天才
たった今、失業いたしまして、新しい職場を探しているところでございやす。
この業界、少々特殊でございやして、職場に入るには、元々居た前任者を追い出さなければなりやせん。私どもは、一人で一人を担当する決まりでして、無理にこれを破る不届きものも最近じゃ多いようですが、そんなことをすれば、たちまち病気になってしまいやす。
まったく、理解しかねるのですが、今回も無理矢理職場を追い出されてしまいやした。このところ、こういうことが多くございやす。
自分で言うのもなんですが、私、他の者には「天才」と呼ばれておりまして、能力には自信がございやす。絵を描くのも、音楽を奏でるのも、数式を解くのも、私にかかればお茶の子さいさいでございやす。1、2年私が担当すれば、世界的に有名になること請負いでございやす。
私の後任者などは、ただ温厚なだけが取り柄でして、まったく、私を失った職場はかわいそうなものだと思いやす。もっとも最近、同業者にはどうも陰気な者が増えてございやすから、温厚な奴が後任なのは幾分救いでしょうか。
さて、無駄話もほどほどに、そろそろ次の職場を探しやしょう。
次は、生まれたてのところにしやしょうか。この頃は特に、途中から入るより、その方が追い出されにくいような気がしやす。
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あるオフィスにて。
「今日から復帰いたしました。皆様にはご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。今日からその分を取り戻せるよう精進してまいります」
半年の療養を経たN氏の職場復帰は同僚に好意的に迎えられた。
「Nの奴、復帰したんだ。よかった」
「一度、急によく分からない数式をぶつぶつ呟き始めた時は、もうダメかと思ったけど、精神科にかかって、すっかり良くなったそうだよ」
「見るに、すっかり元の温厚な調子を取り戻したようじゃないか」
ポツリと誰かが呟いた。
「しかし、何だったんだろう?」
「なんせ、ストレス社会だ。ある日突然人格が変わったようになったり、多重人格のようになったり、鬱になることもあるだろうさ」
「まったく、恐ろしいな。まるで魂でも入れ替わったような……」