第1夜.俺の音
「全っ然違う!何度言ったら分かるんだ、朔夜!」
練習曲 第12番ハ短調op.10-12「革命」。
ショパンの曲の中で最も有名どころの曲であるが、わりと弾きこなすのが難しい曲でもある。
「だからそこはもっと情熱的に。『革命』なんだぞ?そんな冷めててどうすんだ。」
もう一回、と言われてまた同じところから弾きなおす。
かれこれ11回目の弾きなおしだ。
そろそろ嫌になってきた。
熱く、情熱的に。
うちの師匠は困ったことに、俺とは正反対のことを求めやがる。
もっと、もっと。
「情熱的」を自分なりに表現してみようと、鍵盤を叩く手が乱暴になってしまう。
「右!叩くなっ!」
すかさず師匠の罵声が飛ぶ。
もっと。
音を操れ。
正確に。軽やかに。情熱的に。
もっと、もっと、もっと!
◇
「・・・・・・くそっ。」
レッスンが終わった後の帰り道、思わず路上で悪態をついてしまう。
もうすぐコンクールを控えているために、自分でも無意識のうちにピリピリとしているのかもしれない。
今度のコンクールはいわば発展途上のピアニストたちの登竜門のようなものだ。
このコンクールでそれなりの成績を残せば自ずと未来は切り開けて行くし、そうでなければ決して上にのぼりつめることはできない。
なのに。
最近、音がわからない。
俺の音ってなんだ?
・・・わからない。
師匠は情熱的に、甘く激しく、と言う。
確かに師匠の音はいつも情熱的で勇ましく、そして、甘く、やさしい。
だけど、俺にはあんな音は出せない。
硬く、重く、鋭い、そんな音。
情熱的、なんてものとは正反対だ。
だから。
だから、いつもレッスンの後は憂鬱になって、形振りかまわずいろんなものに当り散らしたくなるんだ。
師匠に尋ねたことがある。
なんでそんな音が出せるんだ、って。
そしたら、なんていったと思う?
『恋をしやがれ、少年よ。』だとさ。
わけわかんねぇ。
しかも二十歳もとっくの昔に過ぎた俺に対して『少年』だと。
いつまで子供扱いしやがんだよ、あのオヤジは。
「あーぁ・・・」
はぁ、と深いため息がでる。
俺はなんでこんなに苦しんでいるんだろう。
俺の音は何処に行った?
あんまりにも生意気だったから、神様が取り上げてしまったんだろうか。
なんて、馬鹿な思考に走ってしまう。
あー、やめやめ!
そんなことより、今度のコンクールについて考えなければ。