ソロモンの大陸
「全員行くそうですね」
「思っていた通りよ」
騎士が退室してからミゼイリアはリラックスしてソファに背を掛けた。リアナは魔教団襲撃資料を持ち出しテーブルの上に置いた。
「それより今回の件、ご質問したいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「何でも構わないわよ。言いなさい」
「はい。ミゼイリア様のご指示の元、マーガレット様と黒騎士ゼシアには宝物庫の警備。ユズキリア様と黒騎士アネットには都市中央部に着いてもらい、被害は最初の爆発のみで負傷者数名と死者ゼロ名。素晴らしい采配であったと思います」
「それで?」
「ここまで予想出来て、何故学院には何のご指示もなされなかったんですか?」
「あら、当然でしょう」
「と、言いますと?」
「手を貸す必要性が皆無だから」
目を細くして騎士の話に耳をたてる。ごく当たり前のことを聞かれ自然に答えるがリアナには理解が得られず息を吐く。
「だってそうでしょう。彼らは王族よ?何でわざわざ私の玉座を狙ってる輩を助けないといけないの?」
「……なるほど。失言でした。しかしルグニカには彼女がいるのですから任せるのも一つなのでは?」
「だからじゃな〜い。あの子に姉がいるって知ったらきっと驚くでしょうね〜」
「誰のことですか?ロブリアーナ家には一人娘しかいないと聞いてますが……」
クスクスと笑う主人の横顔を見てリアナも笑みを零す。
「そう言えば、ミゼイリア様にお渡ししたいものがあります」
「なにかしら?」
上機嫌に振り向くと目の前のテーブルにドサッと重々しい音とひらりと紙が舞い落ちる。
「……これは?」
「先日終わらせていなかった書類です」
ミゼイリアは沈黙のままティーカップを落とした。
「あー、そういうわけで今年の交流会はルグニカと。うちはアレス、シン、フェリス、ユアンの四名を推薦するそうだ。定員あと一名空いてるけど行きたい奴いるか?別に騎士じゃなくても魔法士見習いから出てもいいぞー」
学院校舎の修繕作業も滞りなく終わり、中止になってしまった試験の再試験も終了した。シン達の校舎側クラスは襲撃の際の活躍を評価されて免除されていた。ユリス達の試験は筆記だった為範囲を変更する再試験となった。
それから二日後担任のスミスから例の交流会の話が切り出される。毎年大陸の四カ国のうち2校がどちらかの学院で交流会が行われているのだが、基本は推薦制で上級生の成績上位者の中から選ばれることが多い。
しかし新人ながらB級の魔物を討伐したことが高く評価されたとしてシン達四人が推薦枠を得た。
勿論そんなわけがないがミゼイリアが手を回し口裏を合わせているだけに過ぎない。
スミスが面倒くさそうにプリントを読み上げ、読み終わればポイッと投げ捨てる。多くの生徒が鈍い反応を見せる。
交流会。正式名称は停戦協定推薦交換交流会。四カ国はそれぞれ戦争行為の一切を禁ずることを目的として互いの優秀な学院生徒をお互いに招き親睦を深めようという行事なのらしいが、楽しく笑顔で終わった試しがないらしく生半端な覚悟で行くと地獄を見るという。そんな行事に我こそはと言えるはずがない。
と、誰もが思っていた。
「わ、私行きたいです!」
声を上げたのは魔法士見習いの女の子。ボリュームのあるロングヘアの黒髪と同色の双眸。魔法士見習い専用の紫を基調としたローブからはユアン程ではないが豊満な膨らみあり、勢いよく立ち上がって揺れたそれは目に入った男達を釘付けにした。
スミスはさっと名前だけ確認した。
「おん。んじゃそれで」
用が済んだようにそれだけ言ってスミスは教室を後にした。数名「え〜」と零していた。
「エ、エミルです。魔法士見習いです!混じってしまい申し訳ありませんでしたぁぁぁ〜!」
授業終わりシン達の前で先程の少女がいきなり土下座してきた。唐突過ぎて状況が理解出来ずシンとフェリスは何を言えば迷って声を掛けられないでいると、アレスがエミルと名乗った子の肩に手を置いた。
「謝らなくても大丈夫だぜ。なっ、シン?こいつは俺のグループで一緒だったエミルだ。基礎魔法を殆ど覚えてて中々優秀なんだぜ」
「それはいいわね。どこかの単細胞よりよっぽどいいわ」
フェリスは皮肉を言ったつもりなのだろうがアレスは自分に言われた自覚がないようにシンを見て笑った。
「言われてるぞシン」
「あんたのことよ!」
「それでエミルはどうしてルグニカに行こうと?」
二人を無視してシンが切り出すとエミルは立ち上がった。
「今ルグニカにはあのルキ様が魔法研究の為に滞在されているんです!ルキ様と言えば今最も名高い魔法士として有名で魔法士見習いからたったの一年で1級魔法士に昇格!まさに魔法の申し子と呼ばれ今でもルキ様に憧れない魔法士はいません!」
喜びに満ちた顔で揚々と語る。
その豹変っぷりに思わずアレスとフェリスは顔を引きつかせた。ただシンだけは眉をひそめた。
(ルキ……?)
