騎士団本部
アレスとの決闘から三日。不思議とシンに決闘の申し込みはなく静かに過ごしていた。
「フェリス、このあとどうする?」
「そうね。どうせ今日もエンネア様はユリス様と一緒にいるんでしょうしね」
放課後になるとよくエンネアはユリスと一緒にいることから必然的にシンもフェリスと一緒になるのだ。
感情のこもってないトーンで言うフェリス。実際フェリスは密かに憂鬱そうな顔をしていることをシンは知っている。
「もしかしてフェリスってユリスのこと好きじゃない?」
「そんなわけないでしょ」
「でもなんな気を使ってる感じあるよ」
「それは…」
フェリスは開いた口を閉じる。言うか止めるべきかと思いながらシンに双眸を向ける。
決闘が終わったあの日のことである。校門で別れ際ユリスがフェリスのもとに寄った。
「騎士フェリス」
「え、あ、はい」
呼び止められたフェリスはユリスに手招きされる。
「なんですか?」
「ほら、お昼のこと」
そう言われフェリスは食堂でユリスに質問していたことを思い出した。その後あやふやになり忘れていた。
「エンネアにはあまり言わないで欲しいんだけど」
前置きを言ってから耳元で囁くように一言。
「私も一人の乙女だから」
耳元から離れニコッとするユリスに対しフェリスは顔を真っ赤にした。
あれからシンとユリスの会話に耳を傾けるととても主人と騎士だけという雰囲気ではなく、フェリスの本意としてはもっと二人を一緒にさせるべきなのではとも考えたのだが、自分の主人までもがユリスにべったりしているのが申し訳なく感じていた。
「なんかごめんなさいね」
「え、フェリスが謝るの!?」
「おーいシン君!」
不意に謝罪されて驚くシンの左腕に柔らかいものを押しつけられながらユアンが飛び込んできた。それを見にしたフェリスは立ち上がってそこを指刺した。
「何しにきたのよまずはそれをシンに押しつけるな!」
「えぇ〜?それってぇ、なぁにぃ?」
「それよそれ!」
ローブで隠しきれてない胸元の果実を指さすもユアンは惚けて離さない。
「フェリスが言ってるのは胸のことだよ」
「シンはむしろ躊躇え!」
何気ない口調で押しつけられている胸を今度はシンが指さして言った。ユアンも渋々離すがつまらなそうに頬を膨らませる。
「もー。もうちょっと反応してくれてもいいのに。お姉さん自信なくすなぁ?」
「うるさいのよおっぱい騎士」
「あーフェリちゃん今言ったね!?人に向かって言っちゃいけないこと言っちゃったね!」
「気安く呼ばないでよ!乳デカ騎士って呼ばれた方がいいのかしら!?」
「なぁにをぉ!」
「なんで喧嘩になるの?」
シンを挟んで口論し出す二人。
あの日以降ユアンとも普通に話すようになったのだがあの時の礼儀さはなくむしろこの明るいギャル風な性格が本性らしく、何故かフェリスと馬が合わない。
「よぉシン。……また喧嘩してんのかこの二人」
続けてアレスも来るが口論する二人を見てまたかと息を吐く。
「そうだシン。このあと予定あるか?」
「いや。これからユリスの所に行こうとするところ」
「そうか。実はさっきリアナさんからシンを騎士団本部に連れてくるよう言われてな」
『騎士団本部?』
そこで息が合うように口を揃える女騎士。
リアナと言えば国王ミゼイリアの騎士。
「アレスってリアナさんの知り合いだったの?」
「それはこっちの台詞だろ。なんで騎士団に所属したことがないシンをリアナさんが呼びつけるんだよ」
「その騎士団ってなんなの?」
すると三人とも固まるように目を丸くしてフェリスが両手で肩を掴み顔を近づける。
「だからなんであんたはそんなにも非常識なのよ!?」
「まぁまぁ王都に来てまだ日が浅いんだし許してあげなよぉ」
ユアンがフォローしてくると「仕方ないなぁ」と離す。
「行きながら説明してやる。ユリス様には許可取ったらしい。その時エンネア様からフェリスも連れてって構わないって言われてるんだが」
「エンネア様め。まぁいいわ。ついでに私も登録しとく」
「じゃあ私も行くー」
「ユミル様のことはいいの?」
「大丈夫だよぉ」
「なら行こうぜ。リアナさんが外で馬車を用意してくれてる」
校門前では多くの生徒が集まっておりその中央に騎士リアナと大型の馬車が止まっていた。
「来たか。すまないな、こんなに目立ってしまって」
「いえ大丈夫です」
