貴方の足は舐められない
城内の一室にて一人の美少女と一人の美女が向かい合う形で高級な素材で作られた煌びやかなソファに腰掛け紅茶を嗜んでいた。
美少女の方はユリス。お皿とカップを持ち上品にも紅茶を飲む。
美女の方は派手な金髪を後ろで大きく一つ結びをして真っ赤な口紅をさし目元のアイラインを大きく見せ、覇気を放つかのような金色の双眸と成熟した豊満な果実は誰をも魅了させる美しさを感じさせる。大きな赤い宝石を軸に施されたネックレスをつけ赤と黒が混ざり合うバイオレンスなドレスを見事に着こなし一層美しさが増している
その美女こそ現.ソ・レベスタ王国国王、ミゼイリア・シス・レベスタ18世。
「そう。王位継承権は諦めるの。潔いいわね、一年前は随分活きがよかったに」
「人を魚見たいに言うのはよして下さい。そもそも期限が明日までで潔いいと言われましても、かなり抵抗したつもりだったのですけどね」
そう言いながら紅茶が入ったカップをお皿に乗せてテーブルに置いた。
落胆するユリスを愉快に思ったのかミゼイリアは目を細めてニヤッと笑う。
「聞くところによると最後の綱は魔剣の使えないハズレクジだったとか。災難ね、つくづく運がないのね。不幸の悪魔でも取り憑いてるんじゃない?」
「誰のせいで取り憑かれているんでしょうね全く。それに」
ユリスは一度目を閉じてカッと開いて双眸をミゼイリアに向ける。
「ハズレクジというのは聴き捨てなりませんね。むしろ最後の最後で、いい人生だっと思える巡り合わせだったと感じてますよ」
その強い瞳にミゼイリアは不快感を感じた。
「そう。つまらないことね。最後ぐらいあなたの泣き顔でも見てみたかったのだけれど」
「王族から追放するのであればどうぞご自由に」
「あら家名が惜しくはないのね」
「先祖から受け継いた家名もその名にも私からしたら飾りですから。お父様とお母様からもらった『ユリス』という名があれば十分です」
まるで勝ち誇るかのような言い回し。事実としてミゼイリアはテーブルの上のカップを投げつけたくなるほど不快になった。
「……王家追放者は名無しで生きる法でも作ろうかしら」
「戯れが過ぎると陛下の騎士に怒られますよ」
「あらあら彼女は私の騎士よ?私のやることなすこと全て受け入れてくれるわ」
「そうでしたっけ?確か陛下が就任なされたとき全く仕事をしないとお付の騎士に毎日のように叱られていたなんて話を耳にしましたが、あれはいかがだったのでしょうか?」
「ふふふっ。はてさて何のことかしら?それにしても今日は随分と強気なのねユリス。いつもは産まれたての子鹿みたいにプルプル震えてたのに」
「陛下こそご冗談を。それでは私が陛下を怖がっているようではありませんか」
「そうではないの?」
「当然でございましょう。ただの陰険な悪魔と思っていません」
「言ってくれるわねぇ」
宛ら悪魔の会合とも言わんばかりの雰囲気。二人とも笑顔を見せるがその奥底は黒い感情が渦巻いている。そんな誰も混ざりたくないであろう部屋の扉がノックされる。ミゼイリアが許可をすると黒く輝く鎧を身にまとった金色の長髪の女性とユフィーが入ってきた。
「おかえりなさいユフィー。彼は大丈夫そう?」
「はい。ユリス様がご心配になることはありませんのでご安心下さい」
「あらユフィー、まずは目上の人に挨拶をするのが基本ではなくて?」
ユリスに一礼すると横からミゼイリアが割って入る。一拍間を置いてからユフィーはミゼイリアにも頭下げる。
「申し訳ありません。ミゼイリア国王陛下。陛下に置かれましては何やらご機嫌がよろしくなられておりませんでしたのであまり刺激なされない方が良いのかと存じまして。ご容赦くださいませ」
するとユフィーの後ろに立つ女性が眼光を尖らせて腰にかけてある剣の柄と鞘を握るり何時でも切り倒せる体勢を取る。
