一日目の終わり
「火なんてよくついたね」
「これだよ」
ユアンの問にシンは懐から細長いものを出てきた。
「それってあの木の?そんなので燃えるの?」
「あの木は樹皮を除けば中心に水分が吸収されて逆に皮を除いた外側が比較的乾燥しやすいんだよ。学院がそういう品種改良したらしくてね」
「なんでシンがそんなこと知ってるのよ」
「教科書に書いてあったよ」
『嘘でしょ!?』
フェリスから怪しげな目をされたが息を吐くように答えると騎士二人して驚愕した。
「…そりゃそうか」
「え?」
シンが発した一言がフェリスにだけ聞こえた。しかも何故か浮かない顔をしている。
「そうだシスティー様ぁこれ見てくださいよぉ」
ユアンが袋いっぱいに入ったキノコを笑顔で見せた。
「そんなに取れたんだ。ありがとうユアンさん、フェリスさん」
システィーから褒められると「えへへー」と頬を緩ませる。
早速キノコでも焼こうと袋から取り出すとシンが「あっ」と口を開いた。
「それ毒キノコじゃない?」
「え!?そうなのぉ?何処に書いてあるのぉ?」
「いや書いてるわけないでしょ」
「それ、虫に食べられた跡ないでしょ。昆虫とかって毒に敏感だから自然と避けるんだ。だから虫に食べられた跡がない物の多くは毒を持ってる可能性が高いと思うよ」
「ホントだぁ。これ毒キノコだよぉフェリちゃん」
『え』
シンが説明している間にユアンがキノコにかじりついてモグモグ食べていた。思いも寄らない行動に全員固まりその間に最後の一口を食べ終え「あれ?」と首を傾げた。
「どうしたのぉ〜?」
「いや、どうしたのって……毒なのよね?」
「うん。たぶん食べたら痙攣して動けなくなっちゃうタイプの毒だねぇ」
「なんでピンピンしてるの!?」
「私ぃ?だって《アザベル》の力で摂取した毒なんてすぐに分解出来ちゃうからねぇ。取ってきちゃった毒キノコは全部私食べとくよぉ〜」
そう言って綺麗なキノコをもう一つ取ってパクッと食べた。
毒キノコと聞けば食べられたとしても味が不味そうなイメージがあるがユアンは美味しそうに頬張る。フェリスももしかしたら美味しいのかもと興味を引かれたが一言付け足される。
「それと何故か毒を美味しく感じるように味覚も変わっちゃったんだよねぇ〜。だからぁ、多分実際はこんなに美味しくはないと思うから食べようとか思わないでねぇフェリちゃん?」
「た、食べようなんて思うわけないじゃないエンネア様じゃあるまいし!」
「エンネア様なら食べかねないことが問題だねぇ」
「それより二人とも?さっきから結構ユアンがキノコ食べてるけど、まさか殆ど毒キノコ取ってきてたの?」
「うっ」
「そういえば虫がくっついてたのはフェリちゃんが止めろって言ってからねぇ。不衛生やら何やらと」
「つまり毒キノコしか取ってきてないと?」
「うっ」
続くシンの冷たい視線がフェリスの胸に刺さる。
「だってあんな気持ち悪いのがくっついてたら誰だって嫌でしょう!?システィー様も虫が食べかけたものなんて食べたくありませんよね!?」
駄々を捏ねるように言い返してはシスティーに話を向けた。いきなり話を振られてビックリしたが、すぐに視線を斜め下に向けた。
「別に…というか、虫も食べたことあるし今さら気にしないというか…」
「し、しししシスティー様…む、虫を食べたことがあるんですか!?」
驚愕のあまりドン引きするフェリス。しかし未だに毒キノコを食べるユアンもシンも反応は薄く、というか「そんな驚く?」と言いたげな顔をしている。
「大抵の虫なんて素揚げすれば食べられるよ?」
「そういう問題じゃないでしょう!?虫よ!?あの気持ち悪いぐらいうねうねしてたり沢山の足がうじゃうじゃ動いているあれ!シンは食べられると!?」
「食べるものが無かった時によく母さんが取って来たよ」
