王立学院
「それじゃあシンは先日からユリスさんという方のところに?」
「はい」
藍色のショートボブに黒縁メガネを掛けたメイド服の少女、ユフィーはこの日シンの母親の元を訪れていた。
ポニーテールにまとめた白髪の女性、グレイ。
何故ユフィーが今日ここに来たのには幾つか理由があるが一番の理由はシンがグレイに殆ど事情を話していないことである。
シン曰く「暫く帰らない」とだけしか伝えていなかったという。そこで事の詳細を伝える為にユフィーがここに来た。
そして頭を抱えることに。シンは本当に何一つとして伝えておらず家にお邪魔してからまずユリスの騎士になったと伝えると飲み物を出そうとしたのかコップを落としていた。陶器で出来た為落ちた衝撃で割れたことにも気がつかない程驚いていた。
説明して既に三時間経ってようやく落ち着いてきてくれた。
「シンは大丈夫でしょうか?村でもいつも虐められてばっかりであーでもちゃんとやり返したことはあるんでよでもその時は色々面倒なことがあってもうやり返さなくなっただけで喧嘩が弱いって訳じゃないんですよただあの子には家事のやり方も教えたことなかったですしあーでも勝手に洗濯物をしてくれた時は私より綺麗でしたから家事が出来ないわけじゃないから大丈夫なわけで……あれ大丈夫?」
この人情緒不安定か?なんて思いつつグレイが口を閉じるのを待つ。
「やっぱりあの子には勉強教えて来なかったし不安かも……」
……十分経過。
「あとコミュニケーション?っていうの、友達もいないのにいきなり誰かと会話出来るかしら?」
……三十分経過。
「それに相手は王族の方なんでしょうそれなら紅茶の入れ方とかお菓子とか……」
……一時間経過。
「大丈夫ですから!」
「はわわっ!」
ドンッと両手をテーブルに叩きつけたると、ビックリした評し椅子を後ろに倒れしそうになるグレイ。
「諸々私が責任を持って教えますのでご安心下さい!」
もう何も言うなと言わんばかりに言葉に圧を込める。
「むしろ心配するところそこですか!?普通親ならいつ帰ってくるのとか、ちゃんと無事に帰って来るんですかとか息子さんの身の回りではなくご本人の心配の方をするでしょう!!」
ハァハァと息を切らして訴えるユフィー。暫くはグレイも鳩が豆鉄砲をくらったようにキョトンとしていたがハッと元に戻った。
「いえいえ勿論心配してますよ?でも、親子だからって言うんですかね、分かるんです。どんなに危険な場所に行ったってシンは絶対帰ってくるって。だってあの子一ヶ月何も持ってかないで森の奥まで行ってクマとかイノシシ狩って来ちゃったんですよー凄いでしょふふふっ。しかもまだ八歳の時に!あの子ならどこ行っても大丈夫ですってー」
笑い話をするように、というか実際笑って語るグレイ。
ユフィーはシンから母親が過保護な人だとは聞いていた。聞いていたからこそもっとシンの身を案じるとばかりに思っていたが全く持って違った。シンの周りにいる人に対して極度の心配性だったのだ。
グレイは昔からシンが正直に何でも言ってしまったり教えてもいないことを出来たりと何かと何でもしてしまうからという理由で嫌われていたことを知っているから、普段からあれこれシンに言っていた。結果ただの過保護だと思われたというわけだ。
「それよりユフィーさんこそ大丈夫ですか?今シンとユリスさん二人きりなんでしょう?」
「え、えぇはい。だい…じょうぶ…です」
手を頬に当てて尋ねるグレイにユフィーは目を逸らしながら自信なさげに答えた。
「大丈夫だと思っていたのに……」
屋敷に戻ってきたユフィーは目の前の光景に拳をプルプル震わせていた。
先日騎士になることを果たした白髪の少年、シンが携帯型写影機(通称カメラ)を持ってユフィーとシンの主である灰色髪の美少女、ユリスを撮っていた。
「いいよユリス!今度は手を後ろにやって片足を前に出す感じで…そう!」
「ど、どうかな?ちゃんと撮れてる?」
「バッチリだよ!」
「何をしてるんだお前はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!あとユリス様も!」
