ」


 尾又の言葉に職員の女は小さく頷いた。

 横目でそれを確認しつつ、尾又は自分自身にも己の言葉を言い聞かせる。

 そう、今やるべきことは最悪の事態の回避のみ。

 最悪の事態、とどのつまり異界崩壊(アビスブレイク)の阻止である。


 庭園に集まった顔ぶれを尾又は確認する。

 現場を取りまとめる数人のギルド職員と、緊急事態につき足を運んでくれたウェイカー達。

 ほとんどはギルド所属のウェイカーだが、他にも市でクランを運営しているウェイカーの姿もちらほらあった。

 しかしその大半は低レベルのウェイカー。この場に馳せ参じてくれたレベル6のウェイカーでさえ、今回の異界攻略(レイド)は荷が重い。


 それでもやれるだけのことはやったつもりだ。

 近隣住民への避難勧告と、県内県外ギルドのへの緊急応援要請。

 あとはどれだけのウェイカーが尾又の申請に応え、この場に駆けつけてくれるかどうか。

 頼みの綱は大型クランの参戦だが、もしそうなった場合、複数クランで異界攻略を行う《軍団攻略(レギオン・レイド)》の編成も視野に入れておく必要がある。


『もしもし、白河支部の星です。先程の件なのですが、私の知人の中でも最強のクランに協力を仰ぐことに成功し、つい先程こちらを出発しました。実力は保証しますが、何せ癖のある方が多く……そこでひとつ尾又支部長にお願いがあるのですが――』


 ふと、つい先程の星支部長との通話が尾又の脳裏に蘇った。


 星支部長と言えば、東北でも随一と評される支部長のひとりである。

 若くして支部長の座につくと、ぐんぐんと頭角を伸ばしていき、異界攻略(レイド)失敗数0、異界攻略(レイド)死者数0の実績は今も尚継続しているというのは驚きだ。


 彼の功績を称え、東京都にある日本ギルド本部のギルドマスターからは賞を授与され、次の福島県ギルドの本部長の座は彼だと県内支部長の中ではもっぱらの噂である。


 そんな星支部長の推薦するクランなのだから、有力筋なのはまず間違いない。間違いないはずなのだが、どうしても尾又には星支部長の最後の言葉が気になった。


 果たして凶と出るか吉と出るか。

 


「ごめーん! ちょっと通してー!」



 突然、庭園に響いたのは不安を帯びる人々の喧騒を晴らす太陽のような陽気な声だった。


 声に続き、庭園の人垣を掻き分けながら数人の男女が異界門(アビス)の前に現れる。


「気色の悪い門だな……」


醜鬼種(オーク)蜥蜴種(リザードマン)闘牛種(ミノタウロス)……っておいおい見てみろ萩、鬼牙種(オーガ)までいるぞ!」


「やめてくださいよヒロさん。俺さっき鬼牙種に殺されかけたばっかりなんですけど……」


「うんうん雰囲気あるね! 強い敵だといいなぁ!」


「帰ってお風呂入りたいんすけど私〜」


「お前はさっき何もしてないだろ織﨑。我慢しろ。少しは祈子森を見習え」


「精一杯頑張りますっ!」


 長年支部長をやっていれば、嫌でも県内クランのメンバー情報は覚えてしまう。

 だが、誰一人として尾又の知らない顔だった。


 一般人ではない。少なくともウェイカーなのは間違いないだろう。身なりを見ればわかる。

 あの異質な門を目の前にして尚、臆することもなく軽口を言い合える胆力はいったいどこから来るのやら。

 単に無能なだけか、或いはその逆か――。


「あーあー、ええと。俺は今回この現場を仕切ってる若松支部の尾又だ。何処様のクランかは存じ上げないが、ギルドの要請に駆けつけてくれて感謝する」


 尾又が挨拶を口にすると、メンバーを代表して前に出たのは眼鏡をかけた小さな少年。


「白河支部の星支部長から要請を受け現着した。知小沢だ」


 少年の返答に、尾又は思わず動揺する。

 

