無能者
村を出発して一週間、ようやく王都の門の前までやってきた。
その間シンはユリスと話してウハウハが止まらず四六時中口を滑らせていた。時々ユフィーが強引に止めたり近づきすぎると怒鳴り一日一日があっという間であった。
その時聞いた話ではシンの母親もこちらに連れくる手筈ということらしい。それでも頻繁に会いに行くのは難しいとの事だ。それを最初に聞いた時は。
「うちの母は少々過保護過ぎる所があるから離れているぐらいが丁度いいんだよね」と少しドライなところがあるなとユリスは思った。
タメ口なのもユリスが許したからで呼び方も様をつけずに「ユリス」と呼んでいる。
「ユリス・ティーゼ・ララティスよ。通しなさい」
ユリスが馬車から降りて門にいる憲兵に身分証らしき物を見せると敬礼され難なく通過出来た。
「王侯貴族って言ってたけどユリスって結構な有名貴族?」
「貴族って言うか私王族だから。最初に言ったでしょ、王位継承権って。王族の血筋を持つ人しか国王に即位なんて出来ないし」
「確かに。あれでもその時続けて三位って言ってたよね。三番目なら今でも十分可能性あると思うけど」
「三位って言うのはそういうじゃなくてグループ見たいなものよ。一位の中から国王が決まって二位は一位の昇格する必要があって三位も同様。それ以下ない」
「ユリス滅茶苦茶不利じゃないか!」
「ユリス様に失礼なことしないっ!」
「いたっ!」
タメ口は許してくれたが言動次第ではまだユフィーが許してくれていない。反射的か準備していたか即座にシンの後頭部を叩いた。
「A級魔剣使いがいなきゃ当然の結果。むしろシンの魔剣次第じゃあすぐにだって一位にだって上り詰められる。期待してるよ、シン」
「~~~~~~~~ッ!!」
名を呼ばれると同時に左目をウインクされシンは声にならない声を出す。それを横目でじっとっと呆れた眼差しをされているとも知らずに。
「調子に乗るなよシン。お前が専属騎士になっても私もユリス様の専属なんだぞ。つまりは先輩!分かった?」
「分かってるよユフィー」
「全っ然分かってない!」
せめて先輩は付けろと頬をつねる。ユリスから見れば随分仲良くなってくれたと微笑む。
「二人ともその辺にしなさい」
言われ即座に姿勢を正すシン。遅れてユフィーも座り直す。
「宝物庫に行きたいことろだけど、先にシンの身支度を整わせましょうか」
「流石にこの格好で宝物庫に入ってもらうわけにはいきませんからね」
ユリスの提案にユフィーも納得する。シンも道中、川で服の汚れは落としたが二人に比べてみすぼらしいとは思っていたが、これ以上の服を来たことがないから気にはしていなかった。
しかしこれからはユリスの傍にいる以上自分のせいで彼女の評価が下げられかねないと思うとシンも納得する。が、一つ問題があった。
「でも僕お金ないし」
「いいよ私が払うから」
「ユリスに迷惑を掛けたくは……ハッ!ユフィーが払ってくれればいいんだ!」
「本当に何も分かってないシンには少しお仕置が必要か?」
名案っぽくシンが言うとユフィーを殺気を纏って指をポキポキ鳴らした。流石のシンもそれには危機感を覚えた。
「すいません調子に乗りすぎました」
「だから二人とも?シンもお金のことは気にしなくていいよ」
呉服店には五分とかからず入店時にはユリスを見るなり「いらっしゃいませ」と店員が総出で出迎えた。
「彼の服を見繕ってくれ」
この一言ですぐに店員は動き出し体の隅々まで寸法された。シンはあまりの出来事に流れに身を委ねている間に完成していた。
早業過ぎて放心状態でいる間にユリスが会計を済ませる。
「王都すご」
それがシンが呉服店で発せた唯一の一言だった。
「それはそれは。まぁ環境が大きく違うからね。びっくりするのも無理ないよ」
「いえユリス様、それなら普通王都に着いた時からそのような反応をするはずでは?あ……ここにきてもずっとユリス様しか見てなかっただけでしたね」
「ユフィーも理解してきたね」
馬車に戻ってそんな他愛もない話から始まると丁度いいからとユリスが王都について説明してくれた。