「では乗ってくれ。詳細は中で伝えよう」
アレスが妙に仰々しいと感じながらシンは馬車に乗り込んだ。
「それで僕を騎士団本部というところに連れていくとアレスから聞きましたけど」
「あぁ。実はさきの決闘を耳にしてな。アレスは元々騎士団所属で今でも本部に顔を出しては手合わせをすることも多くてな。そんな彼を打ち倒したとしった途端本部の連中が一度会ってみたいと。それで実際戦ってみてどうだった?」
視線はアレスに送られ後頭部に手を置いて渋った顔になる。
「……惨敗しました」
「ほう?シンはそんなにも強かったのか?」
「はい。あ、いえその…」
返事をかえすもすぐに曖昧な顔をする。
「強いのもそうですが、それより戦闘におけるスタンスに格の違いを感じました」
「シンはアレスと戦ってどうだった?」
「僕が戦って思ったことはアレスは僕の今の動きしか追ってないってことですね」
「どういうことだよシン」
「例えば初手の一撃。あの時アレスは僕の初動の速さに合わせて剣を振ってるけど、僕が少し加速したらタイミング合わなくて守りに入ってるでしょ。要はアレスって単調なんだよね」
「俺が!?」
「はっはっはっ!言われたなアレス」
「リアナさんまで!?」
「まあこいつが単調なのは見れば分かるけどね」
「確かにねぇ」
「お前らまでうるせぇよ!」
シンの一言にアレス以外頷いてみせ、恥ずかしいとばかりにアレスは顔を抑えた。
「それならシン。私に勝てる自信はどれくらいある?」
『ッ!?』
するとシン以外全員に緊張が走った。シンは眉をピクリと動かす。わざとらしく顎に手を当ててもう片方の手をローブの中につっ込む。
「んーっと、どれくらいでしょう」
でも、と続けてローブの中から何かを床に投げるとナイフがリアナの足元で動く黒い影に刺さっている。
「不意打ちではやられないと思ってます」
「……気づくか」
目を細めて白い歯を僅かに見せながら呟くとリアナの足元の影が引っ込んだ。
わけがわからない他三人の騎士を放置して二人は対峙する。
「何故気づいた?」
「別に、というしかないですね。単に見えてただけですから」
「普通は見えないと思うがな。目もずっと私だけを見てたはずだ」
「中央視野と周辺視野ってご存知ですか?」
リアナは眉を寄せた。
「簡単に言えば中央視野って言うのは鮮明に見える視野で視界の外側でボヤけて見えるのが周辺視野です。僕はこの周辺視野で足元の異変に気づいただけです」
「なるほどな。この状況でも私に警戒していたわけか」
「はい。あ、ちなみに後ろからも狙ってますよね?」
「………これは確実に見えていなかったと思うがな」
「中央視野です。リアナさんの目を見てましたから。観念してない目をしてたのでもしかしたらと思って」
表情を一切崩さないシン。リアナは本当の意味で観念して目を瞑る。シンの首筋に迫っていた影が引っ込む。
「アレスが負けたわけだ。参ったね」
「というか三人はさっきからなんで黙ってるの?」
「いや…むしろなんでシンは平気なの?この人誰だが分かってる?王国最強の騎士、いや黒騎士のリアナさんよ?」
「うん。それぐらい知ってるけど」
フェリスは驚きながら何度も聞く。当たり前のようにかえすとリアナが愉快な顔をする。
「本当に面白いなお前は」
「ところでリアナさん、その騎士団本部ってなんです?」
「ん、そうかシンは知らないのか。騎士団本部、というより騎士団はその名の通り王国に仕えている騎士のことで、その活動拠点が騎士団本部だ」
そこで初めてユリスと会って言われた「専属騎士」という言葉を思い出した。
「じゃあ騎士団登録って?僕はユリスの騎士だから」
「専属騎士でも登録は許されているしむしろそうした方が評価されやすいんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。騎士団登録しておけば国の仕事を引き受けることが出来て成果を出せば専属騎士としての評価されるんだ。かくいう私も国王選定としてミゼイリア様に仕えていた時よく騎士団の仕事を受けていたんだ」
「ほぉー」
シンは納得して頷きながら頭の中で別の事を考えていた。王位継承権第一位が白星を得るには同じ第一位と戦うしかないが何しろ今期の生徒で第一位はユリスとシンのところだけでありどうにもならずにいた。