「はっ!すいませんすいません!こんな私情挟み込んですいません!」
「別に構わないわよ。そうだ、それなら私達の主人にもちゃんと紹介してあげないとよね」
「え」
おわあわと頭を下げるもフェリスは笑って誤魔化す。彼女にとって良い提案だと思っているようだが直後エミルは固まった。
お昼休み、フェリスの計らいで集まるつもりだったがアルベルトには断られ当然アレスも。一言エミルの紹介は出来たので問題はないが珍しくユアンのご主人、ユミルの姿がなかった。ユリス曰く急用が出来たと言っていたらしいが騎士であるユアンに何も言っていないのが不審だった。
「うぅ、ユミル様に捨てられたよぉ〜」と冗談を口にしていたが誰も何も言わないのでいつもの口調で元に戻った。
「そう言えばルキって確か今最もソロモンに近い魔法士って呼ばれてるよね」
ルキという魔法士は王族の中でも有名らしかエンネアとユリスもエミルの興奮っぷりが分かるように頷いていた。
ユリスがふと何かを思い出したように口にする。
「ソロモン?」
聞き慣れない言葉にシンが漏らす。
「ソロモンって言うのは仮説で存在する偉人のことよ。本当にいたか不明だけどいた可能性があるとされてて、シンにもこの大陸を発展させて人と共存してた悪魔のことは話したよね?ソロモンはその悪魔を大陸に生み出したとされてるの。故にこの地はソロモンの大陸って呼ばれてる」
「ソロモンは人間なの?」
「ソロモンが人なのか悪魔なのか、またはそれ以外なのかも分かってない。だけどソロモンには四人の弟子がいて大陸が四カ国に別れているのもソロモン亡き後それぞれが土地を治めていたなんていわれてる。レベスタやルグニカの国名に『ソ』『ロ』が付いてるのも四人がそれぞれソロモンの意志を継いだことの表れとされてるの」
「そうなんです!しかもソロモンは悪魔と同じく魔法が使えたといわれておりもし彼が人間だったのなら最古にして至高の魔法士であり、魔法の極地に立つその人はまさにソロモンの生まれ変わりではないかと揶揄されているんです」
ユリスが語る中エミルが意気揚々と続きを語る。ルキを尊敬しているというより魔剣が重要視されている世で魔法への執着がすごいだけなのかもとシンは内心で感じつつ聞いた。
「だからソロモンに近い魔法士、か」
「まっ、私達魔剣使いには無縁とも言える話だけどね」
「そんなこといわないのぉフェリちゃん」
ユアンはツンとするフェリスの頭を撫でる。
ユミルは一人学院長室に足を運んだ。
ノックすると扉の奥から「入りなさい」と声がする。
「失礼します」
中にいたのは学院長の椅子に腰掛けるミゼイリア。入ってきたユミルに目を向けることなくひたすらに執筆と判を押すのに手を休めない。その横で黒騎士リアナが何故か指示棒を片手に持っている。
「代理で学院長をなさっているというのは本当でしたのね」
「見ての通り忙しいの。手早く済ませて頂戴」
「自業自得だと思いますが。まあいいですわ。シスベルのことで」
ミゼイリアの手が止まる。ペンを置きリアナをチラッと見る。すると学院長室の外に出て二人きりになる。
「シスベルがどうかしたの?」
「ユアンから聞きました。シスベルがクラリスを名乗ったと。何故でしょう?わたくしもシスベルとは幼い頃交流したことがあります。無くした名を名乗るような愚かなことはしないと思っています」
「何が言いたいの?」
ミゼイリアが睨みつけるように目を鋭くする。ユミルはそれに動じず口を紡ぐ。
「王族の追放は血筋を絶たせる意味をこめて祖と家名の返上をするもの。しかし陛下はシスベルにはそれをなされなかったのですよね。クラリスの名をシスベルに残した真意をお聞きしたいのです」
「……何故あなた一人なの?それを聞きたがりそうな子がもう一人いる気がするけど」
「ユリスは何かを知っていました。ですがわたくしは直接お聞きしたく」
「…そう。座りなさい」
正面のソファに腰掛ける。ミゼイリアは深く息を吐いて俯かせる。
「あの子が追放された原因、覚えてる?」