「気にしなくていいわよリアナ」
ミゼイリアが片手を上げて静止した。リアナは即座に剣から手を離す。そしてユフィーは何事ないようにユリスの後ろに回り立ち止まる。
「相変わらず二人は仲がいいわね。揃って私が嫌いだなんて。傷つくわぁ」
そう言いながら首を傾けて頬に手を添える。
「リアナも何か言ってあげなさいほら」
「何か、ですか。私としては話に聞く少年の方が気になります」
「……ノリが悪いわね」
「コミュニケーション不足では?」
ミゼイリアがリアナに視線を向けて言うが彼女は主人の意志とは別のことを口にだし、ここぞとばかりにユリスは蛇足を加えた。
「はぁ。魔力もなく魔剣の声も聞こえないという少年。どこに興味があるの?」
「まず前例がありません。魔剣に宿る悪魔は魔力を持たない人間を好む習性があります。これは魔力持ちは複数の悪魔の残滓を保有していてA級ほどの上位悪魔は、悪魔同士の混ざり合いを嫌っているからに他なりません。故に魔力持ちは混血、魔力が無いものは純血と呼ばれたりしている訳ですが今回の少年は間違いなく純血。魔剣に選ばれないはずがありません」
「だそうよ。何かある?」
ユリスに向かって適当に話題をパスする。心底興味ないのが伝わってくる。
「これと言って何も。ユフィーは?」
「そう、ですね。私からも何もなかったですね」
二人の解答にリアナは不承不承に納得するように相槌をうつがユフィーが「ただ」と続けた。
「あの時ヴァルスが反応しなかったですね」
そう言ってスカートから魔剣を手に取る。
「ヴァルスってあなたの魔剣の悪魔よね?どういうこと?」
「はい。宝物庫に入ってからヴァルスの様子がおかしかったので呼んで見たのですが無視されまして。そう言えばシンも変なことを言ってましたね。宝物庫に入ってからは静かにしていたはずなのに他の音がしたとか。恐らく地上の音が届いていたのかも知れませんけど」
「あー。私も変なこと聞かれたわ。この部屋であってるのかって」
そこでミゼイリアは紅茶を飲む手を止めて目を細くして飲まずに置いた。
「もういいでしょう。興も冷めたことだし、明日にでもユリスの王位継承権剥奪の手続きを済ませなくちゃいけないから。行くわよリアナ」
「え、あ、はい」
ミゼイリアの唐突の退席してそれを追いかけるリアナ。ユリスは不思議に思いつつユフィーと目を合わせて首を傾げた。
「どうされたのですかミゼイリア様?」
「出掛けるわよ。シンという少年の住所調べてきて」
「分かりました。ですが何故?」
リアナな問い掛けるとミゼイリアは立ち止まり振り返る。
「会いに行くのよ」
それだけ言ってまた歩き出す。だがリアナはその場で立ったまま主人の背中を見つめる。先程振り返ったときのミゼイリアは笑っていた。まるで新しい玩具を手に入れた時のように頬を緩ませて。
後日
王城より東にかなり離れたところに建ち並ぶ住宅街。平民層が多く住む地区、その一角にある二階建ての一軒家でシンの母、グレイは伸びた髪をポニーテールにして馬車で運ばれた荷物の整理をしていた。
すると家のドアがノックされる。馬車の人が戻って来たのだろうかと思ってすぐにドアを開けると見知らぬ美女が二人、ミゼイリアとリアナ。
「あの…どちら様でしょうか?」
ミゼイリアはドレスの裾を摘み上げ優雅にお辞儀をする。
「初めまして。私はミゼイリア・シス・レベスタ18世。ソ・レベスタ王国の国王をしております」
「こ、こここ国王様!?」
「一先ず中にお邪魔してもよろしくて?ここで立ち話しては目立ちます」
「ど、どどっ、どうぞお入りください!せせ、狭苦しいところでありますけ、けど!」
緊張し過ぎるあまり舌が上手く回らないグレイ。大慌てでテーブルの上の荷物をどかして椅子も用意する。
「あぁ。別に長話するつもりはありませんわ」
「はっ、はい!」
「実はシン君という子に会いに来ましたの」