「ディエティア大陸の東、ソ・レベスタ王国。普段はレベスタ王国と呼ばれているね。ここでは織物が特に特産品とされていてね。他の三カ国に負けない技術を持ってるといえる」
言われてシンは自分の服を見直す。白を基調とされていてとてもシンプルではあるけれどあの短時間で気持ちが良いほどあうサイズにしてほつれ一つないとなるとその技術力には賞賛するほかない。
「シンは何か気になることはないか?」
「そう、だね。村より空気が綺麗だなとは思うかな。まぁあっちは畑や田圃しかないけど」
「環境の違いはあれど、答えはあれだよ」
ユリスが外を指さすと街灯…の上に鉱石らしき物が乗っている。まだ昼間である為街灯の明かりは点いていないが鉱石は水色に光って見えた。
「清浄の魔力が込められている。あれが光っている間は淀んだ空気を浄化してくれているんだ。光が弱くなると新しいのに付け直す必要があるけどね」
「魔法ってやっぱりすごいなぁ」
「そんなことないさ。確かにあれば魔法の一種だが魔剣の力からヒントを得て作られたと聞いている」
シンが関心しているとユリスがそんなことを言う。
「でも確かに人々の生活を支えているのは魔道具ですからね」
ユフィーが付け加える。
「さて、そろそろ着く頃だ」
シンが外を覗き込むと目の前に大きなお城が見上げてしまう程近くまで来ていた。
「まさかこれが王城というもの?」
「そう。宝物庫は城の地下にある。心配しなくても別にお偉いさんになんてそうそう出くわさないさ。魔剣に用が無ければ誰も近寄らない所だからね」
確かに大きい。まだ見ていない王都の残りが王城なんじゃないかも思えてしまう程に大きい。
城の端っこに馬車を止め降りると物置小屋程度の大きさの建物の前まできてユフィーが鍵を開けた。
「どうぞ」
扉を開けるとそこは下へと行く階段だった。そして扉が開くと同時に外壁の蝋燭が光り先を照らし出した。
「行くよシン」
緊張しながらもシンはユリスに続いて中に入る。
暫く降りてシンは息を飲み込んだ。
「おい」
するといつの間にかすぐ真横にまで顔を近づけたユフィーが怪しい視線でシンを凝視する。
「何処を見ていた?」
「別に変なものなんて見てないけど」
「いいから何処見てた?」
しつこいユフィーにシンは呆れながら答える。
「決まってるよ。歩くユリスの綺麗な足にあのしなやかで繊細そうな指先に揺れる絹のように美しい髪と女神のような横顔ぐらいだよ」
「何がぐらいだ変態!階段を降りる時ぐらい足元だけ見てろ」
「僕だって最初から見てた訳じゃないよ?ちゃんと足元気をつけてたらユリスの足の筋が見えたら少しずつ視線が上がっただけだよ」
「だから変態なの!紛うことなき変態だよ」
「……………チッ」
「あー!今絶対舌打ちした!」
「してないってー。それより足元気をつけてよー」
「こっちのセリフだよな!?」
「とてもじゃないけどこの二人をセットで陛下には合わせられないかも」
後ろに騒ぐ中ユリスはひっそり呟いていた。
「ついたよ二人とも。流石にこの中では騒がないでよね」
『はい、すいませんでした』
階段降り終えまた扉。そこでユリスは振り返り殺気を隠した笑みに素直に謝る二人。改めて奥に進むと少し広い空間に出るとシンは気がついた。
「剣?」
壁一面に剣、正確にはそれ以外もあるがいくつも掛けられている。ユフィーが見せた魔剣と同じ異様な感じを思わせる剣。
「もしかして、これが魔剣?」
「そう。でもここにあるのはB級。A級はこの奥。シンの魔剣がある部屋」
ユリスが更に奥を指を指す。赤い扉。彼女に誘われるようにシンも扉に近づく。ユフィーと後ろからついて行こうとするが足を一旦止めた。
「ヴァルス?」
魔剣を手に取ると不思議と首を傾げるが気にすることなる後を追った。
先程より小さい部屋、ここにも無数の魔剣が壁に掛けられていた。それでも見たところB級より数は少ない。
「我々が保有してるA級の魔剣。その全てだ」
「これが………。それでどれをどう選べば?」
「簡単だ。契約されていない魔剣は自分と契約出来る存在を呼び込もうとする。魔剣の声が聞こえるでしょ?その中から好きな物を選んで」