しかし騎士団という所で仕事を受ければそんなことにはならない。どんな仕事があるか分からないが上手くいけば黒騎士の試験に一歩でも速く近づくことが出来る。
「そろそろ着くぞ。あれが騎士団本部だ」
窓の外から覗き込むと大きな塔が三つ見えた。真ん中に大きい塔で左右奥に少し背の低い塔が建っている。
入口手前で馬車から降りると大勢の甲冑姿の騎士現れ道を作るように並び出した。
「出迎えはいらないと言ったはずだぞ」
リアナがため息混じりで言うと先頭に立っていた男がこちらに来た。
「黒騎士が、しかも国王陛下の専属騎士とその客人が来るとなればこれぐらい当然でしょう」
「客人ではない。連れてこいと言ったのはリグル殿だろう」
スキンヘッドの中年男、リグルは後ろに立つアレスに気がつくと「おっ」と声を漏らす。アレスが前に立てながらシンの肩に手を置いた。
「コイツが俺がこの前いってたシンです」
「ほぉ。色々聞きたいことがあるがここで立ち話もなんだ。中で話を聞かせてもらおう」
騎士団本部に入るとそのまま応接室にまで案内された。それから話を聞くとリグルは騎士団の団長を務めているらしくアレスにとっても剣術を教えて貰っていた師にあたるらしい。
その後シンとアレスの決闘の様子を聞かせて十分満足してもらったところで騎士団登録の手続きをしてもらうことになった。
手続きの順番待ちをしているシンは一人でいるリアナの横に立った。
「そう言えばずっと言いたかったことがあるんですけどいいですか?」
「なんだ?」
「僕に監視を持たせるならわかりますけど、まさかユリスにまで監視を付けてたりしませんよね?」
「………」
返答が帰ってこず互いに視線だけ睨みつけ合う。暫くして観念したのかリアナは息を吐いた。
「勘がいいにも限度があるぞ」
「勘ではありません。ユアンが僕の監視なら必然的にユリスの監視は一人しかいませんから」
「ナチュラルにユアンが監視役だと確定しているが?」
「最初の接触から怪しいとは思ってました。でもユアンが自分から墓穴を掘っていたので」
「聞かせてくれ」
「一つ目は僕が王都に来て日が浅いことを知ってたこと。二つ目は僕がリアナさんと知り合いだってことに驚いてなかったから。そして肝心の三つ目は、騎士として怪しかったからです」
「騎士として?こう言ってはなんだがユアンは騎士としてはちゃんとなっていると思うがな」
「それはいつものことでしょう。今回主に何も言わないで決めてたんですよ。つまりこれは元々主人への忠誠がなかったか、予め主からそう言われてるか。リアナさんの言うようなら当然後者です」
シンの推理を聞くとリアナは鼻で笑う。
「不愉快な思いをさせたか?」
「いえ、ユリスも僕の魔剣のことを簡単に広まらないように気をつけてましたし、国王であれば当然の判断だと分かってます。だから聞きに来たんです。ユリスにも監視を付けているのかと」
リアナはそこまで聞いてようやく意図を理解した。最初からシンが聞きたかったのはユリスへの信頼性だった。S級魔剣を持っているシンの監視は同時に彼の周りで不審な動きがないが見守ることが出来る。但しユリスを個人で監視をつける場合それが意味するのはユリスが不審な動きを見せないかということ。とどのつまり国を裏切る可能性が考慮されているということになる。
「勝てる自信があるかと聞きましたよね?」
馬車のことを思い出す。あの時シンは言った。「不意打ちではやられないと思ってます」と。まだ勝てるか勝てないかを答えていない。
シンは体をリアナに向け魔剣に手を置く。
「勝ちますよ。ユリスの敵になるなら、たとえあなたが相手でも僕が勝ちます」
純白の双眸が獲物を捉えるような目つきでリアナを見つめる。明確な敵意が無意識にも魔剣に手が伸びる。
「シン君次だよぉ?」
両者同時に剣から手を離す。
「あ、やっと僕か。それでは」
先程までの敵意が微塵もなくなりシンが去る。
「シン君と何話してたんですかぁ?」
ユアンが聞くがリアナは何も言わず横を通り過ぎて立ち止まって横顔を向ける。
「ユリス様、及び騎士シンを監視対象から外す。ユミル様にも伝えておけ」
「……あら?」
すれ違いざまに見えた横顔にユアンは言葉を失ってシンに視線を向けた。
「はわぁ〜、おっかないねぇ」
久しぶりに昂り出す感情を抑えてリアナは魔剣、《影帝・キマリス》を握り締める。
「早く昇って来るんだな。私のいる領域まで」