「し、シンに?」
するとグレイは二階に上がる階段に目を向ける。
「あの子は今……」
視線を落とすグレイ。流石のミゼイリアも言葉に悩んでいると二階からシンが降りてきた。
「二階の整理終わったよ。それとさっきからうるさいけどどうしたの。……誰?」
「シン!?ど、どうしてって……って!誰って失礼な事言わない!国王様よ!ちゃんとお辞儀しなさい!」
「国王……」
立ちすくむシンにグレイがあわあわしているとミゼイリアが前にでる。
「あなたがシン君ね」
「そうですけど何か用ですか」
無関心か感情の感じられないトーンで口を開くシン。国王であるミゼイリアに対して何の感情も抱いてないのだろう。
「荷物の整理はどう?時間があるなら少し話があるんだけど」
「二階の整理はあらかた終わりましたから話があるんでしたら上で。一階は母さんの邪魔になるかもだし」
「分かったわ。リアナはここにいなさい。そうね、ここの手伝いでもしてなさい」
「はい!」
ミゼイリアがシンと共に上へと消える。グレイは状況が理解出来ないままキャロキョロしているとリアナが「何を手伝えばいいだろうか?」と聞かれ頭が沸騰していた。
二階に上りシン用の寝室にはいる。ベッドと机のみが置かれた質素な部屋。
「座るところはないですので」
「構わないわ。さて、まず何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
「………ユリス様はどうなりました?」
「明日には王家を追放。二度と王城への立ち入りを禁止され、また家名を名乗ることを禁じられるわ」
「そうですか」
その返事を聞きもう他に聞かれる事がないと悟ったミゼイリアは自らの本題に入った。
「あなた私の騎士になるつもりはない?」
「ありません」
即答だった。シンもミゼイリアの目的は知らないにしろ騎士という単語だけで答えが決まっていた。
「どうしてかしら?宝物庫で魔剣に選ばれなかったから?」
「確かにそれもあります。ですが即答した理由は違います。僕はユリス様以外の騎士になるつもりなんて毛頭ありません。たとえそれが国王様と言えどそれだけは譲れないんです」
「……そう」
ミゼイリアは目を細めた。理解し難い答えに口を閉ざした。しかし諦めきれずに言葉を紡ぐ。
「分からないわね。私とユリスで何が違うというのかしら?地位も名声も私の方があるよの。国王の騎士というのはとても栄誉なことだというのに私の何が不満なの?」
「国王様に不満があるわけじゃありません」
「だったら…」
「でも」
ミゼイリアの言葉を遮りシンは続ける。
「ユリス様の足は舐められても貴方の足は舐められない、ということです」
「…………………………………………………は?」
理解が追いつかなかった。いや理解以前に状況が処理することすら出来なかった。
「あの……大丈夫ですか?」
静止して動かないでいるとシンが首を傾けて問い掛ける。ミゼイリアは理解しきれない脳から問い掛ける。
「あなた、国王である私になんて言ってるか分かっているの?」
これは即ち死の宣告に等しい言葉。それをシンが理解出来なかったにしろ国王の不快を買った、ということだけは雰囲気で知ることが出来ただろう。
それでもシンは恐れることなく言葉を返す。
「国王というのは嘘でも満足させれば嬉しいんですか?無理にでも褒めないと消すんですか?正直に貶せば死刑ですか?もしそうなら…国王というのは随分と器の狭い人のことを指すんですね」
いくつもの疑問をぶつけられ勝手に答えを出される。ミゼイリアはリアナを下に置いてきて正解だと思った。もしここに彼女がいれば有無を聞かずに斬り捨てていた所だっただろう。
そして彼女の中に渦巻いていた不快感が弾けるように消えた。変わりに新たな不快感を覚える。
「あなた……ユリスにそっくりね」