するとシンは上を向いてその場で立ちつくす。何かピンと来ていない様子で振り向く。
「一応聞くけどこの部屋であってる?」
「え?えぇ。間違いないよ。A級魔剣はここにあるので全部だから」
「…………………そっか」
先程からどうしてかシンの様子がおかしい、と二人は思った。遠くを見る目で何か抜けている顔。そして俯きまた振り返る。
「どうしたの、シン?」
「………ない」
「え?なに?」
ハッキリしない声にユリスは自ら近づく。
「どうしちゃったの?」
「何も……聞こえてこない」
「……え」
結果としてシンは魔剣を手に入れることは出来なかった。そしてそれは、ユリスの騎士にもなれないことを意味していた。
地上に戻るとユフィーはシンに声をかけようとしたがユリスが止めた。その表情はとても曇っていて思っていることは彼女も同じだった。ユリスがどんな言葉を掛けてもどうにもならない。
「期待にそうことが出来なくて、ごめんなさい。魔力も無くておまけに魔剣まで使えないなんて本当の意味で無能者ですね、僕は」
口調が元に戻っていることにユリスは気がついた。騎士なると誓ったからこその許しだったが、魔剣を手に出来ない以上騎士になることは不可能でありもう彼女の側にも居られない。
つまり用済みなのだと分かっているのだ、シンは。
「正直私も驚いている。だけど、それでも私はシンを責めるつもりはない。元々責められる立場は私達だった。シンはそれを許してくれた。だからそう落ち込まないで」
「そんなことありませんよ。だってユリス様は王位継承権を巡る争いで国王になる為に僕のところまで足を運んで来たのにその時間すら無駄にしてしまったんです」
そう言われるとユリスは返す言葉をなくした。何も言えない自分が悔しい。傷ついて傷ついてようやく彼は生き甲斐を手に入れられたのに、台無しにしてしまった。
そう思っていると彼女の手をユフィーが掴んだ。
「私が、見送って来ます。ユリス様は陛下にご報告がある筈です」
「でも…」
「お任せ下さい。彼とは揉める程の仲ではありますから」
「………お願いね」
二人を残してユリスは王城へと消える。
「ユリス様はどうなりますか?」
ユフィーだけしかいないのを知るとシンは自ら口を開いた。
「どうにもなりません。シンさんが気にされることは何も。また別のA級魔剣使いを探すだけです」
シンに対してもメイドを本業とする態度に戻る。違和感はあるが、それも仕事の一つだったとユフィーは自分に言い聞かせる。
「僕は国王選定の仕来りについてはよく分かっていません。でも、僕があの場で聞こえないと言った時のユリス様のお顔、見ましたか?」
ユフィーはユリスの後ろにいた。だからどんな顔をしていたのか知らない。
「僕にはあれが絶望というものに感じました」
「っ!」
無意識に下唇を噛んだ。
「本当に何もないんですか?」
再度問い掛ける。ユフィーは彼は遠からず気づいたに違いないと悟る。
「そうですね、恐く近い将来知ることとなるでしょうから教えても大丈夫ですね。お察しの通り、恐らくユリス様は王位継承権を失い、未来永劫国王に即位することは不可能になります」
「………そう、ですか」
驚かない、ということはやはりシンは分かっていたということだ。この短い間で、僅かな変化で気づいてしまう程にユリスのことを見ていた証拠。ユフィーは少し嫉妬してしまいそうになる。
「期限が決まっているんです。王位継承権第三位は一年以内に二位以上に昇格しなければ権利を剥奪される決まりで、明日で丁度…その一年です」
ユフィーは恐らくなんて言ったがそれは甘かった。一年間ユリスがどんな思いで魔剣使いを探したか。誰も彼女に助けになろうとしなかったかを見ればすでに無理な話だった。それでもギリギリになって見つかった無能者は、二人にとっては残された一筋の希望。それが絶望に変わった主人の気持ちは痛いほど理解出来る。
しかし込み上げるこの気持ちは誰にも向けられない。シンは元は被害者だ。ユフィーはただの侍女だ。ユリスは一生懸命だった。
「ごめんなさい」