「星支部長……ってことはアンタらが星支部長の言ってた有力筋か!? いや、だがさっき出発したばかりだと聞いたぞ!」


 白河市と若松市の境には峠がある。車で片道1時間以上はかかる距離だ。

 通話が終了して10分と経っていない。到着にはいくらなんでも早すぎる。

 取り乱す尾又に、少年は冷静に応じた。


「悪いが、移動手段については黙秘させてもらう」


「ああ、別に深く追及するつもりはない」


 ギルドにはウェイカーの個人情報の漏洩を禁止する決まりがある。

 雑誌やパンフレットなどにウェイカーの情報を書き込む際には必ずウェイカー本人の同意がいるし、本人の同意がない限り基本的にギルドはウェイカーの情報を公に公表することはない。

 しかしこの場に置いてはギルドの人間よりも、ウェイカーの数の方が断然多く、人の口に戸は立てられないと言うことわざ通り、この場で彼らの秘密を暴く行為はあまりよろしくないだろう。


 それに今は移動手段を問い詰めるよりも先に、優先しなければならないことがある。


「そんなことより、まずは現在の戦況について話を――」


「いや、その前にまずは」


 尾又の言葉を途中で切り、少年は言った。


「今回の異界攻略(レイド)における報酬の話が先だ」


 瞬間、空気が凍った。

 ギルド職員やこの場に集ったウェイカー達の表情が固まる。凝固する。

 不安に駆られながらも覚悟を決め、街や人を守ることを最優先に考えていた彼らの想いに失望的な深い亀裂が走る。

 人の顔色を気にしない尾又でも、流石に今回はマズいと思った。


 待て待て待て、待ってくれ。報酬の話は後にしよう。今優先すべきは人命の話だろう。違うか?


 喉元まで出かかった言葉を尾又は全て飲み込んだ。


「……わかった。続けてくれ」


「尾又支部長!?」


 ギルド職員のひとりが、正気を疑ったような声音で尾又の名前を呼ぶ。

 信じられないという様子で尾又を見据えるウェイカー達の視線も全て無視する。

 尾又はまっすぐに少年を見つめ続けた。

 この場の全員に注目されながら、淡々と少年は答えた。


「僕らが要求する報酬は、今回の異界攻略(レイド)における門番の魔石以外の全ての迷宮資源だ」


 その発言が決定打だった。


「馬鹿げてる!?」


「ふざけるな!!」


 周囲に不穏な空気が流れ、ウェイカー達の感情が爆発し、暴発した。


「着いて早々金の話かよ?」


「こっちは命張ってこの場にいるってのに、余所者がよくもぬけぬけと言いやがる!」


「どうせ金目当てで来たんだろ? 悪いけど、帰れよ。指揮が下がるだけだぜ」


 そうだそうだ、と。

 感情が伝播する。怒りのパラメーターが爆発したウェイカー達が次から次へと侮蔑じみた言葉を少年達へと向ける。

 尾又が取り付く島もないほど、ギルド職員やウェイカー達のボルテージは最高潮に達していた。

 言葉の矛先にいる少年は静かに眼鏡を指で直し、

 

「……そうか。それが総意か」


 告げられた少年の言葉に失望や落胆の色はなかった。いや、初めから興味すらなかったのかもしれない。

 少年の冷めた瞳には欠片の情もない。

 ただ単純に頼まれたから来ただけ。

 だから拒むのも受け入れるのも好きにすればいい。

 歓迎されないのなら帰るだけだと。


「待ってくれ! 話はまだ……」


 未だに冷めやまないウェイカー達を抑えながら、尾又は必死に少年へ待ったをかける。


 いつ異界崩壊(アビス・ブレイク)が起こるかわからない状況、ウェイカーの数が足りない今、ギルド支部長としてどうしても彼らを帰すわけにはいかなかった。


 最悪、異界攻略(レイド)に参加しないにせよ、万が一にも門から怪物が溢れたときの保険として。

 周囲の反感を買ってでも留めおく必要がある。


 だが、そんな尾又の言葉の抵抗も虚しく、少年は尾又を含めウェイカー達に踵を返した。


「生憎と僕らもヒマなわけじゃない。残念だが【Grow】は今回の異界攻略(レイド)を辞退させてもらうとしよう」


 ダメか、と尾又が肩を落としかけたその時。


「………待て。今、【Grow】と言ったか?」


 少年の口にした言葉の中に、聞き逃せない単語が含まれていた。

 そう、クラン名だ。


「Growって、マジか。……あの【Grow】かよ!?」


 尾又の額に汗が浮かぶ。

 本物ならば有名どころの話ではない。

 国内での知名度は低いが、その活躍のほとんどが国外でのものであり、海外での評価は日本の比ではない。

 恐らく海外で最も有名な日本のクランだ。

 その理由は至極単純にして真っ当。

 

