第8夜.仔猫のおねだり
俺たちはいろんなことを話した。
銘崎さん(俺の中ではすっかり華音って呼んじゃってるんだけど)は、ウェブデザインの会社で働いているのだそうだ。
ウェブデザインって言われても俺だって何だかよくわかんなかったけど、要するにホームページを作成したり、資料のデザインをしたりする企業らしい。
すごく頼りになる上司がいて、その人にはすっかりお世話になっていて頭が上がらないのだ、と。
三十分くらい華音と話をしていたら、ぐるぐるとある曲が頭の中で回りだした。
自然と右手がメロディーを刻む。
「詩藤様、どうぞ?」
コツコツとカウンターを叩く俺の指に気づいたのだろうか、マスターが不意に声をかけてくる。
ピアノを弾いて良いということなのだろう。
だが・・・
華音にあんな音を聞かせたくない。
自分でもわかっているんだ。
俺の音は鋭すぎて、容易に人を傷つけてしまうのだと。
あぁ・・・
でも、メロディーは止まってはくれない。
ついには俺の脳内にイメージ画像まで転送してきやがった!
ちょっとだけ。
短い曲だし。
ほんの、少し。
触るくらいいいよな?
「詩藤様はピアノをお弾きになるのですよ。それはそれはお上手で、詩藤様がいらっしゃった時の、私の楽しみのひとつなのです。」
俺の葛藤を知ってか、マスターは華音にぺらぺらと余計なことを話している。
「本当なの、詩藤さん?私、ぜひ聞きたいな。」
おいおいおいおいっ!
聞きたいなって・・・。
でも、華音。
聞いたらきっと、俺のこと嫌いになっちまうよ?
「詩藤さん、おねがい。」
おねがい・・おねがい・・・・おねがい・・・・・・・・
華音の『おねがい』が頭の中でエコーする。
「詩藤様、ここで弾かないと男が廃りますよ。」
おまけにいつもは柔和な顔したマスターが悪戯っ子のような顔をして挑発をしてくる。
ここまで言われて弾かないっていうのもな。
なーんて、自分に言い訳をする俺。
だって、今なら弾けそうなんだ。
俺の音が。
どんな音なんだろう、ってわくわくするんだ。
「わーかったよ。」
渋々のフリをしてゆっくりと椅子を立つ。
実は心の中はライオンが暴れまわってるってのに。
ゆっくりとピアノに向かった俺は、ピアノに片手を乗せて、優雅に一礼をした。
感想・評価をいただければ幸いです。




