Level.97『夕日さんの第六感』
結果から言って、夕日さんの《第六感》は見事に当たっていた。
鬼牙種の異界門の門番《青瞳の鬼牙種》を打倒し、迷宮を攻略した俺達が門を出ると、外は日が沈みすっかり暗くなっていた。
「あれ? Growさんもう終わったんですか!? 」
門の前で俺達を待っていたのはギルド支部長の星さんだ。
「いやぁ、早すぎますって。まだ異界攻略が始まってから8時間も経ってないじゃないですか!? 」
手元の腕時計を確認しながら、星さんは驚きをあらわに目を白黒させていた。
そんな星さんにチコ先輩は平然と言葉を返す。
「これでも今回は時間がかかった方さ。本来なら半日で終わっていた仕事だ」
「うっ……」
遠回しに実力不足を指摘され、俺はうめいた。
チコ先輩の言葉に胸が痛い。
もちろんわかってはいる。俺がもっと要領良く《流燐》をマスターしていれば、攻略はもっとスムーズに進んだはずだ。
わかっている。わかっているけど胸は痛い。
しゅんと俺が落ち込んでいると、ヒロさんのたくましい腕が俺の肩に回された。
「まぁ、時間をかけた分、収穫はあっただろ?」
「……ヒロさん!」
「すごかったんだよ〜萩! 門番との戦い! ヲリキスまで使いこなして! やっぱりうちに入りなよ萩!」
「か、格好良かったですっ! 萩くん!」
「ああ、俺と違って萩には才能がある」
「そうなんすよぉ、うちの弟すごいんすよぉ」
ヒロさんに続き、夕日さん達Growのメンバー全員から賞賛の言葉をもらった。
いい人達すぎる。有り難すぎて泣きそうだよ。
俺が瞳を潤ませていると、チコ先輩は不思議そうに首を傾げた。
「何言ってるんだ? 当たり前のことを。織﨑弟の成長は見ればわかるだろ?」
「「「お前は言葉が足りなすぎる」」」
Growの皆が口を揃えてため息をついた。
チコ先輩は相変わらず「?」を浮かべている。
人の考えはわかっても、チコ先輩は人の心を読むのが苦手らしい。
その様子を横から見ていた星さんが「ははっ」と笑顔を浮かべた。
「いいクランになりましたね、千小沢さん」
俺はGrowと星さんの関係がいつから続いているのか知らない。
それでも、子どもたちの成長を喜ぶ近所のお兄ちゃんのような星さんの優しい眼差しを見れば、決してそれが浅くない関係だということは理解できる。
ああ、そうだな、とチコ先輩は頷いた。
「昔と違って僕らも強くなった。その点に関してはいいクランになったんじゃないか」
星さんはニコッと笑って、
「あ、そうですね」
諦めた。
清々しいほど気持ちいい笑顔だった。
未だ疑問符を頭に浮かべるチコ先輩だったが、どうやらこれ以上話の腰を折るつもりはないようで、話を今回の異界攻略に切り替えた。
「そうそう。言い忘れていたけど、今回の門番は特異個体だった。将軍とまでは言わずにせよ、中位鬼牙種……いや、上位鬼牙種級の個体だ」
「なるほど、それはそれは……すぐに荷物持ちによる素材回収を急がせますね。その話が本当なら、門が閉じる前になんとしてでも門番の素材は全て回収したい。
報酬の方は口座振込みでよろしかったですか?」
「ああ。いつもの口座に振り込んでおいてくれ」
「承知致しました。鑑定が終了次第、追ってご連絡致します」
「よろしく頼む。僕らはこれで帰ってもいいのか?」
「はい。後はギルドの方が担当しますので、Growさんにはお帰り頂いて構いま――」
そこで、ふいに星さんのスーツポケットから、ピロロロロ、ピロロロロ、という着信音が鳴った。
スッとポケットに手を入れ、着信相手の名前を確認した星さんの顔が目に見えて硬くなる。
鳴り止まぬ着信音の中で、チコ先輩が言った。
「出ないのか?」
ギルド支部長として、話の途中で通話に出るか出ないか葛藤する星さん。
葛藤があるということはつまり、着信相手がそれほど高位の立場、或いはギルド支部長としての重要な話であるかのどちらかだ。
「すみません。では失礼して」
どうやら星さんは通話に出ることを選択したらしい。
「もしもし、福島ギルド白河支部の星です。……はい……はい。やはりですか……そうですね。最悪の事態……異界崩壊の可能性を考慮するべきかと。一般人に被害が出る事態だけはなんとしても避けなければ。はい。わかりました。私の方でも随所に当たってみます。……いえ、お互い様ですよ。では――」
通話が終わると、星さんは衝動的に目頭を抑えた。
ため息を深呼吸に変え、大きく息を吐く。
ひと呼吸置いて顔を上げた星さんは、申し訳なさを押し隠し、改まってギルド支部長としての面を貼り直した。
「異界攻略後だということは重々承知しておりますがGrowさん、少しお話があるのですが……」
ここまで来て聞かなかったことにはできない。
なんだか嫌な予感がした。