「……メンバー全員がレベル8のウェイカーで構成された少数精鋭のクラン【Grow】」


 少数精鋭どころか、構成員ひとりひとりが大型クランのマスターを務める怪物達にも匹敵するレベル。


 噂には聞いていたが、実際に見るのは初めて。

 まさか日本に帰省していたとは露知らず、星支部長もとんだ隠し玉を持っていたものだ。

 驚愕を通り越して最早感嘆する他ない。


「ならアンタ――いやあなたが、レベル8の中で最強と名高い彼の有名な【暮時の勇者(イブニング・ブレイブ)】か!!」


「いや、それは人違い――というよりお隣違いだ」


 尾又の言葉を否定する少年の視線の先には、軽装に身を包んだ黒髪の女が堂々と胸を張っていた。

 最初に門の前に現れた、陽気な声の女が彼女だ。


「マジか。」


「マジだよ。私が最強の勇者(ブレイブ)だよ!」


 まさか彼女がそうだったとは。

 なるほどな、と尾又は妙に納得してしまう。

 正真正銘本物の【Grow】ならば、背後の門を見ても落ち着いていられた理由が今ならわかる。


「尾又支部長、Growって……」


 ギルド職員である男が尾又に説明を求めたが、わざわざ尾又が説明する必要もなく、


「Grow? ……ちょっと調べてみようぜ」


 事情を察したウェイカー達がぞくぞくと自らの携帯で【Grow】を検索し出していた。


「Growクランマスター【暮時の勇者(イブニング・ブレイブ)】。ウルフカットの黒髪に黄濁職の瞳が特徴的なレベル8のウェイカー……。

 非常に好戦的な性格で、単独でレベル8複数人を相手にし完全勝利。実力はレベル9にも迫ると噂され、レベル8のウェイカーの中で最強と言われている……!!」


 庭園に集まったウェイカー達はざわつき、どよめき、そして顔を青くした。

 違うウェイカーの男が、Growのメンバー情報をを読み上げる。


「Grow所属【不落の盾(ラスト・ガーディアン)】レベル8。

 Grow所属【黄金樹(アウルム・アルボス)】レベル8。

 Grow所属【戦場の天使(ベルルム・エンジェル)】レベル8。

 Grow所属【白纏悪魔(アルブス・イヴィルス)】レベル8――」


 庭園は更にどよめきを大きくする。

 いつの間にかウェイカー達の憤りは消え去り、中には興奮に目を輝かせる者まで出始めた。


「Growサブマスター。半年前アフリカに出現したレベル9の異界門(アビス)『棺』の軍団攻略(レギオン・レイド)でリーダーを務めた。レベル7【ラプラスの悪魔】……!!」


「【ラプラスの悪魔(オルノウズ・オブ・ラプラス)】だ、ルビを付けろ。あと僕はレベル8だ。情報が更新されていないだけで」


 すかさず訂正を口にしたのは尾又と会話していた少年である。

 わかりやすく不機嫌になる少年の傍らで、枯葉色の髪の青年が尊敬の眼差しを彼に送っている。


「【ラプラスの悪魔(オルノウズ・オブ・ラプラス)】、かっこいい……」


「なんだ織﨑弟、わかってるいるじゃないか。センスがあるな」


 どうやら少年は機嫌を治したようだ。


「待てよ、ネットの情報にあるのは6人だけだぞ?」


「じゃあ誰だよあいつ」


「どうせ荷物持ち(サポーター)かなんかだろ」


「ああ、なるほど。どうりで強そうに見えないわけだ」


 声も抑えず話しているものだから、それを聞いた青年は「……あんまりだ」と、ひとりしくしくと肩を落とした。




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