襲撃
シン達はシスティーの持っている魔法具が使えないことを知り移動を始めた。
目的地はスミスのいる教師用テントだ。魔法具が偽物だった以上は看過出来ないとしてシスティーも了承してくれた。
「けど他のグループに伝えなくてもよかったの?」
「探してる時間すら惜しいです。道中誰かと遭遇出来ればいいですが、それよりも先にスミス先生と合流することが優先です」
“止まれシン!”
「ッ!?全員待って!」
唐突に魔剣が叫び反射的に制止させる。フェリスとユアンも即座に魔剣を構える。
「どうしたのシン、何かいるの?」
「分からない。けどニクスがいきなり止まれって」
「こっちの方向に何か用かい?」
するとマントを羽織った一人の男が正面に現れる。前日スミスの隣にいたあの男だと全員がすぐに分かった。システィー曰く名前はロトム。
シンは魔剣に手をかけるがフェリスが冷静にも前に出る。
「すみません。実はスミス先生にお話がありまして。ですが支給された魔法具が動かないみたいなので今から向かうところなんです」
何気ない態度でロトムに近寄る。
「残念だが試験の放棄以外の理由ではそれは認められない」
「そうですか。それなら……《幻狼》!」
肩を落とすフェリス。だが次の瞬間魔剣を引き抜くと一匹の狼が突如として出現し彼に襲いかかる。
「くっ!《疾駆》!」
ロトムはマントの後ろから剣を出して振り抜く。すると突風の如き風を吹き荒らす。狼はそのまま消えてなくなる。
「何故学院の教師が魔剣を?」
「……思っていたより早く気づくじゃねぇか」
ロトムの口調が変わるとフェリスは剣先を向ける。ユアンとシンはシスティーの前に立つ。
「スミス先生はどうしたの?」
「あの女教師ならあそこで寝てるさ」
指を指すと崖が目に見えた。試験開始時の場所だ。もうここまで来ていたのかと安堵する反面ロトムに警戒する。
「そう焦んなよ。もう会えねぇから」
「ッ!?それってどういう…」
ドカンッ!!と轟音が響いた。
崖の上から大きな黒い煙が立ち昇る。
「あれって!?」
システィーが口元を抑えて驚愕する。ここにいる全員があそこにスミスがいることは言われるまでもなく知っている。
だからこそフェリスはシスティーを抱えて一目散にロトムの反対方向に駆ける。シンとユアンも同じ判断だったらしくほぼ同時に駆け出していた。
「スミス先生はどうするんですか!?」
「相手は恐らく手練です。しかも単独ではないと思われます。ここは逃げて誰かと合流することを優先します」
(出来ることならアレスと……)
「《炎帝》の魔剣使いでも探しに行くのか?」
『ッ!?』
目の前にロトムが現れる。全力走って尚回り込まれフェリスは逃げる算段を無く舌打ちする。
「チッ…!どうするシン」
「相手が一人なら僕がやる。ニクス、近くに誰かいるか分かる?」
“気配はない。だがこいつは今俺の魔力感知をすり抜けてきた。油断は出来ん”
苦い顔をするとフェリスにも分が悪いことが伝わったらしくシスティーを下ろして魔剣を抜く。
「ユアン、システィー様を守りながら援護出来る?」
「やるしかないからねぇ」
ユアンが鞭の魔剣を構えると二人はロトムと対峙する。すると何故かいきなり魔剣をしまって両手を上げた。
「待て待て。幾ら俺でも魔剣使い三人と戦うほど無謀じゃあない。だから……」
隙だらけの瞬間を狙ってシンは一瞬で間合いを詰める。
「んなっ!」
躊躇なく振り切られる紫紺の刃を紙一重で交わし後退しつつ魔剣を抜き即座に隙を見せないよう構えをとる。
「マジかよお前。最後まで話聞けよ」
「聞いてもメリットない。それに不審者は捕まえないと」
「いやお前首狙っただろ!?確実に殺すつもりじゃねぇか!」
「……フェリス、僕なんか間違った行動した?」
「いいえ。殺して正解だったわよ」
だってさ?とドヤ顔で見返すとロトムは頭にきたのか睨みつけてくる。
「そうか。なら殺されても文句いえねぇな」
ロトムがニヤリと笑うと《魔帝》が叫ぶ。
“上だ!!”