頭に血が登り声を荒らげるユフィー。それに反応して振り返るシン。
「写真撮ってる」
「分かってる!そんなことは!それより何故ユリス様を撮ってる!?私が帰ってくるまでは大人しくしてろと言っただろう!」
「しょうがないなぁ…」
怒鳴られるとシンは仕方ないとばかりにカメラを置いた。
「これだよ」
これ、というとシンは着ている衣服を広げる。金色の刺繍が施された白いローブ。左の胸元にはソ・レベスタ王国の国旗である笛を吹く悪魔の絵柄が縫われている。右の胸元には金色の星型をした勲章のようなものがつけられておりこちらはミゼイリアから贈られたものらしい。
「王立学院の制服がどうかしたのか?」
「そう!制服だよ!」
怪訝そうな顔をするユフィーに指を指す。
「出来栄えが気になってユリスに見てもらってたんだけど、ユリスの制服姿も見たくなって」
ユリスも確かにシンと似たローブを着ているが色は白ではなく赤。
「あまりにも似合っていたから少し撮ろうかな〜って」
「何処が少しだ撮影会だったぞ。絶対百枚以上撮ってるだろう」
「たかが百枚じゃないか!ユリスの写真なら何千枚じゃなきゃ割に合わないだろ!」
「ふざけるな全部没収だ!カメラを寄越せ!」
手を差し出すユフィーにシンさ目を半開きにして尋ねた。
「……写真もらう気でしょ?」
「…………………………………………預かるだけだ」
長い間をおいて答えたせいでシンは渡すのを止めた。
「大丈夫だよユフィー。ちゃんと撮ってもらってただけだし私も楽しかったから」
「……ユリス様がそう仰るなら。あぁそれと。グレイさんの用を済ませたあと学院側に入学手続きの書類を提出しておきました」
王立学院。それは王国全土に幾つか建てられた学び舎施設でありその王都にあるのが王立学院である。入学条件は身分により異なるが王族であれば本来条件なく入学することが可能なのだが、王位継承権を持つ者のみ騎士を仕え王位継承権第二位以上でならないこととなっている。
そしてなぜ今王立学院への入学準備が進められているかというと理由が幾つか存在し。
一つ目は、シンに王都での常識を勉強させる為。これは以前辺境の村で暮らしていた時の誤った知識を直させると同時に新しく覚えてもらうため。
二つ目は、首都である王都の学院での実績は騎士として非常に評価されやすいこと。
三つ目。これが最も重要でありシンが騎士を誓った後日ユリスからこんな話を聞かされた。
「騎士の事だけど実はただ騎士として強くなればいいわけじゃなくてちゃんと昇格しなきゃダメなの」
「昇格?」
「その昇格試験を受けるには一定以上の実績を示さなきゃいけないんだけど、ただ闇雲に頑張るだけじゃ到底出せっこない。だけど王立学院ってところは成績として実績が積み上げやすいの」
「因みに昇格するとなんて呼ばれるの?」
「黒騎士。この国で最強と言われる騎士の称号」
この黒騎士にならなければユリスが国王になることは間違いなく不可能であり、むしろ黒騎士になってからが本番だとも言われている。
「それに王立学院って毎年昇格試験受験者数トップだから私以外の国王の座を狙ってる王族の殆どが王立学院に通ってるの」
とのこと。シンがユリスの騎士になったことで王位継承権第三位から第一位になったことで王立学院への入学が可能となった。胸元の金色の勲章、これが第一位の証明であり第二位は銀色の勲章らしい。
「改めて言っておくよシン、学院じゃあ私と同じ王族の人や貴族も沢山いるけどちゃんと敬うこと。いいね?」
心配そうにユリスが聞く。本来であればシンはユリスに対しても主人への言葉使いがあるのだがそれはユリス許されたからであり彼女以外にはちゃんと身を弁えなければならない。
「大丈夫だよ。でも相手が騎士か王侯貴族かなんて見分けが」
「それこそ大丈夫」
ユリスはそう言って着ているローブを大きく見せた。
「赤いローブは王族、青が貴族、白は騎士って分け方をされてるの」
「結構分かりやすいんだね。……あれユフィーもついてくるって聞いたけど」
「使用人を付ける場合その使用人にはローブは配給されないようになってるの。色を変えたとはいえ主人と同じ服を着させると主従関係がないだろって昔の人が」
「騎士はいいの?」
「騎士は元々貴族がなるものだったの。だけど魔剣は無能者しか使えないし、無能者同士でも魔力持ちの子が生まれるから『騎士』という新たな地位が作られたの」
つまるところ昔は貴族と騎士はイコールで繋がっていたが今は騎士とは貴族より下の階級として呼ばれるようになったということだ。
「なるほど。それでいつから王立学院に通えるの?」
「今年の入学式は明後日からだよ。本当は手続きの締め切りとっくに過ぎてたけど第一位権威で何とか出来たとはいえ予定通りにはいきそうにないかな。たぶん一日遅れで私達は通うことになると思う」
ユリスの言う通り明後日までに学院側の手続きが終わることはなく後日書類が渡されシンとユリスは王立学院入学から一日遅く校門の前に来ることとなった。
王都中央に聳え立つ王城の反対側に建てられた建物。王城は古風を漂わせそこに存在感を顕にするイメージをしているが王立学院は宮殿を想像してしまう。コの字からなる壮大な本校舎と全体的に綺麗に整えられた庭の装飾。
何をとってもシンは王城を見るより遥かに感動していた。目を見開く様子をユリスは苦笑する。
「すごいよね。二百年ぐらい前に建てられたそうなんだけど当時の国王は派手好きでここまで豪華にしちゃったらしいよ。初めて見る人皆驚くけどね」
「ぶっちゃけ王城よりこっちの方がすごいよ。ミゼイリア様とかこういうのお好きな様にみえるけど」
「実際そうね。学院をモデルに自分の部屋模様替えしたとか聞いた事あるかも」
校門前でそんなことを話していると幾つもの馬車がやってきた。
王族や貴族が中心に通う学院に置いて徒歩で来る生徒はまちまちである。今日はシンに学院までの道を覚えてもらう為ユリス達は歩いてきたが明日からは馬車の予定だ。
その場で足を止めキャビンからローブを身に纏う生徒たちが続々とやってきた。
「………?」
そんな生徒達の胸元を見てシンは首を傾げる。目を動かし幾人もの生徒を見てある疑問を抱いた。
「私達も行くよシン、ユフィー」
「はい」
「え、あ」
先に校門を潜るユリス。その後を追いかける騎士と侍女。
シンはユリスに聞こえないようユフィーの耳元で話しかけた。
「ねぇユフィー、一つ聞いてもいい?」
「どうした?あまりキョロキョロすると見栄えが悪く思われる」
「ごめんごめん。ちょっと気になったことがあって」
素直に謝るとユフィーは怪訝そうにも言ってみろと目線を送る。
「王位継承権第一位が金色で、第二位が銀色なんだよね?」
「今更何言って……」
「いやだって……」
シンは改まって周囲の生徒の胸もとを確認する。
「だって……皆銀色なんだよ?」
この場においてユリスとシンを除いて誰も金色の勲章をつけていない。つまり全員が王位継承権第二位ということになる。
「あぁ。そのこと」
ユフィーは驚きもせず呟いた。
「今期の新入生徒で第一位はユリス様とシンのところだけだぞ」
「え、それってやっぱりユリスが美しすぎるがあまりに…」
「違うわバカっ」
小声叱るユフィー。
「ミゼイリア様の計らいで、S級魔剣使いの主人という評価で第一位に昇級したんだって」
シンは無言で腰に掛ける紫紺色の魔剣に手を触れる。
「言っておくがだからって調子に乗るなよシン。いつ第二位の騎士に決闘を申し込まれるか分からないんだから」
「決闘?それってなに……」
「二人ともどうかした?」
後ろでコソコソしているのに気がついたユリスが足を止めて振り返っていた。
「何でもありません。行きましょうユリス様」
何もなかったように告げるユフィー。そのまま校舎玄関まで来た。
「騎士と私達は校舎が東と西でわけられてるシンとはここまで、ちゃんと頑張ってね」
「もちろん。ユリスもね」
シンは手を振ったあと自分のクラスへと足を運んだ。
「決闘ってなんのことだったのかな?」