「……シスベルの魔法で『使役』された傭兵がクラリス夫妻を殺害。というのが公表されたシナリオですが、本当はクラリス夫妻がエドラスに横流ししようとした機密情報阻止の為に騎士団が現場を抑えようとした時に誤って夫妻を殺害してしまった。それを知らないシスベルが逆上して暴虐を尽くした為、ですね」
「そうね。確かにそうだわ。あなたが聞いた作り話の通りよ」
「は?」
「それは私が作ったありもしないただのでっち上げ」
「あ……え」
絶句のあまり言葉を無くす。ミゼイリアは気ままに紅茶を飲む。
「クラリス夫妻は情報の漏出なんてしてないしエドラスとの関係も何も。ただ五年前丁度あの頃はエドラスとの仲違いがあってちょうどいい理由になれると思っただけよ」
ユミルはテーブルを勢いよく叩いて立ち上がる。
「なら何故!?クラリス家が何もしていないなら何故シスベルを追放したんですか!それに誰がクラリス夫妻を殺害したって言うんですか!」
「知らない」
「はぁ?この期に及んでまだしらを切るおつもりですか!!」
「本当に何も知らないの。国王、つもり私宛に宛先不明の手紙が届いたの。『ユリス・ティーゼ・ララティスを明け渡せ』と。場所も書いてあったわ。そこにリアナを筆頭に騎士団を送り込んだら既に亡き者となったクラリス夫妻の遺体が転がっていただけだった」
「どういう……。それにどうしてユリスが。ユリスはこのことを?」
「教えてないわ。でもまああの侍女に調べられていたらあるいわ。でもシスベルには話してあげたわ。そしたらあの子、自分から追放して欲しいって言ってきたの。最初は私も止めたんだけどね。あの子すっごい本気だから。せめていつでも戻って来られるように名前だけは残してあげたの」
「じゃあ……本当は追放されていない?」
「そう、とも言える。けどまさかこんな事件を起こすだなんて夢にも思わなかった。いえ、あの子のことを分かりきってあげられなかったということでしょう」
ユミルは力が抜けるように座る。初めて聞いた本当の真実に絶句さえしていた。
「実は今回の交流会には別の目的があるの」
「それは和平のことでは?」
「ぶっちゃけそっちはついでね。私の調べでシスベルがレベスタを出て最初に向かったのがルグニカだと分かったの。三年前から学院にいたのなら二年間の間に何かがあった。今回ルグニカにも襲撃が起きているなら何かしら関係があると見ていいでしょうね。それにあの子がいった魔王がなんの事なのか」
「素直に考えればソロモンのことじゃないんですか?ソロモンが大陸に召喚した七十二の最初悪魔。それを統べっていたソロモンは魔王とも言えますわ」
「それはソロモンの存在を完全に肯定することになるわ。あなたも分かっているでしょ?本当にソロモンがいたなら、どうなるのか」
金色の双眸がユミルを押し黙らせる。双眸を閉じてカップを皿に乗せてテーブルに置いた。
「もういいでしょう。戻りなさい」
ユミルはでかかった言葉を押し殺し扉に手を掛ける。
「あとそうそう。襲撃があった時ちょっと孤立しちゃったらしいじゃない。気にしなくていいからね」
「ッ!失礼しますわ」
退室すると入れ替わってリアナが入る。
「今のは完全に嫌味だと思われますよ」
「やーね〜。この私が気を使ってあげただけじゃない」
「ミゼイリア様がお気を使われたことなど今の一度もないでしょう。シスベル様のことも、面白がって話に乗っただけでしょうに」
「あの時の気持ちなんて忘れたわ〜」
何か考えているのか頬が歪んでいる。そんな主人を見て「全くこの人は」とため息を吐いた。
「ところで」
リアナは持っていた指示棒を伸ばしてテーブルに叩きつけた。突然のことにびっくりしてミゼイリアは情けなくも腰を抜かしそうになる。
「ご休憩なされたことでしょうからもう終わるまで目を離す必要はございませんよね?」
「あ……あなたが最近悪魔に見えて来たわ」
「至高の褒め言葉しかとこの胸に刻んで起きます。では……」
それからミゼイリアは三日三晩身を清めるこそすら許されず仕事に耽ることとなった。