「悲しいこと言わないでいいから!まさかユアンも!?」
「ユミル様の使用人がそんなの持ち込むわけないじゃ〜ん」
「そうよね…」
「生きた毒蛇にかじりついたことはあるけどねぇ」
「なんでこのグループ偏食しかいないの!」
夜も深け就寝しようとテントの中に寝袋を出しシスティーが寝られるスペースを作った。三人はこれから交代で見張りをする予定になっている。
「じゃあ先に僕が見張るよ」
「いいわよ。私がやる」
するとフェリスは魔剣であるレイピアを抜き切先を前に突き出した。
「《幻狼》」
魔剣を呼ぶと体調三メートルを超える大きな狼が三体現れその場で座る。
「うわぁあすごぉーい!フェリちゃんの魔剣は創造系統なんだぁ〜」
「単なる幻よ。《幻狼・オズ》の能力は幻を作り出すことだけ。だから戦闘じゃあ使いものにならないけどこういう見張りにはそこそこ使えるはずよ」
関心する様子を無視して魔剣を納める。
「持続させ続けると疲れるから明日からはちゃんと交代だからね」
「ありがとうフェリス」
「フェリスさんも凄いですね!」
「そんなことありませんよ。それではお休みしましょう」
「そうね。……あ」
テントの中に戻ろうとしたシスティーが何かに勘づいた様子で声を漏らす。どうしたのだろうかと近寄ろうとすると振り返って。
「三人分しかなかった」
何が?と思ったがすぐに寝床のことだと察した。確かに一人は見張りをする予定だった為本来三人分で丁度良かったのだが、フェリスのお陰で今日は全員休めるようになってしまった。
「大丈夫ですよシスティー様。こんなこともあろうかと…」
と言いながら手を差し向けた先に二本の木に巻きつかれたロープとその間で広げられた布状のものがぶら下がっている。
「フェリスが戻ってきていない時にハンモックを作っておきましたので」
「何を想定してたらそんなの作ろうってなるのよ!?」
「だってこの前のことがあったんだから、ユアンと寝たらまたユリスが拗ねちゃうでしょ」
「まーたユリス様なのね」
呆れなのかやっぱりとため息を吐くフェリス。ユアンは何故かハンモックを触って「しっかりしてるぅ〜」と口にしている。
布もロープも持ち込みは重さと量次第では持ち込み可だった為持参していたのだ。
掛け布を一枚もらおうとシスティーの方に視線を移すとハンモックに興味津々なのか目がキラキラしてた。「えっ」と声が漏れるもシンは問いかける。
「お使いになります?」
「え!?あ、いや…シンが寝る為に用意したものだし。それになんかわけありみたいにだし」
視線をあちこち見ると明らかに同様している。否定してこないことも踏まえても一目瞭然だ。
(システィー様寝てみたいんだな)
敢えて口にしなかったが顔に出ていたのかシスティーの頬が少し赤くなり下を向く。
「僕のことはお気になさらず。どうぞお使い下さい」
「でも、いいの?」
「はい。ユアンが隣にならなければ問題ないでしょうし。そうだよねフェリス?」
「んー、そうともいえなくもないけどそれだとシスティー様がおひとりになってしまうわ」
「じゃあシスティー様とシン君が一緒に寝ればいいんじゃないですかぁ〜?」
『え!?』
同時に驚くシスティーとフェリス。しかし反応は大きく違いシスティーは顔を真っ赤に染めてフェリスは顔を引きつけた。ユアンと二人で寝るのが嫌なのか、それともシンがユアンと寝なければいいわけじゃないだろうと思ったのか。
「見たところ結構頑丈そうだし密着すれば二人でも寝られそうだよぉ。密着すればねぇ」
「二回言うな!駄目に決まってますよねシスティー様!シンも!」
「僕は別に気にしないよ。システィー様なら別にユリスも誤解しないでしょ。今は試験なわけだし」
怖い顔でフェリスが聞くもあっさり答えるシンに怒りで拳に力が入る。
(どー考えても誤解しかないでしょうか!!)