「ッ!!」
その一声と同時に地面に謎の影が生まれシンは咄嗟に後ろに飛び込む。すると勢いよく落ちてきた衝撃で吹き飛ばされると、魔剣を地面に突き立て体勢を維持する。
「大丈夫シン!?」
「システィー様は下がっていて下さい!」
有無を言わず立ち上がり三人はシスティーを囲う様に立ち降ってきたそれに魔剣を構える。土埃が晴れると同時に姿を顕にしたのか体長五メートルを超える黒いドラゴン。
「お前らの相手はコイツらに任せるとしよう!」
「コイツらって……まさか!」
フェリスが何かに察すると背後で同じ衝撃と共に地面が揺れた。
シンは後ろにいたシスティーを庇うように肩を掴んで自分の体に引き寄せた。
案の定、落ちてきたのは同種のドラゴン。しかもそれが二体。計三体のドラゴンに囲まれてしまった。
「それじゃあ俺は《炎帝》の所に向かわせた地龍の様子でも見てくるか」
「待ちなさい!」
ロトムを追いかけようとするがドラゴンが立ちはだかり、そのままどこかへ去ってしまった。
「シンはシスティー様を連れてここから離脱して!」
「相手はB級だろ?なら僕がいた方が」
「あんたが強いからよ!」
「ッ!」
フェリスは魔剣を空に掲げる。
「《幻狼》!」
ドラゴン達の頭上にまた一体のドラゴンが現れる。仲間ではないと悟ったドラゴン達は威嚇の方向を轟かせる。
「今よ!行って!」
合図と共にシスティーを抱えて走り出す。
「シン!?二人はどうするの!?」
「これが最善手なんです。フェリスかユアンでは万が一の時システィー様をお守り出来ませんから」
「私のことは気にしないで!」
「そういうわけにはいきません。僕達は、騎士ですから」
振り向くことなく奥へと走る。
ドラゴンの一体が羽ばたき上空のドラゴンに体当たりすると手応えを感じず、偽物と悟り地上のフェリスに咆哮する。
「悪いわねユアン。ちょっと付き合ってもらうわよ」
「仕方ないなぁ〜。貸し一つだよぉ?」
「分かったわよ。さぁ…鬼ごっこでも始めるわよ!」
時を同じ頃、アレス達のグループ。
“妙だな”
「どうしたアモルス」
アレスのグループは騎士二人と見習い魔法士が一人がいる。そして護衛対象の貴族の上級生。
昨晩は森の開けた場所で一夜を明かし移動している最中であった。
魔剣、《炎帝 アモルス》が不意に呟く。
“先程から魔物の気配が極端に減った”
「俺達の魔力にビビってんじゃねぇのか」
“それはない。気をつけろ、何が起こるか分からんぞ”
「どういう意味だよ?」
「あ、アレス君!」
すると背後から見習い魔法士の女の子に呼び止められる。魔法の杖を両手に携える魔法士は何か不安そうにプルプルしている。
「どうした?」
「な、何かおかしいよ。変な魔力が…あ、あるの」
魔法士の少女には魔力による索敵を行ってもらっていた。魔剣使いと魔法士は能力値的には魔剣使いが圧倒的に高い中、魔力の緻密な精度は魔法士の方が高い事が多い。
故に少女にはアレスには出来ない高度な索敵を補ってもらっている。その彼女が何かを見つけたのだ。
「前から、お、大っきい魔力があるの!で、でも誰もいないの!」
意味不明なことを叫ぶ。アレスは頭を悩ませたがアモルスはその言葉で理解した。
“そうか!地面だ!地中から来るぞ!”
