第11夜.間違いなくレッスン中
あれからレッスンを続けるも、俺の頭の中ではずっと華音と子猫が戯れていた。
懸命にそれらを片隅に追いやって演奏に集中しようとするけれど、それを師匠が邪魔をする。
「か・の・ん・ちゃ~ん♪」
耳元でこう呟いて。
「・・・・・・。」
無視だ、無視!
集中しろ!
変な呟きが聞こえてこようが、笑いを押し殺して失敗したような「ぐへっ」なんて声が聞こえてこようが、今は間違いなくレッスン中なんだ。
「か・の・ん・・・」
「だぁーーーー!もうっ!さっきから何なんだよ、師匠!?っていうか、聞いてたんだろ。聞いてたんだな!?俺がアイツの名前呟いたの!」
すると師匠、大爆笑。
ヒ~、なんて言って涙まで流しながら笑ってやがる。
「くっくっくっ・・・・・・。お前おっもしれーな。『かのん』って言うたびに弾いてる音がぶれてて、動揺してんのバレバレ。しかも、顔ではポーカーフェイス気取ってるだけに、余計笑えるぞ。」
・・・・・・。
くそっ!
わーかってんだよ、そんなことぐらい。
顔で無表情作ってても、俺の音は素直で、自分でも笑えるくらいやさしい音色で歌ってんだ。
この、俺が!
『青い薔薇』なんて呼ばれてる、俺が!
おかしいだろう?
「はぁ・・・。」
思わず自嘲気味なため息を漏らしてしまう。
「まあ、そんな落ち込むことねぇって。俺に言わせてもらえば、これは単なるキッカケにすぎねぇ。やっと人並みに音で表現することができてきてるってことなんだ。これがきちんとコントロールできるようになってから、ようやく他人と同じ土俵の上に立てるってことなんだぞ。いつまでもこんな偶々起こる音の変化になんて構ってられなくなるんだ。今のうちに耳の穴かっぽじってよーく自分の音と向き合っとけ。」
俺のため息を聞いた師匠がぽん、と俺の肩に手を乗せ、急に真面目な顔をして言った。
そう。
師匠の言うとおり、結局今の俺は中途半端なんだ。
まだまだ音で自分を表現することもできないひよっこ。
これからもっと、自分を磨いていかなくちゃならない。
やっと、道端の石っころから原石にまで成り上がったんだ。
やっと、スタートライン。
「よしっ!」
気合を入れなおして、俺は再び鍵盤に指を滑らせた。