「っ!?」
今1番聞きたいない言葉をユフィーは耳にする。そして何かの枷が外れるように拳がシンの頬にうたれる。
「ふざけたこと言うな!私は…!私はお前を恨みたくなんて思っていない!なのに、ここで謝られたらこの先一生恨んでしまう、呪ってしまうかもしれない。それが分かっていて何故謝った!」
地面に伏すシンにユフィーは溜まった感情が解き放たれた。
「誰かを呪わなきゃ人は自分を呪ってしまいます」
「ッ」
「僕はこの十二年間ずっと呪ってきました。最初はいじめてきた人を、次に母を、そしてこの世界を。けれどどれも違うんじゃないかって。そしたら最後は自分を呪いました」
「それで何が残るって…」
「何も残りませんよ。自分を呪えばそれまでです。死んでもよかったんです本当は。でもどうせ殺されるからって生きてきた。そして死が来たって思って、ユリス様に出会った。ユリス様を見てまだ死にたくなくなったんです、もっとこの人の近くにいたいもっとお側にいたいって。その結果がこれです」
「それじゃあまたお前は自分を呪うじゃないか。それでユリス様や私からも呪われようだなんて……どうしてそこまで馬鹿なことを…ッ!」
シンは立ち上がって虚ろな視線でユフィーを見つめる。
「魔力もなくて魔剣も使えないなんて呪われているようなものじゃないですか」
ユフィーはシンの襟を掴んで思い切り頭突きした。
「ぐっ!」
尻もちをつくシン。見上げればおでこを抑えながら鋭い眼光で睨みつけられていた。
「ふぅ。少々気がたったから冷やさせてもらった」
「別にそのまま怒ってくれても」
「もう怒りたくないしお前相手に侍女口調になるのも面倒だ」
身も蓋もないことを言い出したユフィー。それは流石に不味いだろとシンは半目になる。
「……お見通しなわけか」
「あの変態がこんなんにになっては流石に気づく。それにまぁ最初からそんな気はしてたよ」
「確かに。ユリス様を遠ざけてくれたしね」
「ユリス様に責めないと言われたぐらいで情けない」
『それでも私はシンを責めるつもりはない』
そう言われた時シンはどうしても許して欲しくなかった。そんなことを言われては甘えてしまいそうだったから。許してくれるなら側に置いてくれ、と。けれどそんな訳にもいかないと分かっているからこそ自分を押し殺してでも嫌われようとした。
「魔剣の声が聞こえなくてユリス様が絶望的な顔をしたのも嘘だろう?」
「うん。キョトンと可愛い顔してた」
「一言うるさい」
「でも、国王選定の権利が剥奪されるのは本当なんでしょ?だったら僕は恨まれるべきじゃあ…」
「ユリス様はお前を迎えに行く前に仰っていた。『もし今回が駄目だったら、その時は素直に受け入れ諦める』とな」
「それじゃあなんでさっきあんなに元気なさそうに」
「決まってる。シン、お前のことを心配しただけのことだ。つくづく嫉妬するよ」
「……そっか。やっぱり優しい人だな」
「当然さ。自慢のご主人様だからな」
お互い手を出しユフィーが引っ張ってシンと立ち上がらせる。ユフィーはポケットから紙とペンを取り出し何か書くとシンに渡した。
「お前の母親の住所だ。そこに馬車で送る手筈でもう着いているころだろう」
「ありがとう。地道に働いてこれ分は返せるようにするよ」
「素直にもらっておけ。ユリス様もそう仰るに違いない」
メモを受け取ると二人の間に沈黙が生まれた。
「それじゃあもう行くよ。ユフィーも仕事あるでしょ」
「もちろん。…最後に一つ聞いてもいいか?」
「うん。なに?」
「お前のことだからありえないとは思っているけど、本当に一つ足りとも魔剣の声は聞こえなかった?囁き声だけでも」
「全然だよ。どういう風に聞こえるか知らないけどあの二つの部屋からは何の声もしなかったよ。他の音でも聞きずらくはあったけど聞き逃す程うるさくなかったし」
「ん、足音でも立てすぎたか?変なことを聞いたな、すまない」
「……ユリスのことは頼んだよ」
「頼まれずとも、私はユリス様の侍女だよ」
二人は互いに背を向ける。「さよなら」や「また」は必要ない。これ以上深い関係にならない為に。