番外1.マスターのつぶやき
「ふう・・・。」
店を閉店させた後、せっせとグラスを洗っていた。
がらんとした店内は、どこか薄暗い。
(今日は良いものを聞かせてもらいましたね。)
今夜は、最近よくいらっしゃる銘崎様と、久しぶりに詩藤様がご来店になられた。
二人はお知り合いのようで、隣同士に座り、仲睦まじくお話になっておられて。
まぁ、私から言わせてもらうと、お互い意識しあっているのにくっつけない、じれじれの関係ってところみたいだったけれど。
あの二人が結ばれると、すごく目の保養になるだろう。
お二人とも見目麗しい方だから。
それにしても、今日の詩藤様の演奏。
「ふふ・・・っ」
思わず笑みが漏れる。
ここ20年ほどこの店のマスターを務めているが、あんなに情熱的な演奏をした人は初めてだった。
もはや、ピアノで告白しちゃっていましたね。
それくらい、情熱的だった。
銘崎様も頬を上気させて、一心に詩藤様をみつめてらした。
っていうより、見惚れていたのだろう。
お互いに惹かれあっているのは一目瞭然である。
「早くくっついてしまえば良いのに。」
思わずそんな独り言が漏れる。
それに。
(これであの子も、もう『青い薔薇』からは卒業ですね。)
詩藤様がずいぶんと青い薔薇に苦しめられていたことは知っている。
長い付き合いだから。
ここでピアノを弾きなさった時は、いつも苦虫を噛み潰したような顔をしなさっていた。
聞いていたお客様は皆惜しみのない拍手を送っているのにもかかわらず。
詩藤様はいろんなものを持ちすぎて生まれてきた。
普通の子供がもたもたとやっていることでも、難なくクリアできてしまう。
そんな子供だったみたいだ。
彼が幼い頃、よく両親がここに来ては嬉しそうに彼のことを話されていた。
当時はそのことが誇らしくて仕方がなかったようだが、今ではそれが仇になってしまったと悩んでいらっしゃるようだ。
彼は【こども】として過ごす時間が短すぎたんだ。
ピアノにしてもそう。
彼は天才的な才能を持っていた。
音楽家としての才能を、すべて生まれながらに手にしていた。
なまじ耳が良いために、良い音を聞くとすぐにその音に影響を受けた。
まるでその音を盗むかのように、幼い彼はいろんな音を吸収した。
技術もどんどんついていって、彼は神童と呼ばれた。
そうして神童は、自分の音を見つけきれないまま成長したんだ。
でも。
もう大丈夫だろう。
彼は自分の音を見つけたみたいだ。
(今度彼の両親がいらっしゃったら、今日のことを教えて差し上げなければ。)
きっと嬉しそうに微笑まれるだろう。
やっとあいつも大切なものを見つけたか、とね。
そんな近い将来のことの想像は難くない。
口元に笑みを浮かばせながら、最後のグラスをグラスケースに入れた。
活動報告の方で補足をしております。
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