「え」
皮肉を言ったつもりが、目を見開くシン。その双眸からはミゼイリアに初めて感情を見せる。まるで愛しき人とお似合いねと言われた時のような、そんな目をしていた。
そこでようやくミゼイリアは理解し、吹っ切れた。
「なら、もう私個人のわがままはここまでにしておきましょう。そしてここからはこの国の上に立つものとしていかせてもらいましょうか」
てってきり怒られると思ったシンは目を丸くする。ミゼイリアの顔つきが変わり身構えた。
「別の提案よ。あなたをユリスの騎士にしてあげる」
「………どういうことですか?」
予想外の展開にシンはなおも警戒する。
「別になんてことないわ。ユリスの王位継承権は継続させる。何か文句ある?」
「文句以前に分かりません。そもそも僕は魔剣が」
「あなたが使える魔剣ならあるわ」
「ッ!?」
驚くシンにミゼイリアは続ける。
「正確には、あなたにしか使えない魔剣があるの。魔剣があれば騎士になれる。どう?悪くないでしょう?」
「……僕を騎士にして国王様に何か得でもあるんですか?」
「言ったでしょ、この国の上に立つものとしてって。この国のためになることをしてるの。さぁ、答えを言いなさい。騎士になるか、ならないのか」
シンは拳を握り締める。そんな二択を出されれば答えは決まっている。
「なります。その魔剣を教えて下さい」
「えぇ。ついて来なさい」
ミゼイリアとリアナと共にシンが連れてこられたのは昨日ユリス達と訪れた宝物庫の入口小屋だった。
「ところでシン君、母親にあれしか言わなくてよかったの?」
ミゼイリアが問いかけた。あれしか、というのは魔剣の場所までついていくことになった時にシンはグレイに「いってきます」の一言しか伝えなかったことだ。
「大丈夫です。故郷にいた頃は一ヶ月帰らなかった時も普通に怪我した時も大袈裟に心配してきましたし。下手なことを伝えると引き止められそうだったので」
「………ユリスがこの子の何を気に入ったのか分からないわ」
そんなことをミゼイリアがボヤいている間にリアナが扉の鍵を開ける。
前回と同じ階段を降り同じ扉を通る。そしてA級魔剣の部屋にまで来た。
「それでどうシン君」
「変わらずですよ。本当に僕が使える魔剣があるんですか?」
「リアナはどう?」
シンの言葉を聞き次にリアナの方を向く。
「いえ、私も何も」
「魔剣に変化はない?」
再度問い掛けリアナは自らの魔剣に視線を落とす。
「キマリス?」
柄に手を置くと魔剣の様子がおかしいことに気がついた。
「私の魔剣が…キマリスが震えている?ミゼイリア様これは一体?」
「ふふふっ、中々面白いじゃない。やはりそういうことなのね」
ミゼイリアは一人で納得する。その事実が一体何を意味しているかを。
「それじゃあシン君、この場の私達以外で何か聞こえてこない?」
「え?はい。その、風の音と言いますか生き物が荒く呼吸しているような感じの物音がさっきから」
「風?聞こえますかミゼイリア様」
「いいえちっとも。というかその音こそ…いえ、その声こそあなたを呼ぶ魔剣の正体よ」
「ッ!?で、でももうこの部屋以外に魔剣はないのでは?」
「彼の言う通りA級魔剣はこれで全てのはずですが」
シンとリアナの理解を無視してミゼイリアは部屋の奥の何もない壁際に立つ。
「その声だけどきっとこの先からするでしょう?」
何もない壁を指さす。リアナもそこはただの壁だと思うがシンは静かに頷いた。それを確認したミゼイリアは壁にそっと手を張り付ける。
すると正面の壁一面に光の線が浮き出る。そして壁が少しずつ消えていき更にその奥にはまだ空間が広がっていた。
目を見開き声を失う二人。それでもシンには見えていた。新たに出現した奥の空間の真ん中に突立つ一本の剣が。
「さぁ、混沌の時代の始まりよ」
空間を背にしミゼイリアは金色の双眸を輝かせた。