しかしそれを伝えてもこの男には理解してもらえるとも思えず言わなかった。
そして肝心のシスティー様だがもう沸騰してしまいそうなに顔を真っ赤っかにして耳まで赤くなっている。さらにユアンの提案に嫌がる素振りすらなく「まさか!」と思う。
「わ、私も別に…いいかな」
モジモジしながら答える様が如何にも乙女チックだがフェリスはそれどころでなく叫びたい気持ちを堪えるように拳を握る。
(せめてシンが鈍感じゃなければ…!)
「ユアンもそれでいい?」
「いいよぉ〜。フェリちゃん一緒に寝ようねぇー」
「もうどうにでもなれよ」
ユアンに抱きつかれながら自暴自棄に呟く。
結局フェリスの願いが叶うことはなく二人の組み合わせで今夜は就寝することになった。念の為ハンモックの近くに一匹幻想の狼を作り出し、何もありませんようにと願いながら眠りにつくことにした。が、ユアンがただ寝させてくれるはずもなく「ねぇねぇ恋バナしようよぉ〜」と何度も体を揺さぶってきて中々寝させてもらえなかった。
「狭くないシン?」
「僕は大丈夫ですけど、システィー様こそ大丈夫ですか?」
少し大きいとはいえ二人でハンモックは密着度が半端なくシスティーはバクバクと鳴る心臓の音を紛らわすように口を開く。焚き火の光があるとはいえそこまで明るくなく顔がハッキリと見えないことが幸いした。
シンは布一枚をシスティーに大目に被せる。季節的にも夜でも寒くはないだろうがシンなりの気遣いだった。
恥ずかしくなり体を反対に向けると同時にハンモックが揺れシンの体が傾いた。そのせいでシスティーの背中にくっつく体勢になった。
「ちょ!シン!?」
「あっ、すいません」
すぐに仰向けに戻るシン。しかし対称にシスティーは激しい緊張感と共に口元を震わせていた。
男性経験の薄いシスティーが異性と夜を共にすることなどなく、ましてやある程度距離を作れるベッドと違って今寝そべっているハンモックは構造的に二人で寝れば密着は免れない。それは彼女とて分かっていたことなのだ。
だがしかし興味本位というのは怖いものであり本能的に誘ってしまったのだ。
「ねぇ、シン……今、何考えてる?」
赤面していることがばれる事を覚悟でシスティーはシンの方に体を向ける。袖をギュッと握り茶色の双眸を虚ろながら純白の双眸に合わせる。
「システィー様……」
シンも目を合わせると夜空に目を向けた。雲ひとつないことと明かりが殆どないお陰か星がよく見える。音を消せば川の流れる音が微かに聞こえる。そんな中一言返す。
「ユリス元気かなぁ、と」
その言葉にシスティーの中で時が止まった。そして血の気が引くように無言で体の向きを逆にした。
「どうかしましたか?」
「しらない」
拗ねた口調で返しそれから喋り出す気配がないのを悟るとシンも大人しく寝ることにした。
「おやすみなさいシスティー様」
その一言をもらうとスっと微笑みシンに聞こえない声で「おやすみ」と返した。
薄ら寒さを感じる朝方、ユアンは清々しい気持ちで朝日に向かって背伸びをする。明るい笑顔で皆の方を振り向けば、何故か三人とも目にクマができていた。
(ユアンの寝相が酷くて寝れなかったわ)
(ユリスのこと考えすぎてたら朝になっちゃった)
(隣に男の子が居るってだけで緊張して寝れなかったよ)
「皆お寝坊さんなんだねぇ〜」
サバイバル試験一日目が終わり残り六日となった。