「なっ!全員走れ!地面から何か―――」
アレスが叫ぼうとする直後、噴火の如く地面が吹き上がる。全員が驚愕する中、巨体のそれはアレス目掛けて突進してくる。
「《炎帝》!」
火炎を纏った大剣を振り下ろし衝撃波で自らを空に飛ばし間一髪って避ける。木々を次々に薙ぎ倒し咆哮を轟かせる地龍。岩のようなゴツゴツした鱗が特徴的で四足歩行の地龍はアレスと他三人を交互に見るとアレスに向かって突撃する。
「俺が狙いか!」
咄嗟に回避行動を取ろうとするが瞬時に間に合わないだろうと判断する。
「《炎帝・火山》!」
大剣を振り下ろすと突進する地龍の足元から炎が吹き上がる。しかし地龍は勢いを落とすことなく炎を無視して突き進む。
“避けろアレス!!”
《炎帝》の叫びは無惨にも届かず、アレスの体に直撃する。
「ごほっ」
受け身すら取れないほど強烈な一撃に彼方後方へ飛ばされる。さらに地龍は追撃しに突撃する。
吹き飛びされたアレスは朦朧する意識の中、魔剣だけは手放していなかった。
(やべ……体動かねぇ)
“おい!地龍が来ているぞ!”
(アモルスが何か言ってる…のか)
魔剣の声は脳内に響いてくる為意識がまだあるうちは聞き取ることが出来た。しかしそれに返す言葉が出ない。
(くっそだせぇな。こんなとこで終わりかよ)
“立てアレス!まだ終わっていないだろう!”
頭からは血が流れ、骨も何処が折れているのか分からないほど体が悲鳴を上げる中アモルスだけの声が聞こえ続ける。
“こんな情けない終わり方でいいのか!?お前は何のために俺を握っている!”
(そんなの……強くなりてぇからに決まってるだろ)
“騎士アレスだろう!”
「ッ!!」
動かせなかった指先がピクリと動く。
“お前にとって騎士とはなんだったのだ!”
「うる…せぇよ」
ガクガク震えながらアレスは立ち上がる。血が流れ続ける。しかしアレスにはそれ以上の原動力があった。
「俺は……俺はアルベルト・レオ・サルージャ様の騎士…アレスだ!」
正面から迫り来る地龍に魔剣を向けてアレスは騎士の誓いを叫ぶ。
「俺は黒騎士になってアルベルト様を王をする!だから、たかがB級のトカゲ風情に負けてる暇なんてねぇんだよ!」
“往くぞアレス。今ならば開けられるはずだ”
「いくぜアモルス!」
魔剣を地面に突き立てアレスは自身と《炎帝》の意識の境界へと意識を潜らせる。
そこに現れるのは荒ぶる炎を纏った巨大な扉。アレスは扉に手をかけると炎が掻き消え扉が開く。
「《開門》!」
直後アレスの魔力が跳ね上がりその異様さに地龍は近づくのを止めた。そして森が突如燃え始める。炎と化したアレスの魔力が漏れ出て周囲を燃やしている。
炎と熱に圧倒的耐性のある地龍が今目の前にいる一人の騎士の炎に恐怖を覚えようとしていた。
地龍は自暴自棄のように咆哮しながら突進する。
《炎帝》と繋がれたアレスの魔力が一挙一動の動きで周囲に高熱を撒き散らす。
満身創痍でありながらも大剣を肩に担ぐ。呼吸を整え、アレスは今出せる限りの炎を振り絞る。
「《極炎帝・緋緋炎熱赫斬》!!」
振るった刃から放たれる炎は一瞬で地龍を両断。さらに蒸発するように両断した体を燃やし尽くし